未成年の主張−第二部恋のかけだし編第八話そのに
乙姫
静香
「ところで、うちの息子とはどこまでいってるの??」
「え?・・・え?」
ユキヤは慌てたように二人を交互に見ながら手にした紅茶のカップを静かに置いた。
「実は結構なところまで行ってたりして」
にやり、と悪魔の笑みをたたえる母・飾子。するとマコトも一見心配そうな、それでいて興味津々を絵に描いたような表情で続けた。
「イっちゃったの??」
すると、ユキヤは白い頬をポッと赤らめて呟いた。
「行きました・・・・・」
水を打ったような一瞬の静寂。そして、中年二人は身悶えしながら叫び出した。
「きゃ〜〜〜〜っ!!」
「飾子さん、これはお赤飯ですよ。今晩はお赤飯!!おじい様のところにも配らないと」
「そ、そうね。カオルが晴れて大人になったお祝いね!!」
「あの・・・・鹿児島まで・・・・」
興奮する中年二人の間に挟まれる、恥ずかしそうなユキヤの声。すると、飾子が拳を振り回して言った。
「そう!鹿児島まで配って!!・・・・・・・??・・・・え?」
「鹿児島?」
マコトが目を丸くしてユキヤに聞き返す。ユキヤは小さく何度も肯きながら、返した。
「はい。ゴールデンウィークに僕の実家まで来ていただいたので、一緒に行った一番遠いところは鹿児島です。結構、遠いですよね」
無垢なユキヤの瞳。マコトと飾子はそんなユキヤを感動と驚愕の交じった目で見つめた。
「なんて純粋なの。イマドキこんなに汚れてない子がいるなんて・・・」
「そうですねぇ。僕は感動にも似た衝撃を覚えましたよ。ただ、お赤飯までの道のりは長く険しくなりそうですけど・・・」
さながら天然記念物を見るような目で、マコトと飾子の二人はユキヤを見つめる。
「どうしましょう。これはやっぱり親として立ち上がる時かしら?」
マコトの手を握って飾子が真剣に呟く。マコトもその手をぎゅっと握り返すと、こちらも真剣な瞳で言い返した。
「僕も、ひと肌脱ぎましょう。他でもない、僕たちの愛する息子のため!」
おう!とでも言い出しそうな雰囲気。しかし、二人が何もしないことが一番カオルのためだということは、どうやら分かってないらしい。
「ユキヤ君」
「はい?」
しゃきっとした返事で微笑むユキヤ。飾子はそのユキヤにずずいっと身体を寄せ、静かに語りだした。
「あのね、ユキヤ君って、うちのカオルと付き合ってるのよね?」
「は・・・はい。僕は、そうだと思ってますけど・・・・」
答えにくそうに、且つ恥ずかしそうにユキヤが答える。まず最初の関門突破とばかりに飾子が拳を握る。その熱い瞳を受けて、今度はマコトが口を開いた。
「ということは、おつきあいというものをしていく過程で、二人が歩んでいくステップというものが俗にあるんだよね。ユキヤくんは、それをどこまで知ってるのかな?」
すると、ユキヤは大きな目をくるっとさせ、何かに思い当たったように微笑んだ。
「あ!それはもしかして、初夜のことですか?」
「初夜!?」
いきなりそこかというように、中年二人の頬が緩む。まったく、汚れた中年である。
「あ、違いましたか?・・・すみません・・・」
二人の反応を見て、ユキヤが慌てて訂正する。が、中年二人は思ったよりも早く核心に踏み込めそうだと心を躍らせた。
「違わない!違わないのよ、ユキヤ君。結局はそこなの!そこがポイントなのよ。別に怒らないから、正直に答えてちょうだいね」
なだめるように飾子が言う。まるで子犬をしつける飼い主のように、飾子がユキヤの背中に手を乗せた。
「ユキヤ君、うちのカオルとは・・・その・・・初夜は・・・・・」
マコトが目を輝かせて口を開く。ユキヤは今にも噛み付きそうな視線で自分を見る二人に、少し腰を引きながら言った。
「いえ・・・あの、まだ・・・・先輩してくれないんですけど・・・・」
「してくれない!?」
ユキヤの表現に、また二人の心が湧き躍る。してくれないということは、してもらいたいけどしてくれないということであろう。ということは、ユキヤの方はもう準備万全ってことか!?
