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GunParade March(PS) 二次創作

   あの頃のように

 「それ」が元々滝川陽平という人間だったことすら信じられなかった。
 ぐちゃぐちゃに踏み潰されてただの物体になり下がった肉の塊。バラバラに砕け散った骨のかけら。
 レーザーと生体ミサイルの集中砲火で大破した二番機。脱出したパイロットの目の前にいたのは、まさにそのパイロットを全身で踏み潰そうとしていたミノタウロスだった。
 ----回収する意味なんてあるんだろうか。
 して何になるの?
 家族にこれを見せる気?
 頭の中が真っ白だった。意図せず視界が霞んで行くのを止められない。
「……どうやって連れて帰りましょうか」
 冷静な善行の声はそれでもやはり震えている。横から、涙で顔をぐちゃぐちゃにした森が顔を出して、立ちすくんでいる新井木に向かって怒鳴る。
「……二番機の回収に行って! あなたに……あなたにパイロットを弔う資格なんてないんだから!」
 横から止めに入ろうとした原の手を振りほどいて、森は思いっ切り手を振り上げた。
 ばちん、と新井木の頬が鳴る。
「殺してからじゃ遅いのに----こうなってからじゃ遅いのに!!」
 まだ殴りかかろうとする森をようやく原が抑えつける。ちらっ、と新井木の方を見た目は、それでも多分、内心は森と同じことを考えているんだろうと思えた。

 ----誰か予想した?
 実は閉所恐怖症で、と真っ赤になって笑っていたアイツが無謀な特攻するなんて。
 ----誰か知ってた?
 ゲーセンのシューティングゲームのスコアでさえ新井木に負けるようなヘッポコが、長距離射程のライフル使いをいきなりやめて太刀を持ち出したなんて。
 ----誰も知らないくせに。
 親友がアルガナを取ったその日、あまりに普段とは違う真剣さでサンドバックを殴っていた横顔。
 ----誰も----知りもしないくせに。

 新井木は、もう使い物にならない二番機を見上げる。
「ねえ」
 答えるはずのない士魂号に声をかける。
「あんたも、僕のこと嫌ってる?」
「----新井木さん」
 横から田辺もやって来る。
「回収、中止です。自爆させます」
「………」
「……行きましょう」
 手を引かれて遠ざかる。ふつふつと内心から込み上げて来る「それ」を、認めたくない気持ちと、もう負けてしまいたいという心がぶつかる。
「……やだ、こんなの」
「……誰だっていいわけないです」
「……やだ」
「新井木さん」
「こんなの……」
 多分初めてだったと思う。一緒に仕事をしていて色々話すことはあったとしても、こんな風にまで心を開いたことはなかったと思う。
 崩れそうになった新井木に差し出された腕にすがる。少し困ったようにため息をついた田辺は、それでも、少し力を込めて慰めるように抱きしめた。
「……やだよぉ……っ……」
 思いが溢れるように喉が震えた。ぼろぼろ流れ出す涙が止まらない。
 やがて、声を抑えていた箍も外れる。ただ子供みたいに大声を上げて、新井木は田辺の腕の中で泣きじゃくっていた。

 多分----好きだったんだ。
 来須先輩みたいに陰から憧れて騒ぐ対象じゃなくて。
 一緒に遊んで、一緒に騒いで、一緒にサボって、一緒にストーカーして(来須先輩の)、笑って、ふざけて、ため息ついて----
 そんなこと普通に出来た相手なんて、女の子の中ですらいなかったのに。
 何処かでガードしていたのかも知れないけど----
 「友達」じゃなくなったら、壊れてしまうのが怖くて。
 ……いつまでもあんな風にしていたくて。
 ……いつまでも。


 予備機と交換された二番機パイロットはずっと不在のままだった。
 それまで、あまりパイロットが機体を傷つけることがなかったのをいいことに、整備士としては確かに優秀ではなかったと思う。同じ仕事場にいる森辺りはそれを見ているからあんなに怒っていたのだろう。
 伝説の絢爛舞踏を取ったパイロットは人外だと呼ばれるけれど、ある意味、とびきり優秀な整備士というのも人を捨てなければやって行けないような気がする。
 悲しくて落ち込んでいる方が普通と思えるのは自分だけなんだろうか、と新井木は机に突っ伏して1人考えていた。
 放課後。仕事時間とはいえ、今までのサボリ癖とは別の意味でうまく頭が切り替わらない。思い出してしまうと、胸がキリギリ締めつけられて辛くて仕方がないのだ。
 それでも、何もしていないわけには行かなかった。田辺が薄暗い教室に入って来て肩を叩くのが最近の日課になっていた。
「今度乗る人を、あんな目に遭わせないためにも」
 そしてそれが、最近の決め台詞だった----効果抜群の。

