***As I grew up***
それから一週間の後。
一枚の紙切れを前に、一ノ蔵は固まっていた。両眉の端を引力によって引き下げながら。
「やにさがった眉」
カナメが傍らから一ノ蔵の眉を指差し、ジョーに向かって肯いた。
「やにさがった・・・眉、ですか?」
ジョーは、神妙な顔で繰り返して見せる。そして、その眉の持ち主は、自分が何を言われているかも気付かないまま、ほぅ〜っと大きくため息をついた。
目の前にしているのは、カナメがかつてとった十代の頃の宮坂・・・・のセミヌード写真だった。
セミヌードと言うのは、宮坂が着替えをしている最中の写真だからである。ちょうど、シャツを脱ごうと両手で上に持ち上げているトコロだろうか。普通の視点で言えば、あまりセクシーな意味合いは無い。が、一ノ蔵にとってみれば、それでも充分だったようで(←何に対して充分なんだろう)、見つめてはしきりにため息をついていた。
「カ・・カナメさんっ!・・・こ・・これ・・・」
「はいはい、焼き増ししとくわよ。他にもイロイロあるから、忍にばれないように(←ポイント)見繕ってね」
宮坂は、仕事の打ち合わせで大澤の会社に行っている。そうでもなければ、こんなにゆっくりと恥ずかしい写真(←宮坂的に)を広げていられるはずも無い。
「やっぱり忍さん、昔っから綺麗ですね〜」
ジョーは自分と同じ歳くらいの宮坂を、写真の中に見ながらしみじみと語る。この学ラン姿の宮坂が、自分の父親と付き合っていたと考えると、なんとも言えない不思議な気分になった。
「ね〜!ジョーくんもそう思うよね!」
一ノ蔵は、そんなジョーの気持ちには全く気付く気配もない。いっそのこと、会社の機械を使って自分専用の宮坂写真集でも作ってしまおうかという位の勢いであった(←怖い)。
「あ、カナメさんのおさげ姿、可愛い〜!」
写真をめくる中にあったカナメの昔の姿に、ジョーが素直に感心する。一ノ蔵は、「少女の頃もあったんですね」と言いかけて、慌てて口をつぐんだ。
「結構可愛いでしょ!アタシもそう思う」
しかし、カナメのそのセリフの頃には、ジョーは違うモノを見て固まっていた。それは、大澤の高校生の時の写真。当時の仲間とじゃれ合いながら大爆笑をしている。それこそ、今の自分と変わらない年齢の大澤を見て、ジョーは下唇を突き出した。
「自分だってガキじゃん・・・」
誰にも聞こえないようにボソリと呟く。
当然、カナメはそれを聞き逃さなかった。
***As I grew up***
宮坂は、大澤の仕事場である一八出版編集部をコソッと覗き込み、目を丸くした。
というのも、大澤は結構オシャレな方で、スーツもシャツもちゃんとプレスしたものを、毎日綺麗に取り替えて着ている。ネクタイの所有数も多い方で、その日のコーディネートに合わせて毎日ちゃんと変えているのだ。
・・・・が。
目の前に居る大澤は、あきらかにいつもとは違った。
よれたシャツに緩めたネクタイ。振り替え休日になった月曜日までも出勤している辺りからして、仕事が忙しいことは分かるけれど、週末中一度も着替えてないように見えるのは、大澤らしくなかった。
「芳之、大丈夫?」
「あ、忍。悪いな・・・休日に」
うわ。憔悴しきってる。なんか、いつもとオーラが違う・・・と思わず引きつり笑いの宮坂。
「いやぁ、俺は休日とか関係ないからいいけど・・・」
いわば、毎日が休日であり毎日が仕事日である宮坂。休日の会社だからといって、損した気分にはならない。
「それより、お前ちゃんと食べてるの?俺、なんか買って来ようか?」
机の上に置かれた栄養ドリンクの空き瓶が涙を誘う。宮坂は荷物を置いて財布を取り出した。
「あ、いいいい。食ったら寝ちまうから、食うわけにはいかないんだな、これが」
「でも・・・」
編集部には大澤一人。なんでここまで酷い状況になっているのか、宮坂には理解しかねた。
「ねぇ、どうしたっての?これ」
大澤の隣に座って宮坂が半ば怒り気味に問う。すると、大澤は机の上に広げた原稿に視線を落として言った。
「このままだと、本の半ばに真っ白いページが綴じられた本が出るハメになるんだ・・・」
「・・・・・・へ?」
「原稿が落ちそうなんだ・・・(←恐ろしい。ブルブル)」
