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GunParade March(PS) 二次創作

   みんなで資金調達

 速水総受。
 ばーん、と目の前に置かれた原稿用紙の鮮やかな墨色に、加藤は一瞬、顎が外れそうになった。
「……壬生屋さん」
「はい」
「……いい資金調達って……」
「これです」
 ぶ厚い原稿用紙。黒々とした達筆。恐る恐るページをめくったその下は鉛筆書きだったが、いきなり濡れ場。そして以降は、世界5人目の絢爛舞踏があられもないことになってしまっている描写が、そりゃもうびっしりと。
「……いや、あの……」
「このようなものを好む方々はお金に糸目をつけませんのよ? 言い値で売れますわ、保証します」
「……そうかも知れへんけど……」
「今は一番いい時ですわ。新たな絢爛舞踏の誕生、しかもあれだけの美少年でぽややんで甲高い声してますのよ。こんな逸材、今ネタにしなかったらいつするんですかっ」
「……そういうことやないねんけど……」
「加藤さん、あなたは『まぁけてぃんぐ』というものを学ぶべきなんです!」
 うっとりとどっかに行ってしまった壬生屋を見上げて、
「……でも、一応、自分の彼氏やなかったん? 速水くん」
 その言葉で我に返るかと思いきや、
「うふふふふ」
 不気味な笑い声が始まってしまった。
「だからこそ自信作ですのよ、加藤さん……」
 ……加藤は本気で速水がかわいそうだと思った。

 とはいえ、結局預けられてしまったその原稿用紙を前にして、加藤はしばし思案する。隊の財政は切迫していて、食糧調達もままならなくなっていることは確か。どんなことでも金になるんだとしたら、試さないで捨てるには惜しいかも知れない。
 まずは市場調査、と自分に言い聞かせて、向かった先は尚敬高校だった。
 毎朝のように速水親衛隊とやらを結成して騒いでいる女子の1人を廊下で見掛けて捕まえる。そして壬生屋の書いたあれやこれやな概略を小声で説明してから、聞いてみる。
「……読みたい、と思う?」
 その女子は一瞬怪訝そうな顔をしたが、加藤の顔が真剣なのを見て、少し顔を赤らめて頷いた。
「……そ、そういうものなん? 相手、男やのに?」
「いいえ」
 何やら強い意志が目に宿った。
「たとえ小説の中でだって、私の厚志様が他の女といちゃいちゃするなんて許せません。それがヲトメというものです」
「……男ならいいの?」
「他の女といちゃいちゃせずに、厚志様があられもないわけですから、それはそれで結構おいしいと思います」
「…………」
 加藤は、そういうものなのか、と思うと同時に、今まであまり知らなかったそちらの世界の存在理由が、少しだけ判ったような気がして来なくもなかった。
「あ、あんなぁ。他の親衛隊のメンバーにも、需要アンケートっちゅーやつをやってみたいんやけど……」
「……ええ、いいですよ」

 こうして、加藤は、速水親衛隊同士を結ぶ「厚志様FC同盟」なるものの会合にまで招待され、そこを通じて、今や全国20万人と言われる速水ファンからのアンケート回答を集計してみた。そして、
「……採算、取れる」
 という裁定を下した。
 採算取れるものを商売にするのは商売人として当然の権利である。
 加藤は早速、まずは原稿用紙に書かれたそれを電子化する手段を考える。いくらなんでもこれをそのままコピーして売るわけには行かない。
 そこで最初に相談したのは、コンピュータに強そうな芝村だった。