 かなり被弾はしにくくなっているはず。皮肉屋ではあるが優秀な茜と、問答無用に優秀な田辺と、そして新井木と。3人は、二番機に接続されたコンソールの数字をひしめくように覗き込んで、少し安堵のこもったため息をついていた。
「……誰かさんがもうちょっとマトモにやってりゃこんなにかかんないのに」
「あんたみたいな冷血漢じゃないから、見てると色々思い出してツライだけよ」
「ふ、2人とも……」
 コンソールから離れてため息をつき、新井木の方をひと睨みしてから、茜はハンガーを出て行く。
「……あんまり、喧嘩しないで下さいね……」
 心配そうに言う田辺に、新井木は少し笑って見せる。
「前ほど喧嘩ふっかけてないつもりだけどな、僕」
 ふっかけられてるだけで。で、つい受けて立っちゃってるだけで。
「……受けて立つのもダメです」
 ついに読まれたらしく、そう言って困ったように田辺は苦笑した。
「はいはい、親友の言うことぐらいは聞いとくか」
「ぜひぜひ、そうして下さい」
 ふざけたようにくすっと笑う。
 小隊メンバーの大部分から自分がよく思われてないのはを知っているだけ、それは、とても嬉しい一瞬ではあった。
 そして、彼女なら、とふと思う。
 ----ひとしきり笑いが引いた頃、新井木は田辺に少しトーンを落として話しかける。
「ね、真紀ちゃん」
「はい」
「僕さ、あなたに、----命、預けちゃっていいかな」
「……は?」
 突然の言葉に戸惑う田辺。
「僕ね、もう誰かをあんな目に遭わせるの嫌だなってずっと考えててさ」
「……はい」
 ふと思いついたアイデアがあった。机に突っ伏して、その記憶に押し潰されそうになりながら。
「僕がなればいいって思ったの。パイロット」
「……新井木さん」
「僕ならあんなバカな使い方しないもん、あのアホタレロボット少年みたいな」
「…………」
 言いながら目の奥が少しじんわりするのは抑えられない。
「僕なら----」
「そう決めたなら、『親友』は応援するだけです」
 田辺は仕事に戻る。軽装甲の最大の弱点である機体強度の再調整に取りかかる。
「真紀ちゃんだけは応援してよね----」
 他の連中は無理だろうから、という言葉はとりあえず飲み込んでおいた。


 作戦会議の席上は、予想通り反対意見の嵐だった。
 善行司令は無表情に1人1人の意見に小さく頷いている。
 最後の最後になって新井木が指名された頃には、会議の場の雰囲気は当然却下だろうという空気が支配していた。それでも新井木は起立して周りを見回した。
「……もう4日も空席なんです、二番機は。僕を乗せて下さい。いないよりいいじゃないですか!」
 シン、とする。冷めた瞳の大部分は、新井木の方ではないあらぬ方向を見ていた。
 ぶち、と新井木の頭の中で何かがキレた。マズい、とは思ったものの、もう理性が止めるより早く口が喋り出していた。
「……何なのあんたたちっ!」
 さすがに呆気に取られている善行の顔と、めちゃくちゃ怒っている原の顔が視界の端っこに引っかかった。
「ねェ。なんで反対なの。理由、言える? あんたたちさ、戦局見てないで僕のこと嫌いだから反対してない?」
 善行が額に手を当てて困ったように俯いた。
「理解してんですけどね、嫌われてるのは。判ってるけど、でもさ、訓練だってちゃんとしてるし、戦車技能だって持ってるんだし、少なくとも前任と同じぐらいにはやれる力はあるはずだよ? 私情じゃないなら、何が嫌なの! 何でそんな風に、」
「……新井木さん」
 善行の冷静な声。続いて原の呆れた吐息。
「……私情はどっちよ、新井木さん。……委員長、ちょっといいかしら」
「どうぞ」
 眼鏡を押し上げて軽く頷いた。
「じゃあとりあえずあからさまに言うけど、前任と同じ程度だったら、前任と同じ程度の結果しか出ないってことよ」
 新井木にとってはカチンと来る言い方だった。『前任』をひどく見下しているような気がしたのだ。
「それにね」
 少し意地悪く笑う。
「ホントに嫌いだったら、戦場に出てって犬死にしたいですって言うのを止めたりなんかしないわよ」
「……はぁ?」
 新井木の頭の中は「?」で一瞬で埋まってしまった。
 嫌われているから闇雲に反対されている、としか、考えていなかったのに。
「ま、たとえひとりの個人として嫌っていたとしてもね----」
 少し息を継いで、
「もう戦死者を出すのは嫌。それが私の気持ちよ。それに、多分、みんなもそうだと思う」
 静まった部屋に張り詰める緊張。全員が、ひとりの戦死者の顔をその胸に浮かべているに違いなく。
 新井木の方は----。激昂した気持ちが行き場をなくして頭の中を駆け巡った挙げ句に、またその出口を瞼に見つけたらしい。
 ----最低だった。
 怪訝な顔の注目を浴びている中で、テーブルの上に置かれた新井木の手の甲にだけ、ぽつんぽつんと雨が降る。
「お願いですっ……」
 まるで自分ではないかのような声だった。
「ミノすけ潰したら大人しくしてます……そんな戦い方でいいですからっ……」
 もう、前を見ていられなかった。
「戦場に出して下さい----僕を!」