大澤の口から漏れた言葉に、宮坂の目が再び丸くなる。
「さらに、広告がひとつ落ちた。もう最悪だ・・・」
「それって・・・」
口をポカーンと開けたまま、宮坂が大澤を見つめる。大澤は、普段禁煙の編集部なのにヤケクソになったのか、煙草に火をつけてプカーっと煙を吐いた。
「広告主が一件いきなり倒産で広告が落ち、おまけに小説のコーナーの原稿が落ちそう。さらには、新人編集が大ポカやって、赤(訂正)が入りまくった原稿一折分(16P分)をどこかに忘れちまって捜索中。俺は居残り組で、落ちた原稿分のウメ草(本や雑誌の空白部分を埋めるための臨時記事など)を今晩までに7P分作んないと、雑誌の真ん中が7P真っ白になるッつー訳だ!あっはっは(←大丈夫かこの編集部)」
ヤケクソで笑い飛ばしてみる。宮坂は、すさみきった大澤の精神に心の中で合掌しながら、刺激しないように言った。
「え・・・じゃあ、俺はなんで呼ばれたの?まさか・・・」
「そう!ウメ草作るの手伝ってくれ!もう、いっそのことお前に連載ページをやってもいい!頼む!」
まさに両手を合わせて宮坂を拝む大澤。しかし、宮坂は目を今までで一番丸くすると右手を必死に振りながら、一緒に首も横に振った。
「ちょ・・そんな・・・無理だって!無理無理!7Pをいきなり埋めろって、どんな本かも知らないのに・・・。芳之の方こそ、実はコラムとか書くの上手いじゃん!夜までならなんとかなるって、俺、校正なら手伝うからさ!」
「お前な〜〜〜、この一週間殆ど寝てない頭を捕まえて、よくも書けるなんて言えるな〜〜〜」
うわ、一週間もまともに寝てないのか・・・と、宮坂は再び顔を引きつらせる。
「それにな、お前を呼んだのには訳がある」
目の下のクマも痛々しい大澤。それがかえって凄みとなり、宮坂を圧倒していた。
「え?」
「この本は、20代から30代の女性をターゲットにした雑誌なんだが、今回の特集は映画なんだ。本来の原稿は特集外の記事だったけど、どうせ代わりに入るんだったら特集に関連してた方がウメ草っぽくなくて統一感も出る。っつーわけで、お前を呼んだんだよ。お前だったらインタビューなんかで実物に会ってる俳優もいるし、映画も良く見てる。この記事が受ければ、次につながるとも思うだろ?」
う。・・・・確かに、魅力的な話ではある。映画評論の仕事なんかもできたらいいな・・・と思ったこともある。
「写真やなんかは、俺がそろえるし、原稿料は当然出す!それ以外にも今度おごるから!」
グラグラ・・・。宮坂の心が揺れる。もちろんおごるという言葉ではなく、この話自体に・・である。しかし、7Pもいきなり書けるのだろうか?コラムなんて、ちゃんと書いたことが無いのに・・・。
「忍!頼む!この通り!!」
再び、大澤の合掌。宮坂はため息をつくと、眉間に皺を寄せたまま大澤を上目遣いで見た。
「でもさ、さっき言ったよな『原稿が落ちそう』って。ってことはさ、落ちないかもしれないって可能性もあるんだよね?違うの?」
「・・・・・・万に一つの可能性で、あがるかもしれない」
妙にキッパリと「ほぼ敗北」宣言をする大澤。宮坂は、ガックリと肩を落とした。
「そりゃね、書いてみたいとは思うよ」
ポロリと零れた宮坂の本音。大澤の目がキラ〜ンと輝いた。
「でもでもでも!でもね!」
そんな大澤の様子を察した宮坂、先ずは軽いけん制パンチ。
「せっかく書くんだったら、じっくり書きたいし、そんな急に書けって言われても自信が無いよ。分かるだろ?」
「ん〜」
腕を組んで唸る大澤。宮坂の言うこともよく分かる。憧れがある分、いい加減には書きたくないということだろう。推敲に推敲を重ねて、ベストの状態で勝負したいのも納得だ。
かといって、宮坂も方も、他ならぬ大澤のピンチ。できるものなら、助けになりたいと思った。
「だから、こうするのはどうだろう?」
宮坂が口端をキュッとあげて人差し指を立てる。大澤も二本目の煙草に火をつけて、それを見つめた。
「滝口に、ページの半分を持ってもらう。滝口だったら、写真のストックをたくさん持ってるもん。読者ターゲットを考えても大丈夫だと思うし。一八の他の雑誌にも連載持ってるでしょ」
「ほ〜」
なるほど・・・と、大澤は深く肯く。
「で、3Pか4Pくらいだったら・・・がんばってみる。それでも、いい?」
