***As I grew up***
ユサユサユサ
あれ?なんだ、この揺れ。俺ってば、海に入ったっけ?
いやいや。忍さんと砂浜から波を眺めただけだと思うんだけど・・・。
じゃあ、この揺れは?車が揺れてるのか?だってそんな、こんなに車が揺れるなんて・・・ねぇ(←何を思い出しているのか?)。あっはっは(←なぜ笑う)。
・・・にしては、揺れてるのは上半身のような・・・(←だから、なにを思い出してるんだってば!?)。
「・・・マちゃん!」
・・・ん?忍さんにしては高い声。女?しかもこんな呼び方するのは、母さんでもないわけで。じゃあ・・・誰?
「珠ちゃんってば!」
艶を抑えた囁き。一ノ蔵はゆっくり目を開けると、目の前に広がるオレンジの影に思わず息を飲んだ。
「あ、起きた。ねぇねぇ・・・ちょっと!」
肩を揺すっていたのはカナメ。そういえば、今朝方ドライブから帰り、眠気が足りなかったからビデオを観ようということになった。でもすぐに睡魔に襲われ、二人ともソファで陥落したのだった。
腕の中には静かな寝息の宮坂。一ノ蔵は大きなあくびをひとつすると、自分を自室に招くカナメの後を追った。
「沖縄・・・どうでした?」
止まらないあくび交じりで一ノ蔵がカナメの部屋に入る。カナメは宮坂が起きてこないことを確認すると、ドアをきっちりと閉め、一ノ蔵に向き直った。
「・・・・・どうしたんすか?」
「珠ちゃん!!」
「はいっ?」
怖いくらいに真剣なカナメの瞳。カナメが指先で座るように指示すると、一ノ蔵も少し目が覚めてきた顔で正座をした。
「あのね!!・・・・・相談が、あるんだけど」
「はぁ・・・」
こういう言い方で来るということは、宮坂には内緒の話なのだろう・・・と一ノ蔵は思う。カナメは一ノ蔵の顔を上目遣いで見ながら、いいにくそうに床を引っかいた。
「なんかもー、珠ちゃんしか言う人がいなくてさ。アタシも正直、どうしたもんだか・・・・」
「どうかしたんですか?沖縄も関係あるんですか?」
沖縄。その言葉にビクっとカナメの肩が震える。
あ、図星だ。と、思いながらも、一ノ蔵は再びこみ上げるあくびをぐっとかみ殺した。
「なに?一体何時に寝たの?聞くだけヤボだけどさ」
すでに昼過ぎである。にもかかわらず、寝足りなさそうな一ノ蔵の姿に、カナメがふと話を逸らす。一ノ蔵は滲んだ涙を手の甲でぬぐって返した。
「夜通しドライブしてきたんで、寝たのは朝なんですよ・・・」
「あ、そうなんだ。起こしてゴメンネ。でも、この話聞いたら、きっと目が覚めるからさ」
本当にゴメンネと思っているのか?と少々疑問の一ノ蔵。しかし、そこまで言われることってなんだろう?という興味の方が大きくなった。
「そんなにもったいつけないでくださいよ。気になるなぁ・・・」
と、そこまで言って、やはりこぼれるあくび。一ノ蔵が両手で口元を隠すと、その一瞬の気の緩みを突くように、カナメが言った。
「ウィルと沖縄行ってきた」
ふわぁ〜っと、気の抜けた息が、途中で止まる。涙の滲んだ一ノ蔵の瞳がカナメを捉え、そしてカナメの真剣な目が、一ノ蔵のそれをじっと見つめ返した。
「・・・・・・・・・え?」
え?それって・・・どういう・・・?なに?
一ノ蔵の頭の中をグルグルと疑問符が回り始める。
「ついでに言うと、アレの息子も一緒だったの」
「え!?・・・・・ええっ!?」
それって、なんだ?家族ぐるみの付き合いか?でも、なんでそんなことに?まさか・・・カナメってば男もオッケーに・・・?
