多分、それは、嘘。
                                                          乙姫 静香   
 とんでもないことってのは、意外と簡単にやって来たりする。
 俺、真岡子規(まさおか・しき。ふざけた名前だと、自分でも思う)にも、そんなとんでもないことは突然やって来た。
「僕と、結婚しませんか?」
 ある日のハンバーガー屋で、俺は言われて顔を上げた。目の前には、俺よりちょっと年上のまじめそうな男。人の良さそうな笑顔が、この場合逆に怖かった。
食いに来いよポーキーバーガー! 俺は広げていたバイク雑誌をパタリと落とし、口に入れかけていたフレンチフライを口の端に引っかけたまま、呆然と相手を見上げてしまう。

−−結婚って・・・・結婚?な・・・何?
 瞬きさえも忘れて、相手の顔を見つめる。すると、その、どこのどいつかも分からない奴は、当然のように向かいの席に座って、もう一度言った。
「僕と、結婚、しませんか?」
 一言一言を分かりやすいように区切る。俺は、やっとなんとか口のポテトを中に押し込むと、ソーダを一口飲んだ。
「・・・・あんた、誰?」
 何よりも先に、はっきりさせたいこと。そして観察。
 年齢二十歳前後。身長一八〇位、悔しいが俺よりもちょっと高め。顔、少しタレ目だけど、悪くはないと思う。天然に笑顔だ、こいつ。わはは。いや、笑ってる場合ではなく。でも頭良さそうな顔してる。髪、さらさらだな。俺だってブリーチしてなけりゃ、なかなかツヤツヤな髪なんだよ。鼻毛は、出てない。おタクとは違うのか?
「僕は、竹脇尚也(たけわきなおや)」
 ・・・って、それだけ?
プロポーズ尚ちゃん
「で?」

 ふてぶてしく聞き返す。悪いけど、そういう趣味のやばい人に声をかけられるのは初めてじゃない。エンコウしちゃおうかなぁなんて、思ったことだってあるし。
「で・・・って、君と結婚したいなって」
「なんで?」
 新手のナンパにしては、芸がないな・・・と思ったその時だった。
「なんでって・・・そういうことに理由なんて必要あるの?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・寝てしまった。






