***As I grew up***



 「で、どうしてこうなるのよ」
 カナメは眉間に皺を寄せながら、相手に向かって、これ以上出せないというくらい顎を突き出して言った。
「知るか。嫌ならそっちが断ればいいだろ。『新進気鋭の美人カメラマン』さん」
 クールに口を開いた後、最後は含み笑いで被写体が返す。
 都内にあるスタジオの中。カナメとウィルは皮肉な再会を果たしていた。
 新創刊の雑誌が連載を予定している『女性カメラマンが撮る男性のヌード』というコーナーに呼ばれたカナメ。しかし、来てみてビックリ。そこにいたモデルはウィルだった。
 考えてみれば納得。この雑誌の発行元は、大澤の勤めている一八出版だ。先日のパーティにどっちも出席していたし、どっちも頼まれた仕事は断らない(←っつーか、選べる程まだ立場に余裕はないし)。おまけに片方はカメラマンで片方はモデル。出会うのは時間の問題だろう。
「なんでアタシが断らなくちゃいけないのよ、こんなオイシイ話。そっちこそチェンジしてよ」
 渋い顔で言うカナメに、喉の奥でウィルは笑って返した。
「デリヘルじゃねぇんだから、そういう訳にもいかないだろ」
 口では言いながらも、お互い着々と仕事の準備は続けている。くだらないわがままで仕事に支障を来たすほど、二人共子供ではなかった。
「じゃあ、どっから撮ろうかな。すぐ脱げる?」
「そりゃ、脱げといわれればいつでも。仕事だからな」
 ガウン姿で腕を組むウィルは、ファインダーを覗いているカナメをじっと見返している。
「カナメ、お前・・・この仕事なんで受けたんだ?お前が男撮るっていうのは、ある意味男が男撮るのと一緒だろ?」
 するとカナメ、レフの指示を出しながら顔を上げた。
「だって、さっさと一発当てたいんだもん。メジャー雑誌の仕事で名前売っとかないと、いつまでたっても本当に好きな仕事なんかできやしないっしょ。とりあえず三ヶ月分はアタシに撮らせてくれるって言うし。自分のやりたいようにやるためには、まず実績っつーもんが必要なのよね、この世の中」
「随分はっきり言うな」
 あまりにもあっさりと言ってのけるカナメに、ウィルは感心したような顔を見せる。カナメは再びファインダーを覗き込むと、中に見えるウィルのふてぶてしい顔に言った。
「いまさらアンタに体裁繕ってもしょうがないでしょ〜」
 と、中に写るウィルと目が合ったような気がする。そして、その顔は徐々に近付き、画面が暗く翳った。
「・・・なに?やっぱりチェンジ?」
 目の前にやってきたウィルに対して、カナメが顔を上げる。ウィルはガウンを脱ぐ気配もなく、かといって帰ろうという感じでもなかった。
「裸の証明写真撮ったって誰も喜びゃしないだろ。この際、俺のアイデアに乗ってみる気はないか?」
「アンタのアイデア?」
 カナメは首を傾げてウィルを見上げる。微かに開いた襟元からは、引き締まった肉体が垣間見えた。
「少なくともお前よりは、男に欲情するオンナの気持ちが分かると思うぜ」