「違うの違うの!仕事なの!アタシがカメラマンで、あっちがモデル。仕事でたまたま一緒になったの!!アタシ今度、ヨシのトコの雑誌の連載もらって、それで・・・」
「あ・・・・・あぁ」
なんとなく納得の一ノ蔵。しかし、それにしても・・・。
「ヨッさんは、知ってる・・・・んですか?」
「言えるわけないじゃない!ウィルだけならまだしも、アタシ、息子の方まで脱がしちゃったんだから!」
一ノ蔵の膝をパシパシと叩きながら、カナメが返す。一ノ蔵は再び、あぁ・・・なるほどね・・・と思った次の瞬間にカナメの顔を凝視した。
「なっ!・・・・脱が・・・っ!?」
一ノ蔵が言わんとすることを察し、カナメはただコクコクと頷く。
一ノ蔵は、まさに二の句が告げずにアングリと口を開けた。
「だって『女性カメラマンの撮る男の裸』って連載なんだもん・・・」
「でも、息子・・・えと、ジョーくんでしたっけ?・・・って・・・未成年じゃあ・・・?」
「だから、当然そっちの方はやばいヌードじゃないけどさ。でも・・・やっぱり、まずい・・・・よね?ヨシにも忍にも、なんて言ったらいいのか・・・・」
膝を突き合わせて、二人でうなだれる。一ノ蔵は腕を組むと、う〜〜んと低く唸った。
「でもね、そのことを踏まえた上で、珠ちゃんに相談があるんだけど・・・」
これ以上何があると言うのだろうか。一ノ蔵は覚めてきた頭を起こすと、早く言いたくてたまらないという表情のカナメを見返した。
「実はね・・・・・・」
***As I grew up***
眠い。とんでもなく眠い。
一ノ蔵は車を降りると、カナメの必死な瞳を受けて力なく頷いた。
目の前には大澤のマンション。呼び鈴を押すと、すぐにドアが開いた
「うす。なんだ、忍とカナメは?」
「ちわっす。忍さんは家で熟睡してますし、カナメさんは俺を送っただけで・・・」
あれから結局起きっぱなし。完全に睡眠不足の一ノ蔵は大澤の部屋に上がりながら、充血気味の目をぎゅっと閉じる。
「ヨッさん、すいません。目薬かしてもらえますか?」
「ほい」
一人暮らしでありながら、やたらと広い1DKの部屋。絨毯敷きの居間に腰を下ろしながら、一ノ蔵は傍らのクッションを引き寄せた。
「痛てててて」
「なんだ?徹夜か?」
真昼間でありながら、なんの迷いもなくビールを持ってくる大澤。一ノ蔵は辛そうに目を開けると、こぼれた目薬をティッシュで拭った。
「いえ、ちょっとは寝たんだけど・・・」
目薬を返しながらため息混じりに呟く一ノ蔵。その姿に、感心したように大澤が言った。
「がんばるなぁ」
「違いますって!」
どうしてみんな、そういう方向でモノを考えるのかなぁ?と思う(←だって、カナメと大澤だもの)。とりあえずはっきりと否定をした後で、一ノ蔵は出されたビールに手をつけた。
あれからカナメと話し合うこと数十分。その結果、一ノ蔵の口から、まず大澤に状況説明をした方がいいだろう・・・ということになった。しかし、カナメが最後に告げたコトに関しては、しばらく一ノ蔵とカナメの二人の胸にとどめておくことにして・・・。
「夜通しドライブしたんです。朝帰って寝てたトコロに、カナメさんが帰ってきて起こされたから・・・」
「ほほう。で、どうしてそんな疲れてるときに、わざわざ俺に会いに?この間の話を考えてみたとか?」
こりゃ面白い、という顔の大澤。一ノ蔵はビールを一口飲んで眉を寄せた。
「この間の話・・・?なんか、ありましたっけ」
「俺に抱かれてみるってヤツ」
瞬間、ゴフっと喉を詰まらせる一ノ蔵。そのまま苦しげに咳き込むと、ビールの入ったコップを置いてガックリとうなだれた。
「ごほっ・・・・忘れてましたよ・・・・すっかり・・・っ」
「なーんだ。ちょっと期待したのになー」
したんかい!と一ノ蔵は心の中で突っ込む。しかし、この手の話は続けると危険なので、さっさと回避。
「違います。カナメさんのことで、ちょっと頼まれごとをしたんです」
「カナメの?」
妙にストイックな雰囲気になってしまった一ノ蔵に(←自分の所為だってば)、大澤も真面目な顔を見せる。ようやく話せるかなと、一ノ蔵もビールを飲みなおして口を開いた。
「もう、前置きしたってヨッさんには意味ないと思うんで、ぶっちゃけて話しますけど」
「うんうん」
大澤は純粋に、なんだろなーという顔で頷く。
「カナメさんが、ウィルさんと仕事で組むことになったそうですよ」
まるで「明日は雨らしいですよ」とでも言ってるかのようなテンポで話す一ノ蔵。大澤は半開きの口唇を一瞬固めたものの、やはりなんでもないことのように返した。
「ふーん」
ここまでは、一ノ蔵の予想通り。
