「誓い」(2)

どれくらい時間が経ったのだろう。窓の外は、大分暗くなっていた。
頭が痺れたように痛む。いつの間にか、涙も枯れていた。
 「帰らなきゃ・・・。美鶴ちゃんが、心配してるよね」
誰かを気遣う気持ちが、まだ自分に残っていたことに、少し驚いた。
こんな気持ちさえ、なくなってしまえば良いのに。
心に蓋をしてしまえば、もう泣くこともないから・・・。
疲れて重くなった身体で、何とか立ち上がる。
 「痛っ」
渇き始めていた右膝の傷が、足を動かしたことで、また血が滲み出した。
少し足を引きずるようにして、教室のドアまで歩く。
ドアを開けて廊下へ出ると、下から声を掛けられた。
 「よぉ、少しは落ち着いたか?」
 「ま・・・ひろ先輩。何で・・・」
廊下に座っていた真弘先輩に気付いて、私は驚きの声を漏らす。
ダメ!!今、先輩に逢ったら、せっかくの決心が、崩れてしまう。
真弘先輩への気持ちを封印するって、決めたのに・・・。
私は慌てて、また教室に引き返した。
 「待てよ!!」
後ろから真弘先輩の制止の声が聞こえ、そのまま腕を掴まれる。
 「嫌です、離してください!!」
 「んなこと、できるわけねーだろ!!」
真弘先輩はそう怒鳴り返すと、腕の中へと私を引き寄せる。
私は真弘先輩の腕から逃れようともがいてみたが、先輩の力の方が強くて
とても抜け出せそうにはなかった。
 「そう何度も拒絶されたら、俺だって傷つくんだぞ」
そう言って、更にきつく抱きしめる。掴まれている腕が、少し痛かった。
 「お前・・・さっきのあれ、聞いてたんだろ?」
真弘先輩の言葉に、私は一瞬身体を振るわせる。
 「ったく、それなら、最後まで聞いてけよ、バカ」
 「・・・そんなこと、できるわけないじゃないですか」
屋上で見た光景が、目に焼き付いて離れない。
真弘先輩と一緒にいた女性。
真弘先輩より少し背の低いその人は、とても綺麗な人だった。
並んで立っている二人は、とてもよく似合っていて、
私の入る隙なんて、何処にもないって実感させられた。
 「ったく。お前は俺の女なんだから、もっと堂々としてりゃ良いんだよ」
 「そんなの・・・無理です。私、美人でもないし、胸だって、そんなに大きくないし。
 先輩の好みじゃ、全然・・・ないから」
真弘先輩の好みは、フィオナ先生みたいな美人で胸の大きい女性。
私は、どっちにも当てはまらない。
慎司くんが、私を綺麗だと言ってくれたことがあったけど、
あの時だって、趣味が悪いって言ってたくらいだもん。
もし、理想の女性が現れたら、選ばれるのは私じゃない。絶対に。
 「はぁ?何だよ、それ。じゃあ、お前は、背の低い男が好みだ、ってのか?」
 「そ、そんなの関係ないです!!
 真弘先輩が、例えどんな姿になったって、そんなの全然構いません!!
 私は、真弘先輩が真弘先輩だから、好きなんです」
 「んなの、俺だって同じだ。俺だって、珠紀じゃなきゃ、ダメなんだからよ。
 だいたい、人を好きになるのなんて、頭で考えてするもんじゃねーだろ。
 好みのタイプとか、そんなの関係ねーよ」
ドキン。真弘先輩の言葉に、心臓が跳ね上がる。
閉ざしたはずの心の蓋が、すべて開放された。
 「それなら、私を・・・、選んでくれますか?」
例え、理想の女性が目の前に現れたとしても・・・。
 「ったく、だから、最後まで聞いてけ、って言ったんだ。
 んなの、当たり前だろ」
真弘先輩はホッとしたように、掴んでいた腕の力を緩めた。
 「ちょっと、手、離すけど、良いか?もう、逃げんじゃねーぞ」
そう言って、真弘先輩の腕の中から、私を解放する。
そして、近くにあった椅子に、私を座らせた。
 「お前は普通の人間なんだからよ。
 俺たちと違って、怪我してもすぐには治んねーんだからな。
 少しは、気をつけろ」
そう言いながら、怪我した足にハンカチを巻いてくれた。
 「ただの応急処置だ。帰ったら、美鶴にでも、ちゃんと手当てしてもらえよ」
 「あ、ありがとう・・・ございます」
枯れたはずの涙が、また溢れ出した。
 
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