とりあえず頑張った。口惜しいことに、尚也に教えてもらったところとか見事に出たし。これって、問題教わったようで、なんか嫌な気分。
「どうだった?」
俺の後から教室を出た矢尾が、俺の肩を叩き隣りに並ぶ。俺は小さくため息をついた後で、苦い顔をして見せた。
「どうだろ?とりあえず、全部埋めたけど」
全部で五科目。国立のことも視野に入れてるから、一応びっちり授業とってたんだよね。
「俺も、埋めるだけは埋めたって感じかなぁ。結果はどうあれ」
「でもやっぱり、世界史と英語がなぁ・・・・」
英語は単語不足。世界史はカタカナ名前が苦手。国語は苦手じゃないのに、どうして英語はできないんだ?尚也の理論で行くと、国語力が無いと英語力も育たないってことらしいけど、国語力があったって、英語力があるってことにはならないらしい。残念ながら。
「お、真岡。やるか?」
一階のフロアまで下りてくると、矢尾が立ち止まって俺を振り返る。その言葉のトーンに、俺は矢尾の言わんとすることがすぐに分かった。顔を上げれば、そこには自販機。
「オッケ!」
ワンショルダーの鞄を持ち直して、拳を構える。
「最初はグー!ジャンケン」
「ポンッ!」
矢尾の声に合わせて拳を振り出す。俺はパー。矢尾は・・・・・見事にチョキだった。
「ヨッシャ!サンキュ!」
「マジかよ〜〜」
いつの頃からか二人ではじめたジャンケンジュース。負けた方が勝った方にジュースをおごるというただそれだけのことなんだけど、実は今まで一度も買ったことが無い。賭け無しでジャンケンをすると、普通に勝ったり負けたりするのに、矢尾はなにかを賭けるというだけで負けないオトコになるのだ。
「ポカリでいいのか?」
俺はポケットから小銭を出して、チャリンチャリンと自販機に入れて行く。ちくしょー、なんで勝てないのかなぁ?他の奴にはそんなに負けないんだけどなぁ・・・。
「ゴチになります。ひゃっほう!」
嬉しそうな矢尾は、自販機脇のベンチに座ってニコニコと俺を見上げる。
遅出ししてる訳でもないし、矢尾がエスパーって訳でもないだろうし。矢尾が言うには、家が貧乏な分を取り返すための特殊能力らしいけど、マジで強すぎる。ちくしょー、いつか勝って記念日にしてやるからな!
冷えたポカリのペットボトルを渡し、俺は自分の緑茶のペットのキャップを捻る。あー、美味い。今年はなんかすんげー暑くて、やたらお茶ばっかり飲んでるような気がする。
「真岡はホント、お茶好きだよな〜」
矢尾は飲みっぷりのいい俺を横目で見ながら、感心したように目をパチクリとさせる。俺は500ミリペットボトルの半分までを一気に飲むと、ボトルを口から離して息をついた。
「ふぅ。美味い。そういうお前はいっつもスポーツドリンクじゃん」
「だってよ、緑茶だぞ?家で飲めば、もっと安くたくさん飲めるだろ?」
すごく真剣な顔で言う矢尾を、俺もつい真剣な顔で見返す。矢尾の言うことはよく分かる。俺も自分でそう思ったことあるもん。だけど、だけどね。
「でもさ、例えば俺が学校とか外でお茶を一日に3リットル飲むとするじゃん?いや、実際それ位かそれ以上飲んでると思うんだけどさ。朝3リットルの冷えた緑茶を用意してそれを一日持ち歩いてるとすると、相当変な奴じゃねーか?重さだって、3キロのダンベルを鞄に入れてんのと同じだぜ?おまけにいつでも冷えてるようにするには普通のペットじゃ駄目だから水筒だって重いヤツになるし」
「まぁ・・・そりゃそうだなぁ」
実は、最初の一本目はいつも家で作ったお茶を入れてきてるんだけどね。学食のおばちゃんにももらったりしてるし。
「だからまぁ、そういうことで」
なにがそういう事かといわれても困るんだけど、納得したように肯く矢尾に俺も笑顔で返す。俺はまだ残りのあるペットボトルのキャップを閉めると、両手を上げて座りっぱなしだった身体を思いっきり伸ばした。
「ん〜〜〜〜〜〜っ!・・・・ん?」
伸びをしながら閉じていた目を開けると、見なれた姿が視界に入る。俺はどうしていいのか分からずに、ただぼーっと尚也が俺に気付くまでを眺めていた。
「あ」
嬉しそうに笑って尚也がこっちに歩いて来る。ちょ・・・ちょっと待てよ。俺、友達と一緒なんだけど、まさか変なこと言ったりとか・・・?
