***As I grew up***



 カナメは一八出版編集部の入り口に立つと、ヒクヒクと鼻を動かした。
「ねぇ、煙草の匂いがする」
 ドアを開けるや、開口一番に言い放つ。中にいた宮坂は、振り返ってカナメに手を振った。
「あ、来た来た。早かったね」
 立ち上がって、入り口に駆け寄る宮坂。カナメは小脇に抱えていた紙袋を宮坂に渡しながらも、再び鼻をひくつかせた。
「案外道が空いてたのよね。あ、これ、頼まれたモノ。それよりさ、ここって禁煙じゃなかったっけ?」
 すると宮坂、紙袋の中身を確認しながら、コソコソとカナメに告げた。
「さっき堪えきれずに芳之が一本吸ったんだよね。あ、オッケー、サンキュ」
 紙袋の中には、なにやら服が数枚入っている。宮坂は振り返ると、机に突っ伏している大澤に言った。
「芳之!滝口来たよ!はい、これ」
 宮坂とカナメの二人は、眠っている大澤の傍らに立ち、背中をポンポンと叩く。すると、額を赤くした大澤が眩しそうに目を細めて顔をあげた。
「先ずは着替えて。頼むから」
 言いながら、宮坂が服を差し出す。カナメは不思議そうな顔をしたものの、少し屈んで大澤の匂いをかぎ、即座に肯いた。
「どうしたの、あんたらしくない!着替えた方がいいわよ!」
「う〜〜〜、シャワー浴びてぇ〜〜〜」
 まさに、心の叫び。そういえば最後にシャワーを浴びたのは、裕次郎の家で寝かせてもらったときのような気がする。そして、最後に着替えをしたのは・・・いつだったろうか。
「あんた本当に平気なの?見てるこっちの方が痒くなるわよ」
「平気なわけねぇだろ。こっちはもう限界越えてるっつーの。気分は登山家だな・・・」
 鼻をつまんで眉を寄せるカナメ。大澤は両手を広げて伸びをしながら、大きなあくびをした。
「限界越えてるなら、シャワー浴びればいいじゃない。やだあんた、この臭いはもう犯罪よ」
 手をパタパタとウチワ代わりにして、大澤の臭いを自分から遠ざけようとするカナメ。その横で、宮坂も眉を寄せて小さくうなだれた。
「だから、せめて着替えだけでもと思ってさ・・・」
 宮坂にとっても、この臭いはかなりキツイらしい。するとカナメはその宮坂に言った。
「いまヨシの仕事って詰まってるの?」
「いや、いまはそうでもないかな。こっちのページが決まってきたら忙しくなるから、それまでちょっと休ませてたんだ」
 パンツのポケットに手を突っ込んで肩をすくめる宮坂。大澤は立っている二人を交互に見上げながら、再び夢の世界に連れて行かれそうになっていた。その姿を見下ろして、カナメが右の眉を上げる。
「じゃあ、アタシらちょっとホテルに行ってくるわ」
「・・・・・・はぁ?」
 宮坂のマヌケな声の間にも、カナメは大澤の腕を引っ張って立たせている。その刺激に目を開けた大澤は、状況を理解できずに半開きの瞼のままで二人を交互に見た。
「・・・あ?・・・なに?」
「ヨシ、アタシとホテル行こう!」
 宮坂に渡した大澤の服を、カナメが取り返す。大澤は、やっとカナメの言葉が脳に浸透したのか、薄笑いを浮かべて言った。
「確かに、こういう時こそ妙に燃えるんだよな〜」
 瞬間、大澤の額がいい音を放つ。カナメは大澤の額をペッチンペッチンと連打しながら、半分寝ている脳にも響くように、大きな声で言った。
「アタシ相手にそんな冗談言うほど重症なら、尚更行かないといけないわねぇ〜。熱いシャワーでも浴びてスッキリしなさい!大体、そんなヘドロみたいな 脳みそで仕事ができるわけないでしょ〜?アタシらだって、この臭いが気になって集中できないし、とにかく汚れた物体がそこにあると思うだけでイヤなのよ!移動中くらい寝かせてあげるから、そうと決まったらとっとと歩く!」
 そして、投げるように大澤の身体を入り口の方に押す。抵抗する気力も無い大澤の身体が、だらんと動いた。
「じゃあ、出来るだけ早く帰るから。忍一人でも大丈夫?」
 大丈夫と聞かれても、行くことはもう決まってるようだ。宮坂は力なく笑うと、ゆっくりと肯いて言った。
「まぁ・・・なんとか・・・」
「ええい!キリキリ歩かんか!この汚物!(←酷すぎ)」
 カナメはその間にも、大澤の背中を押して部屋を出て行く。
 宮坂はたった一人でオフィスの中に立ち尽くすと、遠ざかるカナメの声をしばらく聞いた後、自分の椅子にちょこんと座ってみた。
「まぁ・・・なんとか・・・なるよね?」