 投票結果は惨敗だった。自分以外の賛成は2票のみ。パイロットの2人だけが、その悔しさを感じてくれたのか、賛成票を入れてはくれた。
 それでも。
 膝の上で握った拳をぎりぎり締めつけながら新井木はずっと俯いていた。
「委員長、ご決断を」
 原の強い声。善行の咳払い。
 緊迫した部屋に柔らかく響いたのは、自分の名前だった。
 呼ばれて、きょとんと目を上げた新井木を、何故かひどく優しい善行の瞳が見つめていた。
「----はい」
「乗りなさい、二番機に」
 場が騒めく。声はなくとも、明らかに出席者全員が愕然としていた。賛成票を投じたパイロットたちですらも。
「……はい?」
「本件は私の権限で可決します。以上。解散」
 聞く耳などないという風に言い切って、自ら席を立ち、足早に歩き出す。まだ動けずにいた出席者を一度だけ振り返って、「遅刻しますよ」とだけ告げて部屋を出る。
 望みが叶ったはずの新井木が、一番ぽかんとしていたかも知れなかった。

 一組の教室。パイロットとしての初日。授業を受けている間はまだ良かった。
 昼休みになって「皆さん、お昼でも食べますか」と言い出した善行の言葉には誰も同意しなかった。そそくさと部屋から出て行くクラスメイトたちを見送って、残された善行は心底おかしそうにくすくす笑った後、居心地が悪そうにしていた新井木に声をかけて来た。
「やれやれ。ここまで嫌われると、逆に爽快なものですね」
「……すみません、僕のせいで」
 珍しく神妙に俯いて謝った----のに。
「ふふふ」
 趣味の悪い含み笑いと一緒に。
「まあせいぜい想い人の仇をお取りあそばせ」
 にやにやにやにや。
「……委員長……」
 新井木は、ちょっと脱力した。
「とは言え」
 急にマジメな顔で眼鏡を押し上げる。
「しばらくは自分で判断など決してしないで下さい。私が動きを指示します。ただでさえ二番機は打たれ弱い。思い込みで動かれるとみんなが迷惑する」
「……はい」
「『前任』はそれで取り返しのつかないことになっています」
 ぐさっ、と胸に突き刺さる痛み。
「お願いしましたよ。頼むから、その喧嘩っ早さを戦場では発揮しないで下さい。そうでないと、----私だって、昼を一緒に食べてもらえない程度じゃ済まなくなりそうですから」
 またちょっとにやっとする。
「まぁ、こんな因果な仕事なんてとっとと辞めて、カラオケでも歌っている方が楽しいかなと思うこともありますけどね……」
「じゃ今度一緒に歌いに行きましょう!」
 思わずにこやかに言ってみたけれど、
「……まずは授業、そして仕事と訓練です。----死なないために」
 最後の一言に込められた緊張に応えるように、新井木は力強く頷いた。