≠≠≠Maybe that's a lie.≠≠≠



 信じられない。
 とうとう男としてしまった。自分的にも、いつかはこんな日が・・・と思ったこともあるけど。しかし、17歳。売り時だったのに、ただでサセてしまった。しかも、俺、夜が明けてもこんな所にいる。
 ラブホのベッド。シーツを胸まであげちゃったりして、なんか俺、かなり恥ずかしいぞ。
 となりで奴はスースー寝てる。枕ドロするなら・・・って、もうヤっちゃったじゃん。もう枕ドロって言わねぇんじゃねぇか?財布持って逃げちゃおうかな。あ、いや・・・でもほだされたの俺だし・・・って、え!?俺、ほだされちゃったの??気の迷いとかじゃないの!?このまま、俺の人生ホモ街道まっしぐら??・・・・でも、確かに、そんなに痛くなかった。むしろ・・・・。
 おい!?俺!?何考えてんだよ!!俺は女の子ともちゃんとやってる健全な高校生!!これが一夜の過ちなんだってばよ!
「ん・・・」
 びくぅっ
 あいつが寝返りをうつ。わっ!ばかっ!背中から抱きしめんなよ。逃げられねぇだろ!
 ど・・・どうしよう。
 コチコチコチコチ
  時計の針が時を刻む音だけが空しく響く。俺・・・何やってるんだろう?
 ・・・・・・と。
「おはよう」
 背中から聞こえる声。あれ?俺また寝てた?ふっ、不覚!あいつの腕の中で・・・。
「・・・うす」
 ちょっと赤面で返す俺。返しながら、こういう自分の律義さが嫌になる。なに返事してんだよ!
「・・・こんな時間だけど、学校大丈夫?」
 え?学校?こんな時間って!?
 壁にかかっている時計に目をやる。9時。
「え・・・えぇ!?」
 完全に遅刻。もう、確実に無理。
「嘘だろ!おいっ!俺の服っ」
 ベッドから飛び出して、床に立った途端、へなへなと床に膝をつく。あれ・・・足腰に力が・・・。
「あ・・・駄目だよ。はじめてだったんだろ?疲れてるって・・・」
 かああああっっと顔が赤面。はじめてだったんだろって・・・そんな台詞平然と言うなぁっ!
 ひょいっと、俺のことを抱き上げて、ベッドの上に置かれる。
 そう、こいつ見た目なよっちかったのに、脱ぐと意外と筋肉ついてるでやんの。反則じゃん。ちっ。そのせいで昨夜だって・・・いや、その。
「どうせもう、遅刻なんだろ。シャワー浴びる時間くらいあるけど、入る?」
「入るって・・・」
 足腰に力、入らねぇっつってるだろ。
「入れてあげるから」
 がおおおおおっっと口から火を吹きたくなる。だから、そういう台詞吐くなっつってるだろ!!
「お・・おい」
 俺の返事よりも早く、あいつは俺の身体を持ち上げてバスルームへ運ぶ。
「ここ、チェックアウト12時でいいみたいだから、もうちょっとゆっくりしよう」
 バスタブの縁に俺を座らせてお湯をはる。相変わらずの天然笑顔。こいつ、何考えてんのか全くわかんねぇ。
「子規くん。熱めが好き?」
「あ、俺ぬるめが好き」
 はっ!バカバカ俺のバカ!考えごとしてる時って、本当に素で答えちまう。なんか変に良い雰囲気じゃねぇかよ。
 ダバダバダバダバ
 お湯が勢い良くバスタブに溜まっていく。
「じゃあ、ぬるめね。身体、痛い?」
 あいつが顔を上げて俺を見る。俺は当然目をそらす。見れるわけねぇだろ。
 あれからハンバーガー屋を出た俺は、こいつのおごりで飯食わせてもらって、ちょっと酒なんか飲ませてもらって、良い気分でホテルになだれ込んだ。あとはもう、恥ずかしいことの連発で、思い出すことすら怖い。
「痛い・・・・っつーか、なんか重い」
「あはは。あぁ、なるほど」
 あははってなんだよう!!ちょっとムッと来る。おめーが、あんな意外と立派なモン、入れるからだろうが。まぁ、なんか、気もアイテムも使ってくれてたみたいだけど・・・。
「そろそろいいかな?」
 俺の脇の下に腕を入れて、身体が下ろされる。べたついた肌に、熱い湯は気持ち良かった。おまけに入浴剤を入れてくれたおかげで、湯が白く濁ってくれて、俺のもあいつのも・・・なんつーか、見えなくなってくれて嬉しい。っと・・・しみる・・・かもしんない。
「い・・て・・・・・」
 顔をしかめる。あいつは、俺の向かい合わせになるようにバスタブに入ると、そんな俺を見て申し訳なさそうに言った。
「ごめん。もうちょっとちゃんと慣らした方がよかったかな」
 だ〜か〜ら〜!!そういう恥ずかしい台詞を吐くなっツーの!!
  思わず頭を抱えてしまう。なんで俺、こんなのとやっちまったんだろう。
「テストとか、ないよね?」
 普通の話になって、顔を上げる。学校のことか。
「あぁ、ない」
「お家の人は、大丈夫?」
 あいつの声は、大きい訳ではないのに、なぜか聞きやすい。俺は、あいつの言った台詞を反芻して、それから、あぁと思った。
「あぁ・・・そうだった・・・」
「怒られる?」
 俺とあいつの間に、ゆっくりと湯気が立ち昇る。水の音がバスルームの中に響き、俺は言うべきか一瞬迷った後に、ため息まじりに呟いた。
「俺・・・昨日、家出したんだった・・・」




≠≠≠Maybe that's a lie.≠≠≠