***Men's matter, Boys' matter.***



 自分でも、何をしてるんだろう・・・と思う。
 ジョーが立っているのは、大澤の会社の前。仕事を終えて、帰宅の途につくスーツ姿がポツポツと通り過ぎていく。前に立って見上げると、結構大きなビルだった。
 一階にはコンビニも入ってるし、ちょっとそこまでは行けそうな感じがする。ジョーはポケットに手を入れたまま、受付けの前をウロウロとした。
 こんなトコロに居たって、会える訳なんかない。大きな会社なら尚更だ。かといって、呼び出すなんて出来るわけない。向こうはこっちのことなんか、知らないんだから。
 知らない?・・・・そうか、そうだよな。知らないんだから、見られたって大丈夫なんだ。それなら・・・。
「あの、すみません」
 心臓がバクバクと鳴っている。ジョーは受付嬢に話しかけながら、ポケットの中の名刺をぎゅっと握り締めた。
「はい」
 にこやかに答える受付嬢。ジョーは大きく息を吸い込んで、一気に言った。
「第一編集部の大澤芳之さんはいらっしゃいますでしょうか・・・」
「第一編集部の大澤ですね。失礼ですが、お客様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
 うわ、来たっ!と思う。落ちつけ、落ちつけ。
「親戚の・・・大澤です。ちょっとそこまで来たもので」
 親戚なら、同じ名字でも変じゃない筈。緊張を悟られないようにジョーが無理に微笑むと、受付嬢も内線電話をかけながら微笑み返してきた。
「はい・・・はい。かしこまりました。・・・・・あの、大澤ですが」
「はい」
 受話器を置いた受付嬢が、立ち上がってジョーの後ろに視線を投げる。ジョーは受付嬢の指し示す方向を見ながら、キビキビと返事をした。
「たったいま退社したそうですので、間もなくそちらから・・・・あ、来ましたね」
 その言葉通り、透明のエレベーターの中にはスーツ姿の男性が一人。ありがたいことに、周りはすべて女性だった。
「あ、ありがとうございます」
 ジョーはペコッと頭を下げ、その場を去る。ゆっくりと追いかけるようにエレベーターを降りた大澤を追うと、そのままビルを出た。
「お疲れー」
 同僚らしき女性に声をかけ、大澤は歩き出す。ジョーはどこかで顔を見るタイミングがないかと、距離を測りながら後をつけた。
 と、その時、一人になった大澤を待っていたように、飛び出す影がひとつ。大澤が立ち止まり、思わずジョーも立ち止まった。
「大澤くん、こんばんは」
「岡本係長!・・・こんばんは、どうしたんですか?」
 大澤の驚きは声から分かる。係長といっても、こうして会社の外で待ってるのだから、他の会社の人なのかな?とジョーは思った。
「実は、例のパーティのことなんだけど・・・」
「あぁ、はい。どうですか?」
 通り過ぎる車の音で、声が聞きづらい。ジョーは陰に隠れながらも耳をすました。
「決心がついたよ。君の言うように、彼に恋人が出来れば・・・・あきらめられるかもしれないし・・・」
「じゃあ、営業の一ノ蔵さんも呼んでいただけるんですか?」
「ちゃんと来るかどうかは分からないけど、声はかけるよ・・・」
 話せば話すほど沈んでいく岡本の声。ジョーは話の中身が全く分からずに首を傾げた。
「ありがとうございます。ご協力、本当に感謝します」
「本当は、協力したくないんだけど・・・・・」
 ボソボソと呟く岡本。すると、大澤がそんな岡本の肩を叩いて言った。
「元気だしてくださいよ。岡本さんだって、これから結婚して幸せになるんですから」
 すると、突然無言になる岡本。ジョーが聞こえないだけかと思って覗き込むと、岡本は大澤の胸に突っ伏して泣いていた。
「うっ・・・・うう、一ノ蔵くん・・・・・・・ふえ」
 な・・・なんなんだ?
 ジョーは眉間に皺を寄せて、奇妙な光景を見つめている。大澤は泣き出した岡本の背中を、少々戸惑いながらもポンポンと撫でていた。
「ぼっ・・・僕は、本当に・・・好きだったんだよ・・・っ・・・えっ・・・・」
「分かってますよ」
 事情を知らないジョーでも引いてしまいそうな状況ながら、大澤は優しく岡本の背を撫で続けている。
「・・・そうでなきゃ、相手の幸せなんか願えませんって・・・」
 撫で続ける手はそのままに、どこか遠くを見ながら呟く大澤。
 そして、やっぱり状況は分からないながらも、ジョーは大澤の声の響きにじっと耳を傾けていた。




