第1章 そして、戦場へと (3/4〜3/7)
自分だけが死に遅れた。その後悔だけは、したくないんだ。
学校では、授業はあまり真面目に受けないまま、ぼんやりと過ごす。
放課後にハンガーに向かって戦車技能を取り、翌日にすぐ、空いていた二番機パイロットへの部署替えを陳情した。あいつの----芝村勝吏の顔を見るのはムカつくけど、でも確実に戦場に出るのはそれが一番だ。
隣のクラスの加藤から、政敵がいると警告される。けっ。俺なんか、そういう意味で目の敵にするほどのタマじゃねえのに。暇なヤツだぜ。意味もなく俺を嫌っているヤツが多いから、政敵なのかただ嫌いなのか区別つきゃしねぇな…。まあ、別にいいけどよ。
そんな中で、速水ってヤツ…妙だ。何が相談に乗るだよ…俺、悩んでそうな顔、してるか? 調子狂うな…。
………。(何故か「異性の口説き方'99」を読みふける)
ばっ…ばか、別に、はははははは速水口説こうなんておおおお俺は…(誰に突っ込んでる、田代…)
芝村も、周りにやたらに嫌われてるな。それだけで、ちょっと親近感だ。へへ。
ののみ……か、かわいい、お、俺弱いんだっつのかわいい系は…、はっ、バカ! 見るな!!(無茶言うな)
ま、まあ、とにかくだ。俺は二番機パイロットになった。そして、装備を全部外した。俺は銃だの防具だのの扱いなんて考えられるほど頭は良くない。殴りゃいいんだよ、幻獣なんて。
《獲得技能》
戦車0→2 / 白兵2→3 / 話術0→3 / 夜戦0→3
宇土-川尻戦区 3/7
「…と言うか、何ですか?」
眼鏡を押し上げながら、善行は二番機のステータスを見ている。
「装備、忘れたわけじゃあ…ないよな…」
隣で瀬戸口も首を傾げていた。
田代機は戦闘開始早々、ものすごいスピードで敵陣に突っ込んで行ってゴブリンに殴りかかる。戦術もへったくれもないその動きに、それでもとにかく、叩き出した数字は。
「…瀬戸口くん。ちゃんと仕事してくれないと困りますね」
「壊れてないですってば!」
「まちがってないのよ。3904ダメージなの」
「…パンチで??…」男2人が一斉に呟く。
速水機が後を追うように突っ込んで来る。田代機にまさに向いていたナーガをアサルトで撃ち抜く。
「余計なことすんなっ!!」
「装甲もなしで、無謀だよ…あっ、田代さんってば!!」
聞いちゃいない。
ゴブリン密集地帯に突撃してすり足とパンチだけで敵を倒して行く。まだ慣れないせいか動きは悪いが(というか、ひたすらすり足とパンチしかしていないのである)、それにしてもそのダメージは異様、と言って良かった。
複座型の三番機の中で、何かを思い出したように芝村が口を開く。
「神の手の娘、か…。ふむ」
「えっ、何? 芝村」
「…いや、何でもない」
その戦闘の終結は曲射砲支援だった。
勝利 撃破9/田代3 友軍戦死1
阿蘇特別戦区戦区 3/8
「やれやれ、予備のウォードレスを陳情しておくんだったな。なあ、来須?」
「…。」
出撃出来なかった2人のスカウトは、補給車で戦車3体の動きを見守ることしか出来ない。
その目の前で、軽装甲の田代機は相変わらず、一列に並ぶヒトウバンに駆け出していた。
「ありゃあ…スカウトに欲しい人材だな。どう思う、来須?」
「…。」
「…何か言ってくれよ、たまには」
大勝 撃破17/田代5
第2章 恋は、訪れた (3/9〜3/11)
みんなして出世、出世…。加藤も石津も。地位ってそんなに重要かねぇ? 俺にはわかんねぇや。
やっぱり、手の届くところに敵がいなきゃ殴れねぇし、壬生屋みたいに、剣ぐらい持った方がいいんだろうか…。友軍ってやつ、まあ、助けてくれてんだろうけど、俺の相手を持ってかれると腹立つよなぁ。
まあ、いいや。
思うように殴れない腹いせに、放課後、1人で歌いまくってやったぜ。へへへ。バラードも演歌も何でも来いだ。学校内にカラオケがあるってのだけは、いいよな。この部隊も。
ところで、来須と滝川って仲、いいの? 2人ともえらく楽しそうに話してるんだけど…。(「来須が」嬉しそうだ。滝川は他愛もない話としか思っていないのに。…先輩、どうした? 前世の記憶??)
(あと…多分、政敵は、加藤。ちょっとショック…「交換しない?」が…滝川にターゲットロックオン! してみたら惚れられてる! やべぇ〜(介入者の理性が)。今回は速水だ速水あっちゃんだぽややんだ覚醒させなきゃ士翼号士翼号士翼号士翼号(うわごと)…ムキになって速水べったりになるかおりん。行けー!←何処に)
その日も別にどうってことねぇ日だった。
ただ、手紙が入っていたことを除けば。
は、速水? …俺、何かやったか? 不審に思いながら、腕力なら自信あるし、仕方ねぇ、受けて立つか(すっかり喧嘩のつもり)。
「…な、…なんだよ。」
「…その、僕の事好きになってくれないかな。
…駄目かな。」
(どんがらがっしゃーん!!)
は、はあ!? お、俺!? (頭真っ白)
い、いや…あの…その…。
「…くそ、なんて趣味の悪いやつだ。
あとで気が変わったら許さないからな。」
今度の日曜、遊びに行こう、と言われて、断れるはずなんか、ない。
《獲得技能》
軍楽0→3
《取得提案》
速水:「みんながんばろう」「お昼でもどう?」「一緒に訓練しない?」「今後について(相談)」
荒尾-玉名戦区 3/11
何処かの誰かの未来のために。そんなフレーズが、戦いの中では「安っぽい」と片付けられない力を持つ。それが魔法であっても、暗示であっても、そんなことはどうでもいいのだ。戦う、その意味さえ見出せれば。
土手を越えて走り出した二番機は、敵が撤退を開始した途端に腕を伸ばした。青い光。あれが、ゴルゴーンに対してすら4200ものダメージを叩き出す神の手なのか。
「突撃行軍歌斉唱ぉっ!!」
通信機が割れそうな大声で田代が歌い出す。それに呼応するように、全員の士気が跳ね上がる。
善行はただ何かを含んだように少しだけ笑った。
「オール! ハンデッドガンパレード!
オール! ハンデッドガンパレード!
全軍突撃!
たとえ我らが全滅しようともこの戦争、最後の最後に男と女が一人づつ生き残れば我々の勝利だ!
