textnerd@works

  - 創作物置き場 -

RSS1.0


GunParade March(PS) 二次創作

   ゴージャスタンゴ 〜絶望の日・瀬戸口の場合〜

 瀬戸口の最近の日常はそれから始まる。毎朝、小隊配置表を覗き込むこと。
 スカウトに森と田代。一番機が中村で二番機が狩谷。そして三番機がののみと芝村。
 バタバタと戦死者が続出する中で、司令である速水が下した結論はとんでもないものだった。
 戦力になるやつは使う。そのためには、ウォードレスが着られない人間は戦車に乗せるしかない。そう思ったのであろうことは判る。
 で、人類不利のこの状況で阿蘇特別戦区。幻獣勢力が一番大きい所だ。
 瀬戸口はオペレータから動いてはいない----まだ、と言うべきか。速水は意地でも司令だ。降ろされても自力で復活してしまう。
 最初の戦死は壬生屋。あの戦い方で、この戦局では、いつこうなってもおかしくはなかった。
 そしてスカウトたち----元々の2人は、ミノタウロスに突撃して死んでいる。その次に、善行と滝川がスカウトにさせられて、やはり戦場で命を落としていた。
 見兼ねたのか、茜が自分を司令にして、比較的安全な熊本中心部に転戦させたと思ったら、彼も結局スカウトにさせられてしまい、----言わずもがな。あの体力でロケットジャンプで突っ込む勇気に感心はしたけれど。
 はぁっ、と溜め息をついてとりあえず自分の席に着く。机に頭を預けたまま動けずにいる間に先生がやって来て授業が始まる。
「ごめんなさぁい!」
 少し遅れてののみが入って来た。
「こらぁ、席に……。東原、大丈夫か?」
「だいじょぶなの! ののみ、がんばるの!」
 帆布のようなもので作られたリュックを背負って顔を真っ赤にしている。妙に重そうである。
 うんうん言いながら席に座ったののみの背中にあったのは、リュックではなく、くくりつけられた鉄アレイだった。
「……東原……」
 先生はしばらく絶句して、授業を始められずにいた。
 周りもしかり。
 みんなの突き刺さる視線は司令である速水に向いている。
 ののみだけは、自分ががんばればどうにかなると信じているのか、にこにこと椅子に座り、いつものように足をぶらぶらさせていた。

 その日。もう何度目か忘れてしまった大敗。
 スカウト二人と中村は戦死。複座型は、整備士たちがこぞって裏で結託したらしく、機体性能が物凄いことになっていて、その回避率で無傷の生還。そして、条件は同じはずなのに放って置かれたかわいそうな二番機狩谷は、それでも、整備もパイロットの仕事も両方自分でこなすことで機体を何とかマシなレベルに保つという、超人的な仕事ぶりで、ひどくギリギリの生還を果たしていた。
 物資の予備も相当キツいことになっている。加藤はまだ事務官として頑張ってはいるが、残念ながら戦局自体がひどいので、手配しようにもモノが何処にもないのだと愚痴っているのをちらりと聞いた。
 現状、在庫にある士魂号の予備機は全部軽装甲だ。だから、破壊された一番機と、故障がひどくて交換された二番機は、今は両方とも軽装甲。複座型は健在。
 そして配置換え。
 岩田が一番機、二番機の狩谷と複座型のののみ・芝村は動かず。スカウトは----田辺と新井木。
 ----二番機整備士が空白。
 前の戦いまでに見せた優秀ぶりがかえってアダになったのではないか、と瀬戸口には見えた。やれる、と思われてしまったのか----。
 当然ながら、狩谷自身は夜明けギリギリまで1人でずっと仕事をしていた。ハンガーをちらと覗いた時に見えた顔は憔悴し切っている。
 もたないかも知れない。

