「不在」(1)

俺は初め、その異変に気が付かなかった。
多少の違和感を感じてはいたが、ただカミが騒いでいるだけだと、特に問題視すらしていなかった。
異変が顕著に現れたのは、午後になってからだ。
休日で暇を持て余していた俺は、珠紀を誘って遊びにでも行こうと、家を出た。
そこで気が付いた。村全体の空気が、変っている。まるで、塗り替えられたみたいに・・・。
一瞬にしてすべてを凍らせたような、透明度の強い霊力。これは・・・ババ様の力だ。
季封村全体を、ババ様の力が覆っている。
昨日まで季封村を覆っていたのは、珠紀の力だ。あいつの霊力は、ババ様とは違う。
あいつの力は、春の日差しのように暖かく、包み込むような光を放っている。
本人は自覚していないだろうが、当代の玉依姫として、この季封村に珠紀が居るというだけで、
その力を発揮していたんだ。なのに、その力が今は、一切感じられない。
 「この村に・・・あいつが、珠紀がいない?」
そんなバカな!! 昨日は、何も言ってなかったぞ。学校の帰りに、あいつを家まで送って行った。
いつもと変らず、適当に軽口を叩いて、そこで別れた。その後、あいつに何かあったってのか?
 「くそっ!!どういうことだよ、これは」
俺は急いで宇賀谷家へと走る。事情を知ってるとしたら、ババ様以外にはいない。
途中、神社の庭内を掃除している慎司を見掛けた。
そういや、休みの日は、宮司見習として修行に励んでるんだったな。
 「あれ?真弘先輩、どうしたんですか?珠紀先輩なら、今日はいませんよ」
俺に気付いた慎司は、のほほんとした顔でそう告げる。
 「いない?あいつ、何処行ったんだ?」
 「さぁ?それは、僕にも判りません。美鶴ちゃんなら、何か知ってるかも・・・って、
 真弘先輩、どうかしたんですかー?」
慎司の答えを途中までしか聞かず、俺はまた走り出していた。
背中から慎司の声が聞こえたが、今はそれ所じゃない。
 「邪魔するぜー」
玄関の扉を勢いよく開けると、中に向かって声を掛ける。
 「まぁ、みなさん、お揃いで・・・。どうかなさったんですか?」
出迎えにきた美鶴は、不思議そうな顔でそう言った。
みなさん、お揃い? その言葉を不信に思った俺は、そぉ〜っと後ろを振り返る。
俺の後ろに立っていたのは、俺と同じように焦った顔をした祐一と拓磨と、箒を持ったままの慎司。
 「お前ら、何で!!」
 「それは、お互い様っすよ、真弘先輩」
 「あぁ。事情を知っていそうな所へ、駆けつけたまでだ」
二人の返答を聞いて、俺はまた美鶴の方へ顔を向ける。守護者全員が、美鶴を見ていた。
 「立ち話もなんですから、どうぞ中へ・・・。大蛇さんも、ババ様の所へいらしてますし」
全員の視線を軽く受け流し、美鶴は俺たちを居間へと通した。
 「おや、みなさん。こんなに早くに集まるなんて、珍しいですね」
 「大蛇さん、こちらにいらしたのですね。ババ様とのご報告会は、もう終ったのですか?」
 「そうか。今日は、定例の報告会の日だったな」
祐一の言葉に、俺は嫌なことを思い出す。
定例の報告会とは、月に一度、ババ様に呼び出されて、説教される日のことだ。
本来は、鬼斬丸や宝具の状況、カミとの関わりなど、守護者としての役割について
報告や伝達をする日だった。
ただ、そういったことは、守護者のまとめ役でもある大蛇さんが代表して、
ババ様と話し合うことになっていた。難しい話は、どうせ俺たちには、よく判らないしな。
その後、ババ様からのお言葉ってのを、大蛇さん経由で、俺たちに伝えられる。
まぁ、伝えられる言葉の半分以上が、学校での生活態度や勉強の遅れなんかが中心で、
説教と小言が延々続く・・・という、正直言って、ありがた迷惑な会のことだ。
鬼斬丸が破壊されてからは、大蛇さんとババ様の間だけで続けられてはいたが、
俺たちにとっては、月に一度開かれる宇賀谷家での夕食会みたいになっていた。
昔は、何だかんだと理由を作っては報告会をサボっていたけれど、珠紀が来てからは、
みんなこの会を楽しみにしている節がある。もちろん、それは俺も同じだ。
 「んなことより、珠紀、何処行ったんだよ」
テーブルを囲んで思い思いの場所に座ると、俺は待ちきれなくて口を開く。
ババ様と話してたんなら、大蛇さんだって、珠紀の行方を知っていそうだ。
 「珠紀さんなら、出かけられていますよ」
まるで気にしていないかのように、平然とした顔で大蛇さんが言う。
その顔を見ていたら、無性に腹が立った。知らされていないのは、俺たちだけだってのか?
 「んなこと、判ってるよ!!だから、何処へ、何の目的で、出かけたかって聞いてんだ!!」
 「落ち着いてくださいよ、真弘先輩」
 「うっせーな、拓磨!!じゃあ、お前は心配じゃねーのかよ。
 あいつの気配が、村の何処にもないっつーのに!!」
 「そうだな。午前中までは、少しは残っていたんだが・・・。
 まるで吹き消されたかのように、跡形もなく消えた」
 「それでけ、遠くに行った・・・ってことじゃ、ないですか?」
ずっと黙っていた慎司も、口を挟む。
気配を読むのが上手い祐一ですら、午前中までしか追えないとなると、
そうとう遠くまで行ったってことか。季封村の外に出たことは、間違いなさそうだ。
珠紀のやつ、俺にも黙って、いったい何処へ行ったんだ。
 
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