「誓い」(1)

ただでさえホームルームの時間が延びたのに、今日は掃除当番まで重なってしまった。
 「絶対、怒ってるよね」
いつもより大分遅い時間。腕時計を確認して、私は溜め息を吐いた。
真弘先輩、きっと待ちくたびれてるだろうな。怒られるのは、覚悟しよう。
私は、真弘先輩が待っているはずの屋上へと向かう。
私が遅いときには、いつもそこで時間を潰していたから・・・。
屋上へ続く重い扉を開けようとすると、風に乗って、微かに話し声が聞こえた。
祐一先輩や拓磨が来てるのかな?
私はみんなを驚かせようと、扉を細めに開けて、外の様子を伺うことにした。
 「・・・鴉取くん、私・・・」
風に乗って聞こえてきたのは、聞き覚えのない女性の声。
違う!!拓磨達じゃない。聞こえてきた声に驚いて、私は身体を硬くする。
 「私、鴉取くんが・・・好き、なの」
ドキン、ドキン。心臓が早鐘のように鳴る。これは・・・、告白?
 「俺・・・好きな・・・」
真弘先輩の声が聞こえた途端、反射的にその場を逃げ出した。
嫌だ!!聞きたくない!!耳を塞ぎながら、階段を駆け下りる。
慌てて教室に飛び込んだ私は、飛び出していた椅子に足を引っ掛けて、
そのまま倒れこんでしまった。いくつか机が乱れて、ガタガタと音をたてる。
 「痛っ」
転んだ拍子に足を擦ってしまったらしい。右膝から血が流れ出していた。
 「もう・・・やだ、こんなの・・・」
痛くて、涙が出る。
この痛みが、足の怪我せいなのか、心が悲鳴を上げているせいなのか、
私にはよく判らなかった。ただ、涙が溢れて止まらない。
バサバサッ。閉め忘れた窓の外から、鳥が羽ばたく音が聞こえた。
夕暮れ時。これから家路に帰る鳥なのだろうか。
 「あぁ、そうか・・・」
鳥の羽ばたく音を聞いて、私はある思いに行き当たる。
 「お前、何やってんだ、そんなとこ座り込んで・・・。かくれんぼか?」
いつの間に来たんだろう?真弘先輩が、そう言いながら教室に入ってくる。
 「な・・・何でもありません。ごめんなさい。今日は、先に帰ってください。
 もう、私に構わないで・・・」
真弘先輩の顔を見ずに、私は早口でそう伝える。
 「あ?何言って・・・。つーか、お前、足怪我してんじゃねーかよ。大丈夫か?」
足の怪我に気がついた真弘先輩は、私の傍に近寄る。
 「触らないで!!お願い・・・ですから、もう、放っておいて・・・」
涙声になるのを必死で抑えながら、私は真弘先輩に懇願する。
 「・・・そーかよ。なら、勝手にしろ」
チッと舌打すると、真弘先輩はそれだけ言って、教室を出て行った。
行かないで!! 何度もその言葉を飲み込む。それを言ってはダメ。
これで良いの、これで・・・。喧嘩して、嫌われてしまった方が、ずっと良い。
その方が、きっと真弘先輩も、あの人の所へ行きやすい。
真弘先輩を解放してあげられるのは、私しかいないんだもの。
私は玉依姫で、真弘先輩は守護者。
この関係でいる以上、他に好きな人ができたとしても、
真弘先輩は私から離れることができない。
もう、先輩を自由にしてあげなければ・・・。
さっき見た鳥のように、自由に羽ばたいて、空を飛び回る権利を
真弘先輩に返そう。
 「うぅっ、でも・・・やだ。そんなの、やだよぉ。・・・うぇ・・・真弘・・・せんぱ・・・」
嗚咽交じりの声で、私はそう呟く。こんなにも心が張り裂けそうになるのに。
いつか、真弘先輩を忘れられる日が、本当に来るのだろうか。
 「ほん・・・と・・・に、忘れ・・・なければ・・・ダメ・・・なんですか?」
真弘先輩を縛り付けておく権利なんて、私にはない。
それは判っている。でも、それでも・・・。
玉依姫の立場を使ってでも、真弘先輩の傍にいたいと、そう願ってしまう。
先輩を解放して自由にしてあげたい。先輩のそばにいたい。
相反する思いが、私の心を掻き乱す。涙が溢れて止まらなかった。
 
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