***As I grew up***



 と、そんなことがカナメにあったりした更に数日後の昼、宮坂は一ノ蔵の会社に向かって歩いていた。仕事のついでの外出で、一ノ蔵と昼食でも・・・というもくろみ。あれからも二人は、超ウルトラスーパーラブラブモード驀進中。向かうところ敵なしの蜜月状態だった。ホント、大澤が呆れて舌を出すほどに。
 近くまで来たところで一ノ蔵の携帯に電話を入れる。2コールで出た一ノ蔵は、今日も爽やかな声(←宮坂耳)で言った。
「こんにちは、忍さん。どうしたんですか?外ですか?」
「あ、こんにちは。実は、一ノ蔵さんの会社の近くまで来たので・・・もしも、忙しくなかったらお昼でもと思ったんですけど」
 さすがにラブラブモードにいるせいか、以前よりも遠慮の壁が低くなっている。それは一ノ蔵もそうなのか、少し残念な声ですぐに帰ってきた。
「うわっ。すみません・・・今日はちょっと打ち合わせが入ってまして、これからすぐに出なくちゃいけないんですよ。ごめんなさい」
 そうかぁ・・・と宮坂の肩が少し落ちる。会えるかもという期待が実らないのは、結構ダメージが大きいものだ。
「いえ、いいんです。僕も突然ごめんなさい」
「でもあの、夜は空いてるんですけど、忍さんはどうですか?」
 一喜一憂とはまさにこのこと。少し翳った宮坂の瞳が、きらりーんと輝く。
「あ、暇!・・・っていっても、あの、急ぎの仕事がないだけだけど。うん。空いてる・・・明日は土曜日だし、今晩は滝口もいないし、一ノ蔵さんさえ良ければ・・・」
 想いのままに一気にまくしたて、二人の間になんともいえない甘い空気が漂う。見なくても分かる笑顔のシンクロ。一呼吸を置くと、一ノ蔵が言った。
「じゃあ、今晩遊びに行きますね。なんかビデオでも見る?」
「うん。じゃあご飯、用意しておくね。なにか食べたいものあります?」
「忍さんの好きなものでいいですよ。そう言えば、忍さんの手料理って、初めてですね」
「あ、そうだっけ?」
 うわぁ、なんかこれ、新婚みたい!胸の中がコチョコチョくすぐったい感じ。
 なんとなく手持ち無沙汰で、街灯の柱にのの字を書いたりしている宮坂。次に会う約束が出来るって、すごく嬉しい。
 しかし、一ノ蔵もさっき言った通り、いつまでも新婚モードに浸ってる訳にもいかない。電話の向こうで呼ばれている声がして、一ノ蔵が焦りながら言った。
「じゃあすみません。またあとで電話しますね」
「はい。じゃあ、いってらっしゃい」
 ピ。と、携帯を切るまでの数秒の間。「繋がってるね!」とどっかのコマーシャルを思い出した。
 さて、それなら家に帰って美味しい夕食でも作ろうか。でも、せっかくここまで来たのだからとも思う。結局、宮坂はデパ地下を少しだけ見て行こうと決め、松屋(←ワシも好きです。会社勤めの頃は良く行ってました、会社帰りに)の方向へ歩き出した。




***As I grew up***



 誰も居ない部屋で、鳴り続ける電話の呼び出し音。
 それが留守番電話に切り替わると、黒柳○子もビックリのノンストップボイスが部屋中に響き渡った。




***As I grew up***



 はぁ、買いすぎちゃった。・・・と、宮坂は両手に持った荷物にため息をつく。
 ちょっと覗くつもりが、ハマりにハマッて二時間。しかも殆どが、食品売り場で過ごしてしまった。ボーッとしているのかなんなのか、試食のお姉さんにすぐ捕まる宮坂。そのせいで、昼食を摂っていないにもかかわらず、そこそこに空腹状態を脱していた。
「さて、帰って準備しないと」
 かさばる荷物を持ち直して駅に向かう。すると、駅に向かう道の途中で、宮坂は見慣れた顔に気付いた。
 広い道路の反対側を、スーツ姿で行く一ノ蔵。忙しいのかなんなのか、険しい顔のまま早足で歩いている。
 宮坂は声をかけようか迷いながら、道の向こう側でその様子をじっと見ていた。しかし、やはり手のひとつも振ろうかと、道路のギリギリまで近付いて叫ぶ。
「一ノ蔵さーーーんっ!」
 瞬間、立ち止まる一ノ蔵。声の主を探しているのか、キョロキョロと周囲に目を配る。そして、宮坂の方を見た時、宮坂が強引に荷物を片手で持ち、空けた手を振って見せた。
 なんとなく、目が合ってるような合ってないような一ノ蔵。宮坂も、一ノ蔵が気付いたなら何か言ってくるだろうと思う。言わないまでも、いつもの優しい笑顔(←宮坂ビジョン)とか。気付かれてないのなら、これ以上声を出すのは恥ずかしいし・・・。
 分からない・・・のかな?
 そう思うと急に、手を振っている自分が恥ずかしくなってくる。頼みの綱の一ノ蔵に「誰っすか?」という目で見られると、フォローが効かなくなってくる。宮坂は振っていた手を下ろすと、バツが悪そうに、ぎこちなく笑って見せた。
 手を下ろした宮坂に、道の向こうの一ノ蔵もまた普通に歩き出す。
 人違い?いや、そんな筈はない。だってあのネクタイ見たことあるし・・・と思う。
 一ノ蔵さんって・・・目、悪かったっけ?と、宮坂は荷物を持ちながら首を傾げた。