「……OCRソフトとな」
「うん。ちょっと、急ぎで電子化したい手書き文書がぎょうさんあってな。芝村さんなら何か知ってへんかなーと思って」
「ふむ。しかし、OCRは筆跡が活字に近いほど綺麗でないと、あまり役には立たんぞ。多目的結晶を操作して、読むだけで電子化出来るというソフトが秘密裏に開発されておるんだが、試してみるか?」
「ええっ! 読むだけで?」
「そうだ。脳波を直接接続するそうだ。今の仕様では、いったんネットの中にデータを放り投げることになってしまうので、機密文書には適さぬが」
「ええね、それ。ウチでも出来る?」
「無理だ。そなたの知力では」
「……、そ、そう……知力、ある程度ないとダメなん?……」
「そうだな。私か速水ぐらいには」
 今から自分で訓練していてはとても間に合わない。コツコツキーボードを叩く方が多分早いだろう。
 がくっとうなだれてしまった加藤を見て、芝村はそっと肩に手を乗せる。
「急ぎと言ったな。私で良ければ時間を作るが。日本語を読んでデータ化するだけであろう?」
 それはとても頼めない。壬生屋に速水を取られて以降も、舞→速水 友情+120 愛情+120なのは、加藤もよーく知っている。
「ええよ、コツコツ自分で何とかするわ……」
「加藤。何を遠慮している。私と親しい者はそう多くない。事務官のそなたの仕事を助けることはこの隊のためにもなる。そなたの友をもっと信頼せよ」
 いや信頼はしているけれども。加藤は、尚も協力しようとする芝村を振り切って小隊長室に戻る。

 鍵のかかった引き出しに収められたそれを、善行司令が少し席を外した隙に持ち出して、詰め所の端末に座る。
 そして、ひたすら地道にキーパンチを開始した。
 数時間かけてようやく第1章(瀬戸口×速水)を打ち終わった頃には、そちらの属性のない加藤は少々気分が悪くなっていた。よくぞここまでねっとりとまぁ書けるものだと思う描写の連続であった。
「……この濃さが続くんかいな……」
 げんなりしながら第2章(来須×速水)に手をつける。
 こうして第3章(善行×速水)から第6章(狩谷×速水)まで終わったところで、夜が明けて来た。家に帰る暇も惜しいので、そのまま詰め所の布団で少し横になる。もちろん、毛布の下に原稿はしっかり抱えている。見つかりでもしたら大変だ。

 だがしかし。目を覚ました加藤を襲ったのは恐ろしい現実だった。自分の手の中から、原稿が消えていたのである。
 がば、と跳ね起きる。いつの間にか何処かに蹴っ飛ばして散らばりでもしていたのかと慌てて見回すが、何処にもない。その代わりに目に入ったのは…。
「し、芝村の姫さんっ!」
 顔面蒼白。彼女が手にしているのは明らかに……。
「あ、あああ、あんな、それは、その、あの……。う、うちじゃないよ? うちじゃないからな? そんなん書けへんもん!」
「………邪魔するな」
 地を這うような声で芝村が言う。
「う、うう……」
 何もそんなにじっくり読むことはないでしょう、と加藤は思っていたのだが、芝村は顔色ひとつ変えずにぱらぱら原稿をめくっている。
 そしてそのまま数十分も経った頃、芝村は、はぁ、と大きな溜め息をついて原稿から目を離した。最後のページまで行ってしまっている。
「……あ、あんな、姫さん……」
 口を開こうとしない芝村におずおずと声をかけると、
「まあ待て」
 そう言って芝村は目を閉じた。
「え?」
「----よし。終わった。そのメールのURIから早めにダウンロードするが良い」
 ピン、と手首が鳴る。
「え? ええええええ?」
「私は詳しくはないが、そのような文書に需要があることぐらいは知っている。全く、そなたのしたたかさには恐れ入るな。だが、この戦況でこのご時世だ。娯楽も少ない。そのような文書で人々の心が潤い、士気が高まり、ついでに資金調達が出来るというなら、それはそれで悪いことではなかろう」
 腕を組んで朗々と語る芝村を、加藤は今度は呆気に取られて眺めていた。
「か、かまへんの……?」
「構うも何もない。損する者は誰もおらぬ。ヒーローとは同人のネタにされやすいものだ。有名税だ。速水本人が実際に陵辱されていたら許さぬが、所詮はフィクションではないか。何を目くじら立てることがある」
 さすがヒーロー。加藤は、その度量の広さに呆れたり感心したりしながら、早速データのダウンロードのためのデータセルを準備する。
「では私は行く」
「うん。ほんま、おおきに」
 芝村は詰め所のドアに手をかけて出て行こうとする。その直前に、何やら思案するように少しだけ天井を見上げた。
「……加藤」
「ん? 何?」
「第9章だが、少々無理があるような気がするのだがどうだろう。滝川を攻めにするなら、すがり攻め(※注1)辺りの方がもう少し自然ではないだろうか。そなた、どう思う?」
「-------------はいぃ!?」


