「で、これからどうするの?」
  あいつは、テーブルの上に乗せられたコーヒーを、スプーンでくるくると回しながら呟いた。でも、クリームも砂糖も入れてないのに、なんでスプーン?
「あ・・・これ?俺、猫舌」
 俺の、食い入るような視線に気がついたのか、あいつが答える。もちろん天然の笑顔で。
「あ、俺も」
 つい同意してしまい、次の瞬間、急に恥ずかしくなってしまう。
 ラブホの近くの喫茶店。遅い朝食をとった俺たちは、なんか妙になじんだ雰囲気で・・・。
 もじもじもじもじ
 な!なんだ俺!?なに照れてるんだ!?
  もじもじもじもじ
 目の前の紅茶にも手を出さず、ずーっと立ち昇る湯気を見つめてる。だ・・・だって、言葉が見つかんねーんだもん!!
「家には帰らないつもり?」
 あいつが俺を見ずにポソリと言う。あ、この方がちょっと話しやすいかも。
「だ・・だって、それを家出って言うんじゃないのかよ」
「確かに」
 あいつは言った後にふっと鼻で笑った。きーー!!なんか、なんか余裕ってやつ?ちょっと俺より大人だと思ってさ!!
「でも、行くとこあるの?」
「え?・・・や、それは・・・」
 どきっ!痛いところを・・・。
「行くあてもなく飛び出したの?」
 笑顔だけど、冷静な声。
「飛び出した・・って・・・」
「飛び出したんでしょ。普通、制服で家出する人はいないと思うよ」
 ぐさ!また痛いところを・・・。
「おまけに、お金だって持ってないでしょ。どっかのコインロッカーに荷物持ってるわけでもなさそうだし。無計画、予定外の家出・・・違う?」
 ざくっ!もう、なんつーか一刀両断。その通り、ずばりとしか言いようがない。
「・・・・・・・・・・・そ・・・そうです」
 無計画・・・なんか自分の行動とそういう単語を結んでなかったから気付かなかったけど、無計画って、すげー馬鹿っぽい。いや、馬鹿なのか、やっぱり。
「理由・・・は、聞かないけど」
 こくり、と俺肯く。聞かれても、答えたくないし。
「目的とかってあるの?」
 あいつが顔を上げる。視線がぶつかると、俺は再び黙って肯いた。
「ふむ」
 冷える頃合いなのか、あいつがコーヒーを口に運ぶ。俺も、目の前の紅茶に手を出した。
「熱っ!」
 二人同時にカップを口から離し、なんとなく見つめ合ってしまう。
 本当に俺たち、何をやってるんだか。はっ!?俺たち?
「目的・・・は聞いてもいいの?」
 二人して水の入ったコップに手を伸ばす。俺は冷たい水を一口飲むと、肯きながら答えた。
「人探し」
「?」
「人を、探したいんだ」
「誰を?」
「それは内緒」
「あてはあるの?」
「ない」
「手がかりは?」
「少しなら」
 お互いに水を飲みながら、短い言葉を返しあう。すると、あいつは突然、喫茶店の外に視線を投げた。指先が、トントンとテーブルを叩いている。
「そっか」
 誰へともなく、あいつが呟く。
「じゃあ子規くん」
「ん?」
 あいつが俺を見て微笑む。なんか、企んでるような・・・。
「俺を、雇いなさい」
「は?」
 俺はついぽかんと見返してしまう。
「いや、正確には君の保護者に雇ってもらいなさい・・・だな」
「なっ・・・どういう・・・?」
 あいつは嬉しそうに俺の狼狽する姿を見ると、長い指を自分の方に向けて、言った。
「探偵」
 ・・・・・・・・・・はぁ?