 ----その予感は的中する。


 次の出撃はこれまた激戦区の八代戦区。鈍足の複座型より前に当然のように出た狩谷機は、6体いたスキュラの集中砲火を浴びて撃沈する。岩田機も破壊はされたが、彼は撤退出来る----まだ。
 スカウト2人は、戦力としてはあまりに不慣れだった。それでも、彼女たちは必死の抵抗を試みて、それはただの抵抗として終わってしまっていた。
 友軍たちは撤退を開始する。戦力はただでさえボロボロ。
 震えながら戦果報告を繰り返していた瀬戸口の目前で、岩田はちらりと戦場を振り返った。そして。
「----岩田??」
 いつの間に調達していたのか、彼は突然ロケットジャンプで再び戦場に突っ込んだ。ミサイルの発射準備に入っていた三番機のために囮になるように舞い降りる。
「…………」
 彼めがけて幻獣たちがにじり寄る。複座型のミサイルの射界におびき寄せられる。
 発射。ののみの補佐が効いているのか次々に命中はすれど、ミサイルでスキュラは沈められない。煙幕弾頭・煙幕手榴弾の在庫もなく、出来るのは指揮車のみ。でも今からでは間に合わない。
 なす術もなく岩田が殺されて行く。
 残るのは芝村の判断で撤退を開始していた複座型のみ。
 ----通信機の向こうから微かに聞こえて来る速水の声。
「たとえ我らが全滅しても、最後の最後に男と女が一人づつ生き残れば我々の勝利……」
「----司令?」
 冷静な声は芝村。
「歌だ、舞」
 それこそ歌うように速水。
「----厚志?」
 珍しい。多少動揺気味の芝村の声も震えている。
「いい歌だよ----ガンパレード・マーチは」

 悪夢だった。

 幻獣勢力の増援も現れた戦場で、たった一機の複座型が相手にする羽目になった敵の数は39。
 歌のために撤退不可に追い込まれた幻獣たち、そして三番機。
 芝村は戦う。全力で。ガンナーのののみと声を合わせながら、確実に1体ずつの敵を相手にする。
 ミサイル倉の在庫ストックも存在せず、弾倉も切れ、手にしたアサルトの弾が尽きれば残るはただその太刀のみ。
 芝村がアサルトを捨て太刀を抜く。
 装甲1つあるとはいえ、士魂号の性能は落ち始めている。
 その機体で二刀流----。
「芝村----!!」
 瀬戸口の声は恐らく届かなかった。
 飛び出した突撃仕様を操っているのは今や芝村一人。白兵戦に入ってしまえばガンナーが出来ることは少ない。ののみはただ芝村の扱いやすいようにバックアップに回ることだけに集中する。
 周りを見て警告する。本来オペレータだった彼女は、戦場を見極めて誘導することにかけては当然のようにプロだ。
 芝村にももはや余裕はない。彼女とて人だ。だからこそ、ののみの幼い声に何度も助けられて致命傷を避ける。
「悪魔----っ」
 瀬戸口の歯の間から洩れたその言葉を。
「光栄ですよ、師匠」
 自分に向けられていると----速水は、即座に理解していた。

 ----芝村の戦い方は、彼女の生き方そのもの。
 瀬戸口の目の前で起こるその死は彼女のせいではない。
 でも、彼女がひどく耳障りな息とともにそう言った時、そこにぶつけるしかなかった。
「済まない、瀬戸口----守り切れなかった……」
 戦場の、ウォードレス姿の芝村。
 最後のミノタウロスをキックで撃破した途端に膝をついた、その第一声。
「済まない……っ……」
 流れる涙で視界が歪む。ただ白い血を流して崩れた三番機から目をそむける。
「……くっそおぉぉぉぉぉっ!!」
 子供のように泣くことすら出来ない。
 失ってしまった笑顔を思い出すことしか。
 ----ただ……叫ぶことしか。


