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人狼審問 村モチーフ二次創作

   そのときまでは

 扉を開けた途端、がやがやとした音の間からピアノが流れて来る。最近あまりこの手の場所に来ることもなかったカミーラは、少しだけ目を細めて薄暗い店内を見渡した。
 広くはない。テーブルは丸いものが6つか7つ。それぞれがせいぜい4人と考えると、1度に入れる客の数は多くて30人がいいところか。
 防音はしっかりしていたらしく、外にざわめきもピアノの音も洩れてはいなかった。
 空気は煙草で濁っている。漂うのは酒の匂い。ふと目を向けた右側に、壁に張りつくように伸びたカウンターが見えた。その奥はカーテンで仕切られている…恐らく厨房なのだろう。
 いらっしゃいませと出迎えてくれる店員がいる訳ではない。こんな類の酒場は何処でもそんなものだ。

 酒が弱いのではなく、意志を持って断っているからこそ、最近出入りすることがなかった場所。
 でも今日は、酒が目当てではないから。
 真正面には申し訳程度のステージ。横を向いたアップライトが左隅に。横向きに座っている奏者は彼。
 浅く呼吸しながら跳ねる音に集中する。ここのマスターは、ホンキートンク・ピアノの何たるかを知っているんだろうな、と内心だけで笑う。トチ狂った調律----ただ、手入れがなっていないから狂っているわけではなく、そう狂わせてくるのだ。わざと。
 トイピアノみたいに安っぽい。何処か軽薄なラブソングが似合いそうな。
 ----わかってる、か。
 ひどく軽いテンポで流れて来る「All of me」を聴きながらその音楽の源に目を向ける。

 リクエストなのだろうか。1人の女性がアップライトのそばに立って、演奏する男の手元を熱っぽく眺めている。手にはグラス。他の客は誰も、BGM以上には感じていない音楽。
 メイに聞いた通りの外観の女だった。プラチナブロンド、綺麗でふわふわしたウェイブ。男を挑発することにかけては自信がありそうな、露出度の高い赤のドレス。
 ふう、と小さな溜息をつく。
「……アタシはこういうの、似合わないんだけどね……」
 いつの間にこんな風に思うようになったんだろう。
 嫉妬という言葉は----大嫌いだったのに。

 縛られたくない。相手のことも縛りたくない。他人との関係を、ひどく曖昧に淡白にしておくのが、自分の宿命だとカミーラは思っていた。あの村だって本当は、いつまでいられるか判らない。いつかは、誰にも----そう、彼にさえも告げずに去る時がきっと来てしまう。来てしまうからこそ、考えたくなかったのかも知れない。
 自分と彼の間にある感情に、永遠などという安っぽい枷をはめてしまうのが怖い。
 カミーラの側だけではなく……彼の側にだって、ここが、この関係が永遠に出来ない事情は、ないとは限らないのだ。
 怖くて尋ねたことがない。ただ----それが「怖い」と思うことがもう、本当はまずいのだという自覚は、ある。
 2人の間に永遠はない。少なくともカミーラ側の都合では。だから嫉妬なんて言葉も無縁のはずだった。そもそも、正式に付き合いましょうとも結婚しましょうとも約束していない。ただ----近くに、そばにいたくて、それだけの関係に過ぎなかったから。

 狭い店内を、テーブルの間をすり抜けながらピアノに近づく。グラスの中で踊る氷のようにカラカラした音楽が、最後の一音を残して溶ける。まばらな拍手。
「……カミーラ?」
 彼の声は丸くなる。歌う時とは違う。少しだけハスキーで……でも包み込むように柔らかくて。耳元で囁かれるのと同じ。カミーラはほんの少しだけ微笑んでから、ずっとアップライトに寄りかかっていた女性をちらりとだけ見た。
 彼の声は穏やかだった。
「珍しいですね、ここに来るなんて」
「----Fly me to the moonが、聴きたいかな」
 一瞬不思議そうに首を傾げた後、柔らかに彼の指が動く。奏でられたリズムはボサノバ----流れるように軽やかな4ビート。

