未成年の主張 第一部−第四話春休み特別号

乙姫 静香   





 ここは某県某市にある東月学園(とうげつがくえん)。中高一貫教育で知られる名門男子校である。国立私立を問わず、有名大学への進学率も高く、全国から優秀な生徒が集まることでも知られている。しかし学校の中は、そんな表の澄ました顔とは違って、どちらかというとのんびりのほほんとした雰囲気であることはあまり知られていない。

 生徒会室・・・ではなく、今日は校門でカオルがユキヤを待っていた。
 おろしたてのシャツと一番脚が長く見える(と自分で思っている)ジーパンに身を包み、高鳴る胸を押さえつつ、校門にたたずむ。それもそのはず、なんと泊りがけでユキヤの実家に行くことになったのだ。なんという突然な、なんという嬉しい展開。こんなにトントン拍子に事が進んでいいのかと、カオルは自分の顔を軽くつねってみた。
 痛い。
−虚しい夢落ちにはならないんだ。
 ぱああっと目の前に天国への階段が光り輝いているような気さえする。春には本当に春がくることに、カオルは深く感動した。
 しかし、ユキヤの実家に行くことにはなったものの、実はユキヤの実家が何処にあるかさえ知らない。とりあえず充分と思われる交通費は持ったつもりだけれど、何処に行くかも分からないというのは、さすがに少し不安になった。よく親も許したと思う。これが、生徒会役員効果というものだろうか?
 着替えの入ったバッグをタスキがけにしなおして、カオルが周囲を見回す。そろそろユキヤが現れてもいい時間だ。
 寮の前で待ち合わせようというユキヤを制したのはカオルだった。ユキヤの実家に行くことが周囲にばれたら、そのあとがどうなるか分かったもんじゃない。ユキヤが無邪気な分、周囲の牽制が激しいことをカオルはとってもよく分かっていた。
−私服かぁ。どんなの着てるんだろう?
 幸せな妄想にカオルがふける。
−・・・・・セーラー服・・・。はっ!俺は今、何を!?
 方向性のよくわからない妄想に、慌てて首を振る。しかし、カオルはユキヤの制服姿と部活の袴姿しか知らないのである。袴姿を見た時にも、あまりの可愛さに、鼻血が出そうになるのを押さえたのだ。
 ユキヤの私服。考えれば考えるほどわからなくなってくる。カオルが首をかしげると、向こうからたったったと小走りに近寄る影。
「カオルせんぱ〜いっ!」
 びくっとカオルの背が揺れる。そんなに大きな声を出したら、人知れず待ち合わせした意味が無くなってしまうではないか。と、カオルが振り向く・・・と。
「お待たせしましたか?」
 弾む息でカオルの目の前に立つユキヤ・・・・は制服姿だった。
「あ・・・れ?制服?」
「あ、家に帰るついでに制服をクリーニングにだそうかと思って。私服は自宅にたくさんありますし」
 にこっとユキヤが微笑む。言われてみれば、その通り。私服姿はもうちょっとお預けということか。残念なような、楽しみのような。
「そうか。なんか、俺良かったのかな、お邪魔するのにこんな楽な恰好で」
 自分の姿を省みて、カオルが呟く。ユキヤはそんなカオルを上から下まで見ると、いつもの屈託のない笑顔で返した。
「大丈夫ですよ。うちの両親はあまりこだわらない方ですし、あんまりかしこまられても先輩疲れちゃうでしょ」
「そ、そうか?」
「はい」
−はぁ、やっぱり可愛いなぁ。
 お約束ながら笑顔に見とれる。すると、ユキヤの方もちょっと嬉しそうに続けた。
「でも、先輩の私服姿って、なんか新鮮でドキドキしちゃいますね。先輩、脚長いし」
−よっしゃーーー!!この服正解!!
 心の中でガッツポーズを決める。スタートは上々、幸先のいい気がした。
「そんなことないよ・・・、別に普通だって」
 照れながらも謙遜してみる。ユキヤの方は、そんなカオルの心を知ってか知らずか、さらにヨイショをする。
「長いですよ!遠くから見ても、すごくカッコ良かったですもん」
 カッコ良かったですもん、カッコ良かったですもん、カッコ良かったですもん・・・・とユキヤの言葉が胸でこだまする。これからの2泊3日(カオルもユキヤも部活があるため、長居はできないのだ)こんなに嬉しいことばかりが続いたら、血圧が上がって仕様が無いなと、カオルは嬉しそうに困った。
「じゃあ、行きましょうか」
「お、おう」
 と、答えたものの、どこに向かって歩き出せばいいのかよく分からない。カオルは、黒い鞄を肩に提げているユキヤをじっと見つめた。
「どうしたんですか?」
 歩き出さないカオルに、ユキヤが首をかしげる。
「いや、そういえば俺、お前の実家がどこか知らないんだけど。どこに向かうんだ?」
「駅ですよ」
 いやぁ、そういうことじゃなく!と心の中で叫びながら、カオルが苦笑する。すると、さすがにそれを察してか、ユキヤが微笑んだ。
「羽田に行って、飛行機に乗りましょう」
「飛行機?」