「……それで出るの?」
 ハンガーで装備をチェックしていた新井木の隣で、複雑そうな声でそう言ったのは、三番機パイロットの速水だった。
「うん、これで出る」
 両手・両足にバスーカ4本。肩は1つは装甲でもう片方にやっぱりバスーカ。新井木の二番機はそんなスタイルだった。
「まさにバスーカ職人だねぇ…」
「三番機は数稼ぎにちっちゃいの一掃してればいいの! バスーカちょうだい、僕に」
「ま、一理あるかな。でもデカいの前にしてミサイル発動までボケッと突っ立ってるのは嫌なんで、突撃前に落とせるものは落としておきたいんだなぁ」
「……それも一理ないわけじゃないね」
「そゆこと」
 そう言って速水が歩いて行った途端に、出撃命令が響いて来る。
 裏庭に出た新井木は、大きく息を吸い込んで、一気に使い切るようにひとり空に叫んだ。
「仇取って来てやるンだからぁっ! 見てなさいよ、ロボットバカーッ!!」

「うう、やっぱ軽装甲に盾は重かった……」
 コックピットで1人で呟きながら、新井木は右手のバスーカを一番近いミノタウロスに向けてみる。僅かに届かない射線。すり足で充分か。
『重いぐらいで結構です』善行の冷静な声が入る。ちょっとムッとしつつも、「死なないために」の言葉を思い出して言葉を飲み込んだ。
『悪いけどバスーカマニア、まず特攻お嬢ちゃんの横にいるヤツ頼む。あいつ幻獣の区別つかないのかな、全く』
 妙に甘ったるいその声は瀬戸口だ。
「へいへい、わっかりましたーっ」
 建物による進路妨害まで頭を回すのがしんどいので、ひたすら幅跳びを続けて壬生屋の一番機に迫る。横からミノタウロス。ミサイルの射程。まだミノすけパンチの中には入っていないだけ救いだけれど、壬生屋本人は多分見えていないだろう。
「おりゃあっ!」
 意味のない絶叫とともに右手のパスーカで一撃する。すぐに投げ捨てて、肩に乗せていたバスーカを手にする。
『その位置からなら出来るか、スモーク出すから----石津さん』
『……はい……』
 スキュラだ。二番機が跳ねる。踊り出た機体にスキュラが照準を合わせようとして動く。
「いいんちょぉ!!」
『大丈夫、間に合う。迷うな』
 念のため命中率を上げるコマンドとともに左手のバスーカへ射撃命令を送り込む。
 間一髪。レーザーの光が白い煙幕にぶつかり霧散。そしてこっちの反撃。
「いけぇっ!」
 ----それでも一撃出来なかった。
「うわぁん」
 小声で泣いて横に飛ぶ。逃げつつ、ヤケっぱちに左手のバスーカを地面に落として蹴り上げた。
 空に舞い上がったバスーカはまるで槍のごとく空中のスキュラに突き刺さって、スキュラは静かに沈み始める。
『新井木機、スキュラを撃破!』幼い声が報告した後に、感心したようにさらに、『……ゆみちゃん、すごぉい……』
「い、今のは、まぐれ、完全に……」
『その通りだ。離れることを優先しろ』
 善行の声に見回すと、小さいのが周りに寄って来ている。
「こんなの……」
 空いた左手で殴ろうとしたその時に。
『新井木!!』
 珍しく声を荒げた善行の呼び捨てに、さすがにびくんと体が跳ねた。
『----約束を忘れたんですか』
 どの約束だろう。自分で判断するなという約束、それとも----
『これでも歌うと凄いんですよ、私は』
「そっちですかぁ!?」
 判ってる。生き残れ、という意味だということは。跳び続けて離れる。
 足のバスーカを左手に装備する。一息ついて。
『ギリギリに1匹いる。建物の上から撃ち下ろして離脱だ。立ち止まるな』
「りょーかいっ」
 跳躍。ミノタウロスの赤いセンサーが光ってこちらを捉えた。ロックオン。焦りながら次に逃げるべき方向を探る。横から異様なスピードで突進して来るきたかぜゾンビがちらりと見える。
「いけぇーっ!」
 右手のバスーカを発動した途端にそのまま投げ上げる。空中のきたかぜゾンビから放たれたミサイルが、風車みたいにくるくる回るバスーカで遮られてあらぬ方向へ飛び散って行く。
「うひょぉ、ちょっとうまく行き過ぎ。僕って実は天才?」
 左へ離脱。建物の陰へ。しかし。
『パカ、友軍にカスってる』瀬戸口の声がした。
「げっ」
『仲間殺す気かよ、周り見てやれ、そーいう大道芸は』
「だっ、大道芸……」
 いくらなんでもと思うけれど、確かに自分にも非はある。
『おちこんでるひまはないの! ゆみちゃんひだり!』
 咄嗟にバックステップ。射撃準備に入っていたミノタウロスの赤が緩んだ。
「い、いつの間に……」
 データを急いで確認する。射程からはわずかに離れている。
 向こうが近づくのが早いか、こっちが撃つのが早いか。
「計算、大っ嫌いっ」
 ぐいんと左手のバスーカを向ける。
「二番機ちゃん、持ちこたえてぇっ!」
 回避コマンドを入れた後にバスーカ発射。
 ……やっぱり計算間違えていた。でも、この角度ならもろに食らうと思ったミノタウロスのミサイルによるダメージはなかった。
「いい子っ!」
 全速力で退避。別の建物に隠れて最後のバスーカを手にする。
『……無理するなよ。速水のミサイルももう発動する。あと少しで掃討戦に持ち込めるから』
「イェッサ!」
『二時の方向。見えるか』
 視線を向ける。部分遮蔽がかかっているが、確かにいる。
「オッケオッケ!」
 ジャンプ。複座型のミサイルがザコたちに突き刺さる向こう側に大きな影。ミノタウロス。三番機に気を取られてるその背中に。
「いっただきぃ!」
 ぶち込む。一撃で飛散。
『新井木、右!』
「へっ」
 がくん。
 慌てて体制を立て直す。オペレータがいちいち読み上げる性能低下の数値なんて聞いちゃいない。
 とりあえず横に飛ぶ。上体をひねって見た目の前にいたのはまたもやミノタウロス。
「ひょっとして、今、もろにぱんちされた?」
『聴いてないのか俺のスゥィィトボイスを……』怒ってるんだかふざけてるんだか判らない瀬戸口の声がする。『武器ないくせに。他の幻獣の動きも読んでから飛び込んでくれ全く……ちょこっと左にズレてりゃ----』
 割り込むように冷静な善行。『二番機、退却しなさい』
「まだやれますって!」
『その言葉を最期にしたくないでしょう----私だって二度も経験したくない!』
 静かだが強い声にギクリとする。----でも、この距離なら。
 また赤がこちらに向けて射撃準備を始めたのを見てとり、新井木はそのまま----飛んだ。
『二番機!! 退却だ!!』
「武器なら……あるんだから!」
 すぐ横----一応は、ミノすけパンチの射程からは外れたつもりだった----に着地して、渾身の力を込めて蹴り上げる。性能が低下しているせいで思うようには行かない。でも相手が一瞬ひるんだそのスキに。
「仇討ちなんだもんッ!!」
 飛び上がり、上からミノタウロスを踏み潰した。
 その感触までは自分には伝わって来ない。ただ、変に柔らかいような----そんな気がしただけだった。