真剣な宮坂の瞳。大澤も、その目を真剣に見返した。元々無責任なことは極力したくないタイプの宮坂である。それでも、この条件はそんなに悪くないと感じられるほど宮坂側の譲歩が感じられた。
大澤はその目を見つめ返したまま、くわえ煙草で自分の携帯を取り出す。呼び出し音が二度程鳴って、向こうが出た。
「カナメ?あ、俺。お前さ、20代から30代の女性をターゲットにした写真ってすぐに出せるか?・・・そうだな、あ・・・・うんうん。・・・・オッケ」
携帯を切って大澤が立ち上がる。そして、一度大きく伸びをすると、座っている宮坂を抱きしめて、大澤が言った。
「ラジャー!すっげー助かる!マジでサンキューな!」
宮坂も、少しほっとした顔で大澤の背中をポンポンと叩く。が、次の瞬間、軽く鼻をひくつかせた後、宮坂が抱き合ったまま複雑な表情で呟いた。
「芳之・・・・一週間、着替えは・・・?」
***As I grew up***
「っつーわけで、ちょっくら新橋まで行ってくるわ!」
カナメは大きなカバンを小脇に抱え、車のキーを握り締めると、一ノ蔵とジョーの二人を振り返って言った。
「ちょっくらって・・・じゃあ、俺たちは?」
修羅場が大好きなカナメはすでに、ウキウキモードに入っている。切羽詰れば詰まるほど血が騒ぐのか、今にも駆け出しそうな勢いだった。
「う〜ん、そうねぇ。この感じだと、忍もアタシも今晩はいつ帰れるか分からないし(←むしろそういう状況になって欲しいかのようだ)・・・かといって、せっかくジョーくんが来てくれてるのにねぇ・・・」
チラリ・・・と、カナメが横目で一ノ蔵を見つめる。やばい、こういう目で見られる時は、何かを企まれている時なのだ。
「や、うちには連れてけませんよ。あ、いやジョーくんがいけないって訳じゃなくて、うちには野獣の来る可能性があるので・・・」
「野獣・・・。珠ちゃん、いつからサバンナの住人に・・・?」
眉を寄せて答えるカナメ。しかし、一ノ蔵の真剣な顔は変わらなかった。
「ホント、冗談じゃないんですってば。裕次郎は年下が大好きで、特にジョーくんみたいなタイプは・・・」
どこか重い一ノ蔵の口調に、今度はジョーが首をかしげる。
「あの、今後の参考のために聞きたいんですけど、僕みたいなタイプって、一体・・・」
と、次の瞬間、一ノ蔵とカナメがなぜか顔を見合わせて引きつった笑いを見せる。不思議なことに、どこか通じ合ったような気がお互いにしていた。
「とにかく、俺の家に連れて行くくらいなら、俺がここに残りますよ。その方が、安全です」
ジョーの質問は風に乗せてどこかに飛ばしてしまい、一ノ蔵がキッパリと言い切る。すると、カナメは別にそれでも構わないらしく、あっさりと肯きながら言った。
「わかった。じゃ、ヨロシクね〜」
そして、言うが早いか、声が消えるよりも先に姿を消す。パタリと閉じられた玄関を前に、一ノ蔵とジョーの二人はお互いの吐息さえも聞こえそうな静寂の中に立ちすくんだ。
「こほん。・・・・えっと・・・」
いきなり放り出されたように二人っきりになり、一ノ蔵はどうしていいのか分からずに軽く咳払いをする。と、ジョーの方がこういう状況に慣れているのか、一ノ蔵を見て言った。
「カナメさんがいないってことは、夕飯も自分たちでどうにかするってことですよね?」
確かにそうだ。カナメがいればミラクルなほどにちゃっちゃかと食事ができるものの、いないとなると自炊か外食になる。
「時間もたっぷりありますし、なにか手の込んだものでも作りませんか?」
ほ〜。素直に一ノ蔵は感心する。確かに、料理をすればなんとなく間も持つし、おまけに食事にもありつける。上手い時間のつぶし方を思いつくなぁと思う一方で、一ノ蔵はジョーがこういう状況に慣れてることに、ちょっぴり胸を痛めた。おそらく、今までジョーがそういう時間のつぶし方をしてきた相手というのは、ウィルの歴代の恋人であると感じたから・・・。
「じゃあ、冷蔵庫の中をみて、スーパーにでも行こうか」
まっすぐに自分を見てくるジョーを見返しながら、一ノ蔵は肩の力を抜いて言う。ジョーは、そんな一ノ蔵の心を知ってか知らずか、年相応のあどけない笑顔で肯いた。