 いきなり高い乗り物だなぁとヒヤヒヤする。それよりも気になったのは行き先であった。
「で・・・どこに、行くんだ?」
「鹿児島です。あ、先輩の分も席取ってありますから」
「鹿児島ぁ!?」
 予想もしなかった場所に、カオルの目が丸くなる。そんな場所の出身だったとは・・・。
「はい。飛行機の本数もあまりないんで、遅れないように急ぎましょ」
 ユキヤがにこにこと歩き出す。カオルはとりあえずユキヤに並んで歩き出すと、自分の中にあるありったけの鹿児島情報を探った。
 西郷どん、桜島、シラス台地・・・。他に何が??あ、ラサール。
「ユキヤ」
「はい?」
 駅までの道を歩きながら、ユキヤがカオルを見る。こうして並んで外を歩くなんて、まるでデートのようではないか!関係のないところで、つい叫びだしたくなってしまった。
「でもさ、実家が鹿児島なら、ラサールって奴があるだろ。なんでわざわざ関東に出てきて、うちに入ったんだ?」
「先輩に出会うためですよう」
  にこ。
−はうっ!(ばくばくばくばく←心臓の音)ユ・・ユキヤの奴、おいたが過ぎるぜ(意味不明)・・。
「なんちゃって。冗談です。軽快な冗談で、楽しい旅行にしましょうね」
 がくーん。無邪気なユキヤの笑顔に、カオルががっくしと肩を落とす。
−そんな冗談・・・ちょっとやだ。
 天国と地獄。そんな音楽が頭をかすめた。
「本当は、姉たちに決められました。俺に『めくるめく湘南ライフ』をおくってもらいたいそうです。俺には、よく分かりませんけど」
 そらそうだ。恋とかホワイトデーを知らないで、湘南ライフなんつーもんを知ってたら奇跡だ・・・と、カオルは思う。十中八九、イメージ先行の姉さんたちが自分が行きたい場所に弟を送り込んだのであろう。
「ふうん。でも寮暮らしで淋しくないのか?面倒くさいことだってあるだろうに」
「別に。友達もみんないい人ですし、先輩もいますしね」
 ど・・・きっとしかけて、今度は寸止め。また、冗談といわれたら、ちょっと悲しい。
「そ・・・それも冗談?」
  びくびくしながらユキヤの顔を見る。ユキヤは、なんでそんなことを聞くのかというような表情で、カオルを見返した。
「え?本当ですよ。同室の奴も、なんか消しゴムとかくれたりするんですよ」
「消しゴムぅ?」
 なんでそんなもんを・・と思う。
「えぇ。なんかいつも新しい消しゴムをくれるんですよ。なんでも、お父さんの言いつけで『あたらしい消しゴムは使ってはいけない』っていう事らしくて、かならず俺がちょっと使ってから向こうに返すんです。すると、次の消しゴムをくれるんで・・・」
「ちょ・・ちょっと待った。それ、次から次へ。新しい消しゴムが出てくるのか?」
 カオルの胸にピーンとひらめくもの。それはもしかして・・・。
「はい。すぐになくしちゃうみたいですよ」
−売ってる・・・。間違いなく。
 心の中で確信。ユキヤ印の消しゴムを闇でさばいているに違いない。おそるべし同室者。
  しかし、そのビジネスが成り立つのも需要があるからなのだ。思わぬところに、多くのライバルが潜んでいることを、カオルは覚悟した。
 この旅行中に、何としてでも最初の一歩を踏み出さなければ!校舎も別になるし、形勢は不利になるような気がする。おまけにうちは中学3年生で修学旅行に行く。その間に誰が清水の舞台から飛び降りるか分かったもんじゃない。
 カオル!男になるんだ!男なら・・・男なら・・・!!
「先輩?危ないですよ」
 無意識にガードレールに片足をかけ、天を仰いでいたカオルの肩を、ユキヤがつつく。カオルは我に帰ると、ちょっと赤面して小さく咳をした。
「こほん・・・・。ところでユキヤ、家の人には何て言ったんだ?俺のこと」
「はい。とってもお世話になってる先輩がいるって。俺の憧れだって」
−憧れの人!!
 素敵な肩書きに、思わず頭がくらくらする。
『おお、君がうちのユキヤの憧れの君、カオルくんか』
『はい、お父さん。僕がユキヤ君の憧れのプリンス、カオルです』
『確かにユキヤが憧れるだけはある、将来有望そうな好青年だな母さん』
『そうですわね。これならいつユキヤの事をお願いしても。ねぇ、あなた』
 そ してみんなで手を取り合い、式の日取りを・・・。
「・・・ぱい、先輩?」
「え?あ?・・・なんだ、どうした?」
 現実に引き戻されて、カオルが目をぱちくりと見開く。
「駅は向こうですよ、先輩」
「あぁ。そうだな。すまんすまん」
 照れ笑いで頭を掻く。すると、ユキヤが少し表情を曇らせて、カオルのことを見上げた。
「俺、今回はどうしても先輩に一緒に来て欲しくって・・・」
−なに!?俺の妄想って(妄想だという自覚はあるらしい)あながち夢では・・・?
「どうしてだ?」
「それが実は・・・」
 ユキヤが、カオルの耳元に口を近づける。カオルは耳にかかるユキヤの息に、頬をほころばせていたが、やがて聞かされた事実に、思わず叫んだ。
「何ぃ!?見合い!?!?」




