1999年3月23日 阿蘇戦区
見渡す限りのただっ広い戦場。射撃系の自分にとっては、まあ、撃ちやすいだけマシとは言える。ただ、それは敵にとっても同じ。
揃いも揃って92mmライフルなんて持ちやがって。司令の命令なんだろうか。
あれは火力が強くてしかも射程が長い。さほどパイロットの能力がないとしても、それなりの攻撃力は出せる。
厄介だな。射程の長いスキュラやキメラは自分から近づこうとはしないだろうが。
「ミノたん、どーするのー?」
ふよんふよんしながら近づいて来たスキュラをちらと見て。
「ミノたんはやめてはいよ……」
「えー、かわいいのにー」
しっぽがぷるぷるしている。
「………」
「えーと…新型、きれーだねー。お料理して来たいなー。じゅっとね☆」
しっぽで指した先には、唯一、両手に太刀を携えた士翼号がいる。あっちでは、一番機、とか呼んでいるらしいが。
「頼んだばい」
「うんっ。よっこらしょっとー」
ふよんふよん。
動きが鈍いのはこっちも同じだ。しかし、スキュラはそれに輪をかけてトロい。
「気をつけてはいよ。士翼号、速いけん。近づかれたら終わりばい」
「はーい」
……レーザー発射準備さえ間に合えば最強なんだが。
「…。」
「…。」
「…。」
物言わぬまま、ゴルゴーン3体で土を蹴り、結託して軽装甲に突撃。今の士魂号の中にいるパイロットは……ウォードレスを着ていないのが判っていた。
戦力値を削るチャンスだ。3体がかりで行けば何とかなるのではないか。
がしんっ、と装甲を展開されてしまうが、それでも体当たりすればダメージは出せてる。
「…。」
「…。」
「……!!」
一体撃たれた。無言のまま、体が揺らいでいるが、負けじと再び突っ込もうとする。
「…。」
「…。」
「…………!!」
『狩谷機、ゴルゴーンを撃破!』
……軽装甲なのに、何故ダメージを出せない----回避率が高いのか。
見かねたのか、後ろから生体ミサイルが飛んで来た。ミノタウロスの援護射撃。しかし、残念ながら全く効果はなかった。
さらにどすどすと地を踏みしめてミノタウロスが近づいて来る。殴りに来るか。
「…。」
「…………!!」
『狩谷機、ゴルゴーンを撃破!』
驚いた。まさか、蹴るとは。人型のキックは強い。向こうは軽装甲だから、あえて接近戦など挑みはしないと思ったこちらが軽率だった。
離れた方がいいか、これでは却って、距離が……。
「…………!!」
『狩谷機、ゴルゴーンを撃破!』
ああ。
消えて行く最後に、パイロットの奇妙な意志を感じる。
何故だろう。その色は、こちらと同じように----赤い色をしていた。
好きになればなるほど、近づくことが出来なくなる----。
キメラは、そっと遠くから、三番機を見つめていた。
「遠坂さん……」
向こうが判る言葉では喋れないので、唯一使える、気づいて貰えそうな手段で想いを打ち明けようとしていた。
レーザー発射準備。
「えいっ」
煙幕のせいで、遠距離レーザーは全く効果がなかった。
「……や、やっぱり、お近づきになってしっぽで握手(※テイルハンマー)しか、ないかしら……」
「あんなのー、何処がいいのー。あたしたちをさー、自然環境の救世主とか思ってるようなやつー。こっちはただ人間にケンカ吹っかけてるだけだってゆーのにー。あんたらいなくなりゃ、放っといても自然が復活しちゃうだけだっつーのー」
隣で、気だるそうに地面を這いながらナーガが呟いた。ちなみに、口調は尻上がりで少々ギャル系である。
「だるー。あたしー、もう帰ろうかなー」
「だ、だめですっ。一応、ミノタウロスさんが撤退判断なさるまでは……」
「あたしって遅いしー。射程短いしー。撃つまで時間かかって暇なのよねー」
「い、一緒に行きますかっ」
「何、マジで握手する気ー?」
いつもは遠くからひっそりと見つめる主義なのに、今日は何だか妙に積極的である。
まあこの煙幕がある限り、キメラは近づかなければ何も出来ないのはその通りだ。
「仕方ないわねー。今回だけ付き合ってもいいわよー」
「あ、ありがとうございますっ!」
さわさわと這うナーガと、わしわし歩くキメラが、じりじりと複座に忍び寄って行く。何故か動きを止めているので、キメラはどきどきしながら遠慮なく彼に近づいた。そして。
「あのっ!」
ばし。
挨拶代わりにテイルハンマー。
「えー、結構強いじゃん、キメラ」
「は、はい!」
何やら自信が出て来たらしい。
「遠坂さんっ、私、以前から……あの、遠くから……。気づいていただけないのが、悲しくて、今日は、こうして----」