***As I grew up***



 「という訳で、お願いだから作り方を教えて!!」
 受話器を握り締めたまま、宮坂は切羽詰まった声で吐き出した。キッチン周りには、一体何を作るのかと言うほどの食材・・・・・・・・と、もしものためのバンソウコウ。
 そう。一ノ蔵につい「夕飯作って待ってます」と言ってしまった宮坂だが、実は料理が大の苦手なのであった。以前、一ノ蔵に食べさせたシチューはもちろんカナメが作ったもの。その時にも「料理はあまり得意じゃない」などと言ったが、「あまり得意じゃない」なんてものじゃない。ド・・・・が付くくらい下手なのである。
「お前なぁ、素直に出来ませんってなんで言わなかったんだよ。嘘つきは泥棒のハジマリだぞー」
 受話器の向こうでは、大澤が大きなアクビをしながら自室でテレビを見ている。
「そんなこと言ったって、もう言っちゃったし、一ノ蔵さんももうすぐ来るんだもん!!」
 宮坂は、もうかなりなテンパり具合で目を白黒させている。
「カナメが作ってったもんでも出しとけば?」
 先日のショックはなんのその、バラエティー番組を観ながら、はははと笑う大澤。大澤とジョーのことなど知る由も無い宮坂は、そんな大澤の態度に泣きそうになりながら叫んだ。
「ちょっとーーーもう!もっと真剣になってよ!!」
「あっはっは。お前も見てみ、面白いぞ」
 お門違いながら、ぐおおっと怒りが込み上げてくる宮坂。こっちがこんなに真剣で切羽詰まってるのに、どうしてこいつはウッチャンナンチャンで爆笑中なんだと心底思う。しかし、いまここでこの電話を切ったら、もはや頼る相手が居ない。カナメはロケで沖縄に行ってるし、他に考えられる相手もいないのだから。
「芳之ーーー!!お願いだから、ナビってってば!」
 声を限りに叫んでみる。と、電話の向こうから大澤が笑いながら言った。
「じゃあナビるけど・・・はははっ・・・お前、何作るつもりなんだ?」
 とりあえずまともに返ってきた声に宮坂の目が開かれる。受話器を持ったままキッチンに立つと、宮坂が本当に真剣な顔で言った。
「だから、そこからナビって」
「は?」
 コマーシャルになったのか、すぐに大澤が返事をする。しかし、宮坂の言葉の意味を把握しかねたのか、もう一度言った。
「そこからって・・・どこから?」
「だから、何を作ったらいいかってトコから教えて!」
 すでに受話器は手放しのスピーカーモード。包丁を片手にし、宮坂は臨戦態勢。が、大澤はあまりな返事に思わず呆れて返した。
「いくらなんでもそりゃないだろ。もうちょっと明確なビジョンを持ってからだなぁ・・・」
「だって、この時間で何ができるとか、さっぱり見当がつかないし、この材料でなにが出来るとかも・・・」
 心の中で『3分間クッキング』なんか嘘っぱちだと毒を吐きながら答える宮坂(←しかし、料理番組ではしょらなかったら、煮込みものとかは野球中継時間越えるってば・・・)。すると、宮坂の意気込みだけは理解した大澤が、諦めたように言った。
「あ・・・・・っそ。そうしたらだなぁ・・・・」