***Men's matter, Boys' matter.***



 それにしても、困った。
 後をつけるのはいいけれど、どこかで前に行かなければ顔を見ることができない。しかし、相手の顔を見るということは、イコール相手に顔を見せるということになるわけで。
 別に見られたところで、向こうはジョーのことなど覚えてないからいいのだけど、そこは会社からつけ続けたという後ろめたさからか、どうにも思い切りがつかないでいた。
 でも、ここまで来たからには顔を見たい。あの声が、あの言葉が、どんな表情と共に出されるのかと気になって仕方がなかったのだ。
 岡本とはすでに別れている。駅に向かって歩いていると思われた大澤だが、駅近くの交差点で立ち止まると、携帯を取り出し・・・・・・振り返った。
 うわっ!・・・まだしっかりと見る前から、目をつぶりそうな位の緊張。
 振り返った大澤の顔は・・・・。
「・・・・・・イチロー・・・?」
 と、思わずジョーが呟いてしまうような感じだった。日本人的な、シャープな顔立ち。黒目がちで切れ長の目。意思の強そうな眉が、キッと左右に伸びていた。
「あ、俺」
 大澤は携帯に向かって話し出す。
「アイツは?あぁ、そうか・・・・締め切り前だって言ってたな。ま、いいや」
 誰と話しているのか、とてもくだけた感じである。明らかに、プライベートの顔であった。
「メシあんのか?じゃあ今から行くわ」
 ご飯を食べに行くほどの仲である。さぞや親しいのであろう・・・とジョーは思った。もしかして、彼女かな?・・・とも。
 そうか・・・彼女、居てもおかしくないよな・・・。
 人の好みはあると思うけど、別に不細工でもなんでもないし、背だって高くてモテそうな感じだ。いや、きっとモテるに違いない。ただ、なんとなく・・・だけど。

 うん。本当に、ただ、なんとなく・・・だけど。




***Men's matter, Boys' matter.***



 「ただいまー」
 結局、一目見ただけで帰ってきてしまった。地下鉄に乗るまでを追いかけたものの、見失ってしまったのだ。
 正直なところ、予想していた顔とは微妙に違っていた。もっと、甘くやわらかい感じの顔だと思っていたのだ。しかし、本当の顔を知った今でも、ジョーの心の中に芽生えた興味の種は消えず、むしろさらに成長しているかのように、ジョーの胸を締めつけた。
「おかえりなさい。遅かったわねぇ」
「うん。ごめん、電話しようと思ったんだけど・・・」
 靴を脱いで玄関をあがると、奥からシンがエプロン姿で現れた。時計を見ると、すでに9時近くになっている。
「そうか、ジョーくんって携帯持ってないのよね。買う予定はあるの?」
 携帯。そういえばこっちではみんなが持ってるようだ。大澤も持っていたし・・・。
「ううん。特に、無いけど・・・」
 答えながら、なんとなく大澤が電話中に見せた表情を思い出す。きっとあれは、選ばれた者にだけ見せる、くだけた笑顔。俺と話すとしたら、どんな顔で・・・。
「うわっ!」
「なにっ!?どうしたの!?」
 突然立ち止まって叫ぶジョーに、シンも一緒に立ち止まり、目を丸くする。ジョーは自分をじっと見つめてくるシンに引きつった笑顔をみせると、居間のドアを開けて言った。
「な・・・なんでもない。夕飯、まだ残ってる?ごめんね、遅くなって」
 思わず想像した、自分と話している大澤の姿。もちろん、表情はあのフレンドリーバージョンで。
「もちろんあるけど・・・どうしたの?大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!あ、俺ちょっと、鞄部屋に置いてくるね」
 心配そうなシンにそれだけを告げ、ジョーはそそくさと自分の部屋に入る。大好きな畳の感触を足の裏に感じると、荷物を置いてその場に座り込んだ。
 なんなんだ・・・?
 自分でも理由の分からない胸騒ぎ。変な妄想癖なんか無かったはずだぞ。それとも、まだ慣れない日本で、知らない人間に会ったからだろうか?
 ・・・・・・・・・。
 さっさと飯食って、風呂入って寝よう。うん。それがいい。
 考えない。考えちゃダメ。考えるなッツーの!
 自分でも、なにを振り切ろうとしているのか分からない。ジョーは両手で自分の顔をペチっと叩き、勢いよく立ち上がった。