「はい、あの・・・・この間も、しましょうって言ったんですけど・・・・」
「あの子断ったの!?」
二人が同時に叫んで、ユキヤが肯く。と、中年二人は、あっちゃーとばかりに額に手を当てた。
「どうしてぇ?何が原因なの?臨戦態勢にならなかったのかしら?ぷぷぷ」
飾子は頭の中でいろんな妄想を巡らしているらしく、首を捻りながらも笑い出す。ユキヤはそんな飾子の横で小さくため息をついた。
「僕が、勉強不足だから駄目だって言ってました。でも、姉さんが勉強用にくれた本は読んじゃ駄目だって言われたし。僕、どこで勉強すればいいのか分かりません」
悲しげにうなだれるユキヤに、マコトがにやりと微笑む。マコトは飾子と反対側の隣りに行くと、ユキヤの膝に手を置いて言った。
「じゃあさ、僕たちが教えてあげようか?」
「あ、それ名案よ、あなた」
飾子が間髪入れずに同意する。
「僕たちならカオルの両親だし、飾子さんなんてエキスパートだよ(←なんの?)。これ以上いい先生はいないんじゃないかな?」
企み100%と顔に書いてある妖しい中年マコト。ユキヤは綺麗な瞳で、そんな汚れた中年を見上げ、言った。
「そうですね!カオル先輩のご両親なら、カオル先輩も反対しませんよね?」
いやぁ、するだろうなぁと心の中で思いながら、それでもマコトと飾子は深く肯く。ユキヤは安心して可愛く微笑んだ。
「じゃあ、よろしくお願いします!その勉強って、どのくらいすればいいんでしょうか?予習とか・・・?」
予習という言葉に再びにやける母・飾子。妄想の中身は何か?
「そうね・・・じゃあ・・・」
と、飾子がよからぬことを言いかけた時、階段の方から喉の奥から絞り出すような声が聞こえてきた。
「ま・・・待てぇ〜〜。ユキヤぁ・・・聞いちゃだめぇ〜〜」
よろよろとよろめきながらカオルが階段を下りてくる。ユキヤは思わず立ち上がると、ふらふらと歩いてくるカオルに駆け寄った。
「どうしたんですか先輩!?何があったんですか!?」
縛られていた足が痺れているだけなのだが、それはとりあえず言わないでおく。カオルは差し出されたユキヤの手にすがりながら、ソファに素知らぬ顔で座っている両親に言った。
「父さんも母さんも、いい加減にしてよね!どうして、俺がお客さんを連れてきたのに隔離されなくちゃいけないんだよ!!」
真剣に怒っているカオルに、飾子が口唇をとがらせる。
「だってぇ〜カオルがいたら、邪魔するの分かってるんだもん」
「それは母さんがあまりにもデリカシーに欠ける質問とかするからでしょ!?どうして普通にしていられないの!?フツーでいいの!!それ以上は何も望んじゃいないの!!」
やっと脚が慣れてきたのか、再び歩を進めて両親の向かい側に座る。その隣りにユキヤもちょこんと腰を下ろした。
「でも、こんなに理解のある両親もなかなかいないと思うよ」
あっけらかんとマコトが言い。今度はカオルの視線がマコトへと向けられる。
「ここまで本気で息子の恋人に手をだそうとする父親もいないと思うけどね」
自分で言っておきながら、恋人という単語に頬を赤らめる純情息子カオル。
「手なんか出さないよぉ〜。ちょっと教えてあげるだけだもん」
全く悪びれる様子の無い両親に、カオルの怒りが更に燃え上がる。カオルはテーブルをばんっと勢い良く叩き、啖呵を切った。
「変なこと教えてもらわなくったっていいの!ちゃんとキスだって、それ以上のことだってできるの!だからほっといて!!」
「え?キスはしたの?」
キラリンと音がするような両親の瞳。カオルはその瞬間、言い過ぎたことにはっとした。
「え?・・・あ・・・あの・・それは・・・っ」
「しましたけど・・・」
隣りのユキヤが今度はあっさりと答える。カオルは自分の髪が一瞬にして真っ白に変わるのではないかという錯覚を覚えた。
「ユ・・ユキヤっ!?」
「どうして言っちゃいけないんですか?俺、全然やましいことしてませんもん。どうしてそんなにカオル先輩が怒るのか分からないですよ」
小首を傾げるユキヤ。カオルは口をパクパクと開けながら、次の言葉を探した。
「ほぉら、ユキヤくんだってこう言ってるじゃない。好きなもの同志がそういうことするのは当然だもんね〜。ね、ユキヤくん?」