***As I grew up***



 その頃、一ノ蔵は自室でシャワーを浴びていた。
 思いのほか仕事が押して、家に戻るのが遅くなったのだ。こんなことなら、宮坂に先に食事をしていてもらった方がいいかな・・・とも思う。しかし、一ノ蔵に作ってくれる初めての手料理ともなると、そうもいかない。
 出来るだけ早く向こうに行かなければ・・・・という焦りが、一ノ蔵に留守電のチェックを忘れさせた。




***As I grew up***



 電話が鳴る。宮坂はよたよたしながら受話器を握ると、出来る限り状況を悟られないような明るい声で言った。
「はい!もしもし」
「あ、忍さん?一ノ蔵です」
「はい!」
 一ノ蔵の声に、嬉しくなる反面、なんともいえない緊張が走る。
「いま、駅なんで、もうすぐお邪魔しますね。なにか、買っていった方がいいものってありますか?」
 愛する一ノ蔵の言葉なのだが、悲しいことに話半分。宮坂の頭上では星が回っていた。
「いや、その・・・それが・・・・」
 なんと言っていいのか分からない。着ているエプロンの端をいじりながら、宮坂は俯いた。
「あの・・・・・・とりあえず、いらしてください。いろいろ、あるにはあるんで・・・」
「そうですか?じゃあ、すぐ行きますね。はい」
 そう言って切れる電話。宮坂は深い、それこそ肺の中の空気を全部出す勢いでため息をつくと、ソファに座り込んだ。のろのろとエプロンを脱ぎ、傍らに隠す。
 そして、泥棒にはなってないけれど、やはり嘘はつくもんじゃないなぁ・・・と思った。




***As I grew up***



 一ノ蔵は玄関前に立つと、不思議な匂いに鼻をひくつかせた。
 宮坂は一体なにを作ってくれたのだろうか?この匂いからは全く見当も付かない。和洋中のどこに属するのかも、よく分からなかった。
 ピンポーンとチャイムを鳴らすと、すぐに開く扉。
「こんばんは。すみません、遅くなって」
「いえ、僕も・・・イロイロとあったもんで・・・・」
 ひきつった笑いで返す宮坂に、一ノ蔵はどうしたのだろうかと眉をあげる。そのまま、いつものように中に通されると、宮坂が病気かというほどに暗い表情で言い出した。
「あの・・・非常に言いにくいのですが、僕も・・・あれから急に予定が入ってしまって、夕飯が作れなくって。それで、今日は車もあるから、もし良かったら、外に食べに行きませんか?」
 床に下げたままの宮坂の視線。一ノ蔵は、宮坂の背後に隠された指先を見て、アレ?と思った。
「あ、そうなんですか?別に俺は構わないですけど・・・・でも・・・」
 じゃあ、外に漂ってて・・・しかもこの部屋の中に充満している食べ物の匂いはなんなんだろう?と聞こうとしてやめる。なんだか、それを聞けない雰囲気が、宮坂から漂っていた。
 そして、キッチンの一画に止まる、視線。
「車があるんですか?」
「・・・うん。滝口は、ロケで沖縄に行ってるから」
「そうですか・・・」
 やはり暗い宮坂に、一ノ蔵はなんとなく状況を悟る。そこで一ノ蔵は宮坂の背中をポンっと叩くと、顔をあげた宮坂に笑顔で言った。
「じゃ、ドライブしませんか?」
「・・・ドライブ?」
 こんな夜から?と宮坂は思う。しかし一ノ蔵はあくまでも本気らしく、落ち込みぎみの宮坂の頬に指を滑らせて続けた。
「なんか、忍さん元気ないから、気分転換がてらにいいと思いません?前に、ドライブしようって約束もしたし。オールナイトドライブ」
「でも、ビデオ・・・」
 と、宮坂は一ノ蔵の手に在るビデオに目を落とす。すると一ノ蔵、そのビデオをソファの上に置いて返した。
「これは帰ってから観てもいいじゃないですか。明日も休みだし、せっかく車があるんだし」
「うん。・・・じゃあ、そうする?」
 なんとしてでもドライブに行きたいらしい一ノ蔵に、宮坂も肯く。その同意に、今度は一ノ蔵、ファストフードの店員のようにたたみかけてきた。
「着替えます?それか、シャワー浴びたりとか?」
「あ、じゃあちょっとシャワー浴びてきていいかな?すぐに出るから」
 さまざまな食材と格闘した結果、なんとも言えない匂いが自分に付いていることは感じていた。もちろん、そんなことは一ノ蔵には悟られたくない。すると、一ノ蔵はいつも通りに微笑んで、言った。
「もちろんですよ。待ってますんで、ごゆっくりどうぞ」