全軍突撃! どこかの誰かの未来のために!」
大勝 撃破7/田代5
第3章 彼女は鉄砲玉 (3/12〜3/15)
付き合い出してから、速水は生き方を変える、と言い出した。その言葉の意味は翌日明らかになった。司令、という立場に突然、なりやがった。
似合わねよな…委員長と不良、か。
ホントに、俺なんかでいいのか? 速水…。
本田先生、耳ざといが過ぎる…。みんなの前で、そんなこと言うなよっ…。(真っ赤)
速水も速水だっ、…デェトの約束してる時ぐらい、武装の話なんかするなっ。全く…。何か武器持てって言いたいんだろうけどな…。俺には、似合わねぇよ。
ふっ。火の国の宝剣、か。勲章なんて、別にいらねえのに。
《取得提案》
滝川:「足で拾う」「遊びに行こう」「お金を貸して」「交換しない?」
人吉戦区 3/14
「…田代! 前出過ぎだ!!」
恋人、以前に、司令という立場で叫ぶ速水の声なんか聞こえないかのように、相変わらず二番機は無謀な特攻をしていた。まだ整備状況がいいとは言えないその機体は、たかがナーガのレーザーですら、跳ね返すことも出来ないのに。
「下がれっ!!」
内心は悲鳴をあげたいぐらいだった。司令の顔して、司令の命令として叩きつける以前に。
ムチャし過ぎだ。クリーンヒットしたレーザーで残り耐久力が99にまで削られている。
「…香織っ!」
「その名前で呼ぶなっつったろ! バカ!」
逆効果。
そのまま掃討戦に突入していなかったら。
…国を守る前に、彼女を守らなきゃならないか。
とりあえず十翼長じゃまだ何も出来ない、昇進しよう…。
コンソールに頭をぶつけて唸ってしまった速水を、後ろで瀬戸口が面白そうに見ていた。
大勝 撃破16/田代6
水俣戦区 3/15
不可抗力だった。予備機と交換された二番機を調整している暇もなく、防衛戦の出撃命令。司令という立場になった以上、弱音は吐けないと判ってはいても、正直、あの機体であの特攻をされると心臓が持たない。ましてや彼女ばかり見ているわけにも行かないのに。
ミノタウロスが出た。強敵だ。判って転戦したとはいえ、今日は出撃せずに済ませるつもりでいたのにこれは痛い。
そしてやっぱり。最初にミノタウロスに突撃する田代機がそこにいた。
「おりゃぁっ!!」
叫んで、その巨体に殴りかかる。ダメージ…3692?
「…瀬戸口。ちゃんと仕事してる?」
ぷっ、とののみが吹き出している。「いいんちょと同じこと言われちゃったねー、たかちゃん」
「しーてーるーっつーのー!!」
事情の判らない速水はただ首を傾げる。
「あっちゃん、敵、増援、接近中…なの…」
「やられたのか?」
ふと司令の顔に戻る、その時に。
「突撃行軍歌っ斉唱っ!! 銃を取れっ!! 何処かの誰かの未来のために戦って死ねぇっっ!!!」
…またコンソールに頭を埋めたくなった。
ミノタウロス含めて10体以上現れた敵増援。唸っているわけには行かない。通信機に叩きつけるように航空支援を要請する。
頭の10%ぐらいはただの速水厚志として半泣きになっていた。被弾の報告は田代機ばかりだ。
壬生屋機に大きいのを潰してもらわなければ。田代は相手構わず懐深く入り込んで殴ることしかしてくれない。砲弾倉を彼女のために陳情した意味なんて判れって方が無理だったか。
最後のきたかぜゾンビを彼女のパンチが仕留めたところでようやく戦闘は終わった。歯を食いしばり過ぎて頭がガンガンしていた。
大勝 撃破33/田代14 友軍損害2(戦死0)
第4章 敵はあちこちにいる (3/16〜3/17)
けっ、何だよ、芝村も結局、周りと同じか。まあ、別にいいけどな。嫌われるのには、慣れてるし…。珍しく訓練する気になったっつーのに、嫌々付き合うことねぇじゃんかよ…(うわー「一緒に訓練」で友好度激減!! これは…多分、恋敵判定、かかりましたね…そりゃそうだろうけど…熊本城、行きたかったのに…)
速水のやつ、あっと言う間に千翼長だ…ますます釣り合わねえ…。芝村辺りの方が、似合うのかなぁ、ヤツには…。
「…もう少し、背がほしいな。そう思わない?
だって、なんかつりあわないじゃないか。
君が気にしなくたって、僕が気にするの。」
いや、俺も気にする!!(力説)
「…もっと背を伸ばせ。牛乳だ。牛乳飲め。なんでだって。殺すぞ。
とにかく今年中に俺より高くなれ。いいな!」
「僕も頑張らないとね。」
全くだよ。
「ところでさ。
…新型機と、ウォードレスと士魂号の予備、どっちが、今部隊に欲しいと思う?」
新型機? 面白そうじゃん。そう答えておいた。
《獲得技能》
事務0→1(舞)
《取得提案》
ののみ:「はげます」「あの人と仲良くして」「プレゼント」
天草戦区 3/17
もうこんなハラハラした戦場はこれで最後だ。速水は夕方、眉を釣り上げて脅…、交渉に応じた芝村準竜師の顔を思い出しながら指揮車にいた。
「あっちゃん、うれしそうなの」
「そうかな。いつもと同じだよ?」
今日も無謀な恋人は、それでも、どうにか射線をよけることを覚え始めているようだった。相変わらず、キメラに少々焼かれたりはしていたけけれど。
近接格闘戦しか出来ない性格なんじゃ、被弾しないで帰れって方が無理なのかも知れない。小さな溜め息とともに、速水は思った。
大勝 撃破17/田代9
第5章 士翼号・到着 (3/18〜3/19)
綺麗な機体だった。
せっかく、速水が用意してくれたんだし、仕方ないから少しマジメに仕事してみることにした。
見てみて、驚いた。機体評価、[D]だったのか。俺らしいと言えば俺らしいけど…でも、こんなに綺麗な機体を、無駄に傷つけるのは、さすがに、ちょっと気が引けた。
山鹿戦区 3/19
「…なるほど」
「何がなるほどなのだ」
速水に司令の座を譲ってから、三番機に芝村とともに乗っていた善行が、まるで羽根でもあるかのように一気に飛び込んだ二番機・士翼号を見てひとりごちていた。
「…恋人へのプレゼントにしては、ずいぶんとすごいものを調達しましたね、速水くんは」
芝村の顔がムッとしたことに善行が気付かないのは、良かったというべきか。少なからず速水に心を寄せていた芝村にすれば既に、従兄殿を脅してまで新型機を彼女のために手に入れて来たこと自体、面白いことではないのだ。
それでも。
「確かにすごいな」
ザコの群れに飛び込んだ田代自体も、徐々にヒット・アンド・アウェイのタイミングを掴み始めているかに見えた。ましてや、あの機動力、そして彼女の光る手。ミノタウロスですら平気で一撃の元に葬り去る神の手。
「ミサイルの出番はないやも知れぬ」
「そうですね。アサルトで友軍たちとともに南側を散らすとしましょうか」
「ふむ」
