未成年の主張−第三部恋のからまり編第二話

                                    乙姫 静香




 カオルは今日も深いため息とともに、箒を握り締める。もう何日、こんな日を過ごしているのかわからない。気の所為か食欲も落ちているし、体重体力ともに落ちてきているような気さえした。
 全ては、鞄の中に収まっているものの所為。飾子が書き下ろした息子主演の素人映画の台本の所為であった。
 最初、飾子からそれを受け取った時、読む終わるや否や、どこかへ葬り去ってしまおうかと考えた。代わりに自分で適当に書き上げた偽の台本を用意しようかとか、書けなかったと嘘を付こうかとか、いろいろ考えた挙げ句、トモキだけにこっそりと見せたのだ。



 「面白い」
 読み終えたトモキの感想。顔を上げて無表情でそう呟くトモキに、カオルの眉が寄った。
「お前なぁ・・・真面目に答えろよ」
「俺はいつだって真面目だぞ」
 確かに、トモキはヤオイ作家の息子というだけでカオルをからかわなかったし、飾子の作品も冷やかしでなくちゃんと読んだ人物。物事に対する公正な判断は、カオルも信じている。が、しかし。
「だけどな・・・・お前も読んだだろう?」
 階段の影に隠れて声を殺しつつも、せっぱつまった状況をカオルが主張。するとトモキはそんなカオルの顔を見て、あっさりと言った。
「あ、キスシーンのことか?」
 ぎゃーーーー、あっさり言うな〜〜っ!!と、カオルが思わずトモキの腕をバンバンと叩く。トモキはそんなカオルのリアクションにそっけなく返した。
「んなの、あるに決まってるじゃねぇか。飾子さんが書いたんだから」
「だけどなーっ、映画っつーからには俺が・・・この俺が!!やることになるんだぞ!字で『はい、しましたよー』っつーのとは違うだろ!」
「だから、キス程度で済んでよかったじゃねぇか。俺、てっきり濡れ場もあるもんだと思ったぞ」
 台本をぽんっと叩いて返すトモキに、『それはマジで助かったと思ってる』という表情でカオルが肯く。
「お前が憧れの先輩と・・・とか、過去に傷のある音楽教師と・・とか、それなりに想像はしてたんだけどな」
「想像すんなっ!!」
 おまけに、カオルが受けとしての想像である。恐ろしい。
 大体そんな脚本を書いたとしても、誰も出られないし、撮ったとしても上映ができなくなる。飾子としても話が流れない程度に押さえているあたりがまた、カオルとしては口惜しかった。
「うーーー、いっそすっごくどぎついモンで、みんなが引いてくれた方が有り難かった・・・・」
「バリバリ見に来る気だな、お前の母さん」
 見に来ない訳が無い。自分の脚本で息子の主演。どっちかの要素が欠けても絶対に見に来るのに、それが両方揃ってるとなれば尚更だ。
「とにかく、監督としては脚本が面白いのに却下することはできないから、これ採用な」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 今、ちょっと耳が変になったのかな?とカオルが耳に指を入れる。
「いま、なんて言った?」
「俺が監督」
「ぎゃっ!」
 トモキは、今更なにに驚いてるんだと言いたげな顔である。カオルは瞬時に、トモキの手にある脚本をぎゅっとつかんで引っ張った。
「俺を騙したなっ!」
「馬鹿野郎っ!人聞きの悪いこと言うなっ!俺は監督やらないなんて一言も言ってないぞっ」
 脚本を取り戻そうとするカオルに、負けじと頑張るトモキ。関節が白くなるほどの激しい争いが、息を潜めて行われているとは、階段を過ぎていく他生徒たちは思いもしなかったであろう。
「大体、フツー監督なんかやるか??」
「だって・・・監督だけだったんだぞっ!」
「なにが!?」
「出演しなくてもいいの」
 げっ!ということは、クラス総出演?とカオルの気が削がれる。その隙に、トモキが脚本を自分の懐に奪い取った。
「げっ!汚ねぇ!」
 からになった自分の手を眺めてカオルが叫ぶ。トモキは渡すもんかと脚本を手に、不敵の笑みを見せた。
「どうせ作るからには面白い方がいいからな。俺の代表作にしよう」
 なんじゃそりゃ?と思いながらカオルが恨めしそうに脚本を眺める。
「お前、そんなに出たくなかったのか?」
「絶対にイヤ」
 飾子の作品を読み、まっとうに感想を述べはするも、トモキはれっきとしたストレートである。それはカオルも重々承知していた。だから、ユキヤのことも安心して話せるのかもしれない。
「自分の顔がスクリーンに出るなんて、想像しただけでも恐ろしい」
 トモキは本当に自分の顔が嫌いである。写真一枚撮ることを許さない。プリクラなんてもっての外であった。
「お前、かっこいいんだぞ」
 カオルが真剣な顔でトモキを見つめる。するとトモキが気持ち悪いものを見るような目でカオルを見返し、言った。
「お前・・・・何を企んでるんだ?」
「何も企んでないっつーの!」
 どうも、他人が自分を誉めるのはシタゴコロか企みがある時と思っているらしい。テニスをしている時は冷静でとってもいいパートナーなのだが、やはり3年以上の付き合いがあるカオルでも、容姿のことだけは触れてはいけないらしかった。
「それにしても、これ、俺らのクラスだけじゃ賄えないな。下級生と上級生からも出演者を募るか?」
 確かに、エキストラや脇役に幅があり、同学年だけでは足りないものを感じる。カオルは第三者だったらすぐに同意したであろう気持ちで低く唸った。
「ついでだから、ユキヤにも声かけたらどうだ?」
「それは無理、白雪姫だから」
 ユキヤは当然のように白雪姫に選ばれ、日夜セリフ覚えに必死である。
「そうか・・・あれ?っていうと、ユキヤもキスシーンか」
「え!?」
 言われてみればその通り、白雪姫は王子様のキスで目覚めるのである。
「絶対阻止!」
「無理だッツーの」
 今にも走り出しそうなカオルの首根っこをトモキが掴む。じたばたと暴れた後、カオルが泣きそうな顔でしゃがみこんだ。
「やだーやだーっ!絶対に許さん!!」
「どうせそっちはフリですますんじゃねぇか?舞台だから、なんとかなるだろう」
 涼しい顔でトモキは脚本をめくる。しゃがみこんだカオルには目もくれない。
「・・・・・・・そっちは・・・・って、どういうことだよ」
「お前はやれよ」
「っざけんなよっ!俺もフリで誤魔化す!」
「それは許さん。俺が監督するからにはリアリティを追求する」
 お前いくつだ?と言いたくなるような大人びた表情でトモキがパタリと脚本を閉じる。カオルはすっくと立ち上がり、拳を振った。
「んなくだらないモンで追求しなくてもいいじゃんかよっ!」
「馬鹿野郎。くだらないことこそ全力を尽くすのが俺のポリシーだ」
 ぎゃーーーー!どいつもこいつも!!っと、カオルが泣きたくなる。
「さ、とりあえずはキャスト・・・だな」
 脚本を小脇に抱え、監督に顔を変えたトモキが階段の影から表に出る。カオルはそんな親友の後ろ姿を見ながら、恨めしそうにため息をついた。



 どこまでマジになるのやら?