 その二に続く。ふっふっふ。


その2





  「どうしたんですか?難しい顔をして?」
 ユキヤが隣りの席からカオルの顔を覗き込む。
  飛行機の中。カオルの眼下には、雲の絨毯が広がっていた。
「いや・・・ちょっとびっくりしてな」
 ユキヤから聞かされた話。それは、今回の帰郷中に、ユキヤが見合いをさせられそうだということであった。
 中学2年、いや、もうすぐに3年になるけれど、それにしてもそんな子に見合い。まだ、恋なんて言葉の意味すら(本当に)知らないというのに。さっきまでの両親の予想図が、180度ひっくり返る。
『なにぃ?見合いの席だというのに、お前はその男と添い遂げたいというのかユキヤ!確かにカオル君は非の打ち所のない好青年だが・・・(図々しい)』
『父上、でも僕の気持ちはもう決まってるんです。カオル先輩無しの人生なんて、ガリのないお寿司のようなものです!!』
−・・・・俺、生姜??いや、ちょっと例えが悪かったな。なんかもうちょっと、必要性を強く感じなければ。やり直し。
『父上(以下同文)カオル先輩無しの人生なんて、帯に短しタスキに長しです!!(不適切な使い方です)』
−・・・・どういう意味?なんかこう、所帯じみた感じがするなぁ(そういう問題ではないと思います)。もっと綺麗に、且つダイレクトに、お互いなくしてはいられない二人の仲のようなものを感じさせないと。
『(前略)カオル先輩無しの人生なんて、太陽のない月のようなものです!!』
−結構いい感じ??よしよし。これで行こう(誰が?)
 と、訳の分からないことをカオルが一人で考える。と、ユキヤがカオルの肩を叩いて言った。
「あ、先輩。太陽ですよ。眩しいですねぇ。雲の上が天気がいいって本当なんですねぇ」
「俺がいるって」
「はい?」
 ユキヤに向かってカオルが微笑む。ユキヤはそんなカオルの顔をきょとんと見返した。
 会話が通じていないことに自分の突っ走りを感じたのか、カオルは小さく咳払いをして、気を取り直す。
「見合い。いやなんだろ?」
 カオルが聞くと、ユキヤがいつになく困ったような顔でうつむく。そんな表情さえも、カオルの心をときめかした。
 もう!好き好き好き好き好き好き好き好き好きっ好きっ!!というオーラがカオルから放たれている。なんでこんなにも可愛いのだろう、ユキヤって。
「俺の知らないところで、勝手にばあちゃんが決めたんです」
「ばあちゃんが?なんでまた」
−敵は両親じゃなくて、ばあちゃんか・・・。
「うちの中では、ばあちゃんの言うことが絶対なんです。父も、ばあちゃんには頭が上がりません」
 ユキヤがため息をつく。カオルの手が、ユキヤの肩に置かれた。
−うっひょー!今日の俺って、ちょっと大胆??で・・でもちょっと自然な流れだったよな!?
「でも、九州男児って、強いもんなんじゃないのか?ばあちゃんに頭が上がらないなんて・・・」
「他は知りませんけど、うちはとにかく女性の方が強いです。特にばあちゃんは、一族の中でも実権を握ってるので」
 一族!?ユキヤの家って、一体どんなもんなのだろうと、カオルが首をかしげる。所詮は首都圏の核家族育ちのカオルには、想像もつかなかった。
「ばあちゃんに睨まれたら、池のカエルでさえも荷物をまとめます。本当にそれくらい、全てを自分のいう通りにさせるんです」
 救心をすすめるくらいだから、どんなばあさんかと思いきや。随分とまぁ、元気の良さそうな・・・。
「先輩。すみません、今日になってそんな話・・・」
「い、いいってことよ。俺で力になれるなら、なんでもするからさ」
「先輩!!」
 瞳を潤ませて、ユキヤがカオルを見返す。カオルの胸がバクンと脈打った。
「カオル先輩・・・本当に、俺、先輩に出会えてよかった」
 カオルの手を、ぎゅっとユキヤが握ってくる。カオルは顔がどんどん紅潮してくるのを感じていた。
−おいおいおい。ユキヤ、こ・・こんな所で、人が見るじゃないか。そういうことは・・・二人っきりの時に・・・。
  どきどきどきどき。
 かああっと、紅くなるカオルの顔に、ユキヤが目を丸くする。
「先輩・・・酸欠?」
「え?あ?いやっ。そんなことないぞ!だ、大丈夫だ!」
 慌てふためきながらも、カオルがともすれば例の秘密兵器を差し出しそうなユキヤを制する。それにしても、何いつも一人でドキドキしてるんだろう。前に言ってたユキヤのドキドキは、どこへ行ってしまったんだろうか?
「ユキヤ!?」
「はい?」
 両手をぎゅっと握り合いながら、ユキヤが小首をかしげる。うう〜ん。天にも昇る気持ち。いや、確かに空高くにはいるんだけどね。そういうことではなく・・・。
「あ、あのさ。前に言ってた、俺にドキドキするって・・・、こういう時は、しないわけ?」
「ドキドキ・・・ですか?そうですねぇ。するかな?」
 まじーまじーっ!?実は結構進んでるんじゃないの?俺たち!!
「それって、こう・・・」
 と、カオルが言いかけた時に、機体が大きく揺れる。
「うをっ!」
「わっ!」
 両手をつかんで向き合ったまま、二人が揺れて椅子の上で近づく。顔を上げると、ユキヤの髪が自分の頬をかすめた。
  ばっくん。
  ユキヤのさわやかな髪の匂い。ばくばくばくばく。心臓が否応にも高鳴った。
「ね。こういうことがあるから、ドキドキするんですよね」
−違うーーーー。そういうことではなくーーーー。
 心の中で『自分応援団長(要するに自分)』が沈みそうな自分にエールを送る。
 そうだ、頑張るんだカオル。めざせユキヤの『さむしんぐすぺさる』!!
「お、俺はそういう意味じゃなく、ドキドキするぞ!」
−い・・・言ったぁ・・・。
 考えてみれば、自分から思いを告げたことはなかったなと思う。そう、御両親や元気ばばぁに会う前に、俺の気持ちをはっきりとユキヤに告げておかないと。
「先輩も・・・ドキドキするんですか?」
 ユキヤが、こぼれそうに大きな瞳を丸くしてカオルを見つめかえす。実は傍らにいたスチュワーデス(あ、今は客室乗務員って言わなくちゃいけないんですね)が、めっちゃ耳をダンボにしていたが、もちろん告白に夢中のカオルはそんなことには気付いていなかった。
「うん。俺も、ユキヤといると、ドキドキする。すっごく」
「やだなぁ、俺は先輩に技なんてかけませんよう」
 何とはなしにカオルは、『小枝』のCMを思い出す・・・・コワザ?いや、そんなことではなく。
−駄目だ!!ここではっきりさせておかなくちゃ!!俺のユキヤへの想いは、救心で治るような動悸でも、プロレスでもなく、恋なのだということを!!
「そ、そうじゃなくて。俺が、ユキヤにドキドキするのは、動悸とか、プロレスとかじゃなくって・・・その・・・あの・・・」
 客室乗務員の耳がピクピクと動く。カオルのボルテージも最高潮に達していた。
 どんどんどんっ どんどんどんっ
 自分応援団の太鼓の音が聞こえる。言うぞ・・言うぞ・・・言うぞっ!!
「これは・・・恋だから!」
「恋・・・?・・・・・・・・・・・・ええええええぇ!?」
 いつものボケボケモードからは想像できないほど、ユキヤが驚いた顔をする。
「そ・・そんなに、驚いたか?」
「だ、だって先輩・・・・うちは、男子校ですよ?」
−がくーん。また変な勘違いを・・・。
「いや、だから同性同士でも、恋っていうか、好きになる気持ちはあって・・・・そのことをお前の同室の奴(ユキヤ印文具制作係)が言ったように、ホ・・ホ・・ホ・・ホモっていうんだよ」
 一瞬の沈黙。
 その直後に、ユキヤが何かに納得したように、真剣な眼差しで大きく肯く。さすがに今回は変な勘違いをされた雰囲気もなく、カオルもほっと息をついた。
「だから、お前が俺にドキドキしても、それはありえることで(またもや図々しい)。それで、その・・・俺がお前にドキドキしても、それはあることで・・・」
 顔を赤らめながら、カオルが外に視線を投げる。恥ずかしすぎて、まともにユキヤの顔を見ることが出来なかった。
「そうなんですか・・・・。じゃあこれは、俺のこのドキドキは、ちゃんと恋だったんですね」
「そうだと・・・思うけど」
 ちょっと嬉しそうに、カオルが横目でユキヤを見る。すると、ユキヤが困ったようにまたうつむいていた。
「どうしたんだ?」
「いえ、先輩・・・・。俺、どうしよう」
「何が?」
 本当に、真剣にユキヤが考え込んでいる。カオルはあまりにも真剣なユキヤの顔に、思わず顔を近づけた。
「俺、自分がこんなに不実な人間だったとは・・・・」
「どっ・・どういうことだ?」
 ユキヤの可愛い口唇から「不実」だなんて言葉が吐かれるとは夢にも思わなかった。
「俺と父さんは・・・ホモだったんですね」
−待てーーーーーーいっ!!
 そんな訳はないだろう?と思うものの、まさか、なんかそんなめくるめく禁断の世界が??しかし、なぜそんな世界のことを知っている、カオルよ。
「俺、父さんのことすごく好きなんですよ。尊敬もしてますし・・・」
 それはホモとは・・・・。心の中で、自分応援団長が頭を掻く。
 そんな一方で、ほっと安心するカオル。良かった・・・・めくるめらないで・・・ふぅ。
 気持ちの落ち着きとともに、飛行機もゆっくりと高度を下げていく。鹿児島はもう目の前。果たしてどんな家族が待っているのやら。
 そして、春休みは本当に春なのか!?


