江ノ島の定食屋で、シラス丼を食べる。壁のテレビからはバラエティー番組の騒がしい音。常連客が店のおばさんと話す声をBGMに、俺たちはひたすら飯を食った。

「ふはー」
 お茶を飲みながら、そういえば時間が合わなくて昼も食べてなかったなぁと思い出す。尚也は俺よりは比較的上品に箸を揃えると、目の前でお茶を一気に飲み干した。
「うーん、つい食べ過ぎちゃったなぁ」
「美味いよね。俺、シラス丼初めて食べた」
 おばさんが新しいお茶をくれて、思わず笑みが零れる。お茶って美味しいよなぁ。日本人に生まれてよかった。
「そうなんだ。それは良かった」
 目の前の尚也が嬉しそうに微笑む。本当に、笑顔だよなぁ。怒る時ってどうなるんだろう?
「子規くん?」
「え!?」
 尚也に呼ばれて、ゆっくりと瞬きを一回。何?何が起こったの?
「見とれるほどかっこいい?」
 何かを企んでるような意味深な微笑み。これはやばい。
「ぶっ・・・みっ・・見とれてなんかないやい!ちょっと考えごとしてただけだろ!」
「ふぅ〜ん」
 ムカツク〜!何この余裕!ちょっと英語がしゃべれるからって、ちょっと年上だからって、その態度はないんじゃないの!?俺だって尚也の年になればもうちょっと育つんだからなぁ。なんせ俺はハーフの父を持つクウォーターなんだから、もしかしたらマッチョな外人体型に・・・それこそ今日会ったサムみたいになっちゃうかも知れないんだよ。ふっふっふ。今に見てろ〜!
「なににやにやしてるの?まさか、いやらしいことでも考えてるんじゃないだろうねぇ?」
「いっ!」
 思わずあげてしまった大きな声に、俺は自分の口を自分で塞ぐ。そして瞬時にこっそりどなりながら返した
「なんで俺がいやらしいこと考えなくちゃいけないんだよう!!」
「だってほら、ここら辺多いから」
 尚也は平然と言いながら、おばさんにお金を払う。おばさんにも受けがいいのか、さりげなくお釣りもらう時に手を握られていた。おばさんも若いねぇ。
「多いってなにが?」
 店を出て商店街を歩く。バイクは橋の近くに停めてあった。
「ラブホテル」
 これまた素で返されて絶句する。俺、今日のことでちょっと尚也のこと見直したりしてたのに、どうしてこいつはそういう端からそういう話を・・・。
「それはまた・・・冗談でしょうか?それともマジなんでしょうか?」
 この間のこともあって慎重に俺は聞いてみた。分からない時には聞いてみる。うん、それに限る。なんか、妙に身体が硬くなってるけどさ、俺。
「俺はいつでもマジですよ」
 のほほんと尚也が返して、俺は疑り深く更に質問。
「本気と書いてマジと読む?」
 歩きながら尚也の顔を覗き込む。
「真剣と書いてマジと読む・・・でもいいよ」
 おかしそうに笑いながら尚也が言う。俺は尚也の後ろでもんどりうちながら返答に頭を悩ませた。
 そういえば俺、尚也に聞いてみたいことだってあるし、なんか尚也のこと全然知らないし。
「あのさ・・・尚也」
「何?」
 急ぎ足で尚也の隣りに並ぶ。俺を振り返ると、尚也が俺の手を取った。
「手、繋ごう」
 う、尚也嬉しそう。確かに、マジっぽいっすよ、これ。
 でも俺もその手を振り払えないから、ちょっとは・・・マジ・・・なのかも。
「なんで、俺にプロポーズしたの?」
「したかったから」
 即答。でもそれじゃ何も分からない。
「なんでプロポーズしたかったの?」
「一緒にいたいなって思ったから」
 またもや即答。さっきよりちょっとは俺の欲しいものに近づいたかも。
「でもさ、普通お付き合いしましょう・・・ってとこからはじめるじゃん。なんでいきなり結婚だったの?」
 すると尚也、少し考えるような顔をして俺を見た。
「だって、分かりやすいでしょ。遊びじゃないってことを伝えるのに」
 言われてみればそうかも。あ、でもそう思ってしまうあたり、俺って結婚詐欺にあいやすいのかも。気をつけなければ。
「別に、一緒にいられるのであれば形なんてどうでもいいけど、それは俺の考え方であって、相手がそういう人でなかった場合『結婚しましょう』って方がより俺の言いたいことに近いっていうか・・・。好きな相手が望むなら、俺は結婚することになんら異論はない訳で・・・」
 あぁ、なるほど。なんか分かった気がする。
「だから、今日こそしようね」
「なにが『だから』なんだよう!!今までの話の何処につながってるの!?」
「ラブホテル」
 忘れかけてた単語が頭をよぎる。本当に、マジっすよ、この人!!
