尚也とケンカした。
 自分の誕生日の二日前だと言うのに。誕生日にはレストランに予約が入ってて、尚也と父さんと、三人でご飯を食べたりとかって予定があるのに。
 よりにもよってこんな時に・・・・ケンカ。
「俺が思ってるほど、尚也は俺のことなんか思ってないってことだろ!?」
 思い返すと、俺ってばスッゲー恥ずかしいこと言っちゃったし。顔から火が出そうになるのと同時に襲う、激しい自己嫌悪。
 きっかけは些細なこと。俺が受験する大学の話になった時だった。俺は、尚也のいる大学のことも受験の視野に入れてたりする。そんな自分もちょっと恥ずかしかったりして、でもこの事言ったら、尚也はきっと喜んでくれるに違いないって思ってた。けど、俺の告白(?)を聞いた尚也は、少し考えた後、冷静な口調で言った。
「もっと受験のこと、真剣に考えなさい」
 喜んでくれると思っていた分、なんか衝撃も大きかったっていうか、いま冷静に考えると、やっぱり悲しかったんだ・・・と思う。で、動揺した俺はくだらないコトをギャギャー言い返して、で、さっきの台詞になった。
 俺って・・・・バカだなぁ。
 実は尚也の言いたいことはすっごくよく分かってる。尚也の大学受けるためには、あの大学のためだけに、一教科多く勉強しなくちゃいけない。俺はただでさえ本気になるのも遅かったし、狙う学部から考えても余裕なんか全然無いし、むしろやばいムードの方が漂いまくってる。だから、少しでも絞り込めるようにって、尚也も考えてくれての言葉だったんだと思う。なのに、逆ギレしてどうすんだっつーの。あぁもう!俺ってばガキ!自分でも、嫌気がさす。
 でも・・・さ。ちょっとは、嬉しそうな顔してくれても良かったのに・・・さ。
 俺は尚也のマンションからの帰り道、口唇を尖らせながらそんなことを思う。
「もういい!尚也には相談しないからっ!」
 なんであんなこと言って飛び出しちゃったんだろう。尚也に反論の余地も与えずに、一方的にわめいて一方的に飛び出した。きっと、尚也だって呆れてるに違いない。追いかけても・・・こないし。
 いっつも尚也が先に謝るから、何時の間にかすっげーわがままな奴になってたのかもしれない。
 いっつも尚也が心地良い言葉をくれるから、それを当然と思うようになってたのかもしれない。
 でも、だから・・・・俺も、どうにかして尚也を喜ばせたいと思っただけなのにな。
 もしかしたら、見失っちゃうほどハマってるのは、俺の方だけなのかな?



 誕生日、もう・・・・来てくれないのかな?




You are the only one in this world.



 尚也は、獅子丸を膝の上に乗せながらソファに座っていた。
 柔らかい身体を撫でられて、喉を鳴らす獅子丸を、微笑んで見下ろす。しかし、漏れてしまうため息。翳りゆく部屋の中で、電気も点けずに尚也は考えていた。
 あんなに、子規が怒るとは思ってなかった。
 子規が怒ったことは、尚也にとって思いもかけない事故のようなものだった。
 尚也に何かを言われて、子規がむくれたり、へこんだりすることは、今までにもしょっちゅうある。しかし、あそこまで怒ることは無かったのだ。
 出会って一年、最初の頃から、自分の方が子規を見つめているのだと、尚也は思っていた。自分の方がというか、自分が子規を好きな想いの方が、子規のそれよりも強いと思っていたのだ。二人のことをより真剣に考えているのも、自分の方だと思っていた。
 もちろん、子規が自分のことを好きで居てくれるのもよく分かる。けれど、馬鹿馬鹿しい話だが、その気持ちを数値で表したなら、きっと自分の方が上だと信じていた。だから、自分が運転を誤らなければ、事故は起こらないのだと・・・。
 尚也の目測よりも、もっと近い場所に子規は来ていた。
 近くから、尚也をじっと見つめ、そして・・・より近くに来ようとしていた。
 だからこそ起きた衝突。尚也としては嬉しい誤算。
「俺・・・尚也んとこの大学も、受けてみようかと思ってるんだ〜・・・」
 口唇をとがらせながら、わざとそっけなくいう姿。その時の子規の気持ちが、いまなら分かる。剥き出しの気持ちの照れ隠し。いつだってそう。馬鹿な返事をしたな・・・と、反省。
 だけど、受験のことに関しては、本当に反対している。現役で受かるつもりなら、一教科増やす余裕なんかないことは分かりきってるのだ。というか、浪人なんかされたら、益々会えない時間が増える。それが反対の本当の理由だとは、さすがの子規も気付かないだろう。
 時計に投げる視線、そろそろ子規が家に着く頃。いつもの夜の電話で謝ろうと思った時、尚也の携帯が鳴った。
「獅子丸、ごめんね」
 ソファの上に獅子丸を下ろし、携帯を取る。画面に表示された名前は、子規ではなかった。
「・・・・・・」
 尚也は一瞬、息を飲む。鳴り続ける着信音が、高い天井に響いた。
 指をずらし、ゆっくりとキーを押す。俯きながら携帯を耳に当てると、尚也は意を決したように言った。
「はい。もしもし」