  その三に続く。ほっほっほ。


その3



《注意》まともに鹿児島弁を書くと、注釈だらけで読みにくくなるので、標準語で書かせていただきます。突っ込まんでー。


  どうしてこんなことになってしまったのか。
 カオルはどっちを向いていいのか分からないままに、俯く。ユキヤはカオルの横で、姿勢も正しく、正座をしていた。
  鹿児島県内陸部にある、ユキヤの自宅。家に上がり、通されたのは縦長の和室だった。上座に向かって、カオルとユキヤの二人が並ぶ。これから何が始まるのかと、カオルがユキヤに聞きかけた時に、障子がすっと開いた。
  カオルがビクッと身を震わせる。見上げると、先ほど玄関であったユキヤの母である。ユキヤのコピーかと思うほど、同じ顔をしている。和服姿で、割烹着が似合いそうな感じだ。この純和風の家屋に良くなじんでいた。
そんなことを考えていると、今度は反対側の襖が開いて、袴姿の落ち着いた男性が現れる。おそらく、父親であろう。
 カオルがポカーンと口を開けて、ユキヤの両親を見つめる。すると、ユキヤが横からカオルに囁いた。
「俺の両親です。あとは姉と祖母が来ますから」
「え?ばあちゃんも??・・・いきなり、何するんだ?」
「家族会議です」
−え!!!そんな、心の準備もなく!?
『お父さん。僕にユキヤ君を下さい!!』
『うむ。はじめて会ったけれども、想像通り素敵な子だ。ユキヤも、男を見る目があるという事だな。はっはっは』
−そして二人は・・・。
「・・ぱい。先輩」
「え?あ?」
 どこをどうしたらそこまで楽天的に生きられるのか、またしてもカオルが自分ワールドに入り込む。ユキヤに呼ばれて顔を向けると、ユキヤが真剣な瞳で言った。
「ここでふんばらないと、俺、見合いなんです。それだけは、何としてでも阻止しないと」
「そ、そうか。分かった。俺も、できる限り応援するから」
「先輩・・・」
 ユキヤが潤んだ瞳でカオルを見上げる。
−そうだ!俺のユキヤを(いつから君のに・・・)守らないと!!
「ユキ・・・」
 スッ
 言いかけた時に、襖が開く。これはまたえらく、きらきらしい女の子だなぁとカオルは思った。およその男の好みを裏切らない、清楚と可愛いとちょっとセクシーを足して3で割ったような服装。女子大生・・・とふんだ。
「姉のヤクモです。ただ、姉はこの名前嫌ってるんで、名前では呼ばないで下さい」
−じゃあ、なんて呼んだらいいの?
 と、心の中でカオルが呟く。笑顔が自ずとひきつった。
−これで姉も出てきたし、あとは、ばあちゃんか。どんな恐いばあちゃんなのかなぁ?
  カオルが自然と背筋を伸ばす。襖を見つめると、スッと開いた。
−わ、若い!!
「姉のミウです」
−あ、姉ね。そりゃそうだ。俺と同学年っぽいもんな。
 間違える方がどうかしていると思う。でも・・・。
「何人姉さんがいるんだ?」
 こそっとカオルが呟いた瞬間。
  ピシッ
 という音が聞こえるように、場が緊張する。カオルが息を飲んだ。
  ちょこ・・・・・・・・・という感じで、何か小さなモノが部屋に入ってくる。今にも野良仕事を始めそうな、モンペ姿。可愛いーと思わずゴムマリのようについてしまいたくなるボディライン。
−こ・・・これが、ばあちゃん??うわっ!可愛い〜〜♪
 マスコットのような、携帯ストラップのような。生きてるんだなぁ、これが。
「ただいま、帰りましてございます」
 カオルがちょっとワクワクしていたところで、ユキヤが頭を深々と下げて畳の上に手をつく。ばあちゃんは、ちょこんと上座に座ると、開いているのかいないのか分からないような目をきらりと光らせて、小さく肯いた。
「うん。元気そうじゃな。そっちは?」
「学校でお世話になっているカオル先輩です」
 突然ユキヤに紹介されて、カオルも深々と頭を下げる。第一印象って大切!と心の中で叫んでいた。
「はじめまして。カオルです(しかし、この子達の名字・・・?)ユキヤ君とは生徒会で一緒に活動しています(主に掃除を)」
 そして将来を約束しています・・・と言いかけたのを、カオルが一度止める。モノには順序があると言うことを、一応は知っていた。
「ほお。会長さんか?」
「い・・いえ、僕は今度高等部の1年ですし、会長にはまだ・・・」
 まだ・・・とはいったものの、会長になる予定なんてさらさらない。おまけに会長には年齢でなるのではないということに、カオルはまだ気付いていないようである。
「ふうん」
 そっけなくばあちゃんが呟く。
−えっえっ?俺、印象悪い??ふうんって何!?どういう意味?
「まぁ、ユキヤが世話になっとります。ちょっと世間知らずな所がありますから、どうぞよろしくお願いします」
 ちょこっと、ばあちゃんが頭を下げる。
「いえ、そんな。こちらこそ」
 と言いながら、世間知らずに関しては『ちょっとじゃないです』と突っ込みたかった。
「で、お客人の前でなんだけど、ユキヤの見合いは、明日早速することになったから」
「ばあちゃん!」
 ユキヤが言葉をはさむ。ばあちゃんの目が再びキラリンと輝いたような気がした。
「なんだユキヤ。文句でもあるのか?」
「電話でも言いましたが、見合いをするつもりはありません。お断りをして下さい」
 毅然とした態度で、ユキヤが言い切る。カオルは心の中で大声援を送った。
「断る理由なんてどこにもない。見合いはする」
 ユキヤの話を全く聞いてないように、ばあちゃんは平然と言ってのける。カオルの目が丸く見開かれた。
「しません!どうしてそんなことしなくちゃいけないんですか!?」
 珍しく、ユキヤの表情が曇る。それは怒っているというよりも、悲しげで、チクンとカオルの心を突ついた。
「わしがそう決めたからだ。悪い話じゃない。向こうさんだって乗り気だ。望んでお前の嫁に来てくれるって言ってるのに、どうしてお前はそう聞き分けのないことを・・・」
 ばあちゃんが、開いているのかいないのか分からない目でユキヤを見る。両親も姉たちも黙ったまま。するとユキヤがたまりかねたように言った。
「そんな・・・その気もない見合いで会った人にどうしろっていうんですか!?僕には好きな人だっているのに!!」
カオルの心臓がばっくんと飛び上がる。もしや・・・もしや・・・。
「なんだって!?ユキヤ、それはどこのどいつなんだ!?」
 婆ちゃんが叫び、さすがにユキヤの両親も目を丸くしている。思いもかけないユキヤの反撃パンチだった。