複座がゆっくりと方向を変える。
北側の平地で、田代機は狙ったようにミノタウロスばかりを撃破していた。そして、再び歌が始まる。
何処かの誰かの未来のために。
田代の、多少掠れたハスキーな声が、士翼号とともに風のように戦場を抜けて行く。
大勝 撃破18/田代13
第6章 たとえ恋のライバルとはいえど (3/20〜3/25)
芝村が、俺をよく思っていないのは、どうやら速水のせいらしい…。いや、確かに似合わねえのは判ってる。
俺は不良だし、まだ戦士だ。向こうは…委員長だし、司令だし、おまけに万翼長だ。
でもさ、芝村。お前も、周りから相当悪く言われてるぜ? 俺の悪口はまだ声に出すヤツはいねぇけど(聞こえたら即、ブン殴る!)、お前の悪口は…。
なあ、判ってんのか? 芝村。
…はあ、判ってんのか…。
おめーは、そういうのに動じねえんだな。…すげえよ…。
一方、どういうわけか俺は「手作り勲章」なるものをもらったらしい。…よくわかんねぇな…。まあ、ののみとか、滝川とか、茜とか、こっちは何もしてねえのに普通に接して来るヤツは確かに多くなったけどよ…。
し、しかしだ…遠坂…お、俺みたいなのを姫呼ばわりは、ちょっと…どうかと思うけど…な…(真っ赤)。
何となくだが、真面目に仕事してる。少しずつ、こいつのクセみたいなのも判って来た。
それに、夜遅くまで、整備士たちが残ってんのに、俺だけ何もしねえのも何だか居心地が悪いしな。へへへ。
森やなんかから悪く言われてるけど、日曜日に一番遅くまで残っていたのは新井木だった。世の中、知りもしねえでどうこう言うやつが多いよな。ま、新井木にも当然嫌われてるけどよ、俺は、とりあえずそこんとこだけは、感謝しといてやるよ。俺の機体の、整備士の1人だしな。
Sランク…っての? よく知らねぇけど。仕事成果は、そうなったらしいぜ。
それから、何戦か、俺達の部隊は連戦した。そしてある朝、勲章授与式に出ろ、といきなり言われた。
データを初めてまじまじと見た。俺の戦果がいつの間にか75を越えていたのだ。黄金剣突撃勲章、とかいうやつを、くれるらしい。
へえ。まあ、幻獣ども殴り倒してもらった勲章なら、そんなに、悪い気はしねえな。ははっ。
そして一方、速水の方はと言えばだ。
準竜師…だ!? 速水、お前…!! そりゃ、出世し過ぎだろ!? いくらなんでも、フツー、学兵は上級万翼長止まりじゃあ…ねえのか!?
こいつ、何もんなんだろ…バズーカなんか要らねぇ、って言ったら、イモ1200kgもいきなり調達して来るし…。
いや、お前のその、国を守るってのは、いいんだけどよ…。何だか、ちょっと気が引ける。今だに階級なしの俺なんかで、ホントに…。
《取得提案》
舞:「狙いをつける」「回避」「作戦会議をしよう」
荒尾-玉名戦区 3/23
----集中出来ない。これは完全に自分のミスだ。舞の舌打ちに、善行はひどく乾いた笑いだけを返した。
「落ち着きましょう。焦っても仕方ない」
「…済まぬ」
たかがキメラですらアサルトで落とせない、だと?
半端によろめいて転がったそれを、光る拳が玉砕する。きたかぜゾンビの射程に捉えられて、すい、とそれを躱す士翼号。
ひどくうまくなった。動きが。
この週末、田代は、ずっとハンガーにいた。頭をかきむしり、「わかんねぇっ!!」とか「めんどくせぇっ!!」とか叫びながら、それでも熱心に仕事をしていた。
自然に、並んで仕事をする。その舞に向かって「なあ、周りから悪口言われてんの気づいてる?」などとぽつぽつ話しかけて来たりする。
心の底に割り切れないものはあるものの、彼女は人として悪いわけではない。だとすれば、悪いのはあいつか。芝村一族たる自分の心を、こんなにも引っかき回して、ただぽややぁんと笑っている司令。
「----芝村さん?」
「…いや、大丈夫だ」
慌てて意識を引き戻そうとする。
----動きだ。ヒーローは、能力ではなく。
仕事の間に、父から聞いたヒーローの話を、何故田代に話してしまったのか。
その答えは----ここにある。戦場に。
「そうよ未来はいつだって
このマーチとともにある
私は今一人じゃない いつどこにあろうと
ともに歌う仲間がいる」
田代は歌う。光る拳がミノタウロスに叩き込むダメージは平気で4500を超えている。
敵増援の報が届く。でも、それ以前に、彼女のパンチと航空支援があっと言う間に幻獣軍を全滅に追い込んでいた。
----そなたも、『芝村』なのか?
ヒーローが現れる時、それは芝村の近くにいる。厚志は、あの男は、田代の動きにヒーローを見たのだろうか。彼女を支援し、笑いかけて、もう決して「下がれ」とも言わなくなったあの男は----?
せつない----。
----それは、芝村たる心のありようではない。
「今日も、持ち帰りですか…」
善行の声は飄々としてはいるが、恐らく困っているだろう。何のための突撃仕様だ。コパイがこれでは。
「…済まぬ。ちと、考え事をしていた」
「いえいえ、私もまだ、勘が戻っていないのでしょうね。どうも鈍くていけない」
「いや…悪いのは私だ。…済まぬ」
相方が、言葉を選べる大人であることが、今だけは救いだった。
大勝 撃破20/田代11 友軍損害1(戦死0)
八代戦区 3/24
「…ミノタウロスです!!」
M2ヤジュール小隊のオペレータの上げた声は悲鳴に近かった。即席も即席のスカウトとモコス、そして人型ではない士魂号。大した戦力も出せないでいたその部隊の前に実体化した幻獣軍には、3体のもミノタウロスが混じっていた。
その日が初陣のスカウトもいる。とても無理だ。どうする。同じ八代戦区を守っていた中に、確か『かの一族』の遊撃部隊があったはず。
司令はコンソールでデータを確認する。5121。素っ気無い数字の名前は、それでも438もの戦力値を誇る熊本一の強力な小隊だ。
「こちらM2ヤジュール、5121、速水司令…頼む、力を貸してくれ!」
「すぐ向かう」
即答。幼い少年の声の割に、奇妙な自信を含んでいる。彼のデータを見てまた愕然とする。準竜師? たかが学兵のひとりが?
現れた部隊編成に、小隊メンバーたちから溜め息がもれる。
初期型重装甲。突撃仕様。この辺りは、本で見たことがある。
北側に舞い降りるように立つ----噂でしか耳にしたことのない新型。両手に全く武器を持っていないのは、それ自体の性能だけで戦えるからなのだろうか?
小隊の可憐がそろそろと歩き出したその上を軽々と越えて、新型機は3体のミノタウロスに覆い被さるように飛び込んだ。あんなに近づいたら…! 驚いている目の前で、その腕がしなり、そして下から突き上げるように殴る。
機器の故障かと思った。4382ダメージ。素手で?
