「暗雲」(2)

バタバタと足音が近付いてくると、勢い良く扉が開いた。
 「珠紀、てめぇ〜、今の態度は何だ!!」
さっきまで裏庭にいたはずの真弘先輩が、そこに立っていた。
 「ま・・・ひろ先輩?」
 「俺様と目が合っておきながら、隠れるとはどういう了見だ!!」
真弘先輩と目が合った覚え、ないですよ。
私が見ていたのは、あの美鶴ちゃん似の先輩の方で・・・。
真弘先輩は、私を見ていてくれたんですか?
 「つーかよ、祐一。お前、珠紀に何かしたか?」
窓際に座り込んでいる私と、その傍に立っている祐一先輩。
二人を交互に見ながら、真弘先輩が低い声で聞く。
 「真弘先輩、違います!!祐一先輩は何も・・・」
何か誤解してるらしい真弘先輩に、私は慌てて否定する。
祐一先輩は、今の今まで眠ってたんだもん。
私が勝手にここにいただけで、祐一先輩は何も悪くない。
 「うるせー。じゃあ、何でお前、そんな泣きそうな顔してんだよ!!」
 「えっ?」
真弘先輩は、辛そうな顔で私を見ている。
私、そんな顔、してますか?真弘先輩の言葉に、私自身が驚いた。
 「確かに、酷い顔をしているな。だが、原因は俺ではない。お前の方だ、真弘」
 「あ?俺が何したってんだよ」
先輩二人の間に不穏な空気が漂い始めて、私は慌てて声を上げる。
 「やめてください、真弘先輩!!これは、私が勝手に・・・」
 「ちょっと、鴉取くん!!掃除当番放り出すなんて、いい度胸じゃない!!」
私の言葉と被さるように、もう一人女の人の声がする。
ドアの傍で仁王立ちしているのは、裏庭にいた姐御肌の先輩。
 「うっせーなー。今、それどころじゃ・・・」
 「四の五の言わない!!私だって、さっさと終らせて、帰りたいのよ!!」
姐御肌の先輩は、真弘先輩の抗議の声を遮るように、怒鳴り返す。
 「狐邑くん、それに春日さんも。邪魔して悪かったわね。ちょっとこれ、借りてくわ」
祐一先輩と私に謝罪の言葉を告げると、真弘先輩を引きずるようにして出て行った。
 「離せってんだ、バカヤロー!!珠紀、お前は教室で待ってろ!!
 話の続きは、そこでしっかり聞かせてもらうからなー!!」
廊下に真弘先輩の声が響く。
 「まったく、騒々しい奴だな。まるで、嵐が通り過ぎたみたいだ」
呆れたようにそう言うと、祐一先輩は肩を竦めて溜め息を吐いた。
 「珠紀、お前もいつまでも座り込んでいないで、立ち上がったらどうだ」
そう言って祐一先輩が、手を差し伸べてくれた。
祐一先輩には、いい迷惑ですよね。恐縮しながら、先輩の手を借りて立ち上がる。
 「祐一先輩、ごめんなさい」
 「気にすることはない。ほら、真弘達も、裏庭に戻って来たようだ」
窓から下を覗くと、先ほどの姐御肌の先輩と一緒に、真弘先輩が裏庭に現れた。
ズキッ。美鶴ちゃん似の先輩と並んで立つ真弘先輩を見た途端、心臓が悲鳴を上げた。
 「まったく、何をやってるんだ、あいつは」
 「えっ、祐一・・・先輩?」
竹箒を振り回している真弘先輩を眺めながら、祐一先輩は何故か私の肩に腕を回した。
突然の祐一先輩の行動に、頭が付いていけなくなり、顔にどんどん熱が上がっていく。
祐一先輩!!いったい、どうしちゃったんですか?
 「こらー祐一!!珠紀に手ー出すんじゃねぇー!!」
真弘先輩も気が付いたらしく、下から大声で怒鳴っている。
 「ほら、真弘。さっさと掃除を終らせないと、どんどん遅くなっていくぞ」
真弘先輩の言葉にも動じず、祐一先輩はとても綺麗な笑顔をしていた。
真弘先輩の方を向きながら・・・。
 「・・・祐一先輩。随分と、楽しそうですね」
 「あぁ。真弘をからかうのは、面白い」
私は、ダシですか?
祐一先輩の綺麗な横顔を眺めながら、私はわざと大きな溜め息を吐いた。
 「これ以上やると、本気で怒られるからな。何事も、ホドホドが肝心だ。
 珠紀も、そろそろ教室へ戻った方が良い。真弘とは、そこで待ち合わせなのだろう?」
祐一先輩は窓際を離れ、さっきまで座っていたテーブルに戻っていった。
いったい、今のは何だったんだろう?
でも、これ以上ここにいたら、祐一先輩にも迷惑だよね。
私は、祐一先輩に頭を下げて、図書室を後にした。
あれ?そう言えば、さっきまでの嫌な気分が、少しだけ軽くなっている。
もしかして、祐一先輩の今の行動は、私を元気付けるため、だったんですか?
廊下に出てきた私は、もう一度、図書室に向かって頭を下げた。
 「ありがとうございます、祐一先輩」
 
BACK  ◆  NEXT