 加藤が何やら怪しい本を作っているらしい。その噂は、小隊の女子の間で密かに囁かれるようになった。それと言うのも、芝村が「すがり攻め」なんて言葉を迂闊に口に出してしまったことがそもそもいけなかった。だが、どっちにしろ、セメだのウケだのという言葉の意味が判らない人にとっては大して価値のある情報ではないわけで、結果として噂は女子の間でだけで潜伏することとなった。
 芝村のお蔭もあって、無事全13章(生徒10人+坂上+準竜師+壬生屋オリジナルキャラクター、さすがにブータは無理だったらしい)の本の全容が見えて来た。初版はとりあえず1万部と決めた。ちなみに予約特典は速水本人の生写真ということにしたら、予約だけでそのぐらいに届きそうになってしまったのだから仕方ない。
 小隊の中に置く場所はないので、加藤はバイト先である裏マーケットのおやじに相談を持ちかける。その手の本の存在価値を十二分に理解していたおやじは、倉庫の片隅を貸してくれると約束するばかりか、少々の手数料で販売窓口を引き受けれるとまで言ってくれた。何よりである。尚敬高校と小隊内と周辺の小隊には、予約特典の引換券とともに裏マーケットを案内することにする。本自体を郵送するよりも送料がだいぶ安くつくことになりそうだった。

「ねえねえ、加藤加藤」
 一応、事務官の仕事もちゃんとこなしていた加藤に声をかけて来たのは、森だった。
「何?」
 森はちらりと善行司令の方を見る。そして、「ちょっと話、あるんだけど」
 その目配せから、例の本のことらしいのは理解した。この所、森はずいぶん気になるらしく、事前にちょっと見せてくれないかなあ、なんて何度かカマかけて来たりしている。
「あの話なら、断ったはずやで」
 牽制すると、森はちょっと怪しげな笑いを浮かべた。
「今日はちょっと事情が違うんだけどな」
「え?」
「見て欲しいものがあるから、来てくれない?」
 何事かと不思議そうな善行の視線が少々痛かったが、その何やら自信に満ちた笑顔が気になるので、加藤は大人しくついて行ってみることにする。

 連れて行かれた先は、ハンガー2F。いつも森たちが仕事している場所である。
 そこに、整備士女子連中がずらっと揃って加藤を待ち構えていた。
「……何やの、揃いも揃って……」
「加藤さん」
 優雅な指先を加藤の肩に乗せたのは原主任。
「あなた、あれは隊の資金調達のためにやっているのよねえ?」
「そうや」
 迷いはない。加藤はそっちの趣味はないから、ただ儲けようとしている以上の意味はない。
「それなら、私達も協力出来るんじゃないかと思って」
「え? もう原稿出来とるし、そんな、あとはウチ1人で平気……」
 ぱさっ。
 加藤の目の前に紙が差し出された。
「……何?」
 思わず受け取ってしまってから、しみじみと眺めて----絶句した。
「それは森さんの作よ。なかなかでしょう?」
「バカ、加藤、固まってるぜ? 俺はこう、下半身は切るとか、もうちょっと色々ごまかしてロマンチックにした方が良かったんじゃねえかって思うんだよな。加藤もそう思うだろ?」
「なーに言ってんのよ、今どきのオンナノコはカオリンご愛読の少女漫画雑誌みたいなのは甘っちょろくてダメダメ! そんな普通に買えるものにわざわざ金出さないよ? やっぱサイフ開かせるならそれなりにさぁ」
「あの、私もこういう世界はよく判らないんですけど、でも、発送のお手伝いとかなら、しますぅ。バイトで少し、経験ありますし……」
「クリサリスの足、モット筋肉あるデスよ? 足りないデス。わタシも描くの手伝いまショうか?」
「そったらこと言ったって、男の人の足じっくり見たことないもん……大介ぐらいしか……」
 加藤を絶句させているその紙に描かれていたのは、目にいっぱい涙を溜めて悶えている速水を抱き上げている来須の絵だった。
 2人とも素っ裸。
 あえて説明するなら男同士で駅弁。可能なんでしょうか。
「あ、あああのねあんたたち……」
「文字ばっかりはダメよ、やっぱり絵がないと、予約客以外の『一見』に買わせるにはそれなりに見た目アピールが必要でしょう? 立ち読みした時にさらっと開いて目に入るインパクト。大事よ?」
 主任のにこやかな言葉に、みんなでうんうん頷いている。
「だ・か・ら」
 さらににじり寄る原。
「見せなさい。美麗なイラスト付けさせてあげるから。画材、揃えてもらえるわよねぇ? 事務官さん?」
「付けさせるって……描くのうちだけぇ?」
「資料なら提供出来マスヨ? お弁当届けるついでに隠シ撮りデス!」
「あ、あの、資料なら私も……カメラ貸して下さるなら……。それに、色塗りとかトーン貼りとかならお手伝いしますぅ。バイトでやったことありますし……」
 周りのそれはともかく。
 『見せなさい』である。原の命令口調である。それに逆らったらどうなることやら少々怖いのである。加藤は、壁際に追いつめられながら仕方なく頷いた。