***Men's matter, Boys' matter.***



 考えなかったら、勝手に足が向いてるし・・・。
 ジョーはアスファルトの上にしゃがみこみ、深いため息をついた。
 昨夜は、確かに何も考えずに寝た。それなのに、放課後気がつけば、こんなトコロに立ってる。なにをやってるんだと、軽く自己嫌悪。
 目の前にあるのは一八出版。大澤の会社だった。
 まだ退社時間には早いのか、昨日よりも人の動きが少ないような気がする。ジョーはとりあえず中のコンビニにでも行こうかと、入り口の自動ドアと抜け・・・・
「!」
 ようとしたところで立ち止まる。まさに昨日のように、大澤がエレベーターから降りてきたからだ。
 慌ててビルの外に出て、木の陰に隠れる。そろりと覗き見ると、大澤はビルの外で待つスーツ姿の男に軽く手を振った。
「よ、待たせたな」
 友達のような口調でありながら、どこか大澤の表情が冴えないように見えるのは気のせいだろうか?ジョーがそのまま身を隠していると、ちょうどジョーが隠れている木の傍に、二人は歩いてきた(←都合良過ぎだし・・・)。
「芳之・・・久しぶり」
 しみじみと語る男に、大澤は「あぁ」とも「うん」ともつかない声で答える。その返事までの間が、大澤の気分の下降度合を表していた。
「どうかしたのか?」
 大澤は、ベンチに腰掛けて煙草に火を点ける。ジョーには、ため息をごまかすために煙草を吸っているように思えた。
「実は・・・話があって・・・」
 大澤の隣に腰掛けながら、スーツの男がチラチラと大澤の横顔を見ている。いかにも、できる社会人風だったその男が、どこか弱々しげに感じられた。
「ヨリを戻そうってコト以外なら、聞くぞ」
 長く白い息を吐いた後、大澤がスパっと言い切る。瞬間にして翳る男の顔。大澤は全てを察したような顔で男へ視線を向けると、口端に煙草をくわえたままに続けた。
「ビーンゴー」
 大澤の口の動きにあわせて、揺れる煙草の赤い火。その小さな点を目で追いながら、ジョーは眉を寄せる。
 ヨリを戻すって・・・どういうこと?なんか、どっかで聞いたことがあるような・・・。ドラマかなんかだったっけなぁ・・・?
 男は、微動だにしなかった。それが、肯定の意思表示であるかのように。
 しかし大澤は、灰の長くなった煙草を口から離し、傍らの灰皿にそれを押しつぶした。
「お前ね、恋人と別れるたびに俺のトコ来んの、もうやめた方がいいぞ。俺の方にはもうその気はないし、 そっちだって、慰めて欲しいだけなんだろ?」
 あ、分かった。ヨリを戻すって、別れた恋人がもう一度くっつくこと。
 そう、別れた・・・・って。・・・アレ?ってことは・・・・おい。
 目の前のベンチで座っている二人を交互に見ながら、ジョーは男の視線を追う。大澤を見つめる、すがるような瞳。それはまさしく、ただのトモダチのそれとは違っていた。
 ああいう目を、ジョーは何度も見ている。父親、ウィルの元恋人たちの目だ。
 諦めと、それでもどうにかなるかもしれないという小さな望みと。傍で見ていたジョーにさえも結果の見えている勝負。きっと、当人にとっても勝敗は分かっていたに違いない。どんなにいい母親だった人も、最後にはその目をウィルに向けていた。
 どうしても好きになれなかった瞳。数々の苦い別れを思い出して、ジョーは思わず息をのんだ。
「身体でどうこうってやってっと、キリがないだろ?大体お前、本当は好きじゃないんだろ?セックス」
「でも、それ抜きじゃあ・・・続かないから・・・」
 男がやっと口を開く。すると大澤は、うーんと唸りながら、頭を指先で掻いた。
「まぁ、それを言われると俺も返す言葉が無いけどな。でも、だからっつって相手の顔色伺って無理してたら、それこそ本当にいつまでもThe onlyには会えないと思うんだけどな。どう思う?」
 視線を伏せたままの男。ジョーはまるで、自分が語られているかのように、考え込んでいた。
 たった一人の・・・相手。
「別に全てを拒絶しなくてもいいと思うし、全てを受け入れる必要もないだろ?先ずは、話し合ったのかよ」
 静かに、首を横に振る男。大澤はそんな男の背中をポンと叩き、笑顔で言った。
「じゃ、話してこいよ。この世のどこかに、絶対お前の言葉を、お前の望むように解釈してくれるヤツがいるからさ。それが、今のそいつかも知んないし。試す前から逃げんなよ」
 ズキッ。
 どうしてだか、ジョーの胸が痛む。そしてその痛みは、なんとも言えない痒さに代わりジョーの胸の奥で疼きだした。どうしても届かない場所を、虫に刺されたようなもどかしさ。
 大澤によって投げ込まれた言葉は、奥深くに眠っているジョーの一部分を呼び覚ました。
 男は、ゆるく肯いたように見えた。それを受けて、さらに、大澤が背中をポンポンと叩いている。
 ジョーは、口唇をキュッと引き締めると、静かにその場を後にした。




***Men's matter, Boys' matter.***



一部で同情票を集めている岡本係長(笑)です。
そしてお気づきの方もいらっしゃるとは思いますが
まだこの話だと、忍と珠ちゃんは出会ってないんですねー。
忍と珠ちゃんよりも、ヨッさんとジョーの方が
先に出会っているのでありました。ふふふ。