旅ノート カンボジアの旅(1992年4月29日〜5月6日)
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◎旅の日程◎ |
1.成田 〜 バンコク |
2.バンコク 〜 プノンペン(国立博物館・王宮周辺・中央市場) |
3.プノンペン滞在(プノンペン郊外・収容所) |
4.プノンペン 〜 シェムリアップ(アンコール遺跡群) |
5.シェムリアップ滞在(アンコール遺跡群) |
6.シェムリアップ滞在(アンコール遺跡群) |
7.シェムリアップ 〜 バンコク |
8.バンコク 〜 成田 |
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PKO
自衛隊をPKOでカンボジアに派遣するかが大問題となっていたこの時期、「えっ!
カンボジアに観光に行くの!?」と周囲から非難をあびながらも、ツアーが催行されるというので、アンコールワット見たさに旅立ってしまったのでした。
プノンペン
プノンペンへは、バンコクから飛行機で1時間ちょっとで着きました。最初に訪ねたのは、アンコールワット等のクメール文化の遺物が展示されている国立博物館です。寺院風の立派な建物でしたが冷房などはなく、有名なクメール王の像の上をトカゲがちょろちょろ這い回っていました。
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プノンペンの市場にて |
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プノンペンの市場にて |
タ・プルン
午前中プノンペン郊外にあるタ・プルンというアンコール遺跡の見学に出かけました。遺跡はアンコールワット等に比べるととてもこじんまりしたものでした。遺跡よりも暑さとそこまでの道の悪さの凄まじさの方が印象に残っています。
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タ・プルン |
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イエイパウ |
ワット・プノン
午後はプノンペンに戻り、ワット・プノン(山の寺)という寺を訪ねました。何やら迷彩服の人がうろちょろしていて恐いなと思っていたら、PKFで来ていたインドネシア軍の人達が、休暇(?)で観光に来ていて、私たち日本人観光客を珍しがって、一緒に写真に写りたがっていたのでした。
トゥールスレイ収容所
1975年に始まったポル・ポト政権下では、100万人以上の人が虐殺されたとも言われています。ここはその虐殺の現場で、被害者の写真が何百枚も壁に貼られていたり、頭蓋骨で作ったカンボジアの地図などが生々しく、殺された人々の無念さが伝わってきて背筋が寒くなってきました。
シェムリアップへ
シェムリアップへは、頼りない旧ソ連製のプロペラ機で行きました。離陸すると間もなく天井から白い煙のようなものが噴き出てきて、ますます不気味でしたが、これは水蒸気で異常ではないと聞いてほっとしました。
アンコール・トム
アンコール遺跡で最初に訪れたのは、アンコール・トムのバイヨン寺院でした。山積みにされた石の塊のような寺院ですが、よく見るとそこかしこに顔があるというような不思議な建物です。”バイヨンの微笑み”といわれる、それらの菩薩の顔の彫刻はあまりにも有名ですが、回廊にはアンコールワット同様に、当時の戦争や日常生活の様子を窺い知ることができる細かいレリーフも見ものです。
アンコール・ワット
いよいよ念願のアンコール・ワットに来ました。寺院へと続く表参道は500メートル以上もあり、想像していたものより、随分大きくて感動しました。しばらく参道を歩いて寺院に入ると、まず、1辺が200メートルもある第一回廊があり、壁に隙間なく施されている見事なレリーフに目を奪われます。回廊は3層になっていて、一番上の第三回廊の四隅とその真ん中に、あの象徴的な塔が立っています。細かいレリーフは、それらの塔の下部にまでも見る事ができます。
私たちが訪れたのは雨季の初めで、日中45度にもなるような激しい暑さでした。クメール人は、このような暑さの中、よくぞこんなに細かくてスケールの大きい仕事をしたものだと、しきりに感心しました。
周辺のアンコール遺跡
アンコール遺跡群には、アンコール・ワット、アンコール・トム以外にも数多くの寺院などの遺跡があります。午前中と夕方近くに、それらの遺跡群の観光に出かけました。昼はあまりにも暑いのでとても観光などできる状況ではなかったのです。巨大な樹木が覆い被さっているタ・プローム寺院は、今にも木々に押しつぶされそうで自然のパワーを見せつけられました。
グランド・ホテル
シェムリアップでは、グランドホテルという内戦前からあるふるーいホテルに泊まりました(’92年にはここしかホテルがなかった為)。一見普通の建物でしたが、中はちょっとオバケが出そうな雰囲気で、水まわりや停電などの不具合は当然ありましたが、何より印象的だったのは、蚊帳付きベッドでした。
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蚊帳つきベッド |
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ホテル前には国連の車 |
アンコール・ワットの日の出
夜明け前に起きて、アンコールワットの日の出見物に行きました。アンコールワットは真西に向いているので、夜明けの頃には背後の空が赤く染まり、美しいシルエットを見る事ができます。
ロリュオスの遺跡群
アンコールワットからは少し離れている遺跡で観光予定には入っていなかったのですが、帰りのプロペラ機が欠航になったため、シェムリアップでもう一日過ごすことになり、急遽訪ねることになりました。遺跡をたくさん見られるのは良かったけど、あのオバケホテルにもう1泊するかと思うとため息がでました。
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ロリュオスの遺跡(バコン) |
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遺跡で遊ぶ子ども |
またまたアンコール遺跡
午後からは、またアンコールトムの観光で、三島由紀夫の戯曲にもなった”癩王のテラス”などの観光でした。アンコールトムを建設した王・ジャヤヴァルマン7世は癩病だったといわれ、そのような伝染病がアンコール王朝が滅んだ原因になったのではないかという説もあります。
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トマノン寺院 |
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像のテラスの彫刻 |
7・8日目 (シェムリアップ 〜 プノンペン 〜 バンコク 〜 成田) |
帰国
「今日はチャーター便も飛んで順調に帰れる」と思ったら、バンコク行きの飛行機が遅れて、何もないプノンペンの空港で足止めを食らいました。それでも夕方にはバンコクに着いて、タイしゃぶを食べて、翌日無事帰国の途につきました。
●参考にさせていただいたもの●
アンコール遺跡(ジョルジュ・セデス著 三宅一郎訳)
アンコールの遺跡(霞ヶ関出版) 現地で購入。海賊版。
旅のメモ(ユーラシア旅行社 添乗員さん)
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