***Men's matter, Boys' matter.***
ピ〜〜〜〜ッ
のんびりと、キヌサヤの筋を剥く。あまりにも意識が飛びきったジョーの様子に、筋取りを頼んだシンの方が心配して、チラチラとジョーに視線を投げた。
プチ。ピ〜〜〜〜ッ
「はぁ・・・」
今度はため息までついている。さすがにシンも耐えかねて口を開いた。
「ねぇ、ジョーくん。どうかしたの?」
「へ?」
シンの方に半開きの目を向けながら、ジョーがキレのない声で返事をする。シンはそんなジョーの様子に、益々心配そうに言った。
「ね、ジョーくん最近帰りが遅いけど、友達でも出来た?それならいいんだけど・・・」
「え?どういうこと?」
普通の親なら、友達と遅くまで出歩くなんて怒りそうなのにと、ジョーは思う。しかし、シンはキヌサヤの筋を取りながら、母のような顔で言った。
「だって、まだ日本に来て間もないし、ウィルはあんな感じだし。ジョーくんが自分の悩みを話せる友達が出来てるんだったら、多少帰りが遅くってもその方がいいかなって思って」
瞬間、ジョーはじっとシンを見つめる。そう考えてくれてるってことは、シンは自分のことを信じてくれているってこと。そのことがとても嬉しかった。
そんな一方で、ちょっと胸が痛む。最近帰りが遅いのは、まさに大澤のあとをつけているからで、決して友達と親交を深めているわけではない。悩みを打ち明けられるような友達も、まだ日本にはいなかった。
そもそも、こんな悩みを打ち明けられる友達なんて、どこにいるっていうんだ?理解の無い相手に話したら、明らかに引かれる。気になるサラリーマンのあとを付け回してますだなんて、絶対に誰にも言えない。しかも、昨夜はそいつの夢まで・・・。
「はぁ〜っ」
昨夜の夢を思い出し、大きくため息をつく。どうして、自分が大澤とキスしたりしなくちゃいけないんだよ!映画の所為だと思いたい。いや、絶対にそうだって!
「シンさん、あのさ・・・」
「なに?」
ジョーが一人で身悶えしている前で、シンは淡々とキヌサヤの筋を取っている。顔をあげると、小首をかしげて微笑んだ。
そうだ。悩みを相談するなら、うってつけの人が目の前にいるじゃないか。絶対に引かないし、経験からモノを語ってくれそうな人が。
「ちょっと、真剣な質問をしてもいい?」
「真剣な質問?なにかしら」
ジョーの真面目な表情に、シンはどこかワクワクしながら答える。ジョーは手に持っていたキヌサヤをボールの中に入れると、両手を膝の上に置いてシンを見つめた。
「シンさんは、えっと・・・ノンケじゃないんだよね?」
すると、シンは一瞬目を丸くし、その後すぐに笑いをこらえるような顔をして見せた。
「そうね、ノンケじゃないっていうか、男の方しかダメね。アタシの場合、心が女だから」
あ、そうか。シンの場合は外見はともかく、基本的に女なわけで、とすると自分とは違うのかな・・・。
「だから、小さいときから好きになるのは男の子だったし、男の子の遊びよりは女の子の遊びの方が好きだったのよね」
「ふぅ〜ん」
コクコクと真剣な顔で肯くジョー。自分の場合は、そういう点では男なわけで、となるとこれはどう考えればいいんだ?
「じゃあさ、その・・・男を好きになった時に、『あれ?』って思わなかった?」
「『あれ?』って・・・どういうこと?」
「う〜んと、なんて言ったらいいのかなぁ。『あれ?なんでコイツなの?』って意味なんだけど・・・」
視線を回し眉間に皺をよせながら、それでも一生懸命にジョーが考える。シンはジョーの言いたいことをなんとなく理解した上で、小さく息をついた。
「ねぇ、ジョーくん」
「ん?」
まっすぐにシンを見るジョー。その素直さに、シンはここ数日ジョーがおかしかった理由に勘付いた。
“コイツ”に会ってしまったのだろう。ジョーは、この日本で・・・。
「アタシは男しか好きになったことがないから、上手く言えないけど、好きになる理由に男とか女とかは、関係ないんじゃないかって思うのよ。もっと何か他のところで惹かれるものがあれば、それが“好き”でいいんじゃないかって。男だから好きになるとか、女だから好きになる・・・じゃなくて、その人だから好きになる。アタシは、悩んだ末にそう思うことにしたの」
ジョーは瞬きすることすら忘れて、シンの話を真剣に聞いている。
「確かに、ある程度の年齢になった時にね、女の子を好きにならない自分に『おかしいのかな?』って思ったわ。でも、好きなものは好きなんだもの。そこに嘘がつけないってことは、自分が一番よく分かってるから・・・」
嘘。その言葉に、ジョーが口をへの字に結ぶ。
好き・・・なんだろうか?大澤のことが気になって、会社まで行ったりしているけど、これは本当に恋なんだろうか?