***As I grew up***



 その頃、一ノ蔵とジョーは買い物袋を手に提げながら、宮坂のマンションへの道を辿っていた。お互いの性格からか、非常に当たり障りのない音楽の話とか、ファッションの話などをしつつ、極々無害な距離を保っていた。
「ジョーくんは本当に邦楽のことよく知ってるね。もしかしたら、俺よりも詳しいかもしれないね」
「いや、それほどでもないですよ。今みたいにネットが普及してたら、もっと色んな曲が聴けたかもしれないですけど、やっぱり邦楽のCDも数に限界があったし・・・」
 それでも相当の量を聴いてる筈だと、一ノ蔵は思う。きっと、初対面の人たちとカラオケに行って歌っても、誰もジョーが日本に来たばかりなどとは思わないだろう。
「そうかぁ。カラオケなんかはあったの?」
「あ、ありますよ。僕はあんまり行かなかったんでよく知りませんけど」
「ふ〜ん」
 嫌いなのかな?と一ノ蔵は思い、そこで会話を止めてみる。この絶妙のタイミングが、お互いに踏み込まないストッパーになっていた。実際の所、ジョーはカラオケに非常に興味があったし、ウィルが嫌いなせいで行けなかっただけなのだが・・・。
 その空気を察したのか、今度はジョーの方から問いかける。
「一ノ蔵さんはカラオケ行くんですか?」
 すると、一ノ蔵は少々困った顔をして返した。
「そうだね、プライベートではあまり行かないかな。兄貴に引っ張られて行くくらいで、それ以外は接待の流れで行くって感じかな・・・。嫌いじゃないんだけど、兄貴みたいに熱狂的に好きって訳でも・・・」
「熱狂的に・・・?」
 ジョーは、必死で日本語を勉強しているらしく、たまにここぞとばかりに、こんな質問をぶつけてくる。日本語が好きな一ノ蔵としては、そこが楽しかった。
「えっとね、be crazy aboutってことかな(←受験英語丸出し)」
「あ、なるほど」
 すぐにいい反応を見せるジョーに、これまた一ノ蔵の日本語魂が揺さぶられる。一ノ蔵は、思わず微笑みながら言った。
「・・・日本語好き?」
 ジョーはその質問に、隣を歩く一ノ蔵をちょっと見つめてみる。そして、どうしてだか恥ずかしそうに頬を染めると、自分の歩いている足元に視線を動かして返した。
「好き・・・・・・ですけど・・・・」
「・・・けど?」
 言いにくそうなジョーに、つい聞き返す一ノ蔵。するとジョーは、もう一度一ノ蔵を見て続けた。
「ボキャブラリーのせいか、たまに、すっごく恥ずかしい間違いしたりするから・・・」
 ・・・・・・うわっ。突っ込んで聞いてみたい・・・と、一ノ蔵の気持ちがうずく。でもジョーとしては、トラウマになってて話したくないことかもしれない。
 聞きたい。でも聞けない。いや、でも、ここまで話してくれたのは、その先も話す気があるからではないか?困った、本気で知りたい・・・。
 と、そんな一ノ蔵の内心を悟ったように、ジョーが重い口調でさらに続けた。
「ニュースを聞いてて、政治家の汚職事件のことは『お食事券』って、食事用の券のことだと思ってて、日本の政治家はそんな細かいことまでチェックされるのかと思ってたし、『命あっての物種』のことは、『命あっての物だね!』って喜んで言う言葉だと思ってたし・・・」