***As I grew up***
その頃、一ノ蔵裕次郎は死ぬほど退屈していた。
大体、週末は一徹夜一休暇。要は一晩徹夜して、翌日はひたすら休むというサイクルになっていた。それが身体になじんでいるだけに、連休となると調子が狂う。
さて、余った今日はなにをすればいいんだ?と、くわえ煙草で寝起きの頭を振ってみた。眠りすぎても余計に疲れるし、かといって遊ぶにも時間が中途半端だ。とりあえず、二部屋隣の弟の部屋に行ってみたものの、もぬけの殻。おそらく忍とやらのトコロに行っているのだろうと思った。
生まれた時から一緒にいる所為で、弟が今回ばかりは本気なことはよく分かっている。それだけに、ふむ・・・と、勝手に入った弟の部屋で裕次郎は思った。
『会いに行っちゃおうかなぁ・・・』
この前大澤には言わなかったが、裕次郎が弟・珠三郎の相手をことごとく誘惑するのには訳がある。しかも、ひとつドコロでなく、かなり多数ある(←なぜに・・・)。そして、そのひとつは遡ること、二十年近くも前のことであった。
「おい、お前も出るんだってな、リレー」
小学何年生の頃だったろうか、一ノ蔵ブラザースはそれぞれ別のクラスで、クラス対抗リレーのアンカーに選ばれていた。
「うん、たまたまだけどね」
子供らしくはないものの、それなりに謙虚だった珠三郎に比べて、裕次郎の方は「選ばれて当然」と思っていた。そして、弟のその謙虚な物言いが気に食わなかった。選ばれたかった自分が、アホみたいだと思ったし、なによりも弟のクラスにもいたであろう「選ばれたかったヤツ」も、腹が立つに違いないと勝手に思っていた。さらには、「いまから負けたときの理由にできるようなコト言ってんじゃねぇぞ、おんどりゃ〜」とも思っていた。いや、実際は、当時「おんどりゃ〜」などという言葉は知らなかったが、気持ちとしてはそのくらいの勢いだったのだ。
生まれた時から、見た目にもそっくりな双子であった。そして、いつも隣り合わせの二人であった。ベビーカーも横並びなら、勉強机も横並び。成績も同じくらいだし、成長もほぼ同じくらいだった。毎日食べているものも同じなら、生活パターンも同じ。
「こりゃ、根性勝負だ・・・」
どこからそういう考えになったのか、裕次郎はそう思っていた。体力的にもほぼ同じ、環境も同じとくれば、能力の優劣を決めるのは根性だという考えに至ったらしい。小学生ながらそこまで考えたのは天晴れと言いたいが、実は長兄・廉太郎の入れ知恵でもあった(←この兄もどうかと)。
裕次郎は、どうしても勝ちたかった。選ばれたかった自分が、「たまたま」なんて言うヤツに負けてはいけない!と思った。
そして、リレー当日。おあつらえ向きに、裕次郎と珠三郎のクラスは、ほぼ同時にアンカーへとバトンを渡した。体力的にレベルが同じなだけに、二人は競った。競って競って、珠三郎の方が半歩分先に出たような気がした。
が、なぜかゴール前で、珠三郎は減速した。それも唐突に減速した。まるで、裕次郎に勝ちを譲るかのように。そして、「たまたま」の珠三郎に勝ちを譲られるのか?と、思う間もなく、裕次郎は弟よりも先にゴールを切っていた。
ショックだった。あまりのショックに、その先のことは殆ど覚えていない程だ。
そして、その時から裕次郎は、弟が「本気でかかってくる」時を待っている。譲られる勝利だなんて、自分のプライドが許さない。勝ち取ってこその勝利なのだ。
が、裕次郎の望む弟の「本気」はこの歳になっても感じることができない。だからこそ、不毛な略奪を裕次郎は続けていた。もう、弟が呆れているとも知らずに・・・。
あくまでも、これが理由のひとつ。どこまでも身勝手な理由だということに、本人はあまり気付いていない。おそらく一生気付かないであろう(←困った人だ)。
そんなこんなで、勝手に合鍵で上がりこんだ弟の部屋で、なにやら勝手に物色し始める。やがて目当てのモノを発見した裕次郎は、さっきまで退屈な振り替え休日などと思っていたこともすっかり忘れて、満足げに微笑んだ。
「さて、車を出すかな」
***As I grew up***
半死半生の大澤です(^^;)
そして、トコトン迷惑な裕次郎。
強引な大澤やカナメに取り付かれても
珠ちゃんがメゲないのは、こういう
兄を持っているからであろう・・・(^^;)