「子規くん。どうだった?」
「あ・・・。うん、まぁまぁ」
矢尾が「誰だ?」という顔で俺のことを見て来る。俺はなんだかすごく恥ずかしくなって、上手く尚也の顔を見ることが出来なかった。
「あ、これ友達。同じ学校の矢尾」
「ども」
紹介された矢尾の方は、特になにも気にしない様子でニコッと微笑む。尚也もそれに微笑みで返すと、俺が言う前に自分から言った。
「どうも、子規くんの親戚の竹脇尚也です」
親戚?どうしてそういうことになるの?そりゃ、本当のことを一から説明するわけにはいかないだろうけど。
俺は尚也が何を考えているか全く分からずに、二人の間で固まった。
「大学生なんですか?」
矢尾は人見知りをしないらしく、とても自然に話かけている。尚也もそんな矢尾に、ごく自然に返した。
「あぁ。ここでバイトしてるんだ。とはいっても、子規くんには今日のことは内緒だったけどね」
「なんでですか?」
「驚く顔が見たかったからかな。子規くんって驚かせ甲斐があるから」
なに〜!このウソツキ〜!・・・って、別に黙ってただけで、尚也は嘘付いた訳じゃないんだけどさ。
「あ、分かります!真岡って信じ易いですよね〜!こっちが心配になるくらい」
あぁ!矢尾まで!ちくしょー、二人して人のことを〜!!なんか俺ってば、すっげー馬鹿みたいじゃん!
「学校でもそうなのか。それは確かに心配だね。子規くんのことよろしく頼むよ」
「あ、任せといて下さい。でもこいつ、オバチャン受けとかよくって、学食のアイドルなんですよ。女にももてるし」
「うわぁ〜〜っ!」
矢尾が変なこと話し出して、思わず上げてしまう声。尚也はキョトンと俺を見下ろすと、矢尾に向かって言った。
「ほらね、反応が楽しいでしょ?」
You are the only one in this world.
ぶ〜。
俺は、尚也の部屋で一人ふて腐れている。そりゃ夕飯の揚げだし豆腐も美味しかったし、お風呂だって気持ち良かったけど、でも・・・なんか面白くないもんね。
「獅子丸〜、俺ってバカかなぁ?」
床にペタンと座ったまま、ソファの上で寝ている獅子丸を突っついてみる。獅子丸は一度顔を上げたものの、うるさいなぁと言いたげに俺を見て、また眠りに就いた。
「バカとは言ってないでしょ?」
突然尚也が隣りの部屋から顔を出し、俺は慌てて背中を向ける。だってなんか、よく分かんないけど、顔合わせたくない気分なんだもん。
「子規くん。怒ってるの?」
怒ってる・・・というのとはちょっと違う。どっちかというと、なんか・・・痛かったとか、もやもやしたっていうか。
俺は尚也に背中を向けたまま、首を横に振る。尚也は俺の背後に座ると、やれやれって感じで息をついて言った。
「バイトのことを黙ってたのは、言ったら子規くんが俺に勉強教わるの後ろめたくなるかなと思って。でも、今日の試験の問題はもちろん知らなかったし、そういう不正めいたことはしてないよ」
うん。それは、分かる。知ってても尚也は俺に教えないだろうし、知ってたら逆に、俺の勉強見るって自分からは言ってなかったと思うし・・・。尚也は俺がそういうズルみたいなの嫌いだって分かってるから。
コクン。俺は小さく肯く。でも消えないコレは・・・なんなんだ?
「親戚だって言ったのも、そう言った方が話が早いと思ったからだよ。それに、親戚なら子規くんのこといろいろ知ってても、不自然じゃないでしょ?それとも、本当のこと言った方がよかった?」
本当のこと?・・・なんか、いま胸に来た。なんか、もやもやの核心みたいなところに。
俺は顔を上げると、窓の外に見える飛行機の明りを目で追いながら、ポツリと漏らした。
「本当って・・・・・・なんだろ?」
暗い空に見える赤い光りが、点滅しながらゆっくりと動いて行く。
「本当は親戚じゃなくて、友達っていうのも・・・知り合いっていうのとも違って。じゃあ、本当って・・・なに?」
あぁ、なんか分かってきた。俺の胸の中のもやもや。
冷静に考えれば尚也の言った「親戚」っていうのがベストの説明だってことは分かるんだけど、心がどこかでそれを拒絶したのかも。だって、俺にとって尚也はやっぱり「親戚」じゃないし・・・。
尚也の腕が背後から回ってきて、ゆっくりと俺を抱きしめる。こめかみ辺りに感じる尚也の頬。
「子規くん、ごめんね」
「・・・なんで、謝るの?」
俺はされるがままに尚也の胸に背中を預ける。尚也が悪いんじゃないってことは、分かってるんだよ。
「だって子規くん、傷ついてるから」
あ、それ駄目。なんか今、ジワッて来た。
だって、こんなことで拗ねてるのは俺のワガママだから。尚也だって、俺のこと考えてああ言ってくれたんだし、おまけにどう考えても尚也の判断の方が正しいんだもの。
「でも・・・尚也は悪くないもん。それは・・・それだけは、分かってる」
他のことは、良く分からない。なんでこんなに気持ちがすっきりしないのかとか、何がそんなに痛かったのかとか・・・。
俺の言葉に、尚也は優しく俺の頭を撫でる。そのままぎゅっと抱きしめて来ると、耳元で言った。
「じゃあ、今度からはちゃんと言うね」
「え?」
ちゃんとって・・・だから、なんて?なんか尚也ったら、妙に嬉しそうだし。
「『婚約者です』って」
「ぎゃあ!」
冗談でなく本当に言いそうな尚也に、俺は思わず叫ぶ。こ・・こ・・婚約者って・・・・ちょっと・・・さすがにそれは・・・・。そりゃ、プロポーズはされてるけど・・・。
「俺も本当はそう言って回りたいところだから、子規くんのお許しが出て本当に嬉しい」
「ゆ・・・許してない、許してない」
俺は抱きしめられたまま、ただ首を横に振って返す。本当のことって・・・それは確かに本当のことだけど・・・っておい、俺ってば本当に婚約者なのか?いいのか?俺!なに認めてるんだよ!
