充実の作品群だった

荒波剛

 入選作について、生活は文化でありその言葉も又然りと思った。50余年も経った亡母の着物をスーツに仕立て直して鏡の前に立った時、古い着物を繕い家族に尽くしていた母の姿と、それに因む名を持つ虫の声が耳の奥に甦るという展開が見事だ。佳作の高井君、五年生でジュニア賞を受けて、三年、着実に大人への階段を昇っているようで頼もしかった。山田ようさん、芝居の稽古に向かう心を生き生き描いているが最後の一行にもう一工夫あれば・・・。ジュニア賞廣中さん、その観察眼は五年生として素晴らしい。水田佳さんの作品は最後まで心惹かれていた。浅田、岩崎、加藤、呼子さんの作品にも強い印象を受けた。


イメージをつくることばの選択

奥田史郎

 久しぶりに新人賞選考を担当した。若い人の作品に意欲や感性が感じられたが、年輩者の作品には体験的支えがあり、ことばの重みに差が見られた。

 美和さんの作は亡母の衣類をめぐることばを厳正に選び、最近では失われた用具や扱いの様子から、母への思慕を浮かび上がらせることに成功した。

 高井君の作は、ぼくと父と母との三者の関係が微妙に変化する推移と本人の成長が的確に伝わり、すぐれた観察と表現に感心させられた。

 山田さんの作は、日常から少し脱皮しようとする試みの過程を、運転と信号待ちを使って描き、微笑ましい。

山本氏の評論は、宝石を輝きに拡大すれば、さらによかっただろう。


古さにひそむ新鮮さ

佐藤文夫

 新人賞の作品は、新鮮で清新で詩的熱気をおびたもの、と私は定義づけている。そこに自らの発見があり感動があり、それが自分の言葉で書かれているかどうか、ということである。

 今回入選された美和澪さんの作品には、古い織物や染物、あるいは染付けの磁器を見たときに感じる斬新さと、新鮮さに通じるものがあった。そこには今日、現代詩が陥ちこんでいる迷路、行き止まりから脱却すべき、いわばポストモダン的なヒントが秘められているように思えた。作品のもつ感度こそ大きく異なるが、佳作の高井俊宏、山田よう、廣中奈美さんらの作品も前述した私の定義にピタリと合っている。評論の山本平八郎さんはあと一歩だった。


一編への情熱

鈴木文子

 猛牛病、鯉ヘルペス、鳥インフルエンザ、そして政治は米国型凭れ病だ。この当たりで日本の文化を見直さなければ、この国は路頭に迷ってしまう。

 そんな意味から美和澪さん「つづれさせ こおろぎ」を入選に推した。こおろぎと母の声を重ねた終連は圧巻。

 高井俊宏さん「父」は、生きた観察眼で父子の愛情が語られている。詩の表現として凝縮する必要があると思う。

 重く暗い応募作品が多かった中で、山田ようさん「虚構の中へ」は明朗な一編だった。虚構も世界に自分を投じていく過程が爽やかだが、楽しみ過ぎの感がある。もう一ひねりほしい。廣中奈美さん「ミラーハウス」は、少女を越えた詩人の誕生と言える。


時代と自分を見つめた詩

滝いく子

 注目した作品が沢山あり、若い人も高齢の人もそれぞれの感慨や生活感が滲み出て、多彩で面白い作品でした。

 美和さんは亡母の着物にかけた思いを懐かしみ大切にして、見事に今に生き返らせる、亡母と、物と、流れ行く時への愛情が、温かく沁みてきます。

 高井君は泣けてくるようないい詩で深く感動しました。立派な中学生でとても素敵な家族です。不在がちでも温かくしっかりと家族の要になっているお父さんが素晴らしいし、尊敬している家族と、誇らかに書き上げた高井君の気持ちと心の成長が実に見事です。

 鏡の世界に入った廣中さん、その奇妙な可笑しさと不安感が伝わる素直な詩、自己主張の大人も終行にドキリ。


おとなの詩とこどもの詩と

中村明美

 美和澪「つづれさせ こおろぎ」は、詩に手触りや匂いがあり、過去の日々と現在の日常の間にある時間の濃淡の描き方がみごとであった。高井俊宏の「父」は、社会や人間の矛盾には一番敏感な、そして安易に妥協し難い年齢からのこのような作品を、素直と読むか拙いと読むか。私はあえてダマサレテミタイ、と思った。それは時代の希望だ。やがて少年は必然として父を越える。真の文学はそこから始まる。山田よう「虚構の中へ」は詩としての凝縮度がいま一歩。廣中奈美「ミラーハウス」は多重的で、深層心理の世界を垣間見るようだ。他に、あおいなおき、浅田杏子に注目。評論部門は総じて詩論としての自分の解釈が希薄であった。

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