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人狼審問 村モチーフ二次創作

   cry

I want your love, I want it right now,
because in my world there's only you.

--- "Only You" by Talizman


 昨夜から続いた雨はまだぽつぽつと窓を叩いている。
 心地いい気だるさを自分の身から引き剥がすようにカミーラは起き上がる。彼が部屋に来てからはほとんど眠っていない。それでも、眠い、という感触は何処にもない。
 いつまでこんな風でいられるのか判らないから。
 一緒にいられる時間があれば、一瞬だって無駄にはしたくなかった。彼が同じ気持ちでいてくれることは、もう疑う余地はない。
 言葉よりも指先や唇が、2人の間では雄弁になる。
 ----時間は、永遠ではないことを理解している。どんな些細なことだって、今日にやり残してしまえば、次に出来る機会はやって来ない。
 『明日』を信じる根拠がない。その断たれた未来が暗いからこそ、すべてを、今に燃やそうとする。

「……アタシを……疑うことはない、の?」
 雨の音に紛れたキスの隙間で。
「アタシはまだ、完全に『人間』だと証明されたわけじゃない……」
「そんな話は、今はしないで下さい」
 言葉は続かない。続けられない。

 出会って数日。こうなってから1日。それでも、不思議なほどためらう気持ちは最初からなかった。
 最初から全てを投げ出していた。相手が受け容れてくれるかどうかを見極めようとしていた。そして----言葉より先に心がつながった。そう思えた瞬間が、幾度となく繰り返されていた。

 あとは本当につながるだけだった。

 そうなってしまえば、言葉はむしろ邪魔になる。特に、防音性に優れているとはお世辞にも言えない建物では。
 声を殺す。殺した分だけ息は上がる。
 喉の奥で抑え切れない声がこもる。音に出来ない代わりに涙になる。
 子供のようにすがりつくことしか出来ない。しゃくり上げるように名を呼ぶ。ここにいる、と示すように彼が。カミーラを侵食して行く。
 ゆっくりと。

「あなたが人狼なら、私はもう生きてはいないでしょう」
「----どういう、意味……?……」
「……私はもう、あなたの中にいるから」

 誰にも聞こえない囁きが、体じゅうを駆け抜ける。
 最後の最後に。耐え切れずに喉から洩れた声を、愛おしむように彼がすくい上げる。
 唇から、全身から、広がる震えが止まらない。

 ----このまま溶けてしまえたらいい。自分と彼を隔てるものなんて、皮膚1枚すらもなくなってしまえばいいのに。

 途切れた記憶の最後に考えたことは、激情に飲まれて。
 そのまま----流れて消えた。

 最初は気にするほどの音ではなかった。
 まだ体の奥に残る余韻を抱きしめるようにブラケットごと体を抱いて、乱暴に脱ぎ捨てたままの服をそっと拾い上げる。
 みし、と軋んだその音は、木造のこの建物ではただの家鳴りと思うことも出来たけれど、こんなにも短時間で何度も聞こえて来るとなるとまた別物だ。
 彼はもう戻ってしまっている。最初に割り振られた部屋はこの部屋の3つ隣。階段を上がって、この部屋の前を過ぎて、更に奥へと向かった場所。
 焦る意識を抑えて服を身につける。汗はもう乾いてしまっている。
 鞄の中から、久しく武器として使うことのなかったナイフを取り出して手にする。
 その間にも木の廊下がまた小さな音を立てた。
 音が積み重なるたびに、部屋に澱んだ甘い空気が少しずつ拭われて行く。
 人狼騒ぎが始まった時からいずれは来るはずだった瞬間。占いによって彼が純粋に人であると----そしてまた、人でありながら人狼に協力する狂人でも恐らくないだろうと、それは議論の中で認められていたことだったから。
 ----彼は狙われる立場にある。そしてまた、守られる立場にはない。

 キイと微かに響く音が足音であることは予想がついた。それが誰のものであるかは見るまでは判らなかった。
 ドアを開けて外に出る。ひんやりとした早朝の空気で、さっきまで在ったはずの熱は一瞬で冷まされる。
 ぬくもりに包まれた幸せから、ひどく渇いた日常へのスイッチ。まばたきひとつで切り替わったその目の前に立っていたのは、

「…ローズ?」

 ふわりと彼女は身を翻す。
 カミーラはまだ誰も目覚めていないことを目の端で確認すると、人間にしては静か過ぎる足音を追って集会場を飛び出した。

 冬の朝日はまだ顔を出していない。恐らく地上にはもう出ているが、村の東側に鬱蒼と広がる森の枝に阻まれて、細い線の束のような光しか届いていない。
 その光を縫うように白のワンピースが走って行く。----否、走る、という言葉に相応しい動きとはまた違う。地の上を滑るような。枯葉の上を跳ねるような。
「ローズ」
 声にひくりと反応した。すうと通り過ぎた風。足が、静かに止まる。
「……何を、していた?」
 振り返った彼女は小刻みに震えていた。
「----ころさないで」
 か細い声はようやっと耳に届くほどに小さかった。
 カミーラは手の中のナイフを見下ろす。抜き身のままだったことに苦笑する。持つ方は護身とはいえ、咄嗟に逃げられたとしても確かに文句は言えない。
 ただの誤解だろうか。気のせいだろうか。何処か、奇妙な殺気のようなものを見たような気がしたのは。
 少しだけ微笑する。ナイフの刃を後ろに向けるように逆手に握り直す。
「悪い、別にアタシは……」
「ころさないで!!」
 弁解しようとした。その言葉を、彼女の何かに遮られた。
 じわりと染み出して来るそれが何なのか一瞬判らなかった。生ぬるく流れる先から、冬の朝の温度に奪われて冷めて行く。