「はい」
見るものをとろけさせる微笑みでユキヤが答える。それで、とろけた両親が向かいで微笑み返した。
「で・・でもな、ユキヤ・・・」
キス位は話せても、話せないレベルに至った時に困るじゃないかとカオルは言いかけ、やめる。そう言ったら「じゃあ、話せないレベルってどういうレベルですか?」って聞き返されて、それで説明できなくなって困るのは自分になることに気付いたからだ。
「でも・・・でも、話したら、二人だけの秘密じゃなくなっちゃうんだぞ」
ユキヤに分かりやすい精一杯の言葉を探すカオル。ユキヤはカオルの言葉に、目を丸くした。
「・・・・・本当だ。先輩・・・・・頭良い・・・」
いやぁ、それほどでも・・・と照れたくなるところグッとこらえ、カオルがユキヤに微笑む。ユキヤは再び尊敬の眼差しでカオルを見つめていた。
「だから、むやみに人にそういう事を言っちゃいけないの。それがたとえ、俺の両親でも!」
「そうなんですね〜」
ユキヤが深く肯く。カオルは少し安心して、正面で舌打ちする両親を見た。
「だけどさ〜、そんな事言って、ユキヤくんの勉強の邪魔はするくせにね〜。勉強不足でしてあげないくせに、ちゃんと教えてもあげないんじゃ、ユキヤくんが可哀相だわよね〜」
下唇を突き出して、飾子が不満そうに呟く。するとカオルがムキになって答えた。
「教えるよ!教えればいいんでしょ!?父さんや母さんの手を借りなくたって、ちゃんとできますよーだ!!」
舌を出して、べーーーっとカオルが言い捨てる。と、その言葉を聞いたマコトがニコっと笑って言った。
「じゃあ、冬になったら旅行しておいでよ、二人で。チケット取ってあげるから」
え!?カオルの目の色が変わる。ど・・どうしてそんな急な話に!?
「クリスマスに洒落たホテルがいい?それとも温泉?好きな方を取ってあげるよ。それまでにカオルはユキヤくんにちゃんとお勉強させてあげるんだよ」
「と・・・父さんっ?」
この親は、自分がどれだけすごいことを言ってるのか分かってるんだろうか?
「あら。でもそれじゃあミソノくんが不利ねぇ」
「あいつのことは言わないでよ!」
飾子の呟きに、間髪入れずにカオルが突っ込む。
「あいつとどうにかなるくらいなら、旅行でもなんでも行ってやる」
「あら、じゃあ決まりね」
飾子がにっこりと微笑む。瞬間、しまったーーーーっとカオルは思った。
「冬に、旅行ですか?」
ユキヤは途切れることのない会話に、ただただ圧倒されていたらしい。それだけ言うと、静かに紅茶を飲んだ。
「そうだよ。ユキヤくんはどこがいいかな?」
あくまでもさわやかを気取るマコト。すると、ユキヤは夢見るような瞳で天井を見上げた。
「そうですねぇ。雪を見ながら露天風呂というのもいいですし、雪と光の景色を高いところから見下ろすのも綺麗でしょうね。先輩はどうですか?」
「そ・・そうだな・・・」
−−俺はユキヤと一緒ならどこでも天国だよ。
と言いたいところを、またまたグッとこらえる。そんなことを両親の前で言おうものなら、一生真似されかねない。いつにも増してギラギラと切羽詰まった瞳のカオルであった。
ピンポーン
カオルが返答に困ってるところへ、響く玄関のチャイム。飾子が席を立ち、玄関へと向かった。
「あら。ミソノくん、いらっしゃい」
その言葉にカオルの耳が大きくなる。
「偶然近くを通りましたので、ご挨拶だけでもと思いまして・・・」
「あらぁ、嬉しいわ〜。どうぞ、あがって〜。修羅場もまた楽しいわよね〜」
修羅場にしたいのであろうか飾子。そしておじゃましますという言葉とともにパタパタと近づいてくる足音。カオルは焦ってユキヤの手を取ると、すっくと立ちあがり叫んだ。
「行く!冬は雪景色と露天風呂っ!父さん、よろしくっ!!」
ユキヤはただ呆然とカオルを見あげている。よもや自分の貞操を奪う会議を目の前で行っているとは夢にも思ってないに違いない。
「おっけー。じゃあ父さん頑張って、うんと素敵な所を押さえとくから」
優雅ににっこりと微笑んで息子を見あげる父・マコト。
かくして放課後のお勉強タイムの始まり・・・になるのか?