 授業は、当然中止だった。
 ののみの棺に乗せられていたウーンズライオンが、今は瀬戸口の机の上に置かれている。
 ただ椅子に身を投げ出すように座って、触れることすら嫌悪するようにその勲章を睨みつけていた瀬戸口は、その勲章をそのままにして席を立ち仕事に向かった。
 ----必要な犠牲だとでも言う気か、速水。
 今朝、詰め寄った瀬戸口の前で速水はただ唇の端を動かしただけのようなひどく冷静な微笑でだけ答えた。
 その速水は、あれからすぐに複座型のパイロットに戻っている。そして、生き残っている整備士二人----遠坂とヨーコを三番機の担当につけた。
 もう一番機と二番機は永遠の空席だ。スカウトも。衛生官と事務官は、この戦局で部隊を維持するためには外すわけに行かないという判断だろう。それは、理解出来る。
 空席になった司令の代理を務めていたのは原副司令。
 彼女が、指揮車で故障状況を調べていた瀬戸口に声をかけて来る。
「----色男さん、ちょっと相談」
 見るからに疲弊し切った表情でも、少しでも笑顔でいようとする彼女は、大人だ、と瀬戸口は思う。
「何です?」
「----パイロット、もう複座型だけね」
「----ええ」
 彼女が腕を組んでちらりとハンガーを見る。その後で、真剣な瞳が瀬戸口をじっと見上げる。
「私は戦車乗りになる気はないのよ。この状況で戦場に出るなんてとんでもない。それに、あの人数の整備士がいた頃だって、ののみちゃん1人すら守り切れなかったのに、これ以上整備士が減らされるのも困る」
 痛みが走る。かろうじて顔には出さない。
「それで、----人が少ないし、もうこれ以上戦死者は出せない。だから、これからは複座型一機で全力戦。それしか多分、道はないわ」
「……良い判断と思います」
「ありがとう。----今は故障率90%の全損状態だけど、予備を回してもらう余裕がないそうだから、残る二人と私で機体は何とかする。パイロット二人は、私は好きにはなれないけれど、でも優秀だから安心はしているの」
「……俺もです」
「そういうこと。だから、私は司令代理なんてとっとと辞めたいわけよ。テクノに集中したいから」
「----?」
 手を止めて振り返った瀬戸口に、原はまたにっこりと笑いかける。
「あなたが指揮を執って。他に、出来る人はいないから」
「……はい?」
「部隊を、あの一機のためだけに運営する。そういう体制にするの。だから事務官と衛生官はそのまま全力を尽くしてもらう。指揮車の整備とオペレータの仕事は残ったテクノが時間を割くわ。出撃があれば遠坂くんに一時的にオペレータとして入ってもらうから。
 テクノの仕事が多過ぎる。バランスとしては。でも、パイロットが命を賭けている以上、こっちはそれ以外の全部を背負う覚悟で行く。
 だからあなたも----」
 速水のやり方に疑問を感じて、隊長技能を取ったのは確か。傍観するつもりでいた自分の心が、動き始めていたのも確か。
 自分の中の絶望よりも、その目の前に横たわった棺がもたらした絶望の方が大きかった、それも確か。
「だからあなたも、傍観者を気取るのはもう辞めてもらう。あなたが動かすの、この部隊を」
 原の白い指先が瀬戸口の胸元に突きつけられて。
「命令よ」
「そんな権利----」
「あるの、私には」
 少し揺れている原の瞳。
「じゃこう言えばいいの? ----『お願いだから』」
 彼女の涙がこぼれる前に、瀬戸口は無理矢理な笑顔を作ろうとして失敗する。でもその失敗した顔のままで口を開いた。
「女性にお願いされると、断りにくいね」
 それに答えるように原も、端正な唇を少し上げて微笑む。

 その翌朝----、瀬戸口司令が誕生した。


 最初の仕事は転戦。複座型一機で辛うじて相手に出来るギリギリのレベルの敵勢力の所へ。それまでの転戦歴と戦況報告を眺めると、速水は無謀なことをやり続けていた、としか思えない。
 でも、それが彼の決めたやり方であったのだろう、とは思う。ひどい戦局をとりあえず挽回するには、敵戦力の大きいところでその頭を叩きのめすのが有効だから。
 そして実際それは、莫大な損害を出しながらも効果は上がっている。
 それでも今は。瀬戸口は小隊長室の机で、自分の額を左手で支えるようにしながら、目の前に散らばった書類たちを解析しようとする。
 頭が痛かった。芝村準竜師直轄の小隊として、物資にせよ人材にせよ、他の小隊以上の力があったはずの5121小隊が、あまりに絶望的な幻獣勢力のためにここまで追い込まれている、その軌跡を辿ることは憂鬱この上ない作業ではあった。
 それでも、瀬戸口は終わらせなければならないのだ。
 終わらせなければ----永遠に救われない。
 自分が傍観者でいたばかりに散らせてしまった命も----自分自身も。
 彼の紫の瞳孔が一瞬だけ揺れて、そしてふわりとその色を変える。
 涙に洗われるように揺らいで青に。----薄く。

