「不在」(2)

 「珠紀さんはババ様のお遣いのため、今朝方早々に出かけられたそうですよ」
何とか冷静さを取り戻した俺に、大蛇さんは諭すような声でそう言った。
 「ババ様の?」
 「えぇ。玉依毘売神社と懇意のある神社まで、宝玉を取りに行かれました」
 「何で、珠紀一人で行かせんだよ。守護者の一人くらい、同行させんだろ、普通」
 「そうですよ!!神社の仕事なら、僕の役目でもあります」
遣いの内容までは聞かされていなかったらしい慎司が、不服そうな声を上げる。
 「私も!!・・・私もご一緒に、と申し上げたのですが。どうしても一人で行きたいからと、
 そうおっしゃられて・・・。私では、足手まといだったのでしょうか?」
 「そういうことでは、ないと思いますよ」
泣きそうな顔で訴える美鶴に、大蛇さんは優しげに微笑んで慰めた。
珠紀が一人で行きたがった?美鶴の申し出を断って、俺も誘わずに・・・。
 「んで、あいつはいつ、帰ってくるんだ?」
 「今日は、実家の方へお泊りになるそうです。予定では、明日・・・」
明日まで、珠紀がこの村にいない。何故かそのことが、俺の心を不安にさせた。
 「では、報告会の伝達事項については、珠紀さんが帰ってきてから、としましょうか。
 鴉取くんや鬼崎くんにとっては、あまり聞かれたくないことかも知れませんけどね」
そう微笑みながら言う大蛇さんの目は、笑っていなかった。
 「いや、夕方もう一度、ここへ集まらないか。珠紀がいないのでは、美鶴も淋しいだろう」
祐一の提案に、俺も拓磨もすぐに賛成する。
男には、好きな女に聞かれたくないことの一つや二つ、あるってもんだろ。
珠紀の不在を、自分の中で無理矢理に納得させると、俺たちは一旦解散することにした。
ゾロゾロと守護者全員で神社まで戻ってくると、目の前を歩いていた祐一が立ち止まる。
 「あ?どした、祐一?」
 「いや。すまないが、俺はもう少し、ここに残ることにする。また、夕方に逢おう」
それだけ言うと、祐一はそのまま庭の奥へと歩いていく。
その先には、大木の下で風に揺れる木漏れ日を追い駆けている、おさき狐の姿が見えた。
 「なんだ、あいつも留守番させられたのか」
祐一に気が付いたおさき狐が、嬉しそうに足元にじゃれついていた。
そんな祐一達を見送って、俺たちはそれぞれの時間を過ごすため、宇賀谷家を後にする。
----------それから数時間後。
再び宇賀谷家に集まった俺たちは、美鶴の作った鍋を囲みながら、夕食の宴を催していた。
 「真弘先輩、ズルイっすよ!!その肉、俺が狙ってたのに!!」
 「ノロマな拓磨が悪い!!早いもの勝ちってんだ、こーいうのは」
 「すまない、美鶴。おさき狐に、このいなり寿司をやっても良いか?」
 「どうぞ、どうぞ。まだ、たくさんありますから。狐邑さんも、召し上がってくださいね」
 「真弘先輩も拓磨先輩も、さっきまであんなに怒られて、落ち込んでたはずなのに・・・。
 もう、すっかり元気ですよね」
 「まぁ、それが彼らの良いところですから。
 でも、私の言葉がちゃんと伝わっているのか、多少心配にはなりますね、あれを見てると」
それぞれがそれぞれに口を開き、宴は随分と賑やかなものになっていた。
夕方に集まった俺たちは、まず、『ババ様のお言葉』という、ありがた〜い説教を
大蛇さんから受けることになった。
卒業や進級が危うい、ってことで、説教の内容は俺と拓磨ことばかり。
そのお陰で、宴の始まりは、随分と遅くなっていた。
 「そう言えば、鴉取くん。先ほど、珠紀さんに電話をされていたようですが・・・。
 もう、お帰りでしたか?」
 「いや、まだ帰ってなかった」
美鶴に聞いて、珠紀の実家に電話を掛けてみた。
時間を置いて二回掛けたが、どちらも留守番電話の渇いた機械音が流れてきただけだった。
 「昔の友達にでも逢って、ハメ外してんじゃないっすか。
 あいつは元々、向こうで暮らしてたんだし・・・」
 「そうですね。都心では、この時間でも遊べるところは多いでしょうから」
 「珠紀先輩。向こうの方が楽しくて、こっちに戻りたくなくなってるんじゃ・・・」
拓磨、大蛇さん、慎司が、次々と恐ろしいことを口にする。
 「うるせー!!あいつが、俺の傍を離れるなんてこと、絶対あり得ねーんだよ!!」
珠紀が季封村を離れたと聞いた時の不安が、また心を支配する。
その不安を打ち消すように、俺は大声を上げた。
 「そう思ってるのは、真弘先輩だけかも知れないっすよ。あっちで、元彼にでも逢って・・・」
 「拓磨ー!!!」
拓磨が本気で言ってる訳じゃないってことは、よく判っている。
だが、不安をモロに言い当てられたような気がして、俺は拓磨に拳をぶつけた。
 「拓磨、その辺にしておけ。やっと真弘が落ち着いたのに、また暴れ出しても
 もう俺は止めないぞ」
 「祐一先輩、勘弁してくださいよ。真弘先輩の八つ当たりの矛先は、いつも俺なんすから」
俺の拳をあっさり交わし、ウンザリした声で拓磨は言った。
大蛇さんから説教された後、暫く拓磨を相手に、憂さ晴らしをしたいたのは確かだった。
 「それに、珠紀のことだ。どうせ、遣い先の神社が珍しくて、時間を忘れているだけだろう。
 あいつの趣味は、神社仏閣巡りだったからな」
 「そうなんですか?そう言えば、珠紀先輩、うちの神社でも、よく境内の柱にある
 傷の一つ一つを、眺めて回ってますよね」
あいつが季封村に来たばかりの頃、お互いの趣味を教えあって親睦を図ろうと言い出した。
そのときに、あいつが言った自分の趣味が、神社仏閣巡りだ。
聞いた瞬間に俺が大笑いしたら、すげー不機嫌になっていたのを覚えてる。
 
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