未成年の主張−第二部恋のかけだし編第二話

乙姫 静香     



 ここは某県某市にある東月学園(とうげつがくえん)。中高一貫教育で知られる名門男子校である。国立私立を問わず、有名大学への進学率も高く、全国から優秀な生徒が集まることでも知られている。しかし学校の中は、そんな表の澄ました顔とは違って、どちらかというとのんびりのほほんとした雰囲気であることはあまり知られていない。

 最近、視線が痛いような気がする。特に、ユキヤとともに生徒会室の掃除をしてたり、たまに廊下ですれ違って話したりする時に。
 視線の出所には、これ以上ないという程の心当たりはあるものの、視線以上の攻撃もないので今のところ黙ってはいる。が、基本的に小市民で平和主義のカオルは、その視線だけでも充分に胃を痛めていた。
−あたたたた。
 視線に気がついて一週間。確かに、気にしてみればそこかしこにあいつは立っている。そして目が合うと、今にも「殺すぞ」と言わんばかりの気迫が感じられる。
−これで、キスしたことがばれでもしたら・・・。
 そんなことを思うと、ますます胃が痛くなる。小市民というよりは小心。これでゴールデンウィーク後半にユキヤの姉たちが来たら、本当にはげてしまうかもしれないと自分の柔らかい髪をつまんで思った。
「せーんぱい!どうしたんですか?」
「あ、ユキヤ」
 合気道部の袴姿で、ユキヤがカオルの顔を覗き込む。
 ここは体育館脇にあるベンチ。返すカオルもテニスウェアに身を包んでいた。
「サボりですか?」
 可愛い笑顔でユキヤが隣りに座る。カオルはユキヤの指摘の的確さに、思わず焦り笑いを浮かべた。
「ちょっと・・・考えごとしてたんだよ」
 本当は体験入部の一年生のために、貸せるラケットを探すように言われている。体育用具室にいく途中で、つい座ってしまったのだ。
 このベンチは、いい感じに死角になっていて、グラウンドからも体育館からも見ることが出来ない。そのため、生徒の間では密かに「黄昏のベンチ」と呼ばれていた。
「考えごと?何か、悩みでもあるんですか?」
 ユキヤの方は一向に気にしていないようである。見られ慣れている・・・ということであろうか。
「だってユキヤ・・・お前、胃が痛くならないのか?」
「胃・・・ですか?正露丸ありますけど、飲みます?」
−いや、そういうことではなくて・・・。
 とほほな気分でカオルが笑う。本当にユキヤには分かってないようである。
「そういうんじゃなくて、なんていうかさ・・・」
 ユキヤにどう説明したらいいのか分からない。お前を好きな男が、俺に嫉妬してるかも知れないなんて、ユキヤに言ってもどうにもならないし。
「そういえば、ユキヤはなんでこんな所に来たんだ?」
「俺は、道場の畳が折れたんで、畳が残ってないか、用具室に確認に行く途中です」
 ごく普通に聞こえる会話だが・・・。
「畳が、折れた?」
「はい」
 合気道って・・・そういう武道だったっけ?とカオルが首を傾げる。
「あ、違いますよう。話すと長くなるんですけど、畳をはがして持ち上げたところに、先生が転んで倒れ込んじゃったんです。別に、練習でそんなことしてる訳じゃありませんよ」
「そ、そうだよな・・・ははは」
 ちょっと安心。頭の隅でユキヤが畳を折りかけた自分を、ちょっと反省する。
「じゃあ、俺も用具室に行くところだったから、一緒に行こうか」
「あ、そうなんですか?じゃあ行きましょう。先輩は、何を?」
 二人で立ち上がる。一瞬、かがんだユキヤの胸元に、カオルがドキッとした。
「おっ・・俺は、空きラケットを探してるんだ。体験入部が意外と多くてな」
「そうですね。先輩のその姿見たら、俺もテニス部に入りたくなっちゃいましたもん」
 狭い道を、ユキヤが先に歩いて行く。カオルはユキヤの発言にちょっと気をよくした。
「そ・・・そうかぁ?」
 実はこのウェアは、春休み中に新たに購入したものであった。店で考えること2時間。悩んでよかったと、心の底から思った。
「そうですよ。先輩、なんかどんどんかっこよくなっちゃって、俺、ちょっと淋しいです」
「淋しい?」
 体育用具室の重いドアを二人で開ける。不意に触れたユキヤの手は、やはり柔らかかった。
ユキヤが顔を上げる。黒い瞳が大きく見開いて、カオルを見つめた。