 そんなわけで、数日後には、加藤と森を中心に、放課後に尚敬高校会議室にこもって修羅場、という日々がスタートした。ちなみに、会議室を深夜まで占有出来るのは、もちろん厚志様親衛隊の助力あってのことである。
 小隊の女子も、代わる代わる理由をつけては会議室を訪れた。

 どうしても滝川の扱いに納得が行かなかったらしい芝村が、壬生屋を引き連れて現れて、第9章の全面書き直しを要求した。数時間ほど2人でああでもないこうでもないとプロットを練り直し、「来須×滝川前提で、速水くんに慰められてるうちに、自分の不甲斐なさにヤケを起こして滝川暴走」という辺りに落ち着いたらしい。壬生屋は正座して書かないと乗らないんですと床に座って、パイプ椅子を机にして2日ほどかけて書き上げていた。
「ちなみになんでそんなに滝川の扱いにこだわるん?」
「別に滝川をどうこう思っているわけではないが」
 完成した(第2稿の)第9章を「入力」しながら舞は言った。
「私は芝村だからな。世にある様々な書物を読んでいる」
「はあ」
「その中にはそういうものも数多くあるわけで、そのようなものの需要が世にあることも知っている」
「はあ」
「人には楽しみが必要だ。いずれ我らが支配する国民たちとて楽しみは必要だ」
「そらそうでんな」
「どうせ娯楽の道具を作るのであれば、最大限に楽しめるものを作る方が効率が良かろう」
「………」
「なんだ、文句があるのか」
「いえ、ありまへん」
「世にあるそのような書物やら需要やらを分析するとだな」
「はあ」
「ああいう犬っころみたいな少年が、泣きながら襲いかかったりしちゃうシチュエイションは、きゅんと来るものなのだ」
「………ひ、姫さん!?………」
「私が言ったのではない。我が国民がそう言っている」
 ちなみに全く表情は変わらない。まるで戦術の話でもしているかのように淡々と話している。口調と顔だけ見ていれば大統領演説ですと言われても誰もが信じそうなほど、確固たる信念のありそうな雰囲気が漂っている。
「我らは我が国民を守る義務がある。そして我が国民の精神衛生も守る義務がある」
「……本気で言ってますの……」
「当然だ。----終わったぞ」
 原稿を加藤に返す。多目的結晶にメールが入る。
「あ、お、おおきに……」
「……しかし、壬生屋もなかなか頑張ったではないか」
「ありがとうございます」
 少し前まではえらく仲が悪かった2人が、何やら一仕事終えた連帯感でお近づきになったらしい。にっこりと笑顔を交わす。
「どうだろう、ついでだから眼鏡は鬼畜攻め(※注2)ではないのか」
「ひ、姫さん、も、もうやめてぇな……」
 また何かを改定されたらホントに間に合わなくなる。加藤は「我らの国民の精神衛生」に熱心な舞を止めようとすがりついたのだが、舞は「ふむ」と腕を組むと、
「よかろう。では狩谷はやめて善行にするか? 別に人選はどうでも良いのだが、我が国民の総意として眼鏡は鬼畜攻めなのだ」
「別になっちゃんはやめてって意味ちゃうって! それに何やねん国民の総意って!」
「善行の章? あら、そういうことならかなりお手伝い出来ると思うわ。あれの鬼畜ぶりはちょっと中途半端なのよねえ。せめて速水くん相手にはもう少し……」
 いつの間にか原主任までやって来て、3人で第3章のプリントアウトを囲み始めてしまった。
「みんなもぉやめてゆーてるのにー!!!」