 思った以上にハイレベルな間違いに、一ノ蔵は笑うよりも感心してしまう。
「・・・でも、そういうレベルだったら、日本人の中でも分かってない人はいると思うよ。そんなに恥ずかしがらなくても・・・」
 すると、ジョーは首を力強く横に振って言った。
「それだけじゃないんです。俺、駅の階段の『おり口(くち)、のぼり口(くち)』のことを、『おりろ、のぼりろ』だと思ってて・・・。命令形なのも変だし、おりろはともかく、のぼりろってなんだろうって思ったんですけど、非常口なんかの『逃げろ』ってノリで登れって意味かなって・・・。あれってカタカナのロじゃなくて、漢字の口だったんですね。友達に『そっちがのぼりろだろ』って言って、爆笑されました」
 ジョーはもう止まらなくなっているのか、自分の一人称が『俺』になっていることにも気付かずに話し続ける。一ノ蔵は、今まで自分が考えたこともない日本語の受け取り方に、ほほうと感心しながら聞いていた。
「『○肉○食』って四文字熟語に『牛肉三食』って入れて笑われもしたし。あ、これはもちろん朝昼晩と全部牛肉を食べてるってことで、アメリカ人のことを日本人はこう言ってるのかな?なんて思ってたし。インド人じゃそうは行かないだろう!なんて、勝手に一人で発展させて笑ってたし。・・・俺、バカですかね・・・?」
 そこまで一気に話して、ふと我に帰ったのか、ジョーは心配そうな顔で一ノ蔵を見る。一ノ蔵は、『牛肉三食』がちょっとツボに入ったらしく、笑いを堪えながら返した。『豚肉三食』じゃイスラム圏も無理だな・・・などと考えつつ。
「いや、バカとか・・・そういうことではないと思うよ。ただ、知らなかっただけだし、それを言ったら、俺がアメリカに行ったら、ジョーくんが日本でした間違い以上のことを連発すると思うしね。生活に密着したことはこれからすぐに学ぶと思う。とにかく、ジョーくんはすごく日本語上手だよ」
 頭の中では『鶏肉三食』なら?などとくだらないことを考えつつも、口では真面目に語る。ジョーは一ノ蔵の言葉が素直に嬉しかったのか、今日一番の笑みを見せて一ノ蔵を見返した。
 と、その時一ノ蔵の頭をかすめる『やばいな』の文字。今の笑み、これは冗談でなく本当に、兄・裕次郎の好みであろう。なんせ、男の子らしく、かつ純粋無垢で素直なタイプが好きだから、ジョーみたいなタイプは、会ったが最後、全力で落としにかかるに決まっている。
 会わせられない、なんとしても阻止しなければと一ノ蔵は改めて決心した。
 しかし、マンションの傍までやってきた一ノ蔵は信じられないものを目にする。それは、マンションの入り口でウロウロしている兄の姿であった。
 な・・・なんでこんなところに裕次郎が?
一ノ蔵の足が止まり、つられてジョーの足も止まる。
「一ノ蔵・・・さん?」
「ジョーくん戻って!」
 半分息のような声で叫び、一ノ蔵がジョーを連れて角のブロック塀の後ろに隠れる。間違いない、裕次郎が着ているあの服は、先週一ノ蔵の部屋から持っていったまま返ってきていないもの。しかし、一体こんなところでなにをしているというのだろうか?考えられることはただ一つ、過去の一ノ蔵の恋人にちょっかいを出したように、宮坂に会いに来たに違いない。