「で、なんでもヌードで、かなりキワドイ写真を撮ったそうです」
「・・・ふー・・・ん」
コクコクとビールを飲んでいる大澤。
「まぁ、カナメもカメラマンだし、人撮ってれば、アイツと仕事することもあるよなー」
「そうそう。で、ついでに息子さんの方とも仕事したそうです」
ピク。あ、やっぱり・・・と一ノ蔵は横目で大澤を見ながら思う。いま、顔の筋肉がちょっと動いたような・・・。
「ふ・・・ふーん。なんだ、アイツも結局は父親と同じコトするってわけか・・・」
大澤の手が、さまようようにタバコを探す。ライターを掴む手が、ちょっと強引。
「そうっすね。ヌードだから」
シュボーーーーッ
フィルターをきつく噛んだまま、ライターの火にタバコをかざす大澤。その放心の長さに、さすがの一ノ蔵も驚いて言った。
「ヨッさん・・・タバコ、燃えますって」
パチ。その声に、顔を動かさないままでライターの蓋を閉める大澤。先の黒くなったタバコを思いっきり吸っては、白く長い息を吐き出す。
「ちょっと待て」
「はい?」
一ノ蔵は、勝手に冷蔵庫を開けてツマミを探る。こういうときは横柄なくらい勝手にした方が、きっと大澤も楽だろうし。
「なんすか?」
チーズとビーフジャーキーを発見し戻った一ノ蔵は、やはり「なんでもないこと」のような顔で聞き返す。大澤はタバコを浅く吸いながら、苦い顔で言った。
「ジョーは・・・未成年じゃないのか?」
「そうっすよ。16とか17とか、そのくらいでしたよね?だからヨッさんも淫行かってコトになったわけだし」
ぎゃふん。めずらしく大澤の方がくらっている。
「でも、父親のようなキワドイ写真はさすがに撮らなかったそうですよ。あくまでも爽やかに・・・だそうです。頼んだら、雑誌掲載よりも先に見せてくれるんじゃないですかね?カナメさん」
う。頼まなくちゃいけないのか?・・・いつもだったら、頼まなくても強引に見せてくるくせに。
「なんだ?雑誌の仕事?・・・・っておい、うちのアレか?」
「そうですよ。一八さんトコの雑誌って言ってましたねぇ」
そうかぁ、あれかぁ・・・と、大澤の顔が渋く曇る。
そんな大澤を前に、一ノ蔵は一息つくと、これからが本番(←いえ、そういう意味ではなく←だからどういう意味?)とばかりに、真剣な顔で口を開いた。
「それでですね・・・」
***As I grew up***
トントン
襖を叩く音に、ジョーは縁側でゆっくりと振り返る。
「はい」
と短く答えると、静かに襖が開いて、ウィルの友人で家主でもあるシンが顔を出した。
「あら?寝てないの?」
「うん」
昼過ぎに沖縄から帰ってきたウィルとジョー。ウィルは帰って早々にシャワーを浴び、すっかり熟睡している。ジョーも寝るだろうと布団を敷いておいたシンは、縁側に座って庭を眺めているジョーを不思議そうに見つめた。
「やぁねぇ、年の違いの所為かしら?疲れなかったの?」
熊のような姿に乙女の心。割烹着姿のシンは、そそとジョーの隣に並ぶと、片膝を抱えるティーンエイジャーを母のような表情で見下ろした。
「ううん。身体はなんとなく疲れてるんだけど・・・」
気が張って眠れないってことねと、シンは納得。
初夏の日差しを受けて金色に輝くジョーの明るい栗色の髪が、そよ風に揺れた。
「なにかあったの?」
おそらく寝る気はあるのだろう。ジョーは、いつも寝るときの格好に着替えていた。
元々、モデルの仕事は引き受けたくないとあれほど頑固に言い張っていたジョーだ。それを引き受けるというからには、よっぽどの理由があるのだろうと思っていた。
「別に、無理に話せとは言わないけど・・・」
庭に咲いているエビネの花を見つめながら、黙りこくるジョー。しかし、諦めたシンが腰を上げようとしたその時、ポツリと零すように言った。
「・・・親父に、言わないでくれる?」
***As I grew up***
すっかり夜である。
それもその筈、酔った勢いも手伝って、一ノ蔵は大澤の部屋で眠りこけていたのだ。
しかも、相当熟睡していたらしく、大澤が起こしても(←これも少々怪しいが)なかなか起きなかったらしい。まぁ、襲われなかっただけよしということか?
しかし、眠れたおかげで頭の中が少しすっきりとしている。本当は今晩も宮坂のトコロで過ごそうと思っていたのだが、大澤の家まで来ると自宅の方が近い。というわけで、一度自宅に戻ることにしたのだが・・・。
部屋に入って鍵をかける。暗い室内に入ると、電気をつける前に点滅を繰り返す留守番電話のメッセージランプが目に入った。
「誰だろう?」
宮坂なら、こっちででなければ携帯にかけてくる筈。それをしないということは、これは・・・?