「そうですよ。だって、先輩あれから何もしてくれないんですもん」
 どっかーーーん!!
−ユキヤ・・・なっなっなっ・・・何を!?
「初夜する前に、手を握ったり、ぎゅっと抱きしめたり、キスしたりしなくちゃいけないんですよ。まだ、ぎゅっていうの、してくれてないです。これじゃあ、いつになっても初夜・・・できそうにないし・・・」
−だーーー!!そっその・・・初夜の連呼はやめてください!!だっ誰かが聞いたら・・殺される・・・。
 心の中でカオルが右往左往する・・・が、次の瞬間カオルは、今までに驚いた何倍もの度合いで驚いた。
 なんと、ユキヤの綺麗な瞳から、大粒の涙がほろほろとこぼれだした。
「ユッ・・ユキヤ・・・!?」
「な・・なんか分からないですけど、最近先輩のこと考えると、ここら辺がズキズキ痛くなるんです。前のドキドキとは、なんか違うんです・・・」
 はぁ〜と、思わず見とれてしまう。切なげに寄せられた眉。潤む瞳。胸元できゅっと握られた手。ユキヤに言われたからではなく、抱きしめたいという衝動にかられた。
 そんな一方で、カオルはじわ〜っと感動していた。正直言って、自分がここまで愛されてるとは思ってなかったのである。でも、ちゃんとユキヤはその小さな胸の中で自分への想いを募らせていてくれたんだなぁと、今なら確信できる。改めて、カオルはユキヤを可愛いなぁと思った。
「ユキヤ・・・」
 ユキヤの涙を拭いてあげたいものの、ハンカチも何もない。
−あ、あの方法があるじゃん。で・・でも・・・。
 以前ドラマで見た方法を思い出してしまい、途端にカオルの落ち着きがなくなる。周囲をちらちらと見ては、泣いているユキヤを見る。
−ええい!!迷うなカオル!!
 心に踏ん切りをつけて、カオルがユキヤの肩に手を伸ばす。ユキヤが涙に濡れた顔を上げると、そのままカオルはユキヤの細い身体を引き寄せた。
 トンッ
 ユキヤの身体が前に引かれ、カオルの胸に倒れかかる。
「ハッ・・ハンカチ持ってないから・・・・。このシャツ洗ったばかりだし、確か・・綿100%だったから、水分良く吸うと思うし・・・」
 バクバクバクバク
 心臓が口から飛び出しそう。
「カオル先輩・・・」
 ユキヤは真っ赤になったカオルを見あげると、嬉しそうに微笑む。そしてシャツの裾をちょこっと握ると、カオルの胸に顔をトン・・と乗せた。
−ここで、この腕をぐるっと回して、ぎゅっと抱きしめれば・・・。
 と思いながらも、身体は金縛りにあったように動かない。
−抱きしめたら、きっと細いんだろうな・・・。腕の中に、すっぽりと入っちゃったりするんだろうな・・・。なんか、いい匂いするし・・・。で、でも、本当にしたら・・・嫌われたりして・・?だ・・ど・・どうしよう。
 グルグルと頭の中で色んなことを考える。身体は直立不動の銅像のようになったまま、カオルが呟いた。
「ユキヤ・・・だ・・・抱きしめても・・いいか・・な・・・」
 と、その時だった。
 バゴン!!!!
 激しい音がして、二人が立つすぐ横で野球のボールが跳ねた。
 用具室の扉に激突したそれは、ひゃっほうとでもいいたげに、もと来た方向へポンポンと移動していく。二人は静かに顔を見合わせると、ボールが飛んできた方向へ視線をずらした。
「すみませーん。ノックの球がそれましたー」
 野球部の野太い声がして、一人の部員が現れる。
−体育館裏の体育用具室に、なんでノックの球が来るの??
 カオルが当然の疑問を胸に、部員を見つめた。
「あ!?」
 二人同時に声を上げる。球を拾いに来た野球部員は、それこそカオルの胃痛の原因である、例の男であった。
「っつれーしますっ」
 二人の間に割って入り、わざとらしく球を探す。そして、ふたりからおよそ10メートルほど離れた明後日の方向に球を見つけると、一礼して去って行った。
 もちろん、殺意のこもった一瞥を残して・・・。
「あの人だ・・・・」
 ユキヤが呆然と呟く。
「偶然って・・・重なるものですね」
−偶然じゃないんだってば!!
 と叫び出したい気持ちを、カオルはぐっとこらえる。
「あぁ・・・胃が痛い」
 呟くとカオルは静かに頭を押さえた。
 頭も痛かったのである。

 おまけに来週はGWだったりするのであった・・・。