 我が兄ながら、何を考えているのかサッパリわからない・・・。
 一ノ蔵は心の中でため息をつくと、ジョーにその場にいるように告げ、自分はさも「連れなどいない」フリで裕次郎に近づいた。
「おい。裕次郎か?」
「お、タマ!やっぱりここで合ってたか!」
 やっぱりってなんだよ・・・と、一ノ蔵は心の中で思う。見ると、裕次郎は手に宮坂の住所が書かれた紙を持っていた。間違いなく、自分の部屋から探し出されたものであろう。
「何してるんだ?こんなところで・・・」
 とりあえず冷静に質問。ジョーのことを悟られてはいけないという気持ちが、一ノ蔵をいつも以上に冷静にしていた。
「お前がいないから。それならここだろうと思ってな」
 まぁ、その考え方は間違ってないけど・・・と、一ノ蔵。
「緊急の用なら携帯に連絡くれればいいのに・・・」
 とりあえず相手の出方を探るように言ってみる。すると、裕次郎は全く悪びれた様子もなく言ってのけた。
「別に緊急の用なんかじゃねぇもん」
 ・・・やっぱり。
 一ノ蔵は思わず半目で裕次郎を見返す。分かってはいたけど、さすがに呆れた。
「宮坂さんならいないぞ」
 もはや変なかけひきもアホらしいと、一ノ蔵は直球で告げる。“忍さん”でなく“宮坂さん”と言ったのは、“忍さん”という呼び方を真似されたくなかったからであった。
「え?なんでだよ」
「ヨッさんが仕事でテンパってて、それの手伝いでヨッさんの会社に行ってるんだよ」
「ふぅ〜ん」
 裕次郎は軽く疑うような目で一ノ蔵を見返す。そして、明らかに一人分ではない食材の入ったスーパーのビニール袋が、一ノ蔵の手にあるのに気付き、言った。
「なんか作んのか?」
「あぁ、留守番しなくちゃいけないからな」
「誰と?」
 鋭い質問である。しかし一ノ蔵は動じることなく答えた。
「カナメさんの息子のジョーくん、4歳」
「あいつ子持ちか!?」
 名前を咄嗟に思いつかず、実在名で答えてしまう。まぁ、そのくらいの本当があってもいいか・・・と。ついでに、裕次郎の質問に深く肯いてみる。「カナメさん、すみません」と心の中で謝りつつ。
「ちょっとヤンチャだけといい子だぞ。一緒にやるか、仮面ライダーごっこ」
 ワザとニコヤカに言ってみる。すると裕次郎は少し腰を引いて返した。
「せっかくの連休に、なんで俺がガキと遊ばなくちゃいけないんだよ。芳之の会社は新橋だったよな?」
 ヨシヨシ、この調子。裕次郎は子供が嫌いだから、この作戦が一番だと思ったのだ。
「あぁ、新橋の一八出版だよ。俺としては、お前が子守を手伝ってくれた方が助かるんだけどなぁ」
 駄目押しの勧誘。これで確実に逃げるはず。すると、そんな一ノ蔵の思惑通り、裕次郎は車のキーを取り出しながら、明後日の方向を見て言った。
「いやぁ、俺はテンパってる芳之の姿でも見学に行くとするさ。それもなかなか面白そうだしな」
 言うが早いか、車に乗り込んでエンジンをかける。
「じゃ、子守がんばれよ〜」
 ニコヤカに言って、去っていく裕次郎。一ノ蔵はそんな裕次郎の車が見えなくなると、ホッと胸を撫で下ろした。