 田代は最後まであまりハードコアな描写は嫌だとさんざんケチをつけていた。
「せめてアカハヤ(※注3)ぐらいソフトに耽美系で行けないのかー?」
 すっかり専門用語をフツーに操りながらの言葉に、森はきっぱりと返す。
「いえ。壬生屋さんはよく理解していると思うわ。大介は……」
 一瞬、何かを思い出したように遠い目をして。
「かなり、ハードよ」
 どういう意味なのか全員気になっていたが、誰も聞ける空気ではなかった。
 そしてその隣では、「口が悪い美少年は、言葉攻めで目一杯焦らしまくった上にかなり激しい、というのが国民の総意だ」と自信たっぷりに言い切る芝村が、深々と森の言葉に頷いていた。
 加藤は、このプロジェクトに自分が参加したことを後悔し始めていた。----その時に。
 がた、とドアが鳴って、そろそろと動き始める。
「え? あれ? 鍵は?」焦る森の小声に、
「え、森ちゃん閉めてくれてなかったん!?」加藤は慌てて絵を隠そうとする。
 だが一歩遅く。がらっ、とドアが開いて、入って来たのは、当の茜本人だった。
 今までこの修羅場を男性が目撃したことはない。ましてや茜→速水 友情+120 愛情+120状態なのは加藤もよく知っている。こんなの(森の「ハードな」絵)を見られたら何を言われるか判ったものではない。
「……何してんだよ、女ばっかで集まって」
「あ、あんたには関係ないのっ! ……ああ!?」
 森の隠し切れてなかった手許から、するっとラフ画を引き抜かれた。
 ----もうだめだ。
 そこにいる連中は一様にがくっと肩を落とす。せっかくの売上が(加藤)、わたくしの傑作が(壬生屋)、私の力作が(森)、国民の総意が(芝村)、ソフトで耽美系が(田代)。
「……フン」つまんなそうに眺め回す。「なってないな」
「……な、何がよ?」
 その小馬鹿にしたような口調に、恥ずかしさより絵師としてのプライドの方が先に出てしまった森が食ってかかる。
 茜は、絵の一部をとんとんと指差しながら、とてもとても冷静に指摘した。
「こんな角度で入るかよ、バカ」

 凄いスーパバイザーを得たせいか、士気があがった!
 凄いスーパバイザーを得たせいか、疲れが癒えた!
 凄いスーパバイザーを得たせいか、全員がガンパレード状態になった!
 おまけにみんな、茜くんに頭があがらなくなった!
 茜の発言力+1000!
 みんな(女子のみ)の茜に対する友情値+30!