 戦場で頬を張られるのはこれが2回目。
「判っているとは思いますが」
 善行の目は厳しかった。
「言ったはずです」
「はい」
「判っていたなら最初からあんなことはして欲しくなかったですね」
「……はい」
 腕を組んで、じっと新井木を見下ろす。妙に長い沈黙。----その後に。
「一度でいいでしょう、踏み潰すのは」
「…………」
 ----あいつが、そうやって殺されたから。
 だからとにかく一匹でもいいからそうやって殺したかった。
 それが復讐。そうしなきゃ気が済まなかった。自分の中で。
 ----それも悟られていたのか。善行には。
「委員長----」
「もう充分だと言って下さい。----あんな思いはもうしたくない」
 周りにいた人々からはわずかに死角になっている善行の目が、一瞬だけ、ひどく弱々しくなる。
「イエッサ」
 ちょっと崩れた敬礼と微笑。
「結構」
 善行も、わずかに唇の端を上げた。

 暗かった空が光を取り戻し始める。
 とはいえ、それはもう緩やかに消えかけた太陽が放つ夕焼けの風景。
 白く光るいくつかの星。昔の人は、その光のどれかが死んだ想い人の生まれ変わった姿と信じていたという。
「----そういうのも、悪くないかも」
 軍用トラックの荷台で、ふらふら点滅する星を見ながら新井木はふと唇を歪める。
「何がですか」
 壬生屋が同じように空を見上げる。
「ううん、何でも」
 笑おうとした口元が、歪んだまま引きつり、また見上げた新井木の視界の輪郭が崩れて行く。
「----きっと見てますよ」
 壬生屋の言葉に----。
 かくんと頷いた新井木は、転がる涙を拭いもせず、星を見上げて、ただ笑おうとしていた。
 あいつと二人でそうしていた時のように。
 あいつが生きていた時のように。
 ----あの頃のように。

=== END === / 2000.12.02 / textnerd / Thanks for All Readers!

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