***As I grew up***



 助手席から、一ノ蔵の運転する姿を見る。あぁ、横顔もかっこいいなぁ・・・と、宮坂は胸をきゅんとさせた。
 大澤にナビをしてもらいながら格闘した数時間。が、残念ながらというか、当然というか、およそ人間が食べるのに値するものは出来なかったのだ。見た目が良ければ味が悪く、味が良ければ見た目が致命的という状態。改めて料理の難しさを感じるとともに、カナメのすごさを思い知った。
 カナメは手際良くパパパッと作っていく。しかも作る端から片付けまでする。今までちょこっと手伝ったりしながら、それを普通と思って見ていたけれど、今ならそのすごさが分かる。あぁ、教わっておくんだった・・・と本気で宮坂は後悔した。
 一ノ蔵さん、お腹空いてるだろうなぁ・・・と、申し訳なく思う。と、一ノ蔵がじっと見つめるその視線に気付いたのか、信号停止と同時に振り返った。
「・・・なに?」
「え?・・・いえ、なんでもないです」
 当然、返す言葉もなく宮坂は俯く。一ノ蔵はそんな宮坂の髪に手を伸ばすと、指先で宮坂の髪に手を差し込んだ。
「本当に乾かさなくて大丈夫ですか?風邪ひきますよ」
 シャワーを浴びて濡れたままの宮坂の髪。乾かす時間がもったいないと、タオルドライだけで出てきたのだ。
「ん。その分厚着してきたから」
 とはいえ、着ているのはTシャツとトレーナー。一ノ蔵の軽装に合わせて、宮坂もカジュアルな格好をしていた。
「エアコンいれます?乾きも良くなるし」
「でも、それじゃ一ノ蔵さんが暑くなるよ」
「俺、脱ぎますから。いいですよ」
 と言うが早いか、一ノ蔵はエアコンのスイッチを押す。宮坂は一ノ蔵の「脱ぎます」という言葉に少しどきっとした。いや、もう何度か見ているのだけど・・・。
 信号が青に変わり、車が動き出す。そういえば、どこに向かってるのかな・・・と宮坂は思った。
「あの・・・どこに行くんですか?・・・オールナイトドライブって?」
「忍さんは、どこか行きたいところってありますか?」
 行きたいところ・・・別に、一ノ蔵と一緒ならどこでも・・・と本気で思い、恥ずかしさに赤くなる。いやいや、先ずは返事しなくちゃ。
「そうですねぇ・・・どこか・・・・。一ノ蔵さんは、どこかありますか?」
「ベタですけど、海にでも行きませんか?」
「海?」
 そういや、ここしばらく海なんか見てなかったなと宮坂は思う。でも、どこの海?
「海って・・・どこの海?」
 海と言ってもいろいろある。砂浜のあるような海もあれば、埠頭だったり、絶壁だったり。
「一応、南下してるんですけど・・・駄目ですか?」
 そういえば、このルートは見覚えがある。カナメと実家の方に行った時の道だ。
「南下って、神奈川の方に?」
「はい。城ヶ島に行ってみたいなぁって前から思ってたんで」
 一ノ蔵がさらりといった一言に、思わず宮坂がぎょっとする。
「城ヶ島!?本気ですか!?」
「はい。これから第三京浜に乗って、横横(横浜横須賀道路)に・・・」
 意気揚々と説明する一ノ蔵に、宮坂の脳裏にはかつての苦い記憶が蘇る。そして、これまた本当に申し訳ないという顔で宮坂が言った。
「あ・・・あの、城ケ島って本当に遠いって・・・ご存知ですか?」
 すると一ノ蔵、不思議そうに宮坂を見返して言った。
「面白いですねぇ。同じこと言うんですねー」