***As I grew up***



 カタカタカタ
 宮坂がキーボードを叩く音だけが、オフィス内に響く。この広い編集部に一人っきり。一応仕事に集中しようとはしているけれど、人気の無いオフィスって不気味だなと宮坂は思っていた。
 カタカタカタ・・・シーン
 自分の手が止まると同時に、襲ってくる静寂。静けさの音がする・・・などと、不思議なことを考えながら、宮坂は誰もいないオフィスを見回した。
 そういえば、大澤がCDを何枚か引き出しに入れてた筈。隣のPCでそれをかけちゃおうかな。どうせ、誰もいないし。静か過ぎてもかえって集中できないし。
 椅子を引いて立ち上がる。大澤のデスクに行って引き出しの中を見ると、音楽CDと思しきCDRを何枚か発見できた。ついでに大澤のPCに、そのうちの一枚を入れてみる。
 自分でも持っている洋楽が流れ出し、なんだかホッとしながら再び席に戻る。さて続きをやるかなと思ったとき、編集部中の電話が鳴り始めた。
「電話には出なくていいから」
 確か、大澤はそう言っていたはず。
「今日は休日だし、電話はしばらく待てば勝手に留守電応答に切り替わる。外に出ている編集部員からの電話なら、俺の携帯にかかってくるから大丈夫なんだ」
 ・・・とも。だから、出なくていいってことだよね。宮坂はちょっとビクつきながら、鳴り続ける電話の音を無視することにした。
 10回のコールで、呼び出し音が止まる。応答に切り替わってくれたのかなと、宮坂は安心した。
 カタカタカタ
 再び鳴り出すキーボード。音楽の所為で、さっきまでの変な緊張感がほぐされたような気がした。
 が、次の瞬間、再び鳴り出す電話の呼び出し音。宮坂は、目を閉じ、口唇を横にキュ〜っと引っ張りつつ、心の中で「助けて〜〜〜」と叫んだ。
 時計を見れば、大澤とカナメが出て行ってから、まだそんなに経っていない。お願いだから誰か来てくれないかな・・・と、願う宮坂であった。




***As I grew up***



 出ない。・・・電話に出てくれない。
 一ノ蔵は、裕次郎が消えてから、ジョーと共に部屋に戻ると、即座に宮坂の携帯に電話をかけた。が、宮坂はまた携帯を忘れたらしく、すぐに着信音が宮坂の部屋から流れてきた。というわけで、一八出版編集部に電話をかけたのだが、誰も出る気配が無い。大澤の携帯にかけたが、そっちも留守電に切り替わった。
「忍さ〜〜〜ん!」
 すぐに、裕次郎が向かっていることを知らせて、避難してもらわないと困る。大澤がどうのと言っていたけれど、裕次郎の目当ては確実に宮坂なのだから。
 電話を手に、祈るような気持ちで編集部に電話をかけ続ける。しかし、一向に受話器があがる気配はなかった。
「・・・大丈夫ですか?」
 部屋に戻るや否や、真剣な顔で電話を繰り返す一ノ蔵を、ジョーが心配そうに覗き込む。一ノ蔵は、無理に微笑んで見せると、指では大澤の携帯の番号を探りながら言った。
「うん。・・・うん、大丈夫。なんかごめんね、こんなんじゃ、ジョーくんも落ち着かないよね」
 するとジョーは、買ってきたものを冷蔵庫に入れながら、首を横に振った。
「いいえ、俺はいいですけど・・・。そんなに危険なんですか?一ノ蔵さんのお兄さんって・・・」
「危険・・・そうだねぇ、危険というか、デンジャラスというか、本能というか・・・。ほら、走ってるものを見ると犬がそれを追いかけてしまったり、猫じゃらしを出されると猫がついじゃれてしまったり・・・そんな感じで、ターゲットが行動範囲内にいると、動かずにはいられないような・・・」
 それはつまり、本能だけで生きているということだろうか?とジョーは思ったが、とりあえず小さく肯くだけにしておく。一ノ蔵は大澤の番号を携帯の画面に出すと、通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。