その新型がミノタウロスをパンチで葬っただけで、あっけないほど簡単に掃討戦に突入する。足の速いきたかぜゾンビが多く、あらかた逃げられてしまったが、ミノタウロスを目にして震えていたあの恐怖感は何だったんだろうと拍子抜けするぐらいだった。
大勝 撃破25/田代13
阿蘇特別戦区 3/25
腕が鳴る、とは、まさにこのこと。
田代は1度だけ目を閉じて、そして深呼吸して、また開く。
新型機を得てから、自分は、死んで行った友人たちの仇をやっと取れている、と実感出来るようになった。
同じ中学の友人たちが、同じ部隊で幻獣軍と対峙して、そして全滅した。
「あいつだ…」
唇を噛む。目の前に8体もいる。全てを、自分が、殺してやる。
「スキュラ----!」
悠然と首を向けるそいつに向かって飛ぶ。その機動力をコントロールすることにはもう慣れた。上から叩きつけるようにまず1匹。
コックピットの中で、自分の手にまとわりつくように青が揺れる。それはそのまま、士翼号にうっすらと同じく青を漂わせていた。
「てめーら全員ぶっ殺す!!」
叫びながら足を滑らせて彼の真下へ。一瞬戸惑うように動いた腹に向けてジャンプするように、2匹目。
うろうろと集まって来たミノタウロスに舌打ちして次々に殴り散らす。彼らの赤が濃くなって発射準備が始まったと見ては少し下がって射線を外すことも覚えた。
傷つけられてなんかやるもんか。田代は自分がうっすらと笑っていることを知っていた。
「俺は----」
一気に距離を詰めて跳び、まるでバレーボールでも打つように空中要塞を叩き落す。
「俺はてめーらを許さねえ……絶対に許さねえっ!!」
「今日は歌わないな…」
「……たまには歌わないでいてくれた方が、少しは気が楽だけどね…連戦させちゃったし」
熊本県下で一番、圧倒的な幻獣勢力を誇っていたはずの戦場が、緊張する暇もなく掃討戦に突入する。
今やゴールドソードのエースとなった速水の恋人が、何の恨みをそこにぶつけているのかは、聞いているから、何も言わない。
やりたいようにやらせてあげればいいと思った。それで少しでも、彼女の中に押し込められた悲しみが癒えるなら。
大勝 撃破19/田代13
第7章 たったひとりのスカウト(3/26〜3/31)
3/7以来、5121小隊のスカウトたちは戦場に出て来ていない。でもそれはそれでいいと思っていた。友軍スカウトが俺の後ろでヤツらに殺されるたびに、そもそもあいつら出て来なければ、とホントは思っていた。
俺は自信がついて来ていた。自分が戦えるって。だから。
ある朝、狩谷が、滝川の部署をスカウトに変更した、と告知があった。若宮がウォードレスなしで出て来てないのだから、滝川が回されて来ても出て来ねえ、と思っていた。
ところが、出て来やがった。しかも戦車兵型で。そりゃ、パイロットの予備だ。スカウトの道具じゃねえ…。
珍しく考え込んだ。柄じゃねえけど。死なれるのは気分悪いからな。
レールガンってのを買って来てみた。スカウトたちが死なないために。
でも、結局ウォードレスが足りなくて、俺が買って来たレールガンは使われないまま倉庫に寝ていた。ちょっと残念だな。まあ、そのうち使うチャンスもあるよな。多分。
月末、テストは21位だった。俺の下は、ヨーコさん。彼女、日本語、読めなかったんじゃねえかな。多分そうだな。ってことは、実質、俺がビリ?
《獲得技能》
隊長0→1(ヨーコ)
《取得提案》
舞:「仕事(指図)」「訓練(指図)」
原:「装甲除装」「一緒に歩こう」「一緒に仕事しない?」
阿蘇戦区 3/28
あれに俺が乗るはずだったのに。
目を細めて、その新型機を見上げる自分はひどくちっぽけに思えた。
先輩と一緒の部署になった、ということだけは、まあ、いいとしても。狭い所が苦手な俺にとってはこの方が「開放的」ではあるとしても。
それでも思う。俺の機体だったはずなのに。
今まで戦場に出ていなかったから、あの女----田代が、どんな風にそれを使っているのかなんて知らなかった。俺が小さな頃から夢見ていたようなヒーローかどうかも。
話では、いきなり近づいて殴りかかるらしい。それでも、ゴールドソード。
あの勲章を見た時に、俺はここでもいいやって何となく思えたのかも知れない。自分はただの小さな人間で。
それを思い知るチャンスは今までもあったけど----
士翼号がすぐそばを舞う。滝川は風圧でよろけそうになる。目を剥いて文句の1つでも言いかけた時、ぐしゃっと嫌な音がすぐそばでした。気付く。データを見直す。
「わ、悪ィ…」
「うるせー」
いつの間にか自分はきたかぜゾンビの射程にいたのだ。建物の陰に走り込む。距離からすると、すぐ後ろにいるきたかぜゾンビも多分あっと言う間に近づいて来る。
動けない。まだ、全然。ウォードレスが最悪のタイミングで廃棄されたばかりで、ここに出ているスカウトは自分ひとりだけなのだ。
役に立ってない。
全然役に立ってない。
苛々しているうちに、士翼号がミノタウロスを一撃する。強いなんてもんじゃない。間近で見て、その光る右手の輝きに圧倒される。
……今の俺じゃ、まだどうしようもない----
士翼号は立ちはだかるように動いている。
戦場に出て来たたったひとりのスカウトを、守るように。
大勝 撃破18/田代10 友軍戦死1
阿蘇特別戦区 3/29
二戦目でスキュラの大軍と対峙するハメになるとは思いもよらなかった。
まだ動くことすら覚束ない自分の目の前で、昨日と同じように翼は自分を越えて行く。
友軍たちの可憐が近づくその前に、ミノタウロスとスキュラは田代機に目標を据えていた。
それでいいんだよ、と、掠れた田代の声がする。----俺だけ狙ってやがれ。
ミノタウロスを選んだように次々と倒しながら、時には大きく後ろに逃げて。
気づけば、戦場の幻獣のうち7割は田代機に矛先を向けている。
残るはきたかぜゾンビなどの耐久力の低い相手が中心だ。
せめて先輩が出て来てくれたらいいのに、と思っていたけれども。
----もしかしてひとりで死なずには済むのかなあ。
何となくそんな風に思えて来る。不思議な心強さ。
彼女の拳が、全ての戦場を決めて来た。その噂を、たった二戦で実感しただけで、滝川の戦場は幕を閉じた。翌日、また若宮がスカウトに戻されたからだ----新井木によって。
大勝 撃破20/田代12
人吉戦区 3/31
彼女の『青』は、精霊なのだろうか。
自分のためにヨーコが陳情してくれた可憐通常型がようやく回って来た来須は、ヘビーマシンガンで友軍たちの援護に追われながら、視界の端で田代機の周りに漂う光を見ていた。
あの光は想いなのだろうか。それともただの。
心の何処かで知っているはずの答えを、思い出さないように目を閉じる。
今の俺の『役目』はそこにはない。
細く長く息を吐いて周りを見る。ゴルゴーンなど今の5121にとっては敵ではないが友軍には違う。
士翼号は歌を響かせる。ぴんっ、と張り詰める空気。まだ幼いと見えた少年の声が叫ぶ。
「全軍突撃! どこかの誰かの未来のために!」
未来は、あるのだろうか? この世界に。
無謀な特攻を始めた友軍たちより前に出た来須の横に、レーザーが突き刺さる。油断した。声にならず揺れた体を何とか支えた途端、ひび割れた通信機から「…んの野郎!!」といささか下品な声がする。
それまで、戦区の真ん中でゴルゴーン軍団とやり合っていた士翼号が突然跳ぶ。来須に熱線を浴びせたスキュラに真正面から右フックして着地。
「狙うなら俺にしろっつってんだろ! バカ!!」
一斉に彼女に方向を変えるミノタウロスの一団。それを確認した途端に射線を逸らす。
幻獣たちはその動きに煽られている。
現れた敵の増援はナーガ中心の部隊。
大丈夫だ。もう俺を気にするな。
言葉にしなくても、田代にはそれが通じているのか、それともただの偶然なのか、もう彼女は振り返らない。
来須は体制を立て直す。自分に出来ることはまだある。名も知らぬ戦友の血を踏んで。それでもなお、歌という魔法は心をひとつにするものだから。
勝利 撃破37/田代19 友軍戦死4
第8章 それは平和への道すがら (4/1〜4/5)
加藤、俺のこと嫌っているくせに「ファンです!」とか言いやがった。ひょっとして、最近良いうわさががんがん流れているのが影響してんのかな。確かに戦果は上げて来ているせいか、周りの目が少し変わって来ているなあとは感じていたんだ。
人間なんて単純だよな…。まあ、いいけどよ。
あ、新井木? 滝川まで…な、なんだよ、か、からかってんのか!? はやってんのか? ファンです、っての。
何故か森が整備主任、原さんが三番機整備士に配置換えになっていた。下克上?