ばしばしばしばし。
その時、複座の背中が開いて、弾が飛び出して来た。複座がじっとしていたのは、ミサイルのロックオンのためだったのだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「----だるー。最期までだるー。やっぱ来るんじゃなかったってゆーかー……」
「当ーたーらーなーいーのー!!」
半泣きになりながら、スキュラは士翼号に向かってレーザーを乱れ撃ちしていた。
これは……この白い霧は自然のそれではない。煙幕なのだ。だが、今のスキュラにそれを判断出来るだけの余裕は残っていなかった。
空中ホバリングとレーザーに気を取られているうちに、何かが自分の体にぶつかる。弾丸。
「やーん!! おしり熱いの嫌ぁ!! 痛いのー!!」
ちらっとセンサーを向ける。可憐のスカウトが40mm高射砲での連続攻撃体制に入っている。
「まずかねぇ……」
そんな呟きとともに、重い体を引き動かして、ミノタウロスがそのスカウトを殴りに来ようと近づいて来る。
でも----そのスカウトは一向に攻撃を緩めてはくれない。
「痛いのー!! ミノたん助けてー!! 痛いの嫌ぁ……」
浮いているだけのエネルギーがなくなりつつある。ぐらっ、と傾いたその体の下に、するっ、と士翼号が滑り込む。
「逃げろ!」
「も……疲れたの……」
ゆっくりと沈み始めたその体が、下から突き上げるように伸ばされた太刀で串刺しになる。
「おなか……いたい……」
そう伝えるのが、精一杯だった。
上空で旋回しながらミサイルをバラ撒いていたきたかぜゾンビは、スキュラが落ちたのを見て、方向転換の準備を始めていた。
「あかんねえ。逃げ足遅いのにあんな近づいて……いざっちゅー時は逃げ足の速いモン勝ちやで。へへへ」
抜け目なくニヤニヤと笑っているそのレーダーに、また空中要塞の姿が引っかかった。
「おや、間に合いよったか」
『敵増援現れました!』
スキュラ2体! 助かった!!
「お待たせーなのー」
「すきゅらんが遅いからいけないのよ。めー」
「すきゅらんだってのんびりし過ぎなのよ?」
「だってぇ、あそとくべつせんく、楽しいのよ? すきゅらん8つも一緒にいるの、珍しいの。いっつもひとりでさみしかったのよ。話、弾んじゃったんだもんっ」
……雑談は後にしてくれないものか。あれだからヤツらは動きが……。持っている武器は強いが、いちいち余計な行動が挟まり過ぎだ。
ええい、しっぽぽたぽたしている暇があったら、レーザー準備してくれっ!!
「……ええーそーなのー?……」
「……うんっ。ちゅどーん! ってね、可憐ちゃん、蒸発ぅ〜……」
「やーん」
やーんじゃなくて!
「ふえ。誰かおしり蹴った! 痛いのー! …………ふぁ(ぱたり)」
『来須機、スキュラを撃破!』
ああ言わんこっちゃない…でも煙幕切れた、チャンスだ!
「うー! すきゅらんのかたきー!!(ちゅどーん)」
よし、いいぞ。耐久値一挙に1/3削った。よし、後ろから近づいて……。
あーっ、逃げやがった。ちっ。じゃ生体ミサイル----
げっ。ジャミング!? 何いっ、三番機、電子戦仕様に改装されてる!?
……とーおーさーかぁ!!!!
「改装したの速水司令ですよ。されちゃった以上、しないわけには行かなくて。すいません(※同調3通信)」
司令が煙幕……ヤツがジャミング。だめだ。これは勝てそうにない。
総員撤退だ。
『敵は撤退を開始した。掃討戦に入る。』
自分は動きが遅い。それは理解している。振り返って、撤退ラインに急いでも、こっちが近づこうとしていた可憐スカウトの銃口からは逃れられそうもなかった。
40mm高射機関砲は射程も長いし火力も高い。体のあちこちに穴を開けられて、もうふらふらになっている。
あと少し、あと少し……
最後には這うようにして、まるでゴルゴーンに戻った気分だ、と苦笑しながら腕を伸ばす。
それでも----限界だった。
死ぬのか。
意識が切れる直前に、頭上を誰かが横切って行く。
「お先しまっせー。ほなっ!!」
『きたかぜゾンビ、撤退!』
……やつは……それだけが特技だ……。
ちくしょう……また負けか。兄弟たちよ、仇を取ってくれ……たのんだぞ……。
『来須機、ミノタウロスを撃破!』
=== END === / 2001.05.17 / textnerd / Thanks for All Readers!
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