≠≠≠Maybe that's a lie.≠≠≠



 俺・・・俺・・・本当に、なにやってるんだろう?
 ここは横浜市某区。濃いピンク色の暴走電車が通る所。海の上のなんちゃらワールドが遠くに見える・・・あいつの部屋。
 そんなに広くはない部屋だけど、天井が高めのせいか、広く感じる。フローリングの床は、綺麗に掃除されていた。
 うわーっうわーっ!!なんで俺、あいつの部屋にいるんだよう!!
「はい。これ、ちょっと大きいかもしれないけど」
 渡される着替え。おい、まさかあんたの目の前で着替えろ・・・と?それはちょっと・・・。だって、あんた俺の肉体でおったてちゃう人なんだもん。俺、それ、身をもって知っちゃってるもん。だから、それはできないっしょ。
「子規くん?」
 服を手にあいつを凝視する俺を、あいつが振り返る。
「いや・・・その・・・」
「あ、隣の部屋、使って」
 俺の気持ちを察したのか、あいつが隣の部屋を指す。
「あ、ありがと」
  ぎこちなく言って、隣の部屋に行く。
 ・・・と。
「ぎゃあ!」
「何?」
 俺の悲鳴にあいつが驚いて駆け寄る。いや、来ないでくれ。
 ただの・・・ベッドだから。
「なんでも、ない。」
 俺、ちょっと過敏になってるかも。気を落ち着けなければ。フツーの男の子に戻れなくなっちまう。
 でも、なんていうか・・・この部屋、ベッドしかないんだもん。
「はぁ」
 つい漏れてしまう、ため息。
「子規くん」
「ぎゃあ!」
 上半身脱いだところであいつが声をかけてくる。くっ来るなー!!
「いや、覗かないからさ」
 声の奥で笑ってるのが分かる。く・・くっそー。今に見てろぉ。
「保護者の方に、電話かけてくれる?子規くんが着替えてるうちに、話つけるから」
「あ、あぁ」
 コードレス電話を受けとって、オヤジに電話。今の時間なら、会社だけど、携帯でいいや。自分のPHSを出して、メモリーを見る。えっと・・・。
「あ、オヤジ?・・・子規」
 すぐに携帯に出たオヤジ。きっと、心配してる。
「どこにいるんだ?」
「あの・・・それが・・・」
「ちゃんと食べてるのか?」
「う・・うん」
「いつ帰ってくるんだ?」
 とても家出した息子との会話とは思えない。いつ帰るって決まってたら、家出じゃないだろ?
「俺、まだ帰る気・・・ないから」
「どうして?」
「どうしてって・・・」
 それはオヤジだって分かってる筈なのに。ちくしょー。なんか、泣けてくる。
「とにかく俺、会ってみたいから!それで、ちょっと電話変わるから!」
 俺は無言でドアの隙間から腕をぬっと出す。受話器をあいつが受け取ると、俺は制服を全部脱ぎ捨てて、あいつの服を着始める。
 オヤジ、心配してんだろうな。オヤジの方こそ、ちゃんと食ってんのかな。シワシワのシャツとか着てんだろうな。あ、やべ。視界が曇る。俺ってすげー、親不孝。
 でも、それでも確認したいことがあるから・・・。
 俺はぐいっと涙を手の甲で拭くと、着替えを終えて制服をたたんだ。
 あいつの貸してくれたカーゴパンツの丈が、ちょっと長いってことにプライドを傷つけられたものの、シャツなんてこんなもんだし、ベストなんて多少でかくても関係ないし。まぁ、着ても変なことはなかった。ただ、やはりちょっとパンツの裾は折ったけど。
 たたんだ制服を片手に、部屋を出る。すると、もう話はついたのか、あいつはキッチンでお湯を沸かしていた。
「あ、可愛い」
 俺を見るなりあいつが言う。可愛いって・・・やめろよ、男同志で・・・。さぶっ。
「コーヒー飲む?」
「あ、俺は・・・」
 コーヒー飲めないんです。酒も煙草も、とっても駄目なんです。およそ、非行に走るに適さない肉体なんです。
 ちょっと、とほほな気分になる。
「じゃ、紅茶?」
「うん」
 ダイニングテーブルに座る。服は自分の鞄の上に置いた。
「子規くん、動物好き?」
「え?あ・・あぁ」
 好きか嫌いかといわれると、ちょっと複雑だけど、でも本当は好き。
「じゃあ大丈夫だね」
「え?」
 何が?と聞き返す間もなく、あいつがケージを開けてなんか出てくる。
 子猫?うわっ!めっちゃ可愛い!!
「なにこれ!?うわ!可愛い!!」
「俺は留守が多いから、お隣りさんに、よく預かってもらってるんだ」
 俺、思わず椅子から立ち上がって、傍に寄る。生後一月・・・位かな?
 茶とらの子猫。目が青いよ。うひゃー。
「抱いてもいい?」
 顔を上げて、あいつに聞いてしまう。だって、めっちゃ可愛い!
「いいよ」
 俺は床に座って、子猫の柔らかい身体を両手で持ち上げる。うわ!乳くせぇ!もにょもにょしてる!!
「なんだよお前、よじのぼるのかぁ?元気だなぁ」
「抱いてもいい?」
 あいつの声が頭上からかかる。俺は子猫の身体をはがして、あいつに差し出した。
 すると、あいつはそんな俺を微笑んで見返し、首を横に振ってあっさりと言った。
「ううん。子規くんを」
 ぎゃーーーー!!心の中を悲鳴が走る。俺は子猫をぎゅっと抱きしめると、首をふるふると横に振って答えた。
「だっ・・・駄目!」
 顔が赤いのが自分でも分かる。どうしてこいつは、そういうことをだなぁ・・・。
 と思っていたら、あいつが少し真剣なトーンの声で言った。
「お父さんと、話ついたから。どっちにせよ、ゴールデンウィークになるし、学校も休みでしょ。好きにしろって言ってたよ」
  好きにしろ・・・か。そうだよなぁ。オヤジは悪くないもんな・・・。
「ただし、すぐに決着がつかなくても、学校にはちゃんと行くこと。とも言ってたけど」
 学校か。それは、まぁ。俺も変にサボりたくないし。どうせ俺の学校、ゴールデンウィークは本当に飛び石無しで全部休みにしちゃうからな。
  てことは、ちょうど一週間か・・・。一週間で、決着。
「うん。分かった」
 俺は腕の中の子猫を撫でながら、きっぱりと言った。俺も、期限決めた方がいいような気がしてたし。
「交渉成立?」
「俺の方は。オヤジにはなんて?」
 俺が聞くと、あいつは床に腰を下ろして俺が抱く子猫の頭を撫でた。
「まぁ、報酬の話はしたよ。実費は貰うし。子規くんの生活費も貰う。あとは成功報酬かな。前渡し金も貰うよ。そうしなくちゃ、ビジネスじゃないからね」
 ビジネス。なんとなく、その言葉が胸を刺した。そうだよなぁ。ビジネス・・・だよなぁ。
「では、契約成立・・・させてもいい?」
 言葉の意味が良く分からない。俺に・・・聞くの?そういうことって・・・。
「俺は、別に・・・いいけど。俺も、助かるし・・・」
「よかった」
 すると、見上げる俺の顔に、あいつの顔が近づく。え?なに!?どういうこと!?
「ちょっ・・ちょっと!!」
「なに?」
 何時の間にか、肩抱かれてるし。おとなしそうな顔して、素早い。
「な・・・なにすんの?あんた」
「尚也」
「へ?」
 ちょっと真剣な顔。でも目が笑ってる。わははは。いや、だから、笑い事ではなく・・・。
「あんたじゃないよ。尚也だよ」
「尚也・・・?」
 途端に、にっこりと笑う。
「初めて名前呼んでくれた」
 ひゃーーーーー!!さっびーーーーー!!
 ・・・・・・でも、俺の顔が赤くなるのは、なぜ?
「じゃっ・・・じゃあ、尚也。なにしようとしたの?」
「なにって・・・分かるでしょ。キス」
 平然と答える。
「なんでキスすんの!?」
「なんでしちゃいけないの?」
 なんでって・・・・なんでって・・・・そ、そんなこと、知るか!!
 俺は子猫を床において立ち上がる。なんか、この部屋すっごく熱くない??だから、なんか俺の調子まで狂っちゃうんじゃない!?ちょっとキスしちゃうのかななんて、思っちゃったりするんじゃない!?
 ベランダの方に歩いて、大きなガラス戸をガラッと開ける。マンションの上の方の階だから見晴らしがいい。新鮮な空気。これで、俺も尚也も変なこと考えなく・・・・。
 ベランダに出ようとした俺の目の前に、突然現れる腕。振り返ると、尚也がいた。
「ビジネスなのは、お父さんとだからね。子規くんとは、婚約者だから」
 にこっと笑う。
「誰が婚約っ・・・」
  言葉を遮られるように、口唇が重なる。
 すぐに生温かい舌が、口唇を割って差し込まれる。舌を絡めとられて、言おうとした言葉は、抵抗する間もなく飲み込むはめに・・・。
 抱きすくめられて、ガラス戸に背中が押し付けられる。
 うわっ、こいつ、キスうめぇ。舌の裏とか、あ、だめ、そこっ・・・背筋にゾクゾクっと・・くるっ。
「ん・・・ふっ・・・・」
 げっ!これ、俺の声!?ひえぇ!カムバック!!俺のまっとうな青春ライフ!!
 心の焦りに反して、俺の手はあいつの背に回されちゃったりして、あいつの服をぎゅっと掴んだりしてる。心身一元論?二元論?なんだ、なんなんだーーー!?
 背筋とか腰とか、妙にゾクゾクする。ぎゃっ!はずかしー!俺ってば、よっよだれが・・・。