「ユキヤ・・・それは本当の話なの?好きな人が・・・いるの?」
 ユキヤの母が心配そうに声をかける。ユキヤが潤んだ瞳で力強くうなづいた。
 と、その時襖がすっと開いて、丸の内のオフィスから抜け出したような女性が部屋に入ってくる。いかにもキャリアウーマンという雰囲気を漂わせた、スーツ姿の女性だった。
「遅くなりまして。ただいま帰りました」
「チハル姉さん!遅いわよ」
 ヤクモが、隣に座る姉に一言もらす。ミウは我関せずといいたげに、どこともなしに視線を遊ばせていた。
「チハル姉さん、ただいま帰りました。こちらは日頃お世話になっているカオル先輩です」
「はっ・・はじめまして」
 カオルがぎくしゃくと頭をさげる。チハルはカオルを一瞥すると、軽く会釈をしてばあちゃんの方を見た。
「・・・で、どうなりましたの?明日の予定は」
「それが・・・」
 母親が言葉を切る。すると、今まで黙っていたミウが、ぽつりとこぼした。
「ユキヤには好きな人がいるんですって。ってことは、当初の予定通り、チハル姉さんか、ヤクモ姉さんが代わりにあそこの誰かとってことになるわね」
「なんですって!?」
「ちょっと、なんであたしが!?」
  チハルとヤクモがほぼ同時に声を上げる。二人ともまるで、角が生えるかと思うような形相であった。
 カオルはどうしていいのか分からぬまま、誰かがしゃべるたびに、首を振ってそちらを見る。ユキヤは、膝の上でぎゅっと手を握っていた。
「ちょっとユキヤ、どういうことよ。見合いが嫌だからって嘘ついてるんじゃないでしょうね?」
「そうよ。あんたが誰か好きになるなんて、そんなおかしなことがある訳ないじゃない」
 上の二人の姉がたたみかけるように続ける。カオルはもう、気が気でなかった。
−た・・た・・助けなくちゃ。なんか、言わなくちゃ。
 とは思うものの、どこでどう口をはさんでいいのか分からない。なまじ美人なだけに、迫力満点のシスターズである。
「違います!!本当に、好きな人がいるんです!!」
 ユキヤがキッと顔を上げて叫ぶ。一瞬、場がシーンと静まった。
−必死な顔も・・・・可愛い。
 不謹慎なことを思ってしまい、瞬時にカオルが反省する。と、その間にもユキヤが続けて叫んだ。
「だから、一緒に来てもらったんです!僕の好きな、カオル先輩に!!」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
−ユ・・ユ・・ユ・・ユキヤ!?
 全員の視線が、ゆっくりとカオルの元に集中する。カオルは降り注がれる視線の一つ一つにひきつった愛想笑いで応える以外に、何も出来なかった。
「・・・・あんたねぇ。そういう好きとは、違う話をしてるの。わかる?」
 と、チハル。続けて、ヤクモが呆れたように言った。
「やっぱりね。あんたが恋する訳がないんだから」
 それにはさすがに、カオルもカチンと来た。そんな、ユキヤを情緒欠陥人間みたいな言い方しなくったって・・・。
「とにかく、明日はお見合い。それでいいわね」
 一同が小さく肯いて、チハルの言葉に納得をしたその時だった。
「ちょっと待って下さい!」
−あ・・・言っちまったぁ・・・。
 後悔先に立たず。カオルは立ちあがった瞬間に、変な汗が出てきそうな自分を悟った。
「そ・・そんな。ユキヤ・・君、嫌がってるのに。どうして話を聞いてあげないんですか?なんでそんなに、みんなユキヤ君に見合いさせたいんですか?ユキヤ君・・・可哀相じゃないですか」
「カオル先輩・・・・」
 涙を浮かべたユキヤが、カオルを見上げる。カオルはそんなユキヤに、ひきつった笑顔を返した。
−言ったけど・・・言ったけど・・・どうしていいのか分からないよう。
 カオルの心の中では、両足にゴムをつけられて、バンジージャンプをさせられそうな自分がいる。心臓はバクバク。脇の下には、汗がじんわりとにじむ。眼下には、清水の舞台(?)。
「カオル君・・・。それじゃあ、あなたはユキヤのことどう思ってるの?見合いを断らせる理由になるほどの気持ちがあるって言う訳じゃないんでしょ?」
 と、これは母親。
「ユキヤに何を頼まれたか知らないけど、うちには跡継ぎの役目っていうものがあるの。どうせ高校の3年間が終わったらこっちに戻ってくるんだもの。明日見合いしたって、後でしたって変わらないのよ」
 続けてチハル。と、カオルがユキヤをちらりと見て、それから両手で握りこぶしをつくる。
−カオル頑張れ!!男の子!!ジャーーーーンプッ!!
 バンジー姿のカオルが、目をつぶって飛び出した。
「俺はっ!・・・ユキヤが好きだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ぜいっ・・ぜいっ・・っと、カオルの息遣いが部屋の中に響く。心臓が口から出てきそうで、おまけに貧血で倒れそうになった。
「先輩・・・俺・・・俺・・・」
 感動したように、ユキヤがヘロヘロになったカオルを見上げる。ミウが、ぽそっと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・おもしろい」
 他の面々は、今のカオルの発言をどう受け止めたものか、思い思いに考えを巡らせている。
 カオルは、さすがに立っていられなくなり、静かに座った。ユキヤが座ったカオルの膝に手を置く。
「お・・・おばあさま。どうなさいますか?」
 チハルが、困ったようにばあちゃんを見る。すると、今まで黙って事の成り行きを見ていたばあちゃんが、小さく息をついて言った。
「死んだ・・・・じいさんを思い出すねぇ」
「ばあちゃん・・・・・」
 ユキヤがカオルの膝に置いた手を、ぎゅっと握る。
「じいさんも、わしの見合いの前日に、そう言って奪ってくれたもんだよ」
 遠い目。という表現がぴったりな表情。本当は、どこを見ているのか分かりかねたが。
「じゃあ、ユキヤの見合いは・・・」
 今まで一言も口をはさまなかった父親が、先を促すようにばあちゃんを見る。
「そこのカオルとやらに免じて、今回の話はなかったことにするよ。あっちにもそう言っとこう」
「ばあちゃん!!」
 ユキヤの顔がぱあっと明るくなる。カオルも、思わず膝に置かれたユキヤの手を握りかえした。
「ありがとうございます」
 カオルとユキヤの二人して、床に手をついて深々を頭を下げる。
 それから顔を見合わせて、にっこりと微笑み合った。