《獲得技能》
情報0→1(舞) / 誘導0→1(ヨーコ) / 幻視0→1(ヨーコ) / 整備1→2(ヨーコ) / 天才0→1(舞)
《取得提案》
ヨーコ:「見切り」「武器受け」「あの人を協力して」「あの人をはげまして」
球磨戦区 4/2
最近、コンソールに頭埋めなくなったなあ、と瀬戸口は速水司令を見ながら思っていた。まあそれは、あの頃に比べれば、恋人である田代の二番機の戦い方が、見ていて危なげないものになったからなのだろう。
スキュラとミノタウロスもいるが、ナーガ以下の小さいのも多い。数も少ない。出てはみたけれど、さして苦労もせずに掃討する。
決まって歌い始めるのは彼女。続くのは速水。あの頃唸っていた少年は今やそれが楽しそうですらある。
ただ、少し……。
やはり、視野が狭いかな。
彼がパイロットだった頃に言いかけた言葉を、今は彼女に言うべきだろうか、と、その戦場を見ながら1人で考えていた。
大勝 撃破16/田代10
菊池戦区 4/5
今更? と思えるようなゴブリンやヒトウバンの大軍が目の前にいる。
油断を心配する必要もないだろう。
頭を潰す作戦が、恐らくは効いて来ているのだ。
速水は少しホッとする。今まで激戦区ばかりをあえて選んでは来たけれど、これからは少し余裕も出て来るだろうか、例えば…。
「何ひとりで真っ赤になってんだよ」
「え」
「突撃行軍歌斉唱!!」
それでも彼女は歌う。
いつでも一生懸命で。でも誰にも理解はされていないみたいだけど。
「おいおい、見とれてないで指揮取れよ、司令」
「大丈夫だよ」
何も言わなくても。
彼女にはもう見えているんだから。やるべきことが。出来ることが。
大勝 撃破20/田代10
第9章 降下作戦 (4/6)
何なのか、は、判らない。
単独で阿蘇特別戦区への降下命令。
田代はむしろ少し笑って頷いた。誰かを守るために気を使わなくて済む分だけ、むしろ楽だ、と思ったのだ。
士翼号のために準竜師が用意した装備は展開式装甲が2枚とアサルト・太刀。
「…やれやれ、ずいぶん心配されたもんだな」
唇の端を少しだけ釣り上げて、田代は両手の武器を投げ捨てる。続いて、両肩の装甲も剥ぎ取る。
予備弾倉や煙幕弾頭は。捨てる時間も惜しい。すでに足の速いきたかぜゾンビたちは射程にこちらを入れている。
そのまま地面を蹴る。誰にも遠慮することなく、ただ思うがままに舞う。それは、思ったよりもずっと気分が良かった。
最初にスキュラを落として、次にきたかぜゾンビ。とにかく、うるさい、と思うものから片付けて行く。彼らを翻弄するヒット・アンド・アウェイの繰り返し。
士翼号の装甲の薄さは判っていた。整備士たちがいくら頑張ってみたところで、被弾してしまえば問答無用に壊れて行く。この機動力のために装甲を犠牲にした機体、それが士翼号の「くせ」なのだと田代は理解している。だから。
撃たせなければいいだけだ。
坂上が時々ふんぞり返った態度で戦術、戦術と繰り返していた意味を、この時ほど体感したことはなかったかも知れない。
ただ近づいて殴るだけならこちらも間違いなく囲まれてタコ殴りだ。
常に退路を確保。逃げるタイミングを見切ること。
そして、再突入。
誰にも邪魔はされない。全ては自分の拳で砕かれるのを待つばかりの敵陣。引かせて、しゃがみ込んで、機械の脳と一緒に一呼吸して、一気に距離を詰めて、光る腕が弧を描き、そしてまた引く。
「俺たち、いいコンビになれてるよな」
士翼号がしなやかに回避行動を取る。わずかに外れたキメラのレーザーは虚しく宙を撃ち抜いて終わる。
負ける気がしない。
田代は彼とともに舞う。青をゆうらりと立ち上らせながら、誰も見ていない戦場を、ただ、舞う。
全滅した戦場に立つ少女は、クラスメイトのひとりに似ていた。
それの意味は、田代には判らない。ただ、言葉だけが引っかかる。
姉妹。----クローン。
明日、たずねて見るべきだろうか。自分に理解出来るのかどうか、自信はまるでないけれど。
第10章 その少女は (4/7〜4/10)
俺は、シルバーソードと、星従軍章、そしてアルガナ勲章を手にした。
本当は昨日のうちに150は越えていたんだが、秘密の作戦のために授業をサボって調整してたからな。
すげえな。芝村によると、人間として取れる最後の勲章だそうだ。
…人間として? じゃあこの上の…絢爛舞踏は。
そうか。死を告げる舞踏だもんな。
ののみに話しかけて、聞いてみようと思った。『姉妹』のことを知っているのかと。そうしたら…。
本人だった。
『姉妹』は俺のことをこう言った。深い理屈がなくても、動けるような人だと。
ふっ。いや、全くそうかも知れない。俺は確かに、理屈なんかじゃ、動いてねえからな。
八代戦区 4/7
M2ヤジュールの司令は、自分は卑怯だろうか、と時々思うことがある。
戦況報告を見ながら、何となく5121が自分たちの担当戦区----八代にやって来るとホッとして、ほとんど迷うことなく出撃命令を出せる。
恐らくミノタウロスレベルはいるだろう、と思ったら、スキュラが2体混ざっていた。今のM2ヤジュールには少し強敵過ぎるか。
「こちらM2ヤジュール----5121、速水司令、また甘えてもいいだろうか」
「問題ありません」自信に満ち溢れた返事。だがすぐに、「ただ、少し時間が欲しい」
苦戦しているんだろうか、あの部隊が。そう思って目を見開いたその耳に。
「もうすぐ終わらせる。----全てを潰してから向かいます。今後が、楽になるはずですから」
一方的に切られた通信。無線機を見ながら、少し茫然とする。
15歳の準竜師は未来をも見ようとしているのか。目の前のスキュラに脅えているような自分とは違って。
それが強さだろうか。5121の。ただ、士魂号や新型機が配備されているというそれだけではなくて。
時間をと言った割に、それからあまり時を経ずに、5121のオペレータから連絡が届いた。
「着きましたーなのー」
苦笑する。熊本でも有名な最年少オペレータの声だ。
「お待たせしました。今から支援に入ります」
「ありがとう。助かる」
「行きましょう」
迷彩もしていない新型機がまた、その驚異的機動力で前に出る。これはもう、支援などではない。まさに彼らこそが、ここの主役なのだ。