「同じこと?」
「この間カナメさんとも似たような話をしたんですけど、その時に城ケ島の話をしたら、苦虫を噛んだような顔で同じこと言われましたよ。『城ケ島は、とんでもなく遠いのよー』って」
 そりゃそうだ・・・と、一ノ蔵の台詞を聞いて宮坂は思う。
 実は、宮坂とカナメと大澤の三人は、城ケ島まで歩こうとしたことがあるのだ(←アホ?)。中学を卒業したあとだったろうか。誰ともなく言い出し、それで歩いて・・・。
「それは、僕たち三人が横須賀から城ケ島まで歩こうだなんて、無謀なことにトライしたせいで・・・」
「そうそう。それは前に聞きました。三人とも横須賀の出身なんですってね」
 思い出せば出すほど苦すぎる想い出。あれ以来、城ケ島は鬼門なのだ。
「だからあの・・・城ケ島は今度必ず、他の二人も一緒に行く事にしますから、今日は違うところにしませんか?」
 言いにくそうに、でもこれは言わなければと宮坂が言う。と、これまた一ノ蔵、弾けたように笑い出して返した。
「本っ当に同じこと言うんですねー!カナメさんも言ってましたよ。本気で行くなら、みんなで行こうって。二人で行こうとかっていう危険な考えはよした方がいいって」
 その言葉に、宮坂は深く肯く。宮坂の頭の中では、城ケ島は異国並みに遠い場所なのだ。おまけに、この時間に行ってもなにもないだろうし。
「すみません・・・」
 とにかく謝ることしか出来ずに宮坂がうなだれる。一ノ蔵はとりあえず第三京浜に乗りながら、息をついて言った。
「そうかぁ。なんか、島に行きたかったんですよね。今、第三京浜に乗っちゃったし、どうでしょう?他に島って・・・?」
「島・・・・」
 不思議なことを言い出すもんだなと、宮坂は思う。一ノ蔵が何を考えているのか、本当に分からなかった。
「江ノ島、八景島、あとは・・・・猿島とかですかね?」
 記憶を辿りながら、宮坂が呟く。一ノ蔵は、最後に出てきた聞きなれない地名に反応した。
「猿島?」
「あ、でも、そこは本当に無人島なんで行けませんけど。夏になったら船が出るんです。少し前から解放されるようになって」
 一ノ蔵は納得し、でも渡れないんだったら駄目か・・・と呟く。そして、少し考えた後に、潔く言った。
「じゃあ、今回は江ノ島でいいですか?八景島と江ノ島だったら、江ノ島の方がワイルドですよね?」
 ワイルド?と宮坂は思う。益々、一ノ蔵が何をしたいのか分からずに宮坂が首を傾げると、一ノ蔵がバックシートに乗せた荷物をちらりと見て、言った。
「台所にあったのって、忍さんが作ったんですよね?」
「・・・・・・え?」
 何の話をしているのだろうと、宮坂がじっと一ノ蔵を見返す。が、程なくして言葉の意味を理解した。
「あ・・・・・」
 どうにもこうにも食事ができなくて、困った末に作っておいておいた・・・・・・おにぎり。
「あそこに置いてあったもの、全部持って来ちゃったんで・・・・遠足気分で食べましょう。ね?」
 一ノ蔵の言葉に、宮坂の表情が見る間に明るく変わる。何といっても、おにぎりは大丈夫。これだけは、ちゃんと作れている自信があるのだ。
「はい!」
 宮坂が答えると、一ノ蔵が嬉しそうにアクセルを踏みこんだ。




***As I grew up***



相変わらずラブラブな二人。
そしてなにやら嵐の予感?
留守電の真相は!?