 夕方。カオルはユキヤに呼ばれて散歩をすることになった。
−今度こそ、私服?
 ユキヤの見合いが流れたことで、上の二人の姉は困ったように舌打ちをし、下のミウは面白そうに『衆道は武士のたしなみ』と呟き、ほくそえんだ。
 しかし、両親もばあちゃんも最終的には、暖かくカオルを迎えてくれた。それが何より、カオルとしては嬉しかった。
「先輩。お待たせしました」
 声を弾ませて、ユキヤが縁側にやってくる。カオルが振り向くと、和服姿のユキヤがそこにいた。
「ユ・・ユキヤ?」
「あ、俺の家では、基本的に家の中ではみんな和服を着ます。姉たちも、今は着替えている筈です」
−か・・可愛いっ!
 すっと伸びたうなじ。細い足首。カオルはぎゅっと抱きしめたくなるのを、必死にこらえた。
「じゃあ、近所の小川にでも行きましょうか」
「あ・・あぁ」
 ユキヤの笑顔に、目が眩みそうになる。ユキヤと並んで歩き出すと、カオルの中には、またいつものごとく変な妄想が芽生えはじめた。
−俺、そういえば、またユキヤに「好き」って言われたんだよな。夢・・じゃないんだよな。
「痛っ!」
 自分で頬をつねってみる。確かに痛い。
「どうしたんですか?先輩?」
「い・・いや。夢じゃ・・ないんだと思って」
「何がですか?」
 ユキヤが無邪気な瞳で、カオルを見る。
「その・・・ユキヤが、俺のこと好きだって言ってくれて・・・それで俺も、ユキヤのこと好きだって言って・・・なんていうか、その・・・」
 小川のほとりに来て、二人が立ち止まる。
「・・・確認できたっていうか・・・相思相愛っていうか・・・」
 カオルの顔が見る間に赤くなる。ユキヤは、そんなカオルを嬉しそうに見つめていた。
−なんか、これっていい雰囲気??もしかして・・・これって・・・。
 ファーストキスの予感??と心の中でカオルがドギマギする。
 夕日が綺麗に輝いて、足元には小川のせせらぎ。いやがおうにも高まる期待。
「俺、今日の先輩見て、また先輩のこと好きになりました。なんか・・・どきどきします」
−チャーーーンスッ。・・・いや、でもそんな、さっきの今でそんなことなんて。嫌われちゃうのかな?でも、待たれてるかもしれないし。どっ・・どうしよう!!
「先輩・・・・ちょっと、目を閉じてもらえますか?」
−なにぃっ!?
 目の前にはユキヤの笑顔。
  どっどっどっどっどっ
 心臓爆発寸前。なんてウブい15歳。
−まだ、早い気もするけど、ユキヤがそんなに大胆になるんなら、俺から行かなくちゃって思ってたけど、こういうのも・・・。
 カオルがそっと目を閉じる。閉じた目の裏で、もじもじとユキヤの恥じらう姿が見えるような気がした。
 ・・・・・・と。
 パッシーーーーーーンッ
 瞬間にして、カオルの目が開かれる。実にいい音がして、食らわされたのは見事な平手であった。
「ユ・・ユキヤ・・・?」
 左頬を押さえて、カオルがユキヤを見下ろす。ユキヤは自分の右手を見せると、にっこりと微笑んで言った。
「先輩・・蚊ですよ。吸われてないみたいで良かった。ね」
−ねって言われても・・・。
 泣きそうになりながら、カオルがうなだれる。すると、夕飯のために呼びに来たと思われるミウが、ゆっくりと歩いてきた。
「あ、姉さん。夕飯ですか?」
 こくりとミウが肯く。
「先輩。行きましょ」
 カオルの手を引いて、ユキヤが歩き出す。カオルがミウの脇を抜ける時に、ミウがぽそっと呟いた。
「据膳食わぬは男の恥」
−見てたんかい!?
 カオルが今回もがっくりと心の中で肩を落とす。