 速水厚志は「悪いうわさ」に悩まされていた。
 それまで、普通に話そうとしただけでもあちこちから割り込まれたり、やたらに弁当を貢がれたり、一緒に歩こう提案を連発されたり、そりゃもう大人気だったはずの自分には、悪い噂の材料なんてあるわけないと思っていたのに。
 発言力だってもうすぐ6桁に届く。魅力だって最近サボっているけど[A]はキープしている。女の子は恋人の壬生屋一筋だけど男は全員Hな雰囲気になってしまう有り様なのに、何故、悪い噂が流れるのか。
 おまけに、最近、やたらにまとわりついて来ていた男の子たちが全然寄って来なくなってしまった。それはそれで学園生活がスムースに運ぶので悪いことではないが、それにしても、何か意味ありげに奇妙なものを見るような目で見ては走り去って行く。
 絢爛舞踏を取った日にもこんなことがあった。でも少なくともみんな話してはくれた。最近は、全員が遠巻きに自分を見ているようで、落ち着かない。
 昼休みに恋人の壬生屋とランチを広げながら、速水は何気なくその話を持ち出してみる。でも、壬生屋は逆に膨れてしまった。
「……そんなに、殿方とHな雰囲気になりたいんですか! 不潔ですっ!」
「そ、そんな意味じゃないけど……でも今まで仲良くしてくれていた人が、突然離れて行ったら、不思議に思うのは当然だろ?」
「嫌です。聞きたくありません。不潔です。未央のことだけ見ていて下さればいいのに……ひどいですわ」
「あああもう……」
 壬生屋からすれば、「殿方とじゃれ合う」のはただの友情とは捉えてもらえないのを忘れていた。壬生屋は瀬戸口に争奪戦ふっかけようとした前科の持ち主なのだ。
「……ゴメン。反省してるよ。ねえ機嫌直してったら……」
「他の方とじゃれ合うのはやめて下さい。殿方もです。その……、じゃれ合うのは、わたくしだけに……」
 ぱあああ、と顔に紅が散る。勢い余ってなんてことを口走ってしまったのかしら、と目が言っている。
 そういう所がかわいいんだけど、なんて思いつつぽややんと微笑みながら、
「そうだね」
 と答えておいた。

 速水は放課後、仕事を終えて、久し振りに裏マーケットに足を運んだ。
 その時に、今まで見たことのない本が置かれているのに気がついた。しかも平積み。でも、読書している時間があるわけでもないので、早速、目的である弾薬の在庫に目を向ける。
 だが、彼が店の中にいる間に、その本が次から次へと売れて行くのを見て、さすがにちょっと興味を惹かれた。この戦況でベストセラーとは珍しい。よっぽど面白い本なのだろうか。
 ふと見ると、先ほどまでは5冊は残っていたと思ったのに、最後の1冊になっていた。
 他の客は誰もいなくなった。速水は、数瞬の迷いを振り切るようにその本も手に取ってしまった。
 裏マーケットのおやじは、その本を速水が手にしていることに凄く驚いたようだった。その意味を理解したのは、彼がそれを部屋に持ち帰って読み出したその時だった----。


 朝から、学校中が何故かピリピリした雰囲気に包まれている。
 特に速水のそばを通ると、それはもう全身に静電気が走りそうなチリチリした異様な緊張感が漂っていた。
 こりゃ、バレたかな。と加藤は内心思っていたが、こっちにとばっちりが来ないうちは黙っていようと、あえて何も言わないでいた。
 昼休み、いつものように恋人同士でランチをしようと、言うべきか言わざるべきか少し戸惑っていたらしい壬生屋に向かって、速水はいきなり
「迷刀鬼しばき持ってただろ?」
 と提案し始める。何故か怒り顔MAX。
「この本と交換してくれないか?」
 ばんっ、と机に叩きつけられたそれこそが。
 教室にいた全員が一気に不安状態に陥った。速水の不機嫌のせいでピリピリな雰囲気は消えない。
「な、何ですか、その本は」
 少し動揺しながらも冷静を装って返した壬生屋に、速水の罵声が畳みかける。
「他に誰が書けるんだこんなの!! 僕が鎖骨攻められると弱いって知ってるのは未央だけなんだからっ!!」
 ----あれ、事実だったのか。
 その場の全員が心で深く納得していた。って全員読んでるのかよ。
「あ……いや……それは……」
「誰とHな雰囲気になったって、鎖骨許してたのは未央だけだったのに!! 僕は……僕は一途だったのに……ひ、ひどいよ、僕をおもちゃにするなんてっ!!」
 机(の本の上)に突っ伏して泣き崩れた速水を、何も言えずに全員が見つめている。
「もう別れて……こんなことされてまで付き合えない……」
 泣きながらこもった声でそう言われて、壬生屋は俯いたまま、それを了承した。

