「暗雲」(1)

学校の図書室。ここの窓からは裏庭がよく見える。
日直だった私は、授業で使う年表を取りに来て、そのことを初めて知った。
 「真弘先輩、今週は裏庭の掃除当番なんだよね」
いつもは自分の教室で待っているんだけど、普段の真弘先輩っていうのも見てみたかった。
屋上が使えなくてお昼を教室で食べるときは、私や拓磨の教室か、慎司くんの教室ばかりだから。
真弘先輩も祐一先輩も、ジャンケン強すぎです。
窓枠からそっと下を覗くと、裏庭で掃除をしている集団が目に入った。
男女三人ずつの六人グループ。その内の一人が真弘先輩。
竹箒を振り回して暴れまわっている姿は、やっぱり小学生にしか見えないかも。
 「あはは、やっぱり真弘先輩って、可愛い」
そんな真弘先輩の姿を見て、暫くは楽しむ余裕もあったけれど、
気が付いたときには、心が沈んでいた。
 「・・・見なきゃ、良かったな」
六人グループの半分は女子生徒。
一人は、暴れまわる真弘先輩を怒っている姐御肌の先輩。
もう一人は、そんな二人を大笑いして見ている先輩。最後の一人は・・・。
真弘先輩よりも小さな背の、どこか美鶴ちゃんを思わせる雰囲気をした、可愛い先輩。
美鶴ちゃん似の先輩は、とても優しそうな微笑を浮かべて、真弘先輩を見ている。
その視線に、私は見覚えがあった。あれは、私が真弘先輩を見る瞳と同じ。
あの先輩も、きっと真弘先輩のこと、好きなんだと思う。
心の中が真っ黒になっていく感覚を味わいながら、それでも視線を外すことができなかった。
あの先輩が真弘先輩を見つめている姿を、私はずっと見ていた。
 「あっ、やばっ」
私の視線に気が付いたのか、美鶴ちゃん似の先輩が顔を上げた。
目が合う前に、慌ててしゃがみ込む。見ていたの、バレてないよね?
 「さっきから、何をやっている?」
フイに頭の上から声がする。見上げると、そこには祐一先輩が立っていた。
 「祐一先輩!!」
祐一先輩がいたの、忘れてた。
私が図書室に来たときには、祐一先輩、テーブルに肘を突いた姿勢のまま、眠っていたから。
お昼寝の邪魔をしないように・・・。そう思って、声はかけずにいた。いつ、目を覚ましたんだろう?
 「あれは、うちのクラスの・・・。確か、真弘の班だったと思うが」
窓から裏庭を眺めて、祐一先輩が呟いた。
 「祐一先輩は、真弘先輩と別の班なんですか?」
同じグループだったら、もっと違った結果になっていたかも知れない。
美鶴ちゃん似のあの先輩だって、真弘先輩じゃなく祐一先輩を・・・。
心の中を、どす黒い闇が覆っていく。
そんなことを考えている自分が、どんどん嫌な人間になっていくようで、涙が出そうになる。
 「ああ、うちのクラスでは、掃除当番は出席番号順、と決まっているからな」
 「そう・・・ですか。でも、真弘先輩が一緒だと大変ですよね。
 さっきから、竹箒を振り回して大暴れしてますし」
こんな醜い感情を祐一先輩には知られたくなくて、つとめて明るい声で言う。
 「そうなのか?真弘の姿は見えないようだが・・・」
祐一先輩はもう一度裏庭に視線を戻した。
 
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