「本当に、本当にしたいの?」
「したい」
 こんなに真っ向から、堂々と、男に、セックスしたいと言われるのは初めてだ。俺の人生、もう、かなり踏み外しているらしい。
「子規くんはしたくないの?」
 うっ!・・・痛いところを。実は・・・したくないわけではない。そこがポインツ。
「そんなに良くなかった?」
 あいたっ!・・・良かったっす・・・えぇ、結構なお手前で。
 俺はもうなんと答えていいのやら。顔は赤くなるし、尚也に握られてる手は汗ばんでくるし、でもちょっと心が決まったっていうか、してもいいかなぁ・・・なんて。
「・・・なんちゃって。あせった?子規くん?」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
 尚也がいつものたれ目で俺を見る。え?ってことは、しない・・・の?
「なんちゃって・・・・?」
「子規くんにその気が無いのにするわけないでしょ?獅子丸も待ってるし、帰ろう」
 なんだろう。俺、ちょっとがっかりっツーか、肩透かしっツーか。気落ち・・・してる?
「子規くん?」
 突然立ち止まった俺に、尚也が不思議そうに足を止める。手を繋いだまま俯く俺に、尚也が近づいた。
「どうしたの?」
「・・・・・・・・・・しよ」
「え?」
 車の音にかき消される俺の呟き。俺は、俺の顔を覗き込んでくる尚也を見上げると、顔を赤らめながら、でもはっきりと言った。
「俺、気持ちの方はまだちょっとわかんないけど、でもちょっと・・・したいって思うから・・・・・しよ」
 くはーーーー!!俺、何言ってるんだよう!!で・・でも、嘘じゃないし。したいって・・思うし。
「子規くん・・・」
 尚也は少し驚いたように俺のこと見つめてる。あんまり驚くなよう。ますます恥ずかしくなるじゃん。こういうところはさらりと、さらりとだなぁ。
「可愛い」
 にこっと尚也が笑って、俺の額に口唇を寄せる。
 ふんぎゃあ〜!!だから、こういうところはさらりとしてくれって言ってるじゃないかあっ!!
「じゃ、行こう」
 と、俺の心の叫びが聞こえたのか、その後の尚也はまさにさらりと、バイクに俺を乗せ小綺麗なホテルにさっさと運んでしまい・・・気がついたら、部屋に二人っきりになっていた。
「あ・・・あれ・・・?」
 あまりにも早い展開に、再び心の準備が追いつかなくなる。
 大きなベッド、淡い照明。うわ・・・ラブホだ。本当に、また来ちゃった。これって、するってことだよね?・・・って、俺がしようって言ったんじゃん。あれ?なんで俺そんなこと・・・。
「子規くん?」
「はっ・・はいいっ!!」
 妙にしゃちほこばって答える俺に、尚也が驚く。そう言えば、シラフでするのは初めてってことじゃん。シラフで飛び降りるには、高い舞台だぞ。
「先にシャワー浴びる?」
「え?・・あ、うん」
 そうそう、シャワーでも浴びて気を落ち着かせて。それがいい。
 答えながら俺はシャツを一気に脱いだ。風呂のためだと思えば脱ぐのにだって抵抗も無いし。
「じゃあ一緒に入ろう」
 その尚也の言葉に、俺は思わず脱いだシャツで胸元を隠してしまった。




≠≠≠Maybe that's a lie.≠≠≠