 カミーラは最前列の隅に腰を落とす。ウェイターが無言のまま近づいて来る。
「……ジャックローズは、出来る?」
 頷いて去って行く背中に、別の声が被さる。
「あたしはアフロディテ」
 その声がそのまま、カミーラの向かいにすとんと座った。
 さっきまでアップライトの横にいた彼女だ。
「……えーと」
 確かに彼女と話さなきゃと思ってはいた。いたけれど、まさか向こうから近づいて来るとは思いもよらなかった。
「あなたがカミーラさんだ」
 にっこりと挨拶される。
「……どうして?」
 彼女は髪をすいっとかき上げてから、小さく肩をすくめる。
「香りよ。……あたしが売ったんだから、それ。あたしもつけてるんだけどね……。今日、あの人に近づいてったら、こっちを見る前に『カミーラ?』って呼びかけられたわ。だから」

 嫉妬という言葉がすっと影を潜める。
 あの村では……というより、ここの辺りの集落はみんなそうなのだけれど、もし香水を手に入れようとすれば方法は限られているのだ。
 店はない。ということは、自分が遠くに足を伸ばして買うか、店をこっち側に呼ぶか、どちらか。仕事で村を離れられない事情があれば後者になる。
「メリーデイズで外商をしてるの。このたびはお買い上げありがとう」
 少し離れた大きな街のデパートの名とともに、半分皮肉みたいな笑顔で手を伸ばす。握手するつもりなのかと理解はしても、応える気にならずにカミーラはぎこちなく微笑だけを返した。

 最初はメイから話を聞いたのだ。
 時間的にすれ違うことが多かったカミーラとコーネリアスのことを、心配している、という建前だったけれど、実はちょっと面白がっていたんじゃないかとカミーラには見えていた。
 夜、仕事に向かう直前くらいの時間帯に、コーネリアスを訪ねて来る女性がいる、という話を持って来たのだ。
「超キレイなプラチナブロンドなの。ふわっふわな髪で。服装はスーツなんだけど、カラダのラインがバーン! みたいな感じの。なんか派手なお姉さんって感じ」
 身振り手振りを交えて力説された。そしてその後に、
「ほっといちゃダメだよ、ひっぱたかないとぉっ!」
といきなり続いて吹き出してしまった。
「……な、なんで笑うの」
「いや、ひっぱたくって」
「だって、二股良くないって。時間的に明らかにズラして会ってるもん、あやしい、あやし過ぎ!」
 時間帯はズラさなくてもズレてるのだ、元々。説明するのも変な話なのでカミーラは黙っていた。
「別に、そういう関係の人だとは限らないんじゃないの?」
「えー。じゃなんで会うの?」
「仕事の関係とか、そういうの」
「コーネの仕事に誰か他人絡む要素ってある? マネージャーとか?」
「……うーん」
 そういえばそんなことをする人がいるとは聞いたことがない。
「てゆーか危機感なさ過ぎでしょ。もっと干渉しなくていーの?」
「それは……したくないな」
 メイはきょとんとまばたきする。
「……独占、したくならない? 相手のコト。自分と会ってない時に何してるか、気になったりしない?」
「しない」
 それはいつもそう。誰と付き合っても。相手の時間を束縛するのも、自分の時間を束縛されるのも、好きではないから。
「うー。私には理解出来ないよソレ」
「そうか」
 独占したくないのは、相手を縛ってしまいたくないのは、……そんな気持ちに自分が陥るのを恐れていることの裏返しでもある。その人が人生にとってかけがえがなくなってしまっても、失う瞬間は必ず来てしまうから。そして。
 自分の心は、それに耐えられるとは思えないから。----傷つくのが、怖いから。
「でもとにかくいちおー教えておくからね」
「ご親切にどうも」
 この子は本当に心配しているだけなのだ。その気持ちは、ちゃんと伝わっていた。

 彼は自分に贈る香りを探そうとしてくれていた。長期に村を空けられない事情があった。だから、店をこっちに呼んだ。メイはそれを見て誤解しただけなのだ。
 その話を聞いて、普段は来ない彼の『仕事場』に押しかけてしまっている自分はどう思われただろう。後で店に来た理由を聞かれても説明に困るな、とカミーラは少し後悔していた。まるでストーキングでもしたような気分だった。相手は、本当に仕事として会っていただけなのに。

