未成年の主張−第二部恋のかけだし編第八話そのいち
乙姫
静香
というわけで、終業式も終わり、今日は夏休みに入って最初の日曜日。
ユキヤは部活もある所為か、お盆の間しか実家に帰らないらしい。という訳で今日、先日の飾子の言葉を受けて、ユキヤを自宅に招くことになったのだ。
既に自宅では、気合いの入りまくった両親がスタンバッている。カオルはユキヤのいる寮の玄関に立つと、中から出てくるであろうユキヤを待った。
−−ぜってー大丈夫!母さんは先ず気に入るだろうし、父さんだってオッケーな筈。何も恐れるものはないのさ。ふっふっふ。
変な自信がオーラとなって身体中から吹き出してる気がする。カオルは玄関先で何度もガッツポーズを決めた。
「あ、先輩。お待たせしました」
小走りにやってくるユキヤ。う、可愛い。ベージュのカーゴに、黒いノースリーブシャツ。体毛の少ないユキヤならでは着られる離れ業だとカオルは思った。
「ユキヤ!もうなんの問題も無し!可愛い!!」
赤い顔をしたカオルが、鼻息も荒くユキヤの肩を叩く。・・・と、ユキヤがそんなカオルの背後を指差して言った。
「あ・・・あの人」
「え?」
カオルは素直に振り返る。次の瞬間、カオルの顔色が真っ青に変わった。
「ふんぎゃああ!!」
「奇遇ですね。こんな所で出会えるなんて」
どう考えても偶然ではないめぐりあい。にっこりと微笑むミソノの手に触れないよう、カオルがユキヤの前に立ちはだかった。
「な・・・何してんだよお前。野球部練習あるんじゃないのかよ!?」
「今日は校内一斉点検の日でしょ。だからテニス部も合気道部も休みなんじゃないですか」
ぐ!っとカオルがミソノの返しにつまる。するとカオルの背後から覗き込むようにユキヤがミソノを見た。
「先輩。あの人とお友達になったんですか?」
「い・・いや、ユキヤ。そういう事じゃなくて・・・」
そういえばまだ、例の『ラブレターをくれたミソノちゃん』が、この目の前のストーカーだとユキヤには言ってなかった。一体どう紹介したものかとカオルが口篭もる。と、ミソノがにっこりと微笑んで言った。
「ユキヤ先輩、あらためてはじめまして。東月学園中等部一年タナカミソノです」
「はじめまして。でも・・・本当に一年生?俺の後輩?」
カオルの肩に手をかけて、ユキヤが目を丸くする。ミソノはそんなユキヤを余裕の笑みで見下ろした。
「そうですよ」
「ユキヤ、だめだって。こいつと話すと病気がうつるから」
カオルは、じりじりと近づいてくるミソノからユキヤを守るように、距離を保って移動する。
「嫌だなぁカオル先輩。人のことを昔の労咳患者みたいに」
なんで労咳なんて言葉を知ってるのだろうか。おそるべし、おばあちゃんっ子。
「そうですよ先輩。そんなこと言っちゃ可哀相じゃないですか」
背後からユキヤがにっこり。でもこればかりは、流石のユキヤスマイルでも覆すことは出来ないのだ。なんせ、このミソノは二人の明るい未来をぶち壊そうとする魔物なのだから。
「でもな、ユキヤ。こいつはなぁ・・・」
言いかけて、止まる。なんて説明したら良いのだろうか?交際の何たるかもまだよく分かってないユキヤに、自分の貞操の危機を訴えても、きっと理解してくれないだろう。
でも、ミソノがユキヤに近づくのは断固阻止しなければならない。なんせこの男はカオルの母の作品を読んでる男なのだ。ユキヤにどんな間違ったアヤシイ知識を吹き込むか知れたものではないのだ。
「自分が・・・なんですか?カオル先輩」
にやりと微笑むミソノ。カオルはユキヤの手を取ると、逃げるように校門に向かった。去り際に捨て台詞。
「なんでもないよ!お前の相手してる時間なんか無いんだから。さ、ユキヤ行こう!今度あいつに何か言われても信じちゃ駄目だからね。お菓子もらってもついてっちゃ駄目だぞ!」
ミソノの姿が徐々に遠ざかる。ミソノは特に追いかけるでもなく、じっと二人を見送った。
それにしてもお菓子って・・・いくらなんでもユキヤだって、それではついて行かないだろう。・・・と、ユキヤがポソリと呟いた。
「うまい棒もらったらついていっちゃうかも・・・」
「えぇ!?」
ついて行っちゃうのおっ!?といいたげなカオルの瞳。立ち止まり、ユキヤを振り返ると、ユキヤがちょこっと肩をすくめて笑った。
「冗談です」
う!可愛い!ビックリしたものの、とりあえずユキヤが可愛いので、カオルはユキヤの手を引いたまま家に向かった。
−−ん?手を引いたまま?・・・ってことは・・・・はっ!!!俺たち手を繋いでる!!
嬉しいけど怖い。どこで見られてるか分からないのだ。幸い今日は部活が無いから普段より人は少ないものの、いない訳ではない。汗ばむ手の平。困惑のカオルはじっと隣りを歩くユキヤを見た。
「・・・・どうしたんですか?先輩」
ぐっ!魅惑の微笑み。カオルは思わず、ユキヤの手を握る手に力を込める。逆効果、とほほ。
「な・・なんでもないよ。ほら、もうすぐそこ、俺の家」
カオルが坂の下をさす。ユキヤは手を繋いでいることに何の疑問も抱かないのか、悩みの無い声で返した。
「あ、そうなんですか?どきどきしちゃうな、先輩のお宅に行くなんて。先輩のご両親ってどんな方なんですか?」
どんな・・・・。どんなといえばいいのだろうか。一瞬カオルの頭の中を両親の弾けた姿が飛び交った。そう・・・・弾けた・・・。
「えーと、母親の方が作家だっていうのは知ってるよね」
「はい」
「父親の方は、なんていうか・・・いいにくいんだけど・・・」
「はぁ」
声のトーンが落ちたカオルの横顔に、ユキヤの声のトーンも落ちる。カオルは思い切ったように顔を上げると、意を決して言った。
「今は、旅人という職業で・・・・」
「旅人!?」
そんな職業が存在するのだろうかと、話しているカオル本人が思うのだ。ユキヤもさぞかし怪しむに違いない。が、ユキヤは目を丸くした後に、微笑んで言った。
「素敵ですねぇ」
「え!?」
夢見るようなユキヤの瞳。カオルは驚いて、ただそんなユキヤを見つめた。
「俺の父さんが言っていました。『男は一生の旅人であれ』って。先輩のお父さんはまさにそれなんですねぇ・・・」
いや、比喩表現ではないんだけど・・・と、カオルが心の中で呟く。まぁ、とりあえず実物を見てもらった方がいいかと、カオルはため息をついた。
−−はっ!でも両親見た途端に俺の嫁さんになんかなりたくないって言われたらどうしよう!!・・・・・はっ!!!よっよっよっ・・・嫁さんって・・・・。
突っ走る妄想。カオルが一人で青くなったり赤くなったりしている間に、見事カオル宅に到着。カオルが家の門を開けた。
「はい、どうぞ」
「はい、どうも」
ユキヤが門の中に入り玄関へ向かう。門を閉めたカオルが小走りにその後を追い、玄関を開けた。・・・・・と。
「いらっしゃ〜〜いっっ!!!」
ばたん!
開けた途端に閉める玄関。カオルは一瞬ドアの向こうに垣間見えたものに、心臓が破れるかと思った。
−−な・・な・・・なにっ!?いまのは一体なに!?
「先輩?どうしたんですか?」
「ど・・どうしたって・・・いや、その・・・・」
「おい、カオルどうしたんだ?」
「うぎゃあ!?」
内側からあっさりとドアを開けられ、覗く父の顔。顔までは問題無い。問題は首から下で・・・。
「あ、うちの制服」
カオルの父の姿にユキヤが反応。それが嬉しかったのか、カオルの父は意気揚々と答えた。
「そうそう!僕も東月だったんだ〜。久しぶりに着るのこれ、ちょっと小さいんだけど、まだまだイケルでしょ!」
なんというか、見上げるほどに背が高い。見た感じとても若く、そして、髪は真っ青だった。
「父さんってば!!」
カオルが顔を赤らめてドアを開け、そんな父親を中に押し込む。と、そこにはもう一人の親が『見てください』と言わんばかりに立っていた。
「父さんが制服なんか着るから母さんも着てみちゃった!いえ〜い!!」
両手を広げて玄関に立つセーラー服姿の母・飾子。カオルは青ざめながらそんな母の前に立ちはだかった。
「ごめんユキヤ!中に入って玄関閉めて!」
「は、はい!」
慌てたユキヤが玄関をぱたりと閉める。振り返ると、今まさにカオルが母を廊下の奥へ押しやろうとしていた。
「母さん!お願いだから普通の格好してよ!!」
「いいじゃな〜い!こっちの方がユキヤくんだって気がなごむわよ〜!」
「すさみこそすれ、なごみはしないってば!!」
かなりな物言いである。そんな二人の攻防には目もくれず、父はにっこりユキヤの手を取ると、中へと促した。
「どうぞ、御座り下さい。いま紅茶でもいれますからね」
「は・・はいっ!」
ユキヤも幾分緊張の面持ちでそれに答える。応接セットのソファの上にちょこんと腰を下ろし、ユキヤは初めて来るカオルの家を見まわした。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
出された紅茶にユキヤが頭を下げる。そんな姿に目尻を下げつつ、カオルの父が言った。
「はじめまして、カオルの父のマコトです。誠実な人と書きます。ずばり、誠実です」
丁寧(?)な自己紹介にユキヤも姿勢を正す。紅茶を置いて、ユキヤが言った。
「申し遅れました、ユキヤです。ユキは空から降ってくる雪で、ヤは哉っていう漢字で」
空中にユキヤが指で漢字を書く。
「雪に哉ですか。綺麗な名前ですね。ユキヤくん見たまんまだ」
くどいてんのか、おい?というような台詞。しかし、ユキヤはにっこり微笑んで、疑いの無い瞳で返した。
「やっぱり先輩のお父さんですね。ちょっとドキッとしちゃいました」
「カオルの奴こんなこと言うの?」
興味津々な父、マコト。ユキヤは素直に返した。
「可愛いとか、綺麗とか、先輩になにか言われるだけで、どきどきしちゃうんです。これって変なんでしょうかね?」
「いいねぇ・・・まさに青春」
遠い目の父、マコト。思い出すものは一体何なのか。
「お父さまも東月だから、先輩も?」
「マコト・・・だよ、ユキヤくん」
「え?」
涼しげな目元の中年・マコト。おい、本当にくどいてんじゃないだろうな。
「お父様だなんて、そんな他人行儀且つ、世の父親とグループ化された呼び方なんて淋しいじゃないか。是非、マコトと呼んでくれないか?」
「え・・・じゃ・・じゃあ、マコト・・さん?」
「さんは余計だけど、まぁそこは徐々に・・・ね」
微笑をたたえる爽やかな中年・マコト。徐々に・・・どうするつもりなのだろうか?
「カオルが東月に行った理由は簡単。近いから。それだけだよ」
しかし、そんな簡単な理由で入れるほど東月は易しい学校ではない。が、ユキヤも別に苦労をして東月に入った訳ではないので、そこはただ肯いた。
「学校てさ、遠いだけで苦痛だと思わない?職場もそう。だから近いところが一番だよ。そういう意味では飾子さんの仕事って理想的だよね。自宅が仕事場なんだもん」
「飾子さんって・・・お母様のお名前ですか?」
紅茶を飲みながらユキヤが質問。すると、ちょうど良く、二階から飾子が降りてきた。
「あああああっ!!!」
「え!?」
飾子が応接室の入り口で立ち止まり、突然叫ぶ。ユキヤがびっくりして飾り子を見ると、そんなユキヤをじっと見つめたまま、飾子が口に手を当てた。
「可愛いっっ!!!!!」
「え?・・・えっ!?」
ユキヤが自分の背後をきょろきょろと見回す。飾子はそんなユキヤの仕種にも感動したのか、ユキヤの隣りに座りながら、ユキヤの顔を覗き込んだ。
「さっきはカオルの所為で良く見えなかったけど、あの息子にしちゃ信じられないくらい上出来の可愛さだわ・・・。ユキヤくん、いくつだっけ?」
「・・・14・・・です・・・・」
にじり寄る飾子に圧倒されながら、ユキヤの身体がソファに沈んでいく。イカした中年・マコトはそんな飾子に言った。
「初めて知ったけど、僕たちの息子は面食いだったんだねぇ・・・」
「いやあ。驚かせてゴメンネ、ユキヤくん。私たち楽しみで楽しみで、昨晩も良く眠れなかったくらいだから」
なんとも激しい歓迎ぶり。ユキヤは恐縮して微笑んだ。
「あ、遅れてごめんなさい。あの息子を落ち着かせてきたから・・・・。カオルの母の万国旗飾子です」
セーラー服はとりあえず着替えさせられたらしく、ラフにジーパンに襟ぐりの開いたカットソーを着ている。そういえば、カオルはどうしたのだろうと、ユキヤは思った。
「はじめまして、先輩にはいつもお世話になっております。ユキヤです」
ペコリと頭を下げる。飾子は、もうどうしてくれようといわんばかりの勢いで拳を振った。
「可愛い〜〜〜っ!!!寮住まいをやめて、うちから学校に通う?その方がカオルも喜ぶだろうし」
「それはいいな。僕も賛成」
勝手なことを言う中年二人。ユキヤはもしもここに住んだら・・・ということを想像して少し赤くなった。
「嬉しいですけど・・・それは、ちょっと困ります」
「どうして?」
二人が声を揃えて聞き返す。すると、ユキヤは天使の微笑みを浮かべて言った。
「だって、今だって先輩に会うたびにどきどきしてるのに、毎日一緒にいたら、どうにかなっちゃいます」
真剣なユキヤの瞳。マコトと飾子の二人は深いため息をつきながら首を振った。
「はあぁぁぁぁ」
「ど・・どうしたんですか!?なにか失礼なことを言いましたでしょうか?」
「いいの!ユキヤくん!君はそのままで!!息子も・・・男冥利に尽きる。そして僕たちも両親冥利に尽きるの!!」
大きな手の平を向けて、マコトがしみじみと言う。飾子も向かいで深く肯いた。
この両親にしてあの息子あり。ちなみに息子は、飾子の資料の手錠でベッドに繋がれていた。そんな資料で一体どんな話を書いているのやら。流石は大御所・万国旗飾子。
「飾子さん。嬉しいねぇ。僕たちの息子はこんなにも愛されているよ・・・・」
「そうねぇ。良かったわねぇ。じゃあそろそろ、本題に入りましょうか?」
「そうだねぇ・・・」
ユキヤの目の前でつらつらと流れていく会話。ユキヤが左右に首を振りつつ二人を交互に見ると、飾子とマコトの二人が、興味津々な瞳で言った。
「ところで、うちの息子とはどこまでいってるの??」
さあて、どう答えるよ。ユキヤ!!
その2へ続く