「誓い」(3)

 「悪かったな。お前がそんなに不安に思ってるなんて、知らなかったからよ」
私が泣き止むのを待って、真弘先輩はそう呟いた。
ううん、それは違う。真弘先輩が悪いわけじゃない。私が勝手に、不安に思っていただけ。
私は二人の付き合い方に、特に不満もなかったし、満足だってしている。
でも、クラスの友達からは、恋人同士っぽくない、付き合ってるようには見えないって、
何度も言われて・・・。
真弘先輩は、ただ守護者の延長として、私の傍に居てくれているだけなんじゃないか。
そんな思いが、日に日に大きくなって、不安に押し潰されそうだった。
そして、あの屋上での告白。もう、終わりなんだと、覚悟するしかなかった。
 「・・・仕方ねーな。ちょっと待ってろ」
真弘先輩はそう言うと、全身の力を抜いて、長く息を吐く。
すると、真弘先輩の身体が仄かに輝き始めた。
背中に漆黒の翼が生え、全身に守護者の文様が現れる。
瞬く間に、覚醒状態に移行した。
 「真弘先輩・・・どうして?」
驚いている私に、真弘先輩はその場に片足だけ膝を付いて座ると、頭を垂れる。
 「俺、・・・鴉取真弘は、玉依姫としてではなく、普通の女である春日珠紀の守護者として、
 この先も、永遠に共にあることを、誓う。
 この翼も、守護者の力も、お前を、お前だけを守るために揮うと、そう約束する」
真弘先輩の誓いの言葉を聞いた私は、ゆっくりと立ち上がり、右手を差し出した。
 「・・・証を」
私の言葉に、真弘先輩は優しく笑って、手を広げる。
 「来いよ」
そして、私は再び、真弘先輩の腕の中にいた。
 「珠紀、好きだ」
 「私も、好きで・・・ん」
言葉を最後まで言うことが出来なかった。
初めは触れるだけのキス。何度も、何度も、お互いの存在を確認するように触れる。
それから啄ばむように、唇を重ねた。
最後は、何度も角度を変えながら、更に強く、愛を確かめあう。
二人が離れたときには、少し息が上がっていた。
 「もう、二度と俺から離れるなんて、言うんじゃねーぞ」
 「もう、言いません。だから、お願いです。他の人は見ないで・・・。
 先輩の腕の中にいられるのは私だけだって、約束してください」
 「あぁ、約束する」
ぎゅっと抱きしめる腕に力が入る。その後、ストンっと力を抜くと、私の肩に額を乗せた。
 「あぁー、怖かった。お前が俺の手の中から離れてっちまう、って考えたらよ。
 ロゴスと戦ってた方がマシだった思えるくらい、すっげー怖かったんだぞ」
安堵の溜め息を漏らしながら、そう呟いた。
 「ごめん・・・なさい」
真弘先輩が、そんな風に思っていたなんて、知りませんでした。
お互いの気持ちを確かめ合っていると、廊下を歩く足音が聞こえた。
 「やべっ、もうそんな時間か!!」
先生の見回りの時間。下校時刻はとうに過ぎている。
教室の戸締りを確認するために、先生が各教室を見回りっているのだ。
守護者の覚醒した姿を、村の人達に見られるわけにはいかない。
真弘先輩は、慌てて元の姿に戻ろうとする。
 「待って、先輩。羽根を・・・。短めの羽根を、1本ください」
消えかかっている翼から、根元付近にあった5cmくらいの短い羽根を抜いてくれた。
 「ほらよ。何すんだ、こんなの」
 「お守りです。真弘先輩が傍にいなくても、先輩を感じていられるように」
受け取った羽根に、軽く唇で触れる。それを見た真弘先輩は、何故か赤い顔をしていた。
 「バカッ。俺以外のやつに、キスなんてすんな!!それに、今、言ったばっかりだろ。
 ずっと一緒にいる、って。傍にいない、なんてあり得ねーから、安心しろ」
 「この羽根は、元々真弘先輩のなんだから、キスくらい良いじゃないですか。
 それに、真弘先輩、お家に帰っちゃうでしょ。傍にいない、って言うのは、
 気持ちのことじゃなくて、身体がそこにない、ってことです」
 「か、帰るに決まってんだろー!!一緒に住むとか、そういうのは、
 結婚してから、するもんなんだから・・・よ」
しどろもどろになりながら、真弘先輩は更に赤くなって言う。
 「判ってますよ、そんなこと」
何となく淋しい気持ちになる。真弘先輩と、もっと一緒にいたい。
そう思ってるのは、私だけなのかな。
でも、そういう気持ちになったときには、この羽根を通じて真弘先輩を感じよう。
もう一度、持っていた羽根に唇を近付ける。けど、その手は、真弘先輩に止められた。
 「ったく、目の前に居る時には、本人にしろよ、そういうのは」
そう言って、また唇を重ねる。触れるだけの軽いキス。
 「ほら、見付かる前に帰るぞ。・・・足、大丈夫か?」
 「もう、平気です。先輩と一緒にいると、何だか痛みを感じません」
痛かったのは、怪我のせいじゃ、なかったのかも知れない。
廊下を覗くと、隣の教室から窓を閉める音が聞こえた。
私たちは、先生に見付からないように、廊下を駆け出す。
繋ぎあった手は、もちろん硬く結ばれている。
もう、この手を二度と離さないと、私は心の中で誓った。

完(2009.11.14) 
 
BACK  ◆  HOME