「んー。どんなスイートな子に贈るのかなって思ってたら。……ちょっと意外かな」
 安堵の隙間に飛び込んで来た言葉には、トゲが含まれてた。言外に似合わないと言われているのに気付くのは簡単だった。
 けれど。
 彼女が何を知るわけでもない。カミーラは理解している。カミーラの、表面だけの見た目で推し量れること以上の何かを彼は知っていて。だから、その香りが自分の身に馴染むことも知っていた。
 心の奥にある柔らか過ぎるもの。触れてくれた人の、その温度を忘れられない……記憶力の良過ぎるココロ。
 苦しくなる。知っていてくれる人なのに。それなのに。いつか失わなければならないのに。それなのに。
「……彼には、アタシがこう見えるみたい」
 泣きそうになる気持ちは表には出さない。
「お幸せなことで」
 彼女は軽くテーブルに肘をついて、手のひらに顎を乗せる。
「それにしても……会わないようにしていたつもりだったのに、会っちゃったわね」
 回想に少しだけ心を囚われていた狭間に、また言葉がねじ込まれる。
「……何?」
「そう、……あなたがそうなんだ」
 ゆっくりと、ゆっくり過ぎるほど、視線がカミーラを舐めるように動いている。
 ぞわりとする。この視線は----タチが良くない。
「……ふふ」
 椅子に背を預けて、くすくすと彼女は笑った。
「そんなに怖がらないで下さい。あたしは彼を……落とせなかったですよ?」
 瞬間的に頭に血が上りかけた。わずかに腰が浮く。
「あは。こわーい」
 まるで楽しんでいるかのように手を口元に当てて大袈裟に身を引く。
「……退散した方が良さそうね。何だか、ちょっと殺気を感じちゃったから」
「アタシは……」
「邪魔しようなんて思ってないわよ? でも、お客としてリクエストくらいは、するかも知れないけど」

 軽やかに弾んでいたボサノバが途絶えた。気のない拍手がパラパラと鳴る。
 メイの観察眼は結局正しかったということなんだろうか。でも、彼が----コーネリアスの方が、彼女の気持ちに気づいていたとは思えないのだけれど。
 それはそれで不憫かも知れない。思わず苦笑が洩れる。
「……どうかしましたか?」
 彼女が去った席に座るプラチナの髪。
 外で会うことは今まであまりなかった。紫煙に薄く煙った彼との間は、こんなに近いのに、それでも遠い。いつもは----もっと近くにいるから。
「----なんでもない。仕事は?」
「もう終わりです」
 テーブルの上で重なっている手のひら。カミーラもその手に指を絡ませる。
「部屋に……来て」
 いつまでこうしていられるのか、やっぱり未来はまだ判らない。それを言い訳みたいにして。子供のように我がままに、ただ近くにいて欲しいと願うだけの子供になる。
 ほんの少し目を閉じた。メイに自分が言った言葉は嘘だったと、その時に気付く。
 ----こんなにも、こんなにもアタシは彼を縛ろうとしている。誰のものでもないアタシだけのものでいて欲しいと切望している。
「……もしかして」
 コーネリアスはようやく合点が行ったという顔でカミーラの耳元に口を寄せた。
「嫉妬……してくれていたんですか?」
 かあ、と頬が熱くなった。
「……な…っ……」
 カミーラの小さな声にコーネリアスは楽しそうに少しだけ笑う。そのまま立ち上がって、荷物を取って来ると言い残して席を外した。
 彼はすぐに戻って来た。そしてカミーラの手を取る。立ち上がった彼女が見上げた彼の笑顔は、不思議なほどの安らぎに満ちている。
「……大丈夫ですよ。そんな心配なんて、あなたにはさせませんから」
 見透かしたように微笑む。
 カミーラは、その胸に少しだけ体を預けて頷いた。自分の心の中にある想いを、何度も何度も確かめるように。

=== END === / 2006.3.15 / textnerd(a.k.a.cress@1169) / Thanks for All Readers!

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