未成年の主張 第一部−第三話
乙姫 静香
ここは某県某市にある東月学園(とうげつがくえん)。中高一貫教育で知られる名門男子校である。国立私立を問わず、有名大学への進学率も高く、全国から優秀な生徒が集まることでも知られている。しかし学校の中は、そんな表の澄ました顔とは違って、どちらかというとのんびりのほほんとした雰囲気であることはあまり知られていない。
生徒会室。今日も生徒会役員であるカオルとユキヤは居残って掃除をしていた。
学年末テストも終わり、残すは終業式だけである。もちろん寮生であるユキヤは、春休みになれば実家に帰ってしまう。それがカオルの心をちょっとブルーにした。
箒を片手に、カオルが窓の外を見る。ほおっとため息をつくと、ユキヤがそんなカオルに並んで窓辺にやって来た。
「どうしたんですか?カオル先輩。ため息なんかついて・・・」
ため息の元凶は、自分からカオルを煽るような発言をするわりに、自覚は全くないらしい。
「いや、別に・・・なんでもない」
「そうですか?なんか、元気ないみたいですよ」
自分の変化に気付いてくれてるということが、ちょっとカオルの気持ちをくすぐる。パイプ椅子を引いてカオルが座ると、ユキヤが横に立ったまま、ため息交じりに呟いた。
「俺はちょっと、元気ないです」
「どうかしたのか?」
下から見ても可愛いなぁと、変なことに感心しながらカオルが返すと、ユキヤは両手で箒をきゅっと握ってカオルを見た。
「だって、カオル先輩。春になったら高等部に行っちゃうでしょ?」
「ま・・・まぁ、今、中3だからな」
「学年末テストも、カオル先輩なら成績が悪いってこともないし・・・」
「まぁ、留年ってことは無いと思うけど・・・」
ユキヤは何を言いたいのだろうと、カオルが首をかしげる。すると、ユキヤが窓の外を眺めながら、再びため息を漏らした。
「高等部と中等部って、どうして校舎が違うんでしょうねぇ?」
−も・・・もしかして、俺と違う校舎になることが悲しい??いや、そんな嬉しいことがあっていいものか・・・。だまされるなカオル!!
前回、前々回と連続して食らった肩透かしに、疑心暗鬼気味のカオル。
「俺、カオル先輩と違う校舎・・・さみしいなぁ。今までは、教室移動の時にばったり会うこととかあったけど、これからはそんなことも無くなっちゃうのかなぁ?」
−ビンゴ!!!!
前回踊りきれなかった心の中のカオルがラテンダンサーとなって復活。サンバにルンバな世界を繰り広げはじめる。
「そ・・・そんなに、さみしい・・・のか?」
途端にクールな先輩を気取ってしまう。今日はなんか良いことが有りそうな気がするぞ。ちっ!新聞の星占いでも見てくればよかった。押せばいいのか引けばいいのか、分からん!?
「さみしいですよう。あ〜あ。先輩と同じ学年だったら良かったのになぁ」
そこまで思ってくれているとは、まさに先輩冥利に尽きる。ラテンダンサーのマラカスが炸裂した。しゃかしゃかしゃかしゃか。
「そうしたら、一緒の遠足でしょ、一緒の修学旅行でしょ、定期テストも範囲とか同じだから一緒に勉強できたし・・・。一緒づくめだったのになぁ」
くらっ、めまい。そうか、同じ学年だったらそんなにも楽しげな生活が待っているのか。一緒づくめ。すごくいい響きだぞ。お弁当とか取り替えちゃったりするのか?(注:寮生のユキヤは学食です)理科の実験も一緒なら、体育の着替えとかも一緒か?う・・・魅惑的。
しかし所詮は一つ上だしなぁ。年ばっかりは変えようがない・・・。
・・・・留年?
いやいやいやいや、危険な考えはやめよう。学年末テスト気合入れちまったから、もう無理だ。成績は変えようもない。出席率だって問題無いし。生徒会なんかやってるから先生の受けとかも良かったりするし・・・。
あ、でも、カンニングしたとか言えば?
なななななななななっ、危険思想だ。待てっ、落ち着けカオル!!道を踏み外してどうする。退学になったら元も子もないぞ。どのくらいなら留年くらいでとどまれるのか・・・?ちょっと待て、それ以前に本気で留年する気か、俺?
「・・ぱい。・・・カオル先輩?」
「え?あ、なんだ?」
「どうしたんですか?頭かきむしって。頭痛いんですか?」
「いや・・・大丈夫だ。なんでもないから」
心配げなユキヤの顔のどアップに、どぎまぎするカオル。近くで見ても、まったくシミひとつないすべすべの肌。さらさらの髪が、今にも石鹸の香りを放つような気さえする。
「でも、先輩でも体育祭とかで同じ色になる可能性とかあるんですもんね。校舎だって隣りだし。何よりも俺、上に姉しかいないから、同じ年じゃなく、年上の先輩がやっぱり好きです」
にこ。眩しい笑顔でユキヤがカオルを見る。瞬時にして、先輩で良かったと思いなおした。
「それで、先輩が高等部に行っちゃうから、俺プレゼント持ってきたんです」
「そんな、生徒会室ではまた会うんだから、そんなに気ぃ使ってくれなくてもいいのに・・」
口ではそう言いながらも、カオルの顔には『嬉しい』の文字。ユキヤはポケットをごそごそとさぐると、赤いリボンのかけられた小さな箱を取り出した。何故か、ホワイトデーのラッピングで。
「これ、なんかお店の人が綺麗にしてくれたんですけど、ホワイトデーってなんなんですかね?お年寄りにあげるとでも思われたのかなぁ?」
案の定、ユキヤはバレンタインデーもホワイトデーも知らないらしい。期待しなくて良かった・・・。しかし、年寄りにあげると誤解されるものって・・・まさか・・・?
「はい。高等部進学おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
カタカタと振ってみる。それだけで、カオルには中身が分かった。
「・・・・・・・・・・救・・・心・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「すごいですね!なんで分かったんですか!?」
わからいでか・・・・。カオルが心の中で呟く。もしやユキヤの頭の中には救心が詰まってるんではないだろうかと疑いさえした。(そして作者は版権(?)を恐れた)
「なんか先輩、最近いつもどきどきしてるみたいだから、これが一番かなって思って。気に・・・いりませんでした?」
「そんなことない。どうもありがとうユキヤ。嬉しいよ」
精いっぱいの微笑みで、カオルが返す。ちょっと心の中が再びブルーになってきたが、ユキヤが自分の笑顔にほっとしたように微笑むのを見て、いいのさこれで・・・とひとりごちた。
「よかったぁ。先輩にはいつも元気でいて欲しいんです。先輩が元気ないと俺も悲しいです」
分かって言ってないんだよなぁ、これが・・・とカオルは思う。もうあきらめるのにも慣れたように、カオルが椅子から立ち上がると、ユキヤが続けて言った。
「そういえば、カオル先輩は実家からの通いですよね」
「あぁ。そうだけど?」
「春休みとか、予定ありますか?」
「いや、別になにもまだ考えてないけど・・・」
すると、にこっといつもの天使の笑顔を見せて、ユキヤがカオルに言った。
「じゃあ、俺の実家に遊びに来ませんか?」
「え?」
春・・・実はそんなの遠くないのか?