 本当に、これって春休み???


 感動の第4号(第4話最終号)に続く。にやり。


その4





 帰宅の日。二人はチハルの運転する車で空港に送り届けられると、再び飛行機に乗った。チハルが時折ニヤニヤとカオルを見たのが気になったが、とりあえずは礼を告げて別れた。
 今度はユキヤが窓側、カオルが真ん中。通路側の席には誰も来なかった。
 離陸して、鹿児島が遠い彼方に去っていく。カオルはニコニコとそれを見ると、隣に座るユキヤの様子が少し変なことに気がついた。
−さすがに、家を離れるのは淋しいのかな?
 カオルはそんなことを思うと、ユキヤの肩にそっと手を置いた。もはや、家族も公認。肩に手を置くくらいではカオルの血圧も変わりはしなかった。成長・・・である。
「またしばらくしたら会えるじゃないか。ばあちゃんも元気そうだし」
 するとユキヤは、そんなカオルを見て微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、俺が考えてたのは、そういうことじゃなくって・・・」
 口唇に指をあててユキヤが俯く。その指になりたい!・・・とカオル。
「どうしたんだ?」
「いえ・・・あの、見合いのことなんですが・・・」
「見合いがどうしたんだ?流れたんじゃないのか?」
 いいにくそうに口篭もるユキヤに、カオルが首を傾げる。これ以上何があるというのだろうか?
「俺・・・勘違いしてるのかなぁ?」
 ユキヤに勘違い。おおいにありえることである。しかし、今度は何をまた・・・。
「何を?」
 ひきつる笑いでカオルが聞き返す。ユキヤはぽっと頬を赤らめると、いいにくそうに首を振った。
「や・・やっぱりいいです!多分、また俺の勘違いだと思うんで・・」
−ちょっとは自覚が出てきたのかな・・・?
 とカオルは思う。でも、ユキヤのその「ぽっ」が気になった。
「いいから、言ってみろよ。笑わないから」
  なんかいい感じ。カップルっぽいじゃん・・・と自分で思いつつ、甘い雰囲気にカオルがにやける。背後では、行きの便にもいたような客室乗務員が耳をダンボにして、二人の会話を聞いていた。
「じ・・・じゃあ」
「うん」
 ユキヤの顔が再びぽっと赤くなる。う〜んもう、食べちゃいたい!とカオルが心の中で拳を握り締めて打ち震えた。
「あの・・・俺とカオル先輩・・・・見合い・・・したんですよね?」
  ・・・・・・・・・・・・・・。
「は?」
 思わず素にかえってカオルが声を上げる。どういう話かさっぱり分からずに、カオルはユキヤを見た。
「そ・・それはどういうことかな?」
「え?だって、俺とカオル先輩・・・」
 見る間に顔が赤くなる。今にも泣き出すのではないかというほどに目を潤ませて、ユキヤがカオルを見た。
「ちょっと、落ち着け。そもそもユキヤは見合いってモノをどういうもんだと?」
 最近特にユキヤ慣れしてきているカオルは、話を整理しようとユキヤの手を取った。
「お・・俺、見合いっていうのは・・・夜、相手の家に行って・・・」
「うん」
 なんで、夜限定なのかなと思う。まぁ、地方ルールというものかと、カオルが肯いた。
「それで、部屋に入ると、布団が敷いてあって」
「・・・・???」
 布団?それって・・・それって・・・。
「枕が二つあって・・・・」
「ちょっと待った〜〜〜!!」
 それは初夜!!と心の中でカオルが叫ぶ。まったくユキヤはそんなことをするかもしれないという意気込みで帰郷していたのか・・・。改めて、ユキヤが頑なに嫌がった気持ちが分かった。
「ユキヤ・・・あの・・・それは・・・」
 なんと返答したものか、カオルは頭の中でぐるぐると説明を考える。それ以前に聞きたい質問を思い付き、カオルがユキヤの目を見た。
「一体誰がそんなことを?」
「姉さんたちです。そういう話を教えてくれるのは、大体チハル姉さんとヤクモ姉さんなので・・・」
 カオルの頭の中に、弟で遊ぼうと企む二人の姿が浮かぶ。どちらも、きつねのしっぽを生やしてケケケと笑っているように思えた。コーン♪
「やっぱり、俺、いままで騙されてたんですね(今ごろ気付いたのか)!なんか、同室の奴と話しても、笑われる こととかあって、でもなにがおかしいのか教えてくれないし・・・。カオル先輩だけです。俺に本当のこと教えてくれるの!!それって見合いじゃないんですか」
 ユキヤがカオルの手をぎゅっと握る。カオルはその手を握りかえすと、気を取り直して説明した。
「あー。なんて言うか・・・・それは見合いではなく、初夜というものだな」
「初夜!?」
 大きな声でユキヤが叫び、カオルが慌ててユキヤの口をふさぐ。自分の指に触れたユキヤの口唇の柔らかい感触に、思わず「この手は洗うまい!」と心に決めた。
「本当の見合いというものは、知り合ったことのないもの同士が、仲人と呼ばれる結婚仲介人のような人と一緒に、レストランに行ったり、こう、なんていうかカコンカコン音のする奴をバックにご飯を食べたりすることだ」
 手で獅子脅しの真似をするカオルを、ユキヤがじっと見つめる。
「それで、ご飯を食べたらおばさんが『あとは若い者たちにまかせて』って言って二人だけになったりするんだよ(←偏見)」
「何をまかせるんですか?」
 鋭いユキヤの突っ込み。カオルは一瞬ひるんだものの、すぐに答えた。