嫌いじゃないってことはよく分かってる。でも、これが果たして好きといえるものなのかどうか、それが分からなかった。
「そっか・・・。じゃあさ、もうひとつ質問なんだけど・・・いい?」
ジョーは、まだ頭の中でまとまりきらない何かを抱えているようで、少し目を伏せながら口を開く。シンは微笑んで肯くと、片手でキヌサヤを手に取った。
「シンさんはさ、どんな時に『好き』って気持ちを自覚した?」
言い切って、じっとシンを見つめるジョー。シンは、プチっとキヌサヤの端を折ったまま、しばらく動けずにジョーを見返す。「もしかして、初恋?」と、言いかけた言葉をグッと飲み込んだ。以前の反応からして、ジョーはきっと、それを悟られたくはないのだろうと思ったから。
「・・・そうね、その時々に違ったから、一概にコレとは言えないけど・・・」
ツツっと、指ではキヌサヤの筋を剥く。ジョーは、肩に力を入れたまま、さらにじっとシンを見つめた。
「一番分かりやすかったのは、泣けちゃったとき・・・かな」
***Men's matter, Boys' matter.***
益々、分からない。
泣く?なんで?付き合ってるわけでもないし、クソ親父の別れ際みたいにドロドロの状態になったわけでもないのに、泣くなんてことありえない。ということは、大澤のことを好きってわけじゃないのかな?
そのくせ、今日も後をつけてこんなところまで来てしまったけれど・・・。
今日は電車で振り切られることも無く、しっかりばっちり大澤の8m後ろをついて歩いてる。それにしても・・・。
ここは・・・どこ?駅からそんなに遠く離れてないから、はぐれても家に帰れないことはないと思うけど、さすがに初めて来る場所は緊張する。しかも、なんだか妙な感じが・・・。
ふと立ち止まる大澤。視線を一度周りに向けたところをみると、どうやら待ち合わせをしているらしい。そこでジョーも、首を伸ばせば大澤が見える距離で立ち止まる。一応、物陰に隠れるような感じで・・・。
それからしばらくの間、ジョーはそこに立ったまま、時折首を伸ばしては、大澤がそこにいることを確認した。冷静に周りを見回してみると、やはり感じる違和感。なんだろう、なにが気になるんだろう?とジョーが思ったとき、大澤のいる逆の方向に、人の気配を感じた。
振り返ると、相手はジョーのすぐ傍に立っていた。スーツ姿のサラリーマンのようである。歳は、30代半ばくらいだろうか。その相手は上から下まで、ジョーのことを舐めるように見つめた後で、なぜか偉そうな態度で言った。
「待ち合わせ?」
「え?」
なんだコイツ、と思う。日本では、見知らぬ人にいきなり間近で声をかけられることがなかっただけに、ジョーも少し驚いた。
「誰か、待ってるの?」
なんでそんなことを聞いてくるんだろう?と、ジョーはさらに不思議に思う。ここに立ってちゃいけないことでもあるんだろうか?
「いえ、そういうわけじゃ・・・」
ニヤニヤと笑う相手に、不快感が募る。コイツはなにがそんなに面白いんだろう?と、またもやジョーは心の中で思った。すると、次の瞬間、そのサラリーマンが耳を疑うようなセリフを吐いた。
「じゃあ、いくら?」
・・・・・・。
頭の中が真っ白になるとは、こういうことを言うのだろうか?ジョーは、目と口を開いたまま、何を言うこともできずに相手を見つめた。
いくらって、いくらって・・・How much?ってことだよな?しかも、その値段って・・・俺・・・のコト?
