未成年の主張−第二部恋のかけだし編第三話

乙姫 静香                     


 きてしまったゴールデンウィーク。東月学園はここが私立の良さとばかりに4月29日から5月7日までぶっ通しのお休み。まさにゴールデン。そして今日は程よく人も空いている5月の1日だった。
  カオルは駅の伝言板前でため息をついた。なんせ今日は、あの悪魔の3姉妹と江ノ島見物。そろそろかなという時間に、向こうからユキヤが小走りにやって来た。
「先輩!お待たせしました!」
「ユキヤ・・あっ!」
 カオルが驚くのも無理はない。小走りにやって来たユキヤは、なんと(カオルにとって初めて見る)洋服の私服を着ていた。
「え?変ですか、俺?」
 ダークグレーのジーパンに、緑がかった水色の長袖Tシャツ。その上に白いフード付きのジップアップベストを着ている。サックス系のシャツの色が、ユキヤの白い肌を引き立てた。
「ううん。よく似合ってる。ユキヤ、おしゃれだなぁ」
 そういうカオルはというと、ベージュのチノパンにTシャツの重ね着。カーキグリーンの長袖のTシャツの裾からは、オレンジ色のシャツが覗く。
「そんな。先輩の方こそとてもカッコイイです」
 あばたもなんちゃら・・・という訳ではないけれど、二人してお互いの姿に胸ときめかす。しかしそんな幸せな二人も、あの姉たちが来るとなると、のほほんとはしていられない。ユキヤはカオルを見上げると、申し訳なさそうに言った。
「せっかくの休みをすみません。なんか姉たちが、先輩に会いたいってうるさいものですから」
 ユキヤの言葉に、「初夜の誤解」が解けてないことを思い出す。カオルは小さくため息をつくと、ユキヤに微笑んで言った。
「なに言ってるんだよ。こうしてユキヤと休みの日に会えるんだし、お姉さんたちには鹿児島でお世話になったしな」
「先輩。そういってもらえると、俺も嬉しいです」
 とろけそうな笑顔でユキヤがカオルを見上げる。一緒に顔がとろけてしまいそうになったが、背後に感じる気配に、瞬間冷凍された。
「こんにちわ、カオル君。今日はありがとうね」
 一番目の姉、チハルの囁き。カオルは跳ねるように振り返ると、しゃちほこばって答えた。
「こっ・・これはチハルさん。ようこそ・・・関東平野へ」
 ギャグなのかなんなのか分からない言葉に、自分でも当惑する。
「チハル姉さん。他の二人は?」
 そういえば、ヤクモとミウの姿が見えない。するとチハルが、これからどこで仕事をするつもりなのかというようなスーツ姿で、堂々と胸を張った。
「さあ、知らないわ」
 知らないって・・・、しかもそんなに偉そうに。カオルとユキヤの二人が顔を見合わせる。
「でも、いらっしゃるんですよね。あのお二人も」
「来ないわけないでしょ。特にヤクモなんて、この日のために下着から靴まで全部新調したのよ」
 何のためにそこまで・・とカオルは思う。関東といってもここは南部。東京とはうってかわったのんびりエリアなのだ。
「どうせ新調するなら、こっちで買えばいいのに」
 ユキヤの呟きに、思わずカオルとチハルがユキヤを見る。言われてみればその通り。ますますヤクモの考えが読めずにカオルが首を傾げた。
「ちょっとあんたたち、どこにいたのよ」
 と、その時少し離れた場所から怒りの声が聞こえる。声の方を見ると、ヤクモとミウが立っていた。
「何なのよ、この大船駅っていうの。まぎらわしい名前して!」
 憤慨という言葉がそのまま当てはまりそうなヤクモの表情。カオルはげんなりしながらも努めて笑顔で言った。
「どうかなさったんですか?」
「どうもこうもないわよ。『大なんとか駅』だってこと以外忘れちゃったから、ミウと二人で大崎で降りたんだけど 都内だっていうじゃない、それから湘南だって思ったから大磯に行って、そこもなんか江ノ島への接続なんてないから、それで駅員さんにきいて大船に来たのよ」
「なんでチハル姉さんと一緒に来なかったんですか?」
「だってチハル姉さんったら丸の内のオフィス街に寄りたいなんていうんだもの。そんなとこ全く興味ないわよ」
 なんでまた丸の内。いつからあそこは観光名所になったのだろうと、カオルが再び首を傾げた。
「そ・・そうですか。でもまぁ、なんとか全員揃ったことですし、行きましょうか?」
 とにかく早く移動をした方がいいだろうと、カオルが先を促す。すると、三姉妹が声をそろえて言った。
「この荷物は??」
 そういえば、どこに泊まるつもりなんだろうか。どっちにしてもこの時間じゃまだチェックインは出来ないけど。
「鎌倉プリンスですよね。泊まるところ」
「そうよ。張り込んでジュニアスイート取ったんだから!」
 ヤクモが胸を張る。その姿はさながら先ほどのチハルのようだった。
「じゃあ、七里ガ浜になるんで、そこまで持っていきましょう」
「私達が?」
  とても自然にチハルとヤクモが目を丸くする。言ったカオルは、嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、ひきつり笑いで返した。
「お持ちしましょう」