ピッ
指先で押す再生ボタン。その後で部屋の電気を点けると、チラチラと明るくなる部屋に恐るべし電子音声が流れた。
「24件デス」
「はぁっ!?」
24件・・・たかが一晩になんでそんな?と一ノ蔵は目を丸くする。思わず電話の前に正座をすると、チュルチュルという巻き戻しの後に聞きなれた声が響き渡った。
「珠三郎!!どうして電話に出ないんですか?母です」
「か、母さん・・・・・」
それは一ノ蔵の実家にいる母の声。カナメに起こされたときに、なんとなく母のことを思い出したのは、これの伏線だったのか?とさえ思う。
「親族会議で決まったことがあるから、すぐに実家に帰って来なさい。いいですね」
と、最初の電話はそこで切れている。
が、次々と時間を追うごとに、徐々に凄みを増していく母の声。そしてその声で段々と話は核心に迫っていった。
実家の祖父の体調が思わしくないこと。そして財産の生前分与を思い立ったこと。一ノ蔵の実家は本家なので、家は長男が継ぐとして、分家の方に跡継ぎがいないということなどなど。さらにはその分家が一ノ蔵のことを名義上の養子として欲しいと言い出したこと。
「おいおいおいおい。なんなんだ?」
電話の前で正座をしたまま、一ノ蔵は眉を寄せる。
確かに高校生くらいのときに、養子がどうのという話はあった。分家とはいえ姓は同じなので、戸籍を移動しても名前は変わらないからいいだろうとかなんとか、酒の席で言われた気もする。それにしたって、何でいまさら・・・?
と、そこまでは大して驚かずに聞いていた一ノ蔵。がしかし、24件目のメッセージの最後を飾ったこのフレーズに、度肝を抜かれることとなる。
「とにかく、こっちの方で見合いのリストを作ったから、さっさと帰ってらっしゃいね」
はぁ、リストね。え・・・なに?見合い?見合いって、あの見合い?え?
「見合いーーーっ!?」
驚きのあまり飛び上がって立ち上がる。しかし、長い正座でしびれた足がもつれ、思わずその場に転倒した。
「痛って!」
ローテーブルの角に脛をぶつけ、泣きそうになりながら足を抱える。いやしかし、それどころではない。見合いって、やっぱりあの見合いだよな。見知らぬあなたと見知らぬ私のなんとやら・・・。
当然ながら、親にカミングアウトなどしていない一ノ蔵。しかし、勘当だと言われても、この事実ばかりはもう変えようもない。
どうしよう・・・。ついさっきまでは大澤のことなどを心配していたのに、もはやそんな余裕も無い。
一ノ蔵はしびれる足を引きずりながら、何を思ったのか再び部屋を出て行った。
***As I grew up***
「ありがとね」
宮坂はカナメに言うと、ニコニコ顔で車を降りる。カナメもハンドルを握ったまま苦笑すると、申し訳なさそうに言った。
「ゴメンネー。珠ちゃんにも謝っといて」
「うん」
さすがに自分の用事で一ノ蔵を帰してしまったことを申し訳なく思ったのか、カナメは積極的にお弁当を作ると、それを宮坂に持たせて表参道まで車を出した。
大澤にも、すでに一ノ蔵が帰ったことは確認してある。
というわけで、一ノ蔵のマンション前。バスケットにご飯を入れて、宮坂は一ノ蔵に会いに来た。
「滝口も会っていけば?」
「そだねー。アタシもちょっと聞きたいことあるし。挨拶だけしてこうかな?」
ハザードをつけて、カナメも車を降りる。二人でマンションの階段をあがると、ちょうど途中の踊り場に一ノ蔵がいた。
「あ、一ノ・・・」
が、様子がおかしい。一人ではなく、誰かといる。それこそ、ジョーよりもはるか年下に見える制服姿の男の子と一緒なのだ。
「あれ?忍、知ってる子?」
「う・・・ううん」
歩いて近づきながら様子を見る。
妙に仲がよさそう。肩に手を回してるし、っつーか、完全に・・・・口説きモード?
「なんか、変じゃない?」
はっきり口にだすカナメの横で、宮坂は半分放心状態でその様子を見ていた。
その時。恥ずかしそうに俯いている男の子の顎に手をかけ、一ノ蔵がその子の口唇に口唇を重ねた。
「ひょーっ!」
目を丸くしたカナメが、奇声を発し、恐る恐る視線を隣の宮坂に動かす。
当然ながら、完全に放心状態となった宮坂は、口を閉じることもできずに、その場に立ち尽くした。
と、口唇を離した一ノ蔵の視線が、宮坂を捕らえる。
次の瞬間、男の子の肩に手を回した一ノ蔵は、悪びれることなく、にこやかに宮坂に手を振った。
***As I grew up***
なにやら暗雲たちこめる?
珠ちゃん一体どうしたの?
でもって、ヨッさん一体どうするの!?