大勝 撃破33/田代16
阿蘇戦区 4/8
連戦させるつもりはなかったのに。タイミングがどうも良くない。
昨日、応援要請が入って、ただでさえ士魂号は疲弊して性能低下を起こしていた。士翼号もだ。
それでも。
「相変わらずだな」
「相変わらずだね」
彼女が受けた星従軍章が何なのかを少し調べた。特別な作戦。秘密裏の。
恋人である自分に何も話してくれなかったのはいささか寂しくはあるけれど、彼女はきっと心配されるのは嫌がるのだろう。
彼女の強さを、信じてあげよう。少なくとも戦場では。
----でもそろそろ、戦場以外でも会いたいんだけどなあ……
少しの苦笑とともに。それは、戦場にはふさわしくない余裕。
士翼号パイロットは、大きく息を吸って、そして歌い出す。
心をひとつにする歌を。
全員が心から信じている、その魔法を。
大勝 撃破20/田代11
第11章 熊本城攻防戦 (4/10〜4/11)
芝村が妙なことを言い出していた。幻獣を、囲んで、叩くだとか。
面白い、と俺は答えた。文字通り、腕が鳴ると。
そうしたらその翌日、あっと言う間に妙な話が出来上がっていた。幻獣のオリジナル、だって? そんな話、聞いたこともない。
芝村は腕を組んで不敵な笑いをしていた。つくづく、よく判らない一族だ。
それにしても、カダヤって一体、何なんだろうな…?
翌日。
熊本城の戦場に立ったのは俺たちの部隊の3つの士魂号だけだった。
先日の降下作戦でたったひとりで戦場を勝ち抜いた俺にとっては、さしたる問題ではない。同じようにやるだけだ。
最初の頃は下がれだの突っ込み過ぎだのぎゃあぎゃあ言っていた司令も、今はもう何も言わない。----まあ、もちろん、心配してのことだとは、判ってはいるけれど、な。(ちょっと真っ赤)
最初の戦場は、俺のパンチと三番機----善行のうまいミサイル使いが効いて、呆気なく終わってしまった。
次に、B地区に向かえ、という指令が下る。俺たちはすぐに場所を変える。
同じことだ。
俺が最初から前に置かれた。よく判ってるじゃねえか。
全く問題はない。少しは被弾したが、性能低下までは至っていない。
そう、そこまでのニ戦は、いつもと同じだった。
敵の戦力をほぼ削いだと見えた戦場に、芝村が立っていた。そして俺に、友軍たちがいる限り終わらない、と告げた。
たった一機で掃討戦に出ると。
複座である彼女の機体の同乗者として、彼女が選んだのは----俺だった。
※ ※ ※
彼女は目を目一杯見開いて一瞬ぽかんとしていた。
そりゃそうだろう。舞自身も、ついさっきまで、彼女に声をかけることを迷っていた。
それでも。
それまでの一・ニ戦で、ミサイルランチャーを積んだ複座よりも多くの敵を撃墜していた彼女を見ていて、やはり"ヒーロー"とは…彼女のような者を言うのだろう、と確信したのだ。
舞うように敵を狩る。いや、士翼号は実際に「舞って」いる。
ただ突っ込むばかりだった初期の彼女の動きに比べれば、今の士翼号の動きは美しいとさえ言えた。
それでも。それは自分の我がままだ。だから言った。
「…だが、お前までつきあう必要はないぞ。
田代。
地獄は我らの故郷なれど、そなたは違う。」
「けっ」
困ったように目をそらした。否、という答えが返って来るだろうと予想した。
「んなこと確認すんなよ、バカ」
口は悪いが、その顔は、にっ、と笑っている。
舞の中にあるもやもやしたものが、すう、と溶けて行く。何故この少女をあんなに嫌っていたのだろう。まだ、自分の想い人の恋人であるという引っかかりは拭えなくても、それでも彼女は。
舞も笑う。何故だろう。彼女の笑顔に含まれる不敵さは、何処となく芝村的だ。そう、見えた。
手にしていたアサルトも装甲も剥ぎ取って、彼女は敵陣に突っ込んで行く。いざ同乗してそのダメージを間近で確認していると、やはり田代の拳は神の手なのだ、と思わされる。----だが。
「田代、士翼号と同じつもりで扱うのは無理だぞ、この機体は…」
「…らしいな」
あちこちに点滅するレッドアラーム。これは予備と交換せねばならない。それでも、田代は戦い方を決して変えようとはしない。近づいて、殴りつける。
「田代っ」
「俺はどうせこれしか出来ねえよっ」
また被弾した。動ける範囲が狭いので、敵の射程から逃げることもままならない。
「せめてミサイルランチャーを使えば良かろう? 雑魚を一掃してから大物を叩きに行っても…」
「うるせー」
「田代ーっ!!」
ミノタウロスの射程にいる。もうダメだ。
辛うじてダメージは少なかったが、それでももう機体のアラームは悲鳴に近い。普通なら脱出を考え始める性能値だ。
「田代!!」
「んだよ!!」
目を閉じて。脳裏にふっとあの顔が浮かんで。
「そなたが死ねば、ヤツが悲しむ----」
「……えっ」
田代の声は意外そうだった。
「そのようなこと、私は許さない。せめて----せめてヤツを悲しませるようなことは、するな」
「……芝村……」
「そのぐらいのことは望んでも良かろう? 私の…私の想いは、叶わなかったが、それならばせめて…せめて、アイツが、アイツが幸せでいられるように望むことぐらい…。
だから命を粗末にするな。私はともかく、そなたが死ねば----」
「……お前……」
「いいからミサイルランチャーを使え!! そして引いてから態勢を立て直せ!!」
田代の返事を待たずに幻獣たちへのロックオンを開始する。田代からのコマンドで彼女がそれに素直に従ったのが判った。
それでいい。彼女を殺すわけには行かない。それで絶望する速水など見たくはない。
それは、自分以外の誰かの死に涙する彼を見るのが嫌だという、醜い嫉妬の表れなのかも知れない。でもそれ以上に、今の舞は彼女を殺したくはなかった。決して周りの噂に流されることなく、ここにこうしてついて来てくれているひとりの少女を。
ミサイルは9体の幻獣を一撃で叩きのめす。そのダメージまで異様なのはどういうわけだろう。たかが1217ダメージでゴルゴーンが一撃出来るはずがない。とすれば、----表示限界(4桁)を越えてオーバーフローしているのか? 11217ダメージ?