 「きゃあ!ここ!サザンのプロモで見たわ!」
「きゃあ!海よ!」
 と、もっぱら何か見るたびに叫ぶのはヤクモ。データはばっちりなのか、カオルが何か説明する必要もないほど、いろいろとよく知っていた。
 そんな一行をとりあえずホテルに連れて行き、荷物を預ける。それから再び江ノ島駅に降り立つと、カオルが立ち止まって言った。
「あの、何か見たいものとかしたいこととかありますか?」
「そうねぇ。鎌倉の方は明日回るから良いとして、江ノ島でしょ。一応、日本三大弁天でも見ようかしらね」
 と、チハル。
「海苔羊羹買って、しらす丼食べたいわ」
 と、ヤクモ。ミウは一言、
「稚児が淵」
と言った。
「じゃあ、普通にこのまま歩いて海苔羊羹を買って、江ノ島の中に入って弁天と稚児が淵。戻ってきてしらす丼 でいいですか?」
「先輩すごいです!俺、さっきからちんぷんかんぷんで」
 ユキヤがきらきらとした瞳でカオルを見る。カオルは少し気分をよくすると、先陣を切って歩き出した。
「さぁ!行きましょう!」
 かくて一行はぞろぞろと江ノ島を目指す。ユキヤはカオルの隣りに並ぶと、自分も観光気分になってきたのか、わくわくしながら言った。
「本当に先輩良く知ってますね!実は俺も、江ノ島行くの初めてなんですよ。なんか楽しくなってきました!」
「そうか。俺はもうずっとここら辺に住んでるからなぁ。小学校の遠足とかでも嫌になるほど来たからなぁ」
「え?嫌・・・でしたか?」
 少しユキヤが悲しい顔をする。カオルは慌てて手を振ると、すぐさま訂正をした。
「いや、そういう意味じゃなくて。ただもう、庭みたいなもんってこと。でも今日はちょっと新鮮かな・・・・ユッ・・ユキヤと一緒だから・・かな?」
−言った!言ったぞ!最近の俺って、かなりいけてるんじゃない!?なんつーか、ナチュラル?
 カオルが心の中で何度もガッツポーズを決める。ユキヤの方も恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
−なんか俺たち。デート・・・って感じ!?
 ふふふん、と少し余裕の微笑み。すると背後から瞬間冷却装置が働いた。
「ちょっとカオル君。海苔羊羹の店ってまだなの?結構歩くのね」
 チハルの声に、ヤクモも肯く。靴だけでも履き直させて良かったと、カオルは心の底から思った。
「ホテルでも言いましたけど、江ノ島見物はとにかく歩くんですよ。島の中に入ったら、あがったが最後、ひたすら歩きですし。海苔羊羹は、ほらもう見えてきました」
 高そうな木の看板を掲げた店をカオルが指差す。すると、返事もせずに三姉妹が走り出した。
「ああ!テレビで見たまんまだわ!」
「姉さん。こっちにあるわよ!」
 静かな通りに響くにぎやかな声。それを背後から見つめつつ、カオルとユキヤが小さくため息をついた。
「ふう。おまたせ。さ、次よ」
 羊羹なんて重いものをそんなに・・・という程の数を買い、三姉妹は御満悦。
 それから再び一行は歩き出すと、目に付いたものを端から食べ尽くした。
 女夫饅頭、焼きはまぐり、サザエの壷焼き、串団子(みそだれ&ごまだれ)、エトセトラ・・・
 どこに行っても声でどこにいるか分かる。迷子の心配がないだけ、まあ良かったなとカオルは思った。
「ねぇ、この江ノ島エスカーってなに!?水族館にある魚のトンネルみたいな奴??面白そう!乗ってみたい!!」
 弁天様のふもと。ヤクモの叫びにカオルの顔が青ざめる。そんな期待をされても・・・。
「いや・・・でも、それは・・・」
「なによう。どうせ歩くの大変なんだから乗ったっていいじゃない」
「・・・はぁ。でも本当に、エスカーは・・・」
 カオルの忠告も聞かず、三姉妹はずんずんとエスカー入り口に向かって歩く。
「見晴らしがいいのかしらねぇ?」
 チハルがさわやかに行って、ゲートを抜けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ただのエスカレーターに全員沈黙。しかも両壁は「おやつはカ○ル」を始めとした森○の広告。天井もあり、景色など微塵も見ることがかなわない。あえて洒落た表現をすれば、スペースマウンテンの乗り場までの長い道といった感じ、ただし昭和初期に作られたような風情ではあるものの。
「エスカーって・・・・」
 ため息交じりにミウが呟き、一行の表現しがたい気持ちが代弁された。