「弱気だね、司令さん」
 準竜師との通信を切った速水が、背中を向けたまま瀬戸口に向かってそう声をかけた。
「お前さんがやり過ぎたんだ」
「そうかな。あの一戦で八代戦区の勢力図がどうなったのか----」
「……ってる」
 確かに、それまで真っ赤だった勢力図は一挙に青くなり、周辺の小隊戦力も復活し始めている。
「あれを繰り返さなきゃ、今の戦争になんか勝てるはずない」
 椅子をくるっと回して、瀬戸口の方に向き直った彼は、司令の顔をしていた。
「勝つことが全てか、速水」
「そうじゃなきゃ、良くはならない」
「----俺は」
 これ以上死者を出さない方が大切だ。言いかけて飲み込む。
 それは、『司令』の言うことではないのかも知れない。いつか本田が言っていた----兵は、手足でしかないと。
「僕と舞を信じてるなら、逃げ出す必要なんかない」
「----お前さんは」
「うん?」
「もし、芝村が目の前で死んだとしても、同じことをしていたか?」
 赤。そして青。ふらふらと中間をさまよう紫。速水の、深過ぎるぐらい深い青の目に射られるように感じはすれど、彼の言葉は返って来ない。
 その沈黙が全てを物語る。
「----聞くまでもない、か」
 速水の、唇だけが笑った。


 出来ることは多くない。速水と芝村というたった2人が立つ、射線妨害のまるでないだだっ広いだけのその戦場。
 ただ見守るだけの司令という立場は、ある意味で望んでいた地位とさほど遠くはない。
「……任せてくれる、と思っていいんですよね」
 高ぶったテンションを無理に抑えつけたような速水の声がしている。
「ああ。支援する。出来る限り、な」
「ふふ」
 ハッチダウン。出撃。
 歌がなくても彼は出る。そして、踊る。
 その、ただ中へ。

 1対20。現れた敵を、くせで把握しようとして遠坂の声に遮られる。増援21。撃破した敵を含めれば1対41。
 普通の状態では戦えない、と誰もが思う。冷静にオペレータに徹する遠坂の声と送られたデータを見ながらスモークを優先して守る。
 守る? ----今更何を。
 ぎゅうっと目を閉じてそして見開く。コンソールにわずかに映った自分の目の赤に心臓を衝かれるように息が止まる。
 三番機が被弾している。性能低下。遠坂の声に珍しく混じった焦りに慌てて意識を引き戻そうとする。
「グッチ、どないした」
「回避行動は任せる」
「----へっ? 何する気」
「行く。少しでも出来る限りのことをする」
「ムチャやねんて、整備万全やないのに」
「君の腕を信じるよ」
 軽々しい口説き文句と同じように笑ってみる。加藤はただ胡散臭そうに『司令』を一瞥すると、
「ウチにその手は効かんって」
 怒ったようにむすっと言って、それでもハンドルをぎゅっと掴み直す。
「揺れるでぇっ!」
 ギアチェンジ。アクセル全開。瀬戸口がちらりと見ただけで、こくんと頷いた石津が、立て続けにジャミングとスモークを撒き散らす。
「どうする気ィ!」
「散らせばいい、ヤツが動き出すまでのただの囮だ!」
「かーっもぉ、速水よりキッツイわ、グッチ司令! あんた自分の命、粗末にし過ぎとちゃうっ!?」
 ぐいっ、とハンドルを切って回避する。予想以上に加藤はプロだ。瀬戸口は頭の片隅で感心しながら複座型の動きを見る。悪くない。
 ミサイルの発射と共にようやく三番機が動き出す。左手の太刀が踊り出る。一瞬も止まらないその動きに。
「小物は惹きつけるっ。頭を潰せ!」
「当然っ」
 速水の声は明らかに笑っていた。
 残るスキュラ11体。速水はその剣のみで次々と落として行く。石津と瀬戸口の間にはもう言葉は存在しない。速水の動きとオペレータから来る位置関係と。最良のタイミングを打ち出すのはただ目配せだけで、絶妙に張られては晴れるスモーク。
 回避。近づいては逃げて。スモークとジャミング。加藤は「うぎゃぁぁぁっ!」とか「何すんねぇぇぇぇんっ!!」とか絶叫しながらも全く被弾せずに指揮車を転がしている。
 でも新たな目標に興味を示した幻獣たちとの距離は縮まって行く。
「しれぇ……」
 ぜぇはぁ言いながら加藤がハンドルを目いっぱいに切る。
「正しい判断だ」
 一目散に退却。追われるであろうことを覚悟してジグザグに避けながら。
 速水が5体目のスキュラを沈めた瞬間にようやく形成が逆転する。指揮車に向かい始めていた幻獣達の照準が反転して、次々と非実体化が始まる。
「た、助かっ……」
 言葉の安堵感とは逆に、加藤はシートに座り直す。
「萌りん、小さいのなら何とかなる?」
「……そうね……」
 バイザーを下ろす石津。
「グッチ、仇討ちや!」
「OK」
 三番機とともに消えかける幻獣達の痕跡を追いかけて削る。
 速水機の動きは掃討戦であろうとそうでなかろうと基本的にはあまり変わらない。
 ただ位置を知り、そこに飛ぶ。そしてガンナーが撃つのを待ちながら次の位置を選ぶ。
 (……絢爛舞踏は)
 瀬戸口はただ状況を把握しながら目を細めて。
 (結局は踊るだけなのだ。何処に脚を置くか。何処に舞い降りるか。)
 最後の幻獣が地に崩れる、その様をスロウモウションのように見送る。
 (その脚が地についた時に----もう勝負は決まっている。)
「……イカス! だねっ」
 楽しそうに呟いて笑う。
 そのパイロットは、もう瀬戸口の手に届かない動きを探し当てていた。
 それこそが。
 (……絢爛舞踏[ゴージャスタンゴ]。)


