***As I grew up***



 泥のような睡魔に襲われて、宮坂はベッドに倒れ込んだ。
 仕事に一区切りがつき、とりあえずこれでしばらく時間が取れる。一八出版のパーティーから5日間。あれから宮坂は、一歩も家の外に出ていなかった。
 ドラマの字幕書きはとても面白い。だからこそ、手を抜きたくはない。今、出来る自分のベストを尽くしたいと思った。
 結果、昨日の昼から一睡もせずに、今は次の日の昼過ぎ。カナメも出掛けて居ない家で、宮坂は目が溶けるほどに眠ってやろうと思っていた。
 そういえば、パーティの日。ホテルの部屋に入ってきた大澤とカナメは、また無言モードに入っていた。今度はなにがあったのかと思ったが、なんだかんだと聞きそびれて今日まで来てしまった。一ノ蔵とも、電話で短い会話を交わしただけ。起きたらすぐに電話をしようと、携帯をベッドの脇に置いて、宮坂は密度濃く睫毛の生えた瞼を閉じた。




***As I grew up***



 一ノ蔵は、目の前で普通にハーブティーを飲む相手を、どこか不思議な気持ちで見つめた。
 会社近くの、落ち着いたフレンチレストラン。いつもだったら来ないであろうお洒落な場所に来たのは、一ノ蔵の前に座っている相手がカナメだからだった。
「・・・で、どうしたんですか?」
 カナメから「ランチを一緒にしよう」という電話が入ったのは、一ノ蔵が出社してまだ間も無い朝。外に出る予定も無かったので、快諾したものの、一ノ蔵にはカナメの目的がさっぱり分からなかった。確かに、この間部屋に戻ってきた大澤とカナメの様子はおかしかったけど、二人の間でケンカをしているという風ではなかった。むしろ、大澤が一方的に不機嫌だったような気がする。
 まぁ、ウィル絡みのことであれば不機嫌になるのもおかしくはないかな?と一ノ蔵は勝手に解釈していたのだが、カナメから電話が来たことで、それ以外の何かがあるのかと一ノ蔵は考えた。
「だってさー。珠ちゃんしか話せる相手いないんだもんさー。しーちゃんに言う訳にはいかないし、ましてやヨシに言うわけにも・・・ねぇ」
 話の論点を明かさないままに、カナメが愚痴り出す。一ノ蔵は益々訳が分からなくなり、黙って首を傾げた。
「ヨシがね・・・・淫行で捕まりそうで・・・・」
 は?一ノ蔵の頭の中で、疑問符が飛び交う。今、カナメはなんて?インコー?まさかインコじゃないよな(←ベタすぎるっちゅーの)。でもインコーって・・・淫行?えっ?淫行!?
「淫っ!?・・・・・・え?」
 声が大きくなりそうなところを、一ノ蔵がぐっと堪える。
「淫行って・・・・だってヨッさん・・・」
 声を落として呟く一ノ蔵。カナメもテーブルの中央に顔を寄せて声を潜めると、ため息交じりに呟いた。
「まぁ、相手が女じゃないから正確に言うと淫行にはならないんだろうけど・・・。でもねぇ、見つかったら『男子学生にみだらな行為をしたサラリーマン』ってことでニュースを飾ることになるわよー」
 『みだらな行為』という表現に、一ノ蔵が複雑な表情で返す。でもまぁ、ニュースだとそういう風に言うよなぁ・・・。
「どうして急にそんな・・・?」
 そういえば大澤は試乗期間中だったはず。あ、だからこそそういう相手と?と思いながら一ノ蔵が首を傾げる。するとカナメが、待ってましたとばかりに悪魔の笑みを見せた。
「それがね・・・・」