「君だったら、ちょっと色つけてもいいよ。ホテル代も持つしさ。ちゃんと・・・」
それから、ベラベラと男は話し続けていたが、ジョーの耳は途中から拒絶をし始める。言ってる意味は分かるような気はしたが、耳が理解することを拒否した。
「え・・・ちょ・・・っと、俺、あの・・・そういうんじゃ・・・」
「え?違うの?」
ジョーが両手を前で振りながら、かろうじて搾り出した言葉。しかし、男はジョーがウリのために立っているんじゃないと分かってなお、下心の見える顔で言った。
「でもさ、こんなトコロにいるくらいだから、興味とかあるんでしょ?だったら、手伝ってやるよ。優しいよ、俺」
手伝う?一体何を?言わんとすることは分かるものの、背筋をかけあがってくるのは嫌悪感。しかも、その嫌悪感は、男に手首を掴まれた時にピークを迎えた。
「な、いいだろ。初めてなんだったら5万出してもいいよ」
「No way! I'm NOT a hooker!(ふざけんな!ウリじゃねぇって!)」
咄嗟に飛び出したのは、そんな英語。そのことに相手は一瞬ひるんだものの、誰よりもジョーがそのことに一番驚いていた。
「へぇ〜、なに、帰国子女?すげぇな、ってことはさ、あの時の声も、英語になるわけ?」
間髪入れずに、男が目を細める。何を考えているかが分かるだけに、余計に腹が立った。
「よしっ!10万出す!初めてなんだろ?がっかりさせねぇからさ・・・」
男が本気なのは、手首に込められた力が強くなったことで分かった。力強く引っ張られ、ジョーが脚を踏ん張って耐える。腹は立ったものの、それ以上に、大澤にこの騒ぎを見られることの方が怖かった。
「俺は違うんだって!」
出来るだけ声を小さくして相手に叫ぶ。もめればもめるほどに、大澤にばれるんじゃないかと、ドキドキした。
引っ張られまいと頑張っているうちに、二人で揉みあいになる。どうか、大澤がこっちを見ていませんようにと祈るような気持ちでジョーが思っていると、そんな二人の元に気の抜けた声が聞こえてきた。
「あれぇ、タロちゃん?」
聞いたことも無い、若い男の声。ジョーは振り返ることも出来ずに、男の手を必死に離そうとしていた。
「ちょっともう、探したんだからね〜!こんなトコで何してんのさ」
声が近づいて、次の瞬間、背中に感じる温もりと重み。自分の背中に飛びつかれたことにジョーが気付いたのは、それから数秒してからのことだった。
「おっさん。俺のカレシに何すんだよ。とっとと消えな」
首の後ろから聞こえてくる声。ふわりと、コロンの香りがした。
どういう顔で背後から見られているのか、今までジョーを掴んでいた男の手から力が抜ける。そして、軽く舌打ちすると、男はジョーに背を向けて歩いていった。
トン
背中が軽くなり、背後に人の気配。ジョーは慌てて振り返ると、そこに立っているやや小柄な少年を見つめた。
「あれ?タロちゃんじゃないじゃん」
「え?」
「ごめんごめん。マジで人違い。もしかして、俺、邪魔した?」
中学生?と疑うような華奢で幼い雰囲気。しかも、口には棒付きの飴を咥えていた。そして、ワックスで整えられたボサボサの髪は、赤ワインのような色。
「え、いや。どうもありがとう。困ってたんだ」
ジョーは素直に微笑むと、その少年に頭を下げる。すると、彼は飴をチュパっと口から取り出して言った。
「あ、日本語も上手いんじゃん。益々タロちゃんに似てるなぁ」
顔全体でニカっと笑い、彼は楽しそうにジョーの事をマジマジと見つめる。よくみると、制服らしきブレザーを着ている。
「タロちゃん?」
「うん。俺の友達。俺、フラフラしてっから、いっつも迷子になるんだよな。で、タロちゃんともはぐれちゃってさ。まぁ、行き先は決まってるからいいんだけどさ」
そういえばさっき、俺のカレシって言ってたっけ。カレシってことは、この子・・・。
「ねぇねぇ、お兄さんハーフ?タロちゃんと似てるって思ったのは、その所為かな?」
屈託のない笑顔で話し続ける彼。ジョーも、まるで出会ったばかりとは思えないような気分で返した。
「へぇ、そのタロちゃんはハーフなの?」
「うん。でも、タロちゃんはそれ言うといやがるから、本人いるところでは禁句なんだけどね」
ふぅ〜ん。なんだか、その気持ちは分かる。自分もいちいちハーフってこと持ち出されたらイヤだしな、とジョーは思った。あ、正確にはクウォーターだけど。
と、まだ会ったことも無い“タロちゃん”に感じる、妙な親近感。すると、そのタイミングを待っていたかのように、またもや背後から声がした。
「おい、ラビ」
今度は『どこのオヤジだ?』って位に低い声。振り返ると、自分よりもはるかに背が高く、がっしりとした体型の男が立っていた。短くこざっぱりとまとめられた髪は淡い栗色。まさか、これが・・・?