残る敵はミサイル射程にいなかったミノタウロスとナーガ2体。田代は横に跳んで一度逃げに入った。判ってくれたらしい。
「…これで満足だろ」
「残り耐久力は3桁を切っている。見えるか?」
「…ああ」
「一度も撃たせるな。絶対に勝て」
「当然だ」
複座が跳ぶ。殴りつけて、逃げる。
安全策を取ったのか、相手を揺さぶるように跳びながら、確実に背後を取って仕留めて行く。
やはり彼女だろうか。300を狩ることの出来る者は----
舞は消えた戦場を見ながら、父の話していたヒーローの話をぼんやりと思い出していた。
大勝 撃破62/田代49(うち9はミサイル)
第12章 デェトパニック(1) (4/12〜4/18)
速水が、デデデデ、(けほん)、デートに誘って来やがった。
い、いや、彼女なんだから、いいんだけど、ど、ど、(パニック)。
銀剣だの、生徒会連合特別徽章だの、色々もらったらしいけど、俺は1人でうわの空だった。
昼休み、新井木と話していたら、ヤツも以前もらったことがあると言っていた。へ? 何を?
極楽トンボ!? 俺、遅刻の要領は心得てたつもりだったんだがなあ…。
「不良同士、仲良くしようね!」とか言いやがるから、放課後、俺の機体の整備だし、仕事手伝ってやった。そしたら…。
で、でぇとに行こお!? (またパニック)
「日曜日に遊びに行こうって誘う提案だよ。……どうしたの? 田代さん??」
俺から誘うのか? 俺から?? おおおお俺が??
「…大丈夫かなあ…ま、元気出して!」
----新井木は、どん、と背中をどついて走って行ってしまった。
翌日、芝村が俺のために士翼号を陳情してくれた、と通達があった。びっくりした。
あいつ…ただ速水のためだけに俺にあんなこと言ったんだと思っていたのに。
俺も心が狭いな。
内心で謝りながら、ありがたく機体変更させてもらうことにした。壊しては直し、壊しては直しで、だいぶ疲弊していたしな。
それと、何故か昇進させられた。これも芝村の仕業なんだろうか?
そう言えば、ののみのやつまで、あれだ、「ファンです」流行に乗ってたらしい…かおりちゃんって呼ぶなー!!
で、デェトはと言えば…公園でのんぴりしただけだった。
こ、今度はチケット…何か…手に入れとこう…かな。
やっぱ俺から誘うの?(想像するだけで真っ赤)
《取得提案》
新井木:「デートに行こうよ」
西合志戦区 4/14
最近、彼女は仕事熱心だった。降下作戦に熊本城攻防戦、ニ連続で大きな戦いがやって来て、その理由は判った。
だがしかし。
ただの15歳に戻った速水少年としては、司令たる身ゆえに漂ってしまっている真面目な雰囲気がちょっと恨めしくもあったのだ。
2人切りになるチャンスを狙いたくとも、一緒にお昼を食べようという提案ですら乗ってくれない。つれないにもほどがある。
だからと言って、朝一番におはようを言う前にデートに行こうっていうのはアレだろうか。とか迷う前に口から出ていた。
我ながらちょっと。
でも、まあ、いいか。即答だったし。
「……緊張感のない……」
「放っといて下さい」
「…やれやれ」
妙に浮かれてガンパレードマーチを熱唱する司令、ってのも、たまにはいいんじゃないかな。だって、もう負ける気がしないんだよ、どんな相手だって。
「ところで瀬戸口さん」
「んー」
「人の彼女デートに誘うの、やめてくれません?」
「(ぎくっ)」
勝利 撃破35/田代12 友軍戦死4
天草戦区 4/18
古過ぎる血筋。それはもう、枯れてすらいるのかも知れない。
目を細めて戦場を見渡し、そして自分よりもなお突っ込んで行く二番機の後を追う。
私には突っ込んで切ることしか出来ない、そう言ったら、彼女はちょっとひねた笑いを浮かべてこう答える。「俺は、突っ込んで殴ることしか出来ねえよ。あんたより、タチ悪いかもな」
それまで戦って来たうちで、ずっとその「突っ込んで切る」だけの壬生屋の戦い方は無謀だと称されて来た。実際、自分でもそうだと思わないではなかった。
だけど彼女はそのさらに上を行く無謀さだった。
それでも。
士翼号は退くタイミングを見切っている。動きを見ていると、それがわかる。
装甲の防御力に頼って、大物と腰を据えて切り合う自分と、やり方は全く違う。
もちろんそれが、新型の機動力を最大限発揮するやり方なのだろう。坂上先生の言う、「戦術」たるもの。
彼女かも知れない、と思う。
既に古くかびの生えた壬生屋の血が出来なかった何かの、----彼女こそが、担い手なのではないかと。
大勝 撃破15/田代13
第13章 デェトパニック(2) (4/19〜4/22)
こ、今度こそ俺が誘う!!(ぎう←拳を握ってる)
放課後、パイロットの仕事をした後、小隊長室をおそるおそる覗いてみる。
芝村と話していた…(がーん)。
や、やっぱり俺なんかより…
「あ」
たたたっ、と駆け寄って来た。あ、あれ? 芝村は? …あ、ちょっと怒ってる…ような…。
「一緒に訓練しようよ」
「お、おう、いいぜ」
サンドバックを殴って汗かいて、一息。2人きりだろうか…じゃあ、い、いよいよ…
「あのさー」(←別なとこから)
な、ななななんだよ!!…瀬戸口??
「日曜、何処か行………」
見なくても判る。背中からブリザードな視線が痛い。
「こうかなーってたまには言ってやってくれ、司令の仕事も大変らしいしなー。ははは」
大汗かいて逃げて行った。
「…し、司令の仕事、て、て、手伝ってやるよ、たまには…」
背中向けたままそう言ってみた。
「ありがとう」
2人で小隊長室へ歩いて行く。
仕事に集中している速水を見てるうちはまだ良かった(そう、結局見てるだけだった)。
ふと気づくと、2人きりで。妙な雰囲気。でも、チャンス。まともに目を見られなくて、思いっきりそらしたまんまで口を開く。
「あ、あああああのさー…、日曜日…その、あの…い、嫌なら無理にとは言わない…けど…」
「いいよ。もちろん」
「わ、わわっ」
肩に何か乗っかってる。(抱きしめられているんですよ、田代さん。)
「嫌なわけないよ。ひどいなあ…」
「バ、バカ、みみみ耳元で喋るな、くすぐったい…」
「…耳、弱点?」
「だからっ…」
身をよじって逃げようとしても。力、抜けてる…マジで耳が弱点? 俺。
仕方なくそのままじっとしてたら、くすくすしばらく笑っていたかと思うと(だからくすぐったいっての!)、…耳たぶに何か当たった。
なんか、なまあったかい。(唇です、田代さん。)
「な、何すんだよぉっ」
「え? 耳、嫌だった? そっかあ…。じゃあ、次は違うところにするよ。…何処がいい?」
「ば、バカーっ!!」
阿蘇特別戦区 4/20
…なんだかね、あっちゃんったら、ずっとお顔がまっかだったのよ。
なんか、思い出し笑いとか、ときどきしていて、たかちゃんにこにこしてたの。
ののみにはわかんないけど、みんな楽しそうでいいなあ。
でも、げんじゅーさんたち、やっつけないといけないのよ?