 まあそんなこんなで、やっと頂上に着いた頃には、日も傾いていた。
「稚児が淵はこの先ですよ」
  体力がどうのという事ではなく、とにかく疲れる。カオルはそれだけ言うと、頂上の植物園前のベンチに腰を下ろした。
 三姉妹は弾けたように走っていく。どこにその元気があるのかと、カオルは首を捻った。
「お疲れ様です」
 ユキヤが冷えた缶ジュースを片手に、カオルの横に座る。カオルはそれを受け取ると、疲れた身体に水分を補給した。
「ふわーっ!うまいなぁ」
「すみません。本当に」
「ユキヤが謝ることは何もないよ。俺も、せっかく来てもらったからには楽しんでもらいたいし」
 と、これは本心。カオルも何度か地方の親戚の案内をさせられたから、こういうことには慣れている。楽しんでもらえれば、案内している方も満足なのだ。
「でも、ユキヤは姉さんたちと一緒に行かないのか?」
「俺はいいです。今度ゆっくり来れればいいですから」
−え?それって・・・二人でってこと??二人っきりでってこと??
 どきっと心が揺れる。つい姿勢を正してしまうあたり、まだまだウブイ。
「先輩と・・・二人で」
 そして恥ずかしそうに俯くユキヤ。なんとなく緊張の雰囲気。カオルが手にした缶をぎゅっと握り締めた。
「ユキヤ・・・・」
 カオルが呟くと、ユキヤが顔を上げてカオルの目を見つめ返す。夕日を受けてユキヤの瞳が揺れるように輝いた。
 ベンチの脇に缶をそっと置く。周囲に人影はなし。ユキヤの手が、カオルのシャツの裾を掴んだ。
「カオル先輩・・・」
−これって・・・まさか、あの飛行機以来の!?
「俺たちって、もう初夜してもいいんですよね?」
 ずっきゅーん、血圧急上昇。カオルはユキヤの台詞に思わずもんどりうった。
「だ・・・で・・・どわっ!?」
「だって、手も握ったし、キスもしたし、ぎゅっていうのもちょっとだけしましたよね」
−ユキヤが俺の胸にぎゅっていうのはしたけど、俺はまだぎゅってしてないよう!
 切ない叫びがカオルの胸にこだまする。
「だから、もう次は初夜なんですよね」
 もはや説明を逃れられる状況ではない。カオルはおろおろとしながらも周囲に三姉妹がいないことを確認すると、ユキヤの肩をガッシと掴んだ。
「ユキヤ。・・・・実はとても言いにくいことが・・・・」
「なっ!?なんなんですか!?」
「キスしたり、手を握ったり、ぎゅってしたりするの以外にも、まだまだ初夜の前にすることがあるんだ」
「ええっ!?そうなんですか!?」
 本当に驚いたようにユキヤが目を丸くする。カオルは深く肯くと、ユキヤの肩から手を放して続けた。
「だから、まだ・・・その、初夜とかってことはあまり言わない方が・・・(特に姉さんたちの前では)」
 すると、ユキヤが本当に悲しそうにうなだれる。その落胆ぶりがあまりにも激しかったので、カオルの方が驚いた。
「俺・・・・無知で軽率だったんですね・・・・」
「いや・・そんな・・・それほどでは・・・」
「なんにも知らないで一人で舞い上がって・・・・」
「そこまで言わずとも・・・・」
 前よりもおろおろとカオルがうろたえる。ユキヤは眉を寄せると、口唇を尖らせた。
「一体いつになったら先輩と初夜できるんだろう」
−お願い!・・・それ以上言わないで!・・・俺の理性にも限界が・・・。
「あと何をすればいいんですか!?教えて下さい!先輩!!」
−いや、俺にも未知なるゾーンが広がってるだけなんだけど・・・。
 などとはとても言えずに、カオルが苦笑する。ユキヤはカオルの方に身を乗り出し、顔を近づけた。
「先輩・・・教えてくれないんですかぁ・・・?」
 一体、神はカオルにどうしろというのだろうか。カオルはユキヤの肩に手をかけると、口をパクパク開けたまま二の句を告げずにいた。
「先輩・・・・お願い・・・・・」
 ぶちっ!
 ユキヤの言葉に、切れる理性の糸。が、その瞬間背後から切り裂くような笑い声が聞こえてきた。
「ひゃーっはっはっはっはっ!!!」
 弾かれたように見ると、そこにはチハルの姿。カメラを片手に大爆笑している。
「ちょっとぉ!!あんたたちも見なさいよ!!この植物園最高に笑えるわよ!!!」
 何時の間に植物園見学までとカオルが思う間もなく、チハルが涙を流しながら言った。
「中に動物園があるとかって表示があるから行ってみたんだけど、そうしたらいる動物っていうのが・・・・ひゃっはっはっはっはっ!!!!」
「どうしたんですか?」
 ユキヤが首を傾げて聞き返す。すると、チハルの横から現れたミウが冷静に言った。
「ハト、ニワトリ、セキセイインコ、ブンチョウ、ウサギ・・・スズメ」(実話)
「こっ・・これで動物園っ・・・バウだわっ・・・バウネタだわっ!」
 マニアックな叫びを残して、チハルが身体をくの字に曲げて笑いこける。カオルとユキヤはそんな笑いに乗り遅れ、呆然と、笑う姉の姿を眺めた。



 江ノ島見物って一体・・・・・・・。