 数日後、ずっと泣きっぱなしだった速水に芝村が告白した。芝村の言い分としては、職場が暗い雰囲気で仕事にならないからということになるが、まあ元々友情+120 愛情+120状態だったのだから当然の帰結とも言えた。
 ちなみに、悪い噂に影響されない芝村は、例の本の内容のことも全く気にはなっていないらしく、本当にただネタにされただけで、速水本人は男色の気はないと普通に信じているらしかった。
 学校では、しばらく落ち込み気味だった速水にも笑顔が見え始め、ようやく通常の部隊運営が戻りつつあった。


「加藤」
 小隊長室で仕事をしていた加藤にかけられたその声は芝村だった。
「何?」
 所用で出ていて善行司令がいないので、気軽に返事をして顔を上げる。その目の前で、芝村はぷよぷよしたデータセルを手にして仁王立ちしている。
「件の本だが、ずいぶん小隊の物資の充実に貢献したようだな」
「そやね」
「続編を望む声があるという噂も聞いておるが」
「……そやね……」
 答える加藤の声はげんなりしていた。確かにそれはその通りなのだが。正直に言えば、もう関わりたくはないというのが本音だった。
 壬生屋も、例の別れ話がそれなりにショックだったのか、もう速水をネタにはしないと決意しているようだったし、このままきっぱり縁を切って終わらせるつもりでいたのだが。
「何をげんなりしておる。続編を望む声、即ち、商売のチャンスではないか。とりあえず、これを見てはくれぬか」
 芝村はデータセルを加藤に差し出した。
「……は?」
「良いからちょっと読んでみて、その、……感想を聞かせてくれぬか」
 ……嫌な予感がした。
 ……ものすごーく嫌な予感がした。
 ……泣きたいほどにものすごーく嫌な予感がした。
「加藤」
 深刻に迫られたので、仕方なく多目的結晶に投入する。
 その内容は。

 速水総攻。

「加藤……あいつは、あいつはあんな顔して攻だぞ。それはもう物凄い攻だぞ。私は……体があちこち痛いのだ。あれでは、体があまり丈夫ではないからそのうち壊れそうな気がする……。壬生屋は道場の生まれだから、幼い頃から体を鍛えておるから耐えられたのであろうか……私は、私には鎖骨攻めなんてことを考えている余裕も……いや私と厚志のことはどうでも良いのだ、とにかく、それだ」
「……ひ、姫さん……これ……」
 ありとあらゆるボキャブラリィで語り尽くされる、まさに豪華絢爛な速水総攻が、そりゃもうみっしりと。
「まあ瀬戸口とか茜とかは割とすんなり行けたのだ。問題は、その……最近はあれだ、巨体受け(※注4)とかいうものも国民の総意であるらしいが、あれはなかなか難関であった。若宮は軍人カタギで階級で服従させられるといった設定を作りやすかったのだが、来須はなかなか難しくてだな」
 知力があり記憶力もある芝村のことだ。様々な取材もしたであろう、さらにリアルな情景がそこに展開されていた。彼女の性格なのか、非常に文体が冷静で緻密なので余計にタチが悪い。
「……ううう……」
「……やはりあれだろうか、ろまんちっくとやらが足りぬか? 実は田代にも指摘されておるのだ。行為の過程の描写については、それなりに勉強したので自信はあるのだが……」
 ----そういう問題と違う、と言い出すだけの気力も、加藤にはもう残っていなかった。

=== END === / 2001.08.03 / textnerd / Thanks for All Readers!


※注1 すがり攻め
 精神的には受な立場の方が一方的に相手を好きで、泣いてすがってパニックついでに勢い余って突っ込んじゃって攻めになる。
※注2 眼鏡は鬼畜攻め
 普段マジメなキャラがキレるととんでもない的シチュエイションは、きゅんと来るものなのだ。私が言ったのではない。我が国民がそう言っている。(芝村・談)
※注3 アカハヤ
 茜×速水
※注4 巨体受け
 体のでっかい方が受け。マッチョが受けで華奢な美少年が攻め、というのもトレンドみたいです。

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