You are the only one in this world.



 電話が来ない。
 なんだよー、いつもなら「やめろ」って言っても、寝る前の電話をかけてくるくせに。どうしてこんな時に限ってかけてこないんだよ。習慣って、こういう時に守って安心させてくれるものじゃないのかよー。
「うーーーー」
 俺はベッドに突っ伏したまま、PHSを片手に低く唸った。顔を枕に埋めて、ちょっと息が苦しい。でも、それよりもなによりも・・・・胸が、苦しかった。
 やっぱり、呆れられたのかな?勉強も追いついてないくせに、口ばっかりでなに言ってんだって思われたのかな?
「頭の良さそうな子だったぞ」
 ぎゃっ!やだやだ!なんでこんな時に、父さんの言ったことなんか思い出すんだよ!ヤマトくんのことなんか、関係ないだろっ!尚也の昔の恋人と自分を比べるだなんて、俺が尚也だったら絶対にして欲しくない!
 ・・・・でも、やっぱりヤマトくんだったら、こんなこと言わなかったのかな?
 それに、尚也にああ言われたとしても、逆ギレなんかしなかったのかな?
 ・・・あああっ!だめだめ!!考えるな俺!!そんな考えに逃げてたら、益々尚也に嫌がられるって!
 ・・・・でも、ヤマトくんだったら、どんな風に自分の気持ちを伝えたのかな?
 そんで、やっぱりこんなに照れくさかったのかな・・・・??
 自分の気持ちの殻をひとつひとつ脱ぎ捨てて、「はいこれが中身です」って、見せられたの・・・かな?
 信じたり頼ったり、そんな気持ちをひとつ知る度に、伝えられない気持ちも増えていったのかな?
 できるだけ上手く言いたくても、なかなか思うようにはいかない気持ちが・・・あったのかな?
 俺はベッドの上で仰向けになって天井を見つめる。片手には、ぎゅっと握り締めたままのPHS。
「子規くんが居てくれればいいんだよ」
「会えただけで嬉しいよ」
 そんな言葉をもう何万回も聞いて、その度にすっごく恥ずかしくなって、「やめろよっ」とか「そういうこと言うなっていってるだろ!」とか言って、いつも俺怒ってたけど・・・。俺がそういう言い方で返しても、尚也なら分かってくれるって思ってたから。尚也なら、それでもまた、同じように歯の浮くセリフを言ってくれると思ったから・・・。
「バカ・・・・」
 いつもみたいに、電話してよ。もうちょっとなら、寝ないで待ってるからさ。



 俺が悪いんだって・・・・分かってるんだからさ。




You are the only one in this world.