***As I grew up***



 大澤とカナメはウィルを追いかけた後、一緒に地下の駐車場に向かった。ウィルの事務所の車が迎えにくるとのことだったが、とりあえず大澤もカナメも、ウィルが去る姿をその目で確認しないと気が済まなかった。
 三人とも、特に言葉を交わすこともなく地下に着く。そして、エレベーターを下り、駐車場に出るか出ないかのところで、ウィルが声をあげた。
「おう。来てたか」
 その声に、傍らの自動販売機でココアを買っていた背の高い青年が、振り返る。
と同時に、大澤もその青年の顔を見て・・・・・・・・・・・・固まった。
「あ・・・・・」
 色素の薄い髪の毛と、どこか日本人離れをした顔を持つ青年は、ウィルの背後で自分を見たまま動かないスーツ姿に、一瞬目尻を下げたような気がした。
 大澤は、ウィルの声に反応した相手を見るや否や、自分の血の気が一気に引いていく音を聞いたような気がした。そんな馬鹿なと思う。というか、むしろ馬鹿でもいいから夢であって欲しいと思う。あって欲しいなんてもんじゃない。金を払ってでも夢にしたかった。
「おいウィル・・・まさか・・・あいつ・・・・・・」
 座った瞳でどこか引きつりながら大澤が言う。するとウィルは大澤の異変を知ってか知らずか、含み笑いで言った。
「あぁ、あれが俺の馬鹿息子だ」
「へぇ、名前は?」
 カナメはまだ大澤の変化に気付いていない。むしろ、大澤の変化の正確な理由に気付いているのは、話の対象になっている本人だけであっただろう。
「ジョー。ジョー・カヤマ。・・・おい」
 手で呼ばれたジョーは、ココアの紙コップを持ちながら、無言で三人の前に来た。ウィルの息子らしい細身の長身。顔も、言われてみれば面影がある。どうして気付かなかったのだろう・・・。
「・・・・・っざけんなよ・・・。なんで、お前たち親子って奴は・・・」
 大澤は神に祈るような気持ちで天を仰ぐと、低く唸りながら片手で額を押さえた。
「なに?ヨシ知ってるの?」
 カナメは横の大澤を見て、ジョーに視線を投げる。ジョーは、大澤のその一挙手一投足を見逃すまいとしているかのように、大澤のことを凝視していた。
「知ってるも何も・・・・」
 そこまで言って、大澤がハッと顔をあげる。そして、今日初めて正面からジョーを見ると、大澤が眉を寄せて言った。
「お前、知ってたんじゃないだろうな?親の復讐ってことか?」
「ちょっと待ってよ、まさかヨシ・・・この子と?」
 カナメの質問に答えられない大澤。するとカナメが指折り数えて続けた。
「だって、ウィルのあの時の子供としても・・・いくつよ??」
「17だぞ」
 すべてを悟ったような顔で横から答えるウィルに、大澤が目を丸くする。
「なにぃ〜!17だとーーーー!?」
「学生って言っただろ。高校生だよ」
 明らかに不機嫌な顔でジョーが言い捨てる。大澤は眩暈を起こしそうな出来事に、再び額に手を当てた。
「こっ・・・高校生・・・・。俺はハタチくらいの大学生だと思ってたのに・・・」
「そんなん、そっちが勝手に勘違いしただけだろ。その割には・・・」
「言うなーーーー!!!」
 もはやパニック状態の大澤に、カナメは腕を組んで首を横に振る。
「淫行だね。間違いなく・・・」
「やめろよ心臓に悪い。同性の場合は適用されん(←だよね?)」
 冷静なカナメの一言。返す大澤も必死だった。
「でも児童保護法(←だったっけ?)とかには触れるんじゃないのか?」
 自分の息子のことだというのに、こりゃオモシロイと言わんばかりのウィル。すると、トドメの一言をジョーが放った。
「俺が被害届け出せばね。いっそのこと、お金もらったことにでもする?」
「おーーーまーーーえーーーなぁーーーーー!」
 地の底から響いてくるような声で大澤が唸る。すると、ジョーがまだ一口も飲んでいないココアをごみ箱に荒々しく投げ捨て、言った。
「こんな偶然があるほど、現代社会がロマンティックな訳ないだろ。最初っから知ってたんだよ。二丁目が初めてなのも嘘。ウブいフリしたのも嘘。アンタのこと知ってて、近付いたに決まってんだろ。騙されるなんて、アンタも案外、間抜けだな」




***As I grew up***



 一ノ蔵は、カナメの話にあんぐりと口を開けたまま動かなくなった。思わずカナメが、一ノ蔵の目の前でピラピラと手を振る。
「お〜い、珠ちゃ〜ん」
「だ・・・で・・・えっ・・・ってことは、ヨッさんの淫行の相手がウィルの息子さんで、しかも高校生だったと?」
 視線を回しながら一ノ蔵が話を整理する。カナメは深く肯くと、ハーブティーを流し込んで答えた。
「そ。そういうこと。しかも、ハメたつもりがハメられてたっつーことらしいのよね」
 ハメたつもりがって・・・カナメさんその言い方はないでしょう・・・と一ノ蔵は思う。
「だっからさー、ヨシってばあれからずーーーーーっと不機嫌になっちゃってさ。手のつけようがないんだよねぇ。珠ちゃんさ、なんとかヨシを浮上させてやってくんない?」
 なんとかって言われても・・・と一ノ蔵は思う。天敵のように嫌ってる相手の息子と、知らなかったとはいえ、その・・・ごにょごにょ・・・したんだ・・・とすると、さすがの大澤もへこむに違いない。
 しかし、復讐って?と一ノ蔵は思う。大澤がウィルに復讐するのならまだしも、どうしてウィルが大澤に復讐するなどと思ったんだろう?なにか、大澤がウィルにしたのかと、一ノ蔵は疑問に思った。
「ヨッさん浮上させるのって・・・結構難しそうじゃないですか?方法の見当すらつかないんですけど・・・」
 一ノ蔵が冷静に告げ、カナメも同意の意味をこめて腕を組む。
「一緒にナンパにって言っても、あれのあとじゃあ火に油を注ぎそうだし・・・・」
「それ以前に、ナンパは俺、行けませんよ」
 宮坂という者が有りながら!と、一ノ蔵の顔に書いてある。そうでなくても、ナンパには向かないタイプだと自分では分かってるのだ。そういう意味では、あのパーティにとても感謝している。街で宮坂とすれ違っても、声はかけられなかっただろう。
「そうだよねー。はて、どうする?」
 どうするって言われてもねぇ・・・と思いながら一ノ蔵が首を捻る。「そっとしておく」という選択肢が浮かんだものの、それは言わないでおいた。
「忍は仕事でそれドコロじゃないし。なんかないかなぁ?」
「カナメさんがドライブにでも連れていくとか?」
 とりあえず極一般的な気晴らしの方法をあげてみる。するとカナメ、一ノ蔵の顔をじっと見つめて言った。
「・・・・いいわねぇ」
 おい!そんな簡単なことでいいなら、悩むこともないだろうに・・・と、一ノ蔵は苦笑する。
「だけど、珠ちゃんも一緒にね。だったら忍の仕事の都合がつくのを待って、みんなでドライブに行こうよ。うん。それいいね!決まりだ!」
 一ノ蔵の返事も待たずに勝手に決めるカナメ(←そういう奴サー)。しかし一ノ蔵も異論はないのか、あきらめたように肯いた。
「いいですけど、でも忍さんしばらく忙しいