未成年の主張−第二部恋のかけだし編第四話

                                    乙姫 静香



 その日、カオルは家に帰るととんでもないものを目にした。
−こっこっこっ・・・これは、ラブレター!?
 郵便受けの中に、切手も貼られずに投函されている白い和紙の封筒。表には自分の名前。裏には「ミソノ」と可愛い文字で書いてある。第一発見者が自分で本当に良かったと胸をなで下ろした。
 その手紙を握り締め、玄関を抜け駆け上がる階段。自分の部屋にバタンと入り、制服を脱ぐことも忘れてカオルはその手紙を見つめ直した。
−間違い無い。俺宛てだ・・・。
 机の上のハサミで封を切る。便箋も手漉き和紙なのか、なんとも古風な雰囲気を醸し出している。
『前略カオル様。
突然のご無礼をお許しください。以前よりお姿を拝見し、陰ながらカオル様のことをお慕い申し上げておりました。唐突な申し出に驚かれるのも無理はございませんが、もしよろしかったら一度二人きりでお会いしていただけませんでしょうか?私は中学一年生で、趣味はお茶とお琴。名前はタナカミソノです。明日の夕方、東月学園近くの公園でお待ちしています。草々』
「・・・・・・・・・・・・」
 手紙を握る手がプルプルと震える。これでも一応はナンパ要員として友達に使われる身だけあって、告白なんぞをされたことは一度や二度ではなかった。しかし、こんなにもきちんとした、こんなにも美しいラブレターを貰ったことは過去一度としてなかったのだ。
「ど・・・どうしよう」
  まだ見ぬミソノちゃん(カオル想像では、長い黒髪に、つぶらな瞳、あくまでも白い肌の大和撫子・・・ようはユキヤの女バージョンだということには気がついてないらしい)に会ってみたい気持ちはむくむくと膨れ上がりはするものの、カオルにはユキヤというこの上なく可愛いスイートハートがいる。
 でも見てみたい!!会ってみたい!!!という気持ちは、押さえつけようとすればする程、盛り上がってくる。カオルは部屋の中をウロウロと歩き回り、そしてひとつの結論を出した。
−会って、はっきり断ろう!!
 中学一年生ということは、ついこの前までは小学生。自分への気持ちも憧れの延長くらいのものだろうと、カオルは自分を納得させる。だから会って、自分には既に心に決めた相手がいること伝えて、ありがとう&ごめんなさいを言おう!と決めた。





 生徒会室の掃除を終え、掃除道具を片づける。
「先輩。今日、なんか変じゃありませんか?」
「そ・・そんなことないよ。あ、いや・・そう・・・かも」
 ユキヤにラブレターのことを言うべきか、カオルが一瞬悩む。でも別に断る訳だし、カオル的にはやましいことなど何もない。でも一瞬やり過ごそうとした自分が、少し後ろめたかった。
「どうかしたんですか?」
−どうしようかな?心配かけるかな?でも、俺だったらユキヤに誰かが告白したとかって話があったら気になるもんなぁ。
 うーんと唸ったものの、やはり言っておこうとカオルが心を決める。
「実はな、昨日俺のうちにこんなものが・・・」
 と、届いたラブレターをユキヤに見せる。ユキヤはその手紙を受け取ると、中をしばらく読みすすめ、そして静かに卒倒した。
「ユキヤッ!?」
 倒れかけたユキヤの身体をカオルが支える。
「あ・・・いま、一体何が・・・?」
 立ち直りながら、ユキヤが額に手を当てる。そして、自分が握り締めている手紙を見た。
「あ、夢じゃない」
 言ってユキヤが大きくため息をつく。カオルは、ユキヤの反応にハラハラしながら息を飲んだ。
「先輩・・・・もてすぎ」
 本当はユキヤの方が熱い信者を抱えているのだが、誰もその想いをユキヤ自身にぶつけてこないので本人には自覚がないらしい。カオルはよっぽど「ユキヤの方が・・・」と言おうかと思ったが、他のユキヤ信奉者と戦う自信もないので、とりあえずそれに関しては黙ることにする。しかし、断ることはしっかり言っておかなければと、カオルがユキヤを見つめた。
「でも、ちゃんと断るから!俺には、心に決めた人がいるって!!」
「先輩・・・」
 ぽ。っと染まるユキヤの頬。やっぱりユキヤ以上に可愛い子なんてありえない!とカオルは実感した。
「今度、先輩のお家にも遊びに行きたいな・・・」
−俺の家って・・・まさか・・・ユキヤ・・・。
『初体験の場所はどこでしたか?答えの第一位=彼の家(byホッ○ドッ○プレ○)』
 いつか見たそんな記事が頭をよぎる。
−いやっ!ユキヤはきっとそんなこと分からずに言ってるに違いない!!そうだ!最近俺、ちょっと変だぞ!!俺は純粋にユキヤが好きなんだ!!
「う・・うん。今度遊びにおいで。親にも紹介するから」
「はい!楽しみにしてます!!」
 にこっとユキヤが笑い、カオルも微笑む。そしてカオルは気持ちも新たに、公園へと足を運んだのだ。



 キーコ
 キーコ
 ブランコに腰を下ろしてカオルが空を仰ぐ。日も暮れ、かなりな暗さになっていた。
−実は、からかわれてるだけだったりして・・・。
 そろそろ来てもいい時間なのに、それらしい姿は見えない。ベンチに座るカップルと、向こうで手を洗ってる東月学園の生徒。でもなんか、違和感。なんだろう。あの生徒の何に違和感を感じるんだろう。
 カオルは鞄を抱え直して首を傾げる。
−学校帰りだろう?でもなんか・・・。
 次の瞬間、あっと気付く。そうだ、荷物を何も持ってないのだ。学校帰りなら、鞄とか持っててしかるべきなのに。
 そしてさらに次の瞬間、あっと驚く。手をふきながら振り返った顔は、例のユキヤの追っかけ、謎のマルガリ君だった。
−もしかして、俺・・・ボコボコにされちゃうとか・・・?でも女の子の名前で呼び出すなんて、卑怯だよう!
 もはや可愛い(筈だった)ミソノちゃんのことは頭から消え去っている。変なことになる前に帰っちゃおうかなと、ブランコから立ちあがった時だった。
 ザッ
 目の前に立ちはだかる丸刈り頭。カオルが鞄を胸に抱えて、相手を恐る恐る見上げた。
「お待たせしました。タナカミソノです」
「へっ!?」
 明らかに声変わりをしている低い声。カオルはその声で語られた言葉を頭の中で繰り返した。
−タナカミソノです。・・・タナカミソノです。・・・タナカ・・・ミソノ!?
「お・・・お前が、ミソノちゃん!?」
「いきなり『ちゃん』づけとは、嬉しいですね」
 きりりとした醤油顔が、ふっと緩む。本当に中学一年生かと思うほどの落ち着きぶりに、カオルの口があんぐりと開いた。
「だって、中学一年生で、趣味がお茶にお琴って・・・」
「自分は中学一年生ですし、お茶もお琴も小さい時から習ってます」
「なんでその顔であんな可愛い字書くんだよう!!」
「たしなみです」
 開いた口がふさがらずに、カオルがプルプルと震える。するとミソノがいとおしげにカオルを見つめて、言った。
「やっぱり、間近で見ても可愛いですね、カオル先輩」
 はにかむように12歳が笑う。なんでその歳でそんな表情するんだと、カオルが心の中で叫んだ。
「あのなぁ・・・お前は知らないかもしれないけど、一年生は一年生でも俺は高校一年生なんだぞ。お前より3つも年上なんだぞ!それを可愛いって、なんだよ!」
「でも、可愛いじゃないですか。その色素薄そうな髪も目も、低い背も」
 カチン!!とカオルが反撃。
「あのなぁ、俺は普通なの!170cmあるんだから、別に低くないんだよ!お前が歳の割に高いんだよ!!お前・・・身長・・いくつだよ」
 口唇を尖らせてカオルがふてる。ミソノはそんなカオルを見下ろして、あっさりと返した。
「180くらいですかね。まだ伸びると思いますけど」
−いーやーみーーーー!!
 ライバルでないならば、なにも胃を痛める理由など何もない。カオルはそっぽを向くと、顎を突き出してちょっと自慢げに言った。
「悪いけど、俺にはユキヤっていう心に決めた人がいるから。今日だって断りに来ただけだし。じゃあね、そういうことで」
「ばらしますよ」
「へっ!?」
 立ち去ろうとしたカオルの足が止まる。こいつ、一体何を・・・。
「ユキヤ先輩と付き合ってること、全校生徒にばらしますよ。ユキヤ先輩の実家に行ったこととか、この間江ノ島に行ったこととか」
「おまっ・・・なんでそれを・・・・」
「あ、本当なんだ」
 と、ポケットからレコーダーを取り出す。中でクルクルと回るカセットテープ。もちろん録音を意図して。
「江ノ島に住んでるんですよ、自分。そこで見かけて、もしかしたらとカマかけただけなんですけど・・・」
「お前っ・・・・サイッテーだなっ!」
 普段は温厚なカオルも、さすがにわなわなと怒り出す。
「欲しいもの手に入れるのに、手段は選びませんよ」
 と、そこまで言ったものの、ミソノの目がレコーダーに向けられ一瞬固まる。
−あ、押してるの・・・・再生ボタン。
 しかし、カオルはそんなことにはもちろん気付く筈もなく、頭に血を上らせて怒っている。ミソノは涼しい顔でカオルに向き直ると、ぽつりとこぼした。
「あの・・・これ・・・・」
「なに?」
 カオルが差し出されたレコーダーを見る。あがったままの録音ボタンに、カオルがミソノの顔を見返した。
「お前・・・阿呆?」
 んーどうだろう、とばかりにミソノが首を傾げる。
「しかも、俺脅す気なら、黙ってればよかったんじゃ・・・・」
「あ、そうか」
 気がつきませんでしたという顔でミソノが肯き、カオルがため息をつく。
「というわけで、先輩、自分と付き合ってください」
「断る」
 何が『というわけで』なんだろうか。カオルはテープレコーダーをミソノに返すと、鞄を持ち直して言った。
「悪いけど、本当に俺、お前のこと可愛いとかって思えないから」
「あぁ、その必要ならありません」
 微笑んで、ミソノが言う。
「どういうこと?」
「自分のことカッコイイと思って、全てを委ねて下されば」
「断る」
 そういうことなら益々断る・・・と、カオルは歩き出す。その背に、ミソノが投げかけた。
「今度自分の家にも遊びに来て下さいよ」
 と、その瞬間、カオルの頭を例のフレーズが頭をよぎった。
『初体験の場所はどこでしたか?答えの第一位=彼の家(byホッ○ドッ○プレ○)』
 恐ろしい想像に、カオルがパニックに陥る。カオルはミソノを振り返り、ふるふると頭を振ると、鞄をしっかりと抱えて走り出した。
「やだーーーーーー!!」
 という叫びを残して・・・。
「照れ屋だなぁ・・・・カオル先輩」
 ふふっと微笑む、丸刈りタナカミソノ。その表情に「アキラメ」の4文字は無かった。