 ----

「……いつもいつもそう。いつだってそう。私たちは……ただ……ただ生きるために必要だから……生きていたいだけなのに……」
 ローズは泣いていた。白くて綺麗だった手が赤にまみれている。ぼたぼたと地に落ちて行くその雫の中に、人にしては鋭過ぎる爪が覗いていた。
「……ヒトはいつも私たちを狩る……追いつめてころされる……私たちだけが……いつも……」
 しゃくり上げる。振り上げられた手が胸に食い込むのをぼんやりとカミーラは見ていた。
「返して……仲間を返して!!」
 ざくりと湿った音を残して体が抉られる。
 引き裂かれた悲しみが、外気と一緒に傷口に流れ込んで来る。
「----ローズ」
 くたりと全身から力が抜ける。目を閉じることが出来ない。見開かれたままの視界で、彼女が再び背を向けるのが見えた。
 咄嗟に。伸ばした指先は、ぬるりとした感触で滑りながらも辛うじて彼女の手首に届いた。
 地に倒れながらすがりつく。呼吸がどんどん出来なくなって行くその隙間で。
「彼には手をかけないで」
 振り返ったローズは、少しだけ唇を噛んでカミーラを見下ろしていた。
「アタシから、彼を奪わないで」
 ごぼ、と喉元から血がのぼって来る。
「ローズ……っ……」
 痛みは感じていない。多分、痛がる段階は一気に飛び越えて麻痺したんだろうとカミーラは思った。
「彼だけは……」
「----どうせ、あなたで最後だわ」
 吐き捨てるようにローズは叫んだ。しゃがみ込んでカミーラ肩口を掴む。
「私は殺される。抵抗することも許されず。遺言することも許されず----誰かを愛することすら、許されないまま死んで行くの。仲間と、少しだけ通じ合えたコトバだけを想い出にして。あなたには、」
 息を継ぐ。わずかな間。
「あなたたちには、ゼッタイに、わからない」

 ぐしゃりと、何かが潰れる音がしたような気がした。

「----アタシが人狼だったら、もうあなたを食べてると思う」
 激しく求め合ったその後で。まどろみに引き込まれるわずかな隙間に、カミーラは呟いていた。
 まだささやかな疑いは消えていない。彼の、カミーラを包み込んでいた腕に少しだけ緊張が走るのが判った。
「もどかしい……アタシとあなたが、別の体でいることが、もどかしくてたまらない……」
 そっと下りて来る唇が、言葉を塞ぐその前に。
「----もっとひとつになりたい。もっと、もっと深く……っ……」
 首筋から背中。優しく束縛するその掌に応えるように身を寄せる。一度は引いたはずの熱が、胸の奥でまた灯り始める。
 離れることが怖くなる。包み包まれていなければ生きて行けないと心が泣き出している。
「……アタシ……どうかしてる」
 上がり始めた息の隙間に小さなキスを繰り返す。
 くすり、と小さな笑い声が----彼の声が、ふたつの唇の間に零れる。
「人狼は夜に彷徨い、人を襲うと言われています」
「……うん」
「あなたには……彷徨っている時間なんてないはずですよ? ずっと、私が腕の中に閉じ込めているのですから」
「……うん」
「だから、そんなことを考えないで」
 囁く息が熱くなる。静まり返った夜の中で、自分の喘ぐ声だけが耳の中に響いて来る。
「……考えられなく、して」

 わたしという世界は、あなただけしかいなくなればいい。

 ----その答えは。
 言葉では戻って来なかった。

 ----それが最期の夜になることを、いつもいつも覚悟していた。
 流れ出る血と共に奪われて行く体温が、彼との思い出まで流してしまうような気がして。無茶と判っていても、かき集めてもう一度この身に抱きしめたいと願ってしまう。
 殺戮者は泣いている。小さな子供のように。仲間と引き裂かれた悲しみの涙。それはきっと本質的には、人のそれと変わることがない。
 憎み合わなければならない不幸。捕食されなければならない不幸。こころを、感情を持ってしまった不幸。いつも、殺される覚悟をしなければ生きられない不幸。
 変わらないのだ。それは。ヒトであろうとも、人狼であろうとも。
「……ローズ」
 ひゅうひゅうと洩れる息。いつまで喋っていられるのだろう。
「身代わりになれるなら……ルーサーやメイと代わることが出来たなら、あなたは、代わった?」
 ひくんと喉を鳴らした後で、ローズはこくりと頷いて見せる。
「私は何も出来なかった……殺されるのが怖くて、嘘をついた。でも……そのせいで生き残った……よりによって、私が……」
 体が自由に動かない。それでもカミーラは笑おうとした。
「……アタシを最後にして…そして逃げなよ……」
 唇をきゅっと結んでローズは首を横に振る。
「……会いに行く。メイとルーサーに、謝りに行くの」
「そうか……」
 最後の晩餐に選ばれたのか。
 少しだけふざけて付け加えようとした言葉は、既に声にならなかった。
「ごめんなさい」
 ローズの指先がカミーラの頬を撫でる。そのひとすじの跡に、また赤が滲み出る。
「その前に少しだけ……わかって欲しくなってしまったの。大切なひとを、奪われる悲しみを」
 ----それが愛する人であれ、心から信頼を寄せた仲間であれ。
 喪失することの悲しみを、わかって欲しかったから。

 ローズの言葉はもう既に、誰の耳にも届いてはいなかった。

次の日の朝、逃亡者 カミーラが無惨な姿で発見された。

=== END === / 2006.2.22 / textnerd(a.k.a.cress@1169) / Thanks for All Readers!

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