 う・・・・・・。
 殆ど、眠れなかった。瞬きするたびに、目が痛い。
 すでに日は高く登り、俺は教室で机に突っ伏している。あ、やべ、やっぱり後半は撃沈していたか・・・。
「おい!真岡、学食行こうぜ」
 矢尾に呼ばれてあげる顔。すると、俺の顔を見た矢尾が、驚いて言った。
「なんだ、その充血しまくった目は?」
「え・・?あ、そう・・・」
 ノートと教科書をしまいながら、疲れた声で返す。そんなに充血してるんだったら、この痛さも納得だな。
「そんなに勉強してんのか?お前」
「へっ?」
 勉強?・・・あ、そうか、俺ってば受験生だもんな。そう思われても仕方無いって言うか・・・尚也から電話が来なかったくらいで、こんなに動揺する余裕は、元々ないんだよな。こんなに眠れないなら、いっそのこと本当に勉強しとけばよかった。
「いまからそんなに飛ばしてると、スタミナ切れすんぞ。お前ってば、ただでさえ細い身体してんだからさ」
 俺ってば、そんなに言われるほど細いのかなぁ?自分じゃ普通だと思ってるんだけど。それにしても、変な誤解は解いておかないと。
「いや・・・勉強ってわけじゃ・・・」
「えっ?じゃあ遊んでたのか?余裕だなぁ・・・」
「いや、遊んでたって訳でも・・・・」
 そう、遊んでた訳じゃないぞ。一応ベッドの上に寝転がって、PHS握り締めて唸ってただけだし。
「じゃあ、なんなんだよ。まさか女じゃないだろうな」
 矢尾がにんまりと笑いながら俺を見る。
 はぁ、女じゃなくて男です。と、思いはするけど口には出せない。俺は立ち上がると、歩き出した矢尾の後に続いた。
「そんな余裕あるわけないっしょ」
 あくびまじりに返す。そうなんだよなー、そんな余裕ないッツーの。でも、余裕で恋ってするもんじゃないしなぁ・・・。考えずにはいられないんだもん。
「でも、ぶっちゃけた話、彼女居るんだろ?真岡」
「いないよ」
 一瞬、頭の中で、尚也の顔に彼女って単語が重なって吹き出しそうになる。うわー、キモッ。
「じゃあ、好きな人?」
「う・・・・・・」
 嘘がつけなくて、つい返答につまる。すると、ふぅ〜んという顔をした矢尾が小さく肯いて俺の肩を叩いた。
「なーるほどねー」
「な・・なんだようっ」
 つい焦って返す。おいおい、これじゃあそうですって言ってるようなもんじゃん!
「ま、心の支えにするにはいいかもねー。で、どんな子?」
 子・・・っていうか・・・。向こうの方が兄さんなんだけどね。
 学食までの廊下には、行き交う人々。そのざわめきが、逆に言い易い状況を作ってくれた。
「んと、頭が良くて・・・」
 だよな、頭・・・いいと思うんだけど。
「頭が良くて・・・で?」
「真面目で・・・」
 真面目・・・だよな?不真面目ではないと思う。たまに変な嘘つくけど。
「真面目、へぇーそういうのが好きなんだ。・・・で?」
 わ、まだ聞くの?他に・・・なんだろう??
「で・・・・そうだなぁ・・・・・あきらめが悪い・・・かな」
 うん。あきらめは、悪いと思う。多分、自分が納得いかなければ、いつまでもひとつのことにこだわってそう。
「それって・・・大変じゃないか?」
「大変?」
 なんで?俺は訳が分からずに矢尾に聞きかえす。丁度学食に着いて、今日のメニューを見たりしながら・・・。
「だって、それってもし別れたりしたら、ストーカーになりそうじゃん?」
 ほえっ?ストーカー?尚也が??
 そんなこと、考えたこともなかった・・・。
「そうかな・・・?」
「よく言うじゃん、真面目で一途な子が怖いって・・・・って、それよりお前、それしか食わないの?」
 矢尾は振り返った拍子に、俺のトレイの上を見て再び驚く。
 大きなトレイの上には、味噌汁とヨーグルトがポツンと置かれている。だって、食欲ないんだもん。朝も、何も食べなかったし・・・。
「食欲ない・・・」
 俺の力の無い声に、矢尾が深いため息をついて見せる。
「なんだよー」
 俺が口唇を尖らせて聞くと、会計の列に並びながら、矢尾が俺を見て言った。
「重症だな」
「なにが?」
 答えを聞く前に、なんとなく分かる気もする答え。それでも俺が返事を待つと、矢尾が得意満面の顔で言った。
「恋患い」




You are the only one in this world.



さて、そろそろ話が動く予感です。
とりあえずは無事に誕生日がくる・・・かな?