 それが絶望の中の希望であるはずなのに。そこに伴う痛みを拭い切れずに瀬戸口はため息をつく。
 たった一機で叩き出した大勝。限界までその一機を整備して仕上げたテクノと、やがてひとではなくなる可能性に近づいたラインの勝利。
 ハンガーに戻された複座型は絶望と悲しみの声を上げている。
 それと同時に心の底から震えるように彼を待つ心。
 ----ヲ許セ……
 ----ノタメニ使エ……
 ----ヲ……
「るさいっ……」
 頭の芯に響く声以前の声は、耳を塞いでも遮れない。
 ただ見開いた赤の目から零れる涙は彼のつまさきに落ちて広がる。

 せめてヤツは、とその時に思う。
 彼がそう呼ばれるようになったその時には、決して自分と同じ道に歩ませてはならないと思う。
 せめて伝えなければ。せめてそれだけは。
 そうすれば彼が赤になることはない。抉られるような絶望と悲しみに押し潰されて、ただ死ぬのを待っているだけの自分とは違う。
 せめてあの子が生きていれば。
 でもそれすらも叶わなくなった今は。
「……司令?」
「あん」
 ぽややんとした速水の声。
 まばたきでごまかして、見上げているふりで顔を見せない。
「信じて下さいよ。信頼するってことは、多少無茶をさせるってことですよ」
 芝村みたいなこと言うんだな。
 言葉は飲み込んで、
「らしいな。でもまだしばらくはここで粘るよ」
「うーん」
「司令は俺なの」
「……はいはい」
 くすくす、と楽しそうな含み笑いと一緒に足音が遠ざかる。
 その存在をまだ希望に出来るなら、この絶望の日々にもまだ守る価値はあるのかも知れない。
 まだ早いだろうか。諦めるのは。
 あの失った笑顔を取り戻すことは、もう出来なくても。

 瀬戸口は歩き出す。捨てたはずの日々を拾うようにしながら。
 ただ続く戦いの先を見ようとしていた。
 あの少年が辿る未来を、見ようとしていた。
 (そう----都会へ行った孫でも見るつもりで、な。)

 星を見上げる彼の瞳は、その闇と同じように深い深い青色をしていた。

=== END === / 2001.02.10 / textnerd / Thanks for All Readers!

textnerd@works内検索 by google

category list

other contents

contact textnerd