ほえ。あっちゃん、何か思い出したの?
「あのですね。人の彼女デートに誘うのやめて下さい」
「ば、バカだなー。目の前でそういうこと普通しないだろ? 冗談に決まってるじゃないか。ほ、ほら、指示出さないと。司令なんだから。な?」
「目の前で平気でやるなら、隠れてたらさらに平気ですよねーきっと」
「は、速水…」
「ほえ。でーとって楽しいの? こないだ、よーちゃんも、でーと行こーってかおりちゃん誘ってたのよ」
「………………」
あっ。あっちゃん怒っちゃった。
ののみ、何か悪いこと言ったかな?
「ののみ……」
「ふえ?」
「----全軍突撃ぃっ!!」
「あっ、キレた」
「ふえ??」
大勝 撃破18/田代17
上益城戦区 4/22
有利なんだか不利なんだか。とっとと掃討戦に入ってしまえば楽になるんだが、残念ながら敵戦力が全体的に落ちて来ている今は、大きいのを選んで潰さない限り掃討戦には入れない。
彼女は判っている。ミノタウロスが次々と二番機の拳で砕かれて、掃討戦に突入したその時に。
「敵増援現れました!!」
反転。速水が司令になってから初めて、一度撤退を開始していた幻獣たちがまた振り返った。掃討態勢の無防備な各機が次々と捕捉されて行く----
失策、だっただろうか?
一度退くように指示を出しても、今の彼らは(特に田代は)聞かないだろうとは判っていた。敵のレーザーがあちこちで一斉に光る。
レールガンが破壊されたのが見えた。スカウトたちは----無事に脱出している。
「戦車部隊の被害は!」
「ねえよ」「問題ありません」「たわけ」
たわけ? 三番機の数値を確認する。そうか、信頼しろ、という意味か。
「ヤツをぶちのめせば簡単だな」
田代機が跳んで、増援として現れた唯一のスキュラを殴り落とした。まさに、その通り。
「敵は撤退を開始した。掃討戦に入れ」
再び、守るための動きを捨てた全機が強襲する。
少し油断が過ぎたのだろう。久し振りに、嫌な汗をかいた日だった。
勝利 撃破22/田代13 友軍戦死3 小隊損害1(戦死0)
また勲章か。俺にとっては、その程度の感慨しかなかった。しかし、準竜師が直々に電話して来た、と聞いて、出た途端に、受話器を持つ手が落ちそうになった。
----絢爛舞踏……だって?
データを確認して、呆気に取られた。
俺が絢爛舞踏…死を告げる舞踏…。
まさかそんな立場になるなんて。
速水まで俺にかける言葉はまるで怯えているようだった。それが悲しい。
彼の肩にいる小さなやつは何なんだろう。
あのデブねこが、……言葉を話したように思えたのはどうしてだろう。
竜を倒す? 竜を許す? 一体、----
ののみは突然戸籍なんて見せやがるし。でも、ののみなんて変な名前だと思った。そうか、のぞみか。希望、ってことだ。いい名前だな。
それにしても、周りが何だか騒がしい。この勲章に、どんな意味があるっていうのだよ?
球磨戦区 4/23
速水が見渡した戦区には、友軍がいなかった。そういう地域を選んで転戦したのだから当然だが。
もう今の小隊なら、周りの助けなくともやれると信じた結果だった。
敵陣の中にはスキュラは見えない。恐らく、問題はないだろう。全機の動きを制約させることなく、ただ無謀と思えるスカウトたちのミサイルポッドに少し下がるよう指示をしたくらいか。そんなに突っ込むような射程じゃないだろうに。
と、響くアラーム音。ミサイルポット撃破されました、という冷静な瀬戸口の声に。
…どうも、壊し屋が選手交代したらしい。無事に脱出したらしい両名を確認して一息つく。
少し任せ過ぎたろうか。
彼女の動きに不安はないし、一番機・三番機は錬度が高いせいか、さほど被害を負うこともなくなったし。
とりあえずスカウトたちの安全を守る意味でも何か調達しなければ。
速水は司令の顔で1人溜め息をついていた。
勝利 撃破19/田代16 小隊損害1(戦死0)
第15章 デェト (4/25)
前の日、俺だってちょっとは鏡の前で格闘したんだぞ。髪をこう…やってみたりとか。
だけどなあ。…元がこれだしなあ…。思わずがくうと肩を落としてとぼとぼ帰るところを、誰かに見られてたんじゃないかと思うと、ちょっと不安だが。
それもあって…なんだ、あんまり、その、明るいところでじろじろ見られるのも、恥ずかしいし…。
映画でも、と言うと、あっさり頷いてついて来やがった。
ずっとかちんかちんで、物語なんぞさっぱり頭に入っていない俺の目の前に、何か黒い影が----
わあっ!
こここここの感触は記憶にある。ただし前回はそそそこじゃなかったぞそこじゃ!
てててめえ速水、何かひ、一言だな、あっても、その……
何も言う間もなくぐいっと引き寄せられる。手が、髪の毛の中に入って来た。
くすぐるように耳たぶを突っついている。
----思い出させるなよぉ……。
「次は何処がいい、って聞いたのに、答えてくれないから」
へっ?
そうか。そこか。
別に……別に、そうだよな、俺たち、付き合って…る、んだし…
それからずっと速水は俺の髪の毛をいじっていた。
す…少しは、役に立ったかな。あの、格闘も…。
第16章 めでたし、めでたし(4/26)
最初は、話しかけられたその口ぶりが変だと思ったからだ。
何か変だと思った。その後で。
ここに来たばかりの頃、坂上が妙なことを言っていたのを思い出した。
竜、がどうとか。
あの猫も。
ただ俺は、それがここにつながるなんて実は考えたこともなかった。ただ、楽しそうではない笑いが、その男の喉元で続いていたから。
ただちょっと声をかけただけのつもりが。
----いつの間にか、そういうことになっていた。
ED
らんくS。
○ステータス
体力…1604[S] / 気力…966[S] / 運動力…912[S] / 知力…689[S] / 魅力…258[B] / 士気…4398[S]
今回、全体的に低めでしたね。あまり真面目に訓練してなかったし。ほとんど授業だけです。
○技能
Lv3…戦車 / 夜戦 / 話術 / 白兵 / 軍楽 (←み、見事に必要なものしかないし…)
Lv2…隊長 / 整備 / 強運
Lv1…事務 / 医療(あれ?) / 情報 / 誘導 / 天才 / 狙撃(おや?) / 幻視
Lv0…飛行 / 密会 / 降下 / 開発 / 参謀 / 同調 / 統率 / 家事(かおりんらしいか、家事0は)
累積撃墜数:320
パンチ=311
ミサイル=9(熊本城第三戦)
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