***As I grew up***



 シャワーを浴びる音が部屋まで届く。カナメはベッドの上に寝転がり、テレビのチャンネルをくるくると回していた。
 国道沿いに見つけたラブホテル群。その中で一番安そうでシンプルな造りの建物に入ると、大澤は倒れこむように浴室へと消えた。それからずっと、カナメはテレビを見ている。退屈しのぎに、アダルトもののプレビューチャンネルまで見ていた。
「う〜ん、女優がイマイチだなぁ。セーラー服着てるけど、明らかに年食ってんもんなぁ〜。こっちは尻がいまいち・・・。意外と奥深いわね、アダルト道(←そんな道が?)」
 やはり、見るところは女優らしい。そんな風に、シャワーの水音をバックに独り言をつぶやいていると、それ以外の音楽が部屋に響いた。
 自分の携帯じゃないし、聞いたことのある音楽。そうだ、大澤の携帯だと気付き、脱ぎ捨てられたスーツのポケットを探ると、大澤の携帯をパカっと開けた。
 珠ちゃん
 画面に光る文字に、カナメが受話ボタンを押す。
「もっしも〜し。珠ちゃん?」
「あ、カナメさんですか?一ノ蔵です!」
 電話の向こうから聞こえてくる安堵の息。カナメは携帯を耳に当てたまま、再びベッドに横たわると、プレビュー画面を見ながら言った。
「お、どうかしたの?なにかあった?」
「なにかあったもなにも、裕次郎がいまそっちに向かってます。さっきこっちに来て、忍さんがいないって分かったら、そっちに行くって・・・」
 自分でも、ちょっと支離滅裂な話し方をしているかな?と思いながらも、とりあえず現状を伝えなければと必死な一ノ蔵。カナメは、比較的のんきな口調で返した。
「え・・・マジ?・・・ほ〜、そうか。でも・・・困ったなぁ」
「え?なんでですか?そっちでもトラブってるんですか?そういや、ヨッさんどうかしたんスか?」
 質問がありすぎて、やっぱり支離滅裂になる一ノ蔵。するとカナメはあくび交じりに言った。
「トラブルってわけでも・・・ないんだけどね、ヨシはいまシャワー浴びてるよ」
「・・・・・・・・・え?」
 充分な間をとった後の、一ノ蔵の返事。カナメはなんでもないことのように(←実際なんでもないんだけどさ)続けた。
「いまアタシ、ヨシとホテルに来てるからさ」
 しかし、ここまでの過程を知らない一ノ蔵としてはさすがに驚いたわけで、さらに一呼吸置いた後で、叫んだ。
「ヨッさんとホテルにっ?な・・・なんでまた・・・っ!」
「え?だって、ヨシがず〜っと風呂無しで、本当に異臭を放ってるんだもん。臭いったらありゃしない。だから、シャワー浴びさせるためにつれてきたのよ」
 カナメの説明の間に、なぜか一ノ蔵の方から何かの割れる音がする。電話口から離れた場所で「大丈夫?」という一ノ蔵の声。その直後、今度ははっきりとした一ノ蔵の声が言った。
「カナメさん、すみません。・・・コップひとつ割っちゃいました」
 割ったのはジョーだろう。ふふふ〜ん、面白いなぁ・・・と、カナメはほくそ笑んだ。
「アタシのお気に入りでなければ許す」
「あ・・・それは大丈夫だと思います。・・・で、じゃあ、いま一八さんには、忍さんだけってコトですか?」
 カナメの返事に、すぐに気を取り直す一ノ蔵。カナメの方も、本題を思い出し、即座に返した。
「うん。いま、一人で留守番してる・・・はず。他の階には、人いるんだけどね、あそこの階は忍だけ・・・かも」
 そんな絶好の場所で二人っきりになったら、裕次郎は・・・裕次郎は・・・。
「で・・でも!警備員さんに止められますよね、裕次郎は明らかに部外者なんだし!」
「う〜ん、どうかな。アタシもすんなり入っちゃったしねぇ。まぁ、アタシは顔が知れてるってのもあるとしても・・・。一応名前とか書くけど、書きさえすれば入れるわけだし、それにさ、奥の手使えば一発で入れるだろうし・・・」
 口をへの字に曲げ、眉を寄せるカナメ。一ノ蔵はカナメの言わんとしていることが分からずに、素で聞き返した。
「奥の手って・・・なんですか?」
 カナメはもう一度、う〜んと唸る。そして、一息つくと、キッパリと返した。
「あの顔じゃん。ついでに珠ちゃんの社員証持ってきてたら、完璧なんじゃないかな?珠ちゃん、しょっちゅうここに顔出してるしね、殆ど顔パスでしょ」



 一ノ蔵は、生まれて初めて、自分が双子であることを呪った。




***As I grew up***



「のぼりろ」だと信じていたのは、なにを隠そう
幼き頃のワシです(−−;)しかも数年もの間
信じて疑ってませんでした。

ひとつの恥を吐露したとき、人は
ひとつ大人になれるのだと信じたい・・・(笑)