「まぁ、話すこととか、次の約束とか・・・」
「ふぅん。カオル先輩って本当に物知りですね。俺、尊敬しちゃいます」
 にこ。っとユキヤが笑って、カオルも微笑む。すると、ユキヤがその可愛い顔で続けた。
「じゃあ、俺と先輩が同じ部屋で布団を並べて寝たのは、初夜だったんですね?」
 どっきゅーん。胸を打ち抜くような衝撃。
  カオルは髪が全部逆立つかと思った。
「い・・いや、そ・・それはそういうことではなく・・・」
  思わず口篭もってしまう。ばくばくばくばくと心臓が高鳴った。
「でも、俺が見合いだと思ってたことは、初夜っていうものだったんでしょ?じゃあ俺、先輩と見合いしたと思ってたから、初夜をしたってことなんじゃないんですか?」
  説明に困るとは、まさにこの事。カオルは自分の顔がどんどん赤くなるのを感じていた。
「いや、ユキヤ・・・あの、初夜っていうのはそういう事じゃなくて。俺たちが同じ部屋で布団を並べて寝たのは、そういうなんか名前があることではなく・・・」
 うんうんと肯きながら、ユキヤがカオルを見る。その間もカオルの頭の中には「ユキヤと初夜」の文字がぐるぐるとまわっていた。
「とにかく、それはずっと先の話だから、また今度ってことに・・・しない?」
 苦笑いでカオルが呟く。ユキヤはそんなカオルを見ると、不思議そうに目を丸くした。
「なんか、先輩とても疲れてるようなんですけど、そんなに疲れるモノなんですか。初夜って?」
「あー・・うー。疲れる・・・?まぁ、疲れたりも・・・するんじゃないかなぁ?」
  カオルの目が渦を巻くように回ってくる。想像しては行けない域に自分の想像力が及んでしまいそう。そのきわどい部分で、カオルはぐっとこらえていた。
「先輩はしたことあるんですか?初夜」
 どっかーん!!と音が聞こえそうなほど、カオルの頭が噴火する。もはや、なにも言えずにカオルはユキヤを見つめてしまった。
「先輩?」
 オーバーヒートという言葉がぴったり来るようなカオル。ユキヤは自分を見つめて動かなくなってしまったカオルを、じっと見返した。
「・・・そういうことは、本当に好きな人とじゃなきゃしちゃいけないの」
  ぼそっとカオルが呟く。呟きながら自分でも、今時古風な・・と思った。
 ユキヤは、恥ずかしそうに呟いたカオルの横顔を見ている。そして、カオルが何も言わないのを見ると、微笑んで言った。
「じゃあ、先輩。いつか俺と初夜しましょうね」
 !?
 カオルが首も折れよとばかりに、隣のユキヤを勢い良く見る。
「だって俺、姉さんたちに『先輩と見合いした』って言っちゃったんです」
  がっちょ〜〜ん!!
 顎が2メートル程下へ落ちた、とカオルは思った。
「で、これ、姉さんたちから先輩にって・・・」
 一通の封筒。カオルはおそるおそる、その封を解いた。カサコソ。
『責任とってね』
 一言が目に痛い。何も・・・何もしてないのに・・・とカオルは思った。
「絶対にしましょうね」
 にこ。微笑みが痛い。
 カオルは返事に窮し、思わず呟いた。
「で・・でも、モノには順序ってもんが・・・」
「最初はなんなんですか?」
 あっさりとユキヤが聞き返す。
「まぁ・・・手を握ったり、ぎゅって抱きしめたり、キス・・・したり・・・」
「キス?」
 おいおいまさか、キスも知らんのかい?とカオルが思う。しかしユキヤは本当に知らないようで、きょとんとした顔でカオルを見ていた。
「どうするんですか?」
「どっ・・どっ・・どうするって・・・・」
 どぎまぎどぎまぎ
 慌てふためくカオル。その時、ずっとユキヤと手を握っていたという事実にも気がついて、さらにドキドキした。
「目を、つぶって・・・それで、口と口を・・・」
「こうですか?」
 ユキヤが目を閉じる。思った以上に睫毛が長かった。
「え?あ?・・・えっ?」
−これって、これって・・・今するの??
 思わず周りをきょろきょろと見まわす。幸か不幸か、怪しげな客室常務員以外に、二人に気を払っているものはいなかった。
 ユキヤは目を閉じて、何かが起こるのを待っている。カオルは手のひらに、じんわりと変な汗が浮かぶのを感じた。
 そっと顔を寄せる。
 きめの細かいユキヤの肌。息遣いを感じるほど顔を寄せてから、カオルはぎゅっと自分の目を閉じた。
 ちゅ。
 鳥の羽のように、触れるだけの短いキス。
 すぐに顔を離すと、ユキヤがぱっちりとした目を開けた。二人の視線がぶつかる。
 瞬時に赤くなるユキヤの顔。それにつられて、カオルの顔も爆発しそうに赤くなった。
 二人して膝に手を置いて、もじもじと言葉を捜す。
−キス・・・しちゃったぁ・・・。
 突然ふってきた出来事が、段々と現実味を帯びてくる。カオルの目にじんわりと涙が浮かんだ。
−う・・・嬉しいかも知れない・・・・。
 突然、ほろほろと涙が零れる。ユキヤがそれに驚いたのか、カオルの腕を掴んだ。
「どっ・・どうしたんですか!?先輩!?」
「うっ・・嬉しいよう・・・・。ユキヤぁ」
 一度零れ出すと、とどまることを知らない涙が溢れつづける。ユキヤはハンカチを出すと、おろおろとそれをカオルに差し出す。
 カオルの涙は、それからしばらく止まらなかった。

 さあて、学園に帰ったら新学期。

 やっと、春らしい・・・かな?