「ねがいごと」(1)

12月31日。大晦日。
玉依毘売神社では、本家から分家までが集まって、新年を迎える準備に大忙し。
もちろん、当代玉依姫である私も、守護者のみんなも、それぞれ自分の持ち場で頑張っていた。
 「真弘先輩、どうしてるかなー?」
一時間ほど前、美鶴ちゃんが作ってくれた年越し蕎麦を、守護者のみんなと一緒にいただいた。
真弘先輩に逢えたの、今日はその時間だけ・・・。神社の大晦日なんて、そんなものなのかな。
去年まではお参りする方だったのに、今年は迎える方なんだもんね。
そろそろ、除夜の鐘が鳴り出す時間。
新年に祈りを捧げる参拝客で、参道には長蛇の列ができていた。
 「珠紀先輩、お疲れ様です」
本堂から少し外れた場所で破魔矢を売っていた私は、後ろから声を掛けられて驚いた。
 「ビックリした。慎司くんかー。どうしたの?」
宮司服を着た慎司くんが、にこやかな笑顔で立っていた。
 「祈祷の時間には、まだ余裕がありますから。ちょっと休憩中なんです。
 それよりここ、寒くないですか?」
 「そうなんだよー。一応、足元だけ、ストーブ用意してくれたんだけどね。
 でも、この巫女服、袖口とか開いてて、結構寒いの」
さすがに、外だもんね。外気に当たりながら立ちっぱなしだと、さすがにちょっと寒い。
小さな電気ストーブを置いてはもらっているけど、身体全体を温めるのには、到底無理がある。
それに、一つのストーブに売り子が三人なんだもん。来年は、もうちょっとどうにかしてもらおう。
 「明日は、大事な舞を披露しないといけないのに、風邪、引いたりしたら大変ですよ」
今夜は破魔矢売りのお手伝いだけど、明日には玉依姫としての大事な職務がある。
本堂で、新年を祝う舞を披露することになっているのだ。
 「もー、慎司くんったら、思い出させないでよ。また、緊張してきちゃったじゃない。
 このまま風邪引いて、休んじゃおうかな」
昼間、卓さんや美鶴ちゃんにお稽古してもらったけど、振りを覚えるのがやっとの状態。
さすがにサボるつもりはないけれど、逃げ出したいって思ってるのも、事実だったりするのよね。
 「すみません。でも、大丈夫ですよ。僕、珠紀先輩の舞、好きなんです。とても綺麗だから」
 「えっ・・・。あ、ありがとう」
急にそんなこと言われると、照れるよ。でも、慎司くんが舞った方が、きっと綺麗なんだろうな。
 「珠紀先輩。・・・あの、もうすぐ年が明けますよね。その時、僕と・・・」
 「珠紀!! いいところで逢った。お前、祐一先輩、見なかったか?」
慎司くんが、何やら言い掛けたところへ、拓磨が駆け込んできた。
 「祐一先輩?うーん、見なかったけど・・・。あれ?拓磨、見回りじゃなかったっけ?」
焦った顔で辺りをキョロキョロ見回している拓磨に、私はノンビリと言葉を返す。
今日の拓磨の役割は、真弘先輩と一緒に参拝客の見回り。
寒さ対策も兼ねて、参道ではお神酒を配っていた。
参拝客が酔っ払って悪さをしないように、真弘先輩や拓磨が、参道を見回ってくれている。
どうせなら、真弘先輩にも逢いたかったな。
 「見回ってたんだよ。したらな、本堂のところまで来たら、参拝客同士が、喧嘩始めちまってたんだ。
 俺と真弘先輩で止めに入ったんだが・・・。あの人、あーいうの、好きだろ。
 一緒になって騒ぎ始めちまったってよ。それを見てたギャラリーも参戦し始めて、
 とてもじゃないけど、俺一人じゃ止めらんねー。あの人止められんの、後は祐一先輩だけだ」
参拝客同士の喧嘩!!そこに真弘先輩が参戦。何となく、想像できてしまう自分が、ちょっと悲しい。
ううん、そんなことより、止めなくちゃ!!
 「判った!!拓磨は、祐一先輩を探して!!真弘先輩は、私が止めるから。
 ごめん、慎司くん。ここ、お願いするね」
 「ばか、珠紀!!お前じゃ無理だって!!」
 「待ってくださいよ、珠紀せんぱーい!!」
後ろから二人の制止の言葉が聞こえてきたけれど、すべて無視して参道へ向かって走り出した。
 
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