「んんっ・・・」
 このままこんなキスしてちゃ・・・俺、その後がちょっとやばい!!
 そんなこと考えてる間にも、あいつの手が俺の・・・うぎゃー尻触ってるーーー!!だめーー!!だめーー!!
 もーーむーーなーーーーーっっっ!!!

「尚っ・・・だ・・・」
 キスの合間になんとか抵抗を試みる。でも、身体を押しのけようにも力が入らない。
 すると、そんな俺の様子に、尚也がやっと口唇を離した。
「どうしたの・・・子規くん?」
「どう・・・したも・・・・こう・・・したも・・・・」
 身体も離されて、ガラス戸に背を預けたまま、ずるずると床に落ちる。
 こ・・・腰、抜けた。
「そんなに、気持ちよかった?」
 うっぎゃーーー!!そういうこというなっつーの!!それ、お前の悪いところ!!
 いや、それ以前によだれよだれ。手の甲でぐいっと拭く。
 こんなキス、いままでに付き合った誰ともしたことなんかない。
「契約成立ね。成功報酬は、子規くんでいいから」
「うん」
 ・・・って、え?頭ボーっとしてるから適当に答えちゃったけど、俺って俺って、そういうこと!?
「あ、そんなに即答してくれるとは思わなかった。もしかして、それが日払い報酬でもいいってこと?」
「だっ・・・駄目っ!」
「ふふふ。・・・嘘」
 嘘って、何?あいつの言ったことが?それとも、俺の言ったことがってこと?
  なんか、聞いてもまともに答えてくれなさそう。おまけに、俺にはあいつの本当が見えない。それはなんとなく、くやしかったけど・・・。

 かくして、俺と尚也の一週間は始まったのである。




≠≠≠Maybe that's a lie.≠≠≠