「いい・・・親戚でいいから。うん、それが本当に良い言い方だと思う。尚也の正解!」
俺はジリジリと身体を尚也から離して首を振り続ける。だって、こういう時の展開って、なんつーか分かってるし。
「子規くんからのプロポーズの返事、ちゃんともらえるまでじっくり待とうと思ってたけど、こんなカタチでOKもらえるなんて・・・・」
おい!ちょっと何聞いてんだよ。いつ俺がオッケーしたッツーの!?
「お・・・オッケーなんて言ってないじゃん!」
腰に腕を回して来る尚也に、俺は更に焦る。だけど、尚也はあっさりと腕の中に俺をつかまえると、ちょっと淋しそうな顔をして言った。
「じゃあ・・・・ノーなの?」
う。そ・・・それは・・・・・・・。ノーっていうか・・・・イエスっていうか・・・・。ノーっていうほどノーでもないんだけど・・・。
「・・・・だ・・・だって・・・・」
一体なんて答えればいいんだよ!男同士で結婚なんて出来ないだろ?とかって言っても、もう尚也には通用しないの分かってる。でも「ハイソウデスカ」って言える話でもないだろ?
「俺・・・・」
と、俺が苦し紛れに口を開いた時。
ピピピピッ ピピピピッ
隣りの部屋から、尚也の携帯の音がする。この音は探偵事務所からの電話だな。尚也はすぐに立ち上がり、隣りの部屋に消えた。
「はい」
尚也の声だけが、居間に届いて来る。俺は返事を誤魔化せたことに、少なからずホッとした。
「はい。・・・・はい、えぇ」
なんだろ、妙に真剣な尚也の声。聞いちゃいけないってのは分かってる。でも、聞こえちゃうのは・・・仕様が無いよな。きっと今、俺の耳ってばすごーくでかくなってると思うけどさ。
「えっ!?」
ん?突然トーンが上がる尚也の声。なんだろう。珍しいな、尚也が声を荒げるなんて。
「いつですか!?」
それ以降、尚也の声は届かなくなった。でも、話をしているってことは分かる。尚也が声のトーンを意識的に落としてるだけなんだろう。ということは、きっと、俺に聞かせたくない話。
俺の知らない尚也。きっと、尚也の知らない俺よりも、そっちの方がずっと多い。そういえば、聞きたくなったら聞くとか言って、結局『ヤマト』のことも何にも知らないもんな、俺。
「あ・・・・」
尚也が静かに居間に戻って来る。俺は顔をあげると、さっきまで背を向けていたことも忘れて尚也の足元ににじり寄る。尚也は俺をちらっと見てその場に座ると、どうしたの?と問い掛けるような顔で首を傾げた。
「電話・・・終わった?」
「うん。事務所から、仕事の話だよ」
見たところ、何も変らない尚也の笑顔。けど、何かが違う。これは、考え事をしている時の顔だ。
「ふぅん。・・・・仕事するんだったら、俺帰ろうか?」
俺は、気を利かせたつもりで言う。すると、尚也が一瞬ひどく真剣な目をして俺を見た。
「・・・・え?」
俺、なにか悪いことでも言ったかな?別に、イヤミとかそういうんじゃないっていうのは、尚也も分かってくれてる・・・よね?
「尚・・也・・・・?どうかした・・・?」
尚也の目の前で手を振ってみる。尚也はそんな俺の行動に表情を緩ませると、一度ゆっくり目を閉じて笑った。
「いや・・・平気。別に、これから仕事をしなくちゃいけない訳じゃないから、大丈夫だよ。帰るなんてとんでもない。せっかく久しぶりに一緒にいられるのに」
昨日も会ってるじゃん。と思いながら、でも俺の家だったもんな・・・とも思う。俺はやっぱり答えに困って、口唇を突き出した。
「子規くんが帰るって言っても、帰さないよ」
尚也は途端にやる気が出たのか、にっこり微笑んで俺の腰を抱く。
俺はちょっと引きつりながら、それでも尚也の広い胸にそっと手を添えた。
You are the only one in this world.
という訳で、次回から一気に急展開!
はたして尚也は!?