「タロちゃん!」
ラビと呼ばれた少年が、喜び勇んでタロちゃんに飛びつく。大木に張り付くセミのようになりながら、ラビは嬉しそうに叫んだ。
「んも〜!タロちゃんいなくなるから、俺心配したんだかんね〜!」
「バカも休み休み言え。いなくなったのはお前で、心配したのも俺だ」
仏頂面。このことをそう言うのだろうかと思うほど、笑みのない顔。確かに、言われて見ればハーフという感じがする。しかし、だからと言って、自分と間違えられるような似た要素は、あまり感じられなかった。どうして、これと自分を見間違えるんだ?
ポカーンと、再会を喜ぶ二人を見つめるジョー。すると、タロちゃんの方がそんなジョーに気付き、張り付くラビもそのままに言った。
「もしかして、コイツを捕獲してくれてたのか?」
「え?いや・・・俺のほうが助けられて・・・」
「お兄さんったら、ウリと間違えられて買われそうになっちゃってたんだよね〜」
やっぱり、間違えたふりして助けてくれたのかな?だって、どうみてもタロちゃんと俺は似てないし・・・。しかも、タロちゃんの方が顔の彫りの深さからいっても、あからさまにハーフな気が・・・。
「『お兄さん』って・・・なんだ、ラビよりも年上なのか?じゃあ、俺よりも年上ってことだな」
えっ?そんなバカな!ラビは中学生に見えるし、タロちゃんは制服着てなかったら社会人に見えるぞ。いや、社会人ってよりも軍人か?一体いくつなんだよ?
「え、ちょっと待って。俺、16なんだけど・・・」
思わず二人を制して呟く。すると、二人は一瞬固まった後に、静かに肯いた。
「タロちゃんと同い年か〜」
えええっ!?表に出しちゃいけないけど、心の中で叫ばずにはいられない。こんなにガタイがよくて、落ち着いた16歳なんか見たこと無いぞ!
「で、俺の一個下〜!」
えええええっ!?さらに表には出せないけど、やっぱり心の中で叫んでしまう。まさか、ラビが年上だったとは・・・。
そしてジョーは、二人が自分にしたように、静かに肯いてみせる。下手なことは、言わない方がいいだろうと思った。きっとそれは、お互いに。
「で、名前なんてーの?俺はラビ。こっちはタロちゃんこと太郎くん」
「あ、俺はジョー」
そして、ラビと二人でただ微笑み合う。すると、太郎が携帯の時間を見て言った。
「おい、そろそろ行くぞ。着替えないとやばいだろう」
「そだね〜。じゃあ行こうか。ジョーはどこ行くの?」
「え?」
聞かれて初めて、自分が大澤の後をつけていたことを思い出す。勢いよく大澤のいた方をふりかえったが、そこに大澤の姿は無かった。
今日も結局見失ってしまった。いや、後をつけてどうするつもりかなんて自分にも分からない。ただ、大澤の事をもっと知りたかっただけで・・・。
「誰か、目当ての人がいるの〜?」
見て分からない人がいないほどに、ガックリと肩を落とし落胆するジョーの顔を、ラビが覗き込む。
ジョーは、肯いていいのかも分からずに、顔をあげてラビと太郎を交互に見た。
「目当てっていうか・・・ちょっと、知ってる人が・・・」
すると、ラビが飴をチュルリと舐めた後、驚くべきセリフを吐いた。
「さっき、あそこにいたイチローちゃん?」
周りからすればバレバレの行動も、ジョー自身に自覚は無いらしい。イチローってことは明らかに大澤を指している。ジョーは一縷の望みをかける気持ちでラビに聞いた。
「えっ?・・・知り合い?」
しかし、ラビは飴を口から取り出すと、指先で飴の棒を振りながら、あっさりと答えた。
「ううん、知らない」
これまた分かり易く肩を落とすジョー。しかし、次に来た言葉に、俯きかけた顔が上げられた。
「でも、何度か見かけたことはあるよ。ね、タロちゃん?」
「そうだな。俺も前に、イチローに似てるって思ったことがあるからな」
「本当に!?」
今日こそは見失わないかもしれない。そんな希望の光が、ジョーの胸に差し込む。目に期待の二文字を浮かべながら二人を見るジョーに、ラビは舐めていた飴をガリっと噛むと、ちょっとお兄さんな笑顔を浮かべて言った。
「探すの、手伝ったげようか?」
***Men's matter, Boys' matter.***
さて、新キャラのラビと太郎ちゃんです。
やっとこさ出せました。よかったよかった。
そして、ヨッさんとジョーの出会いまであと少し♪
しかしヨッさん、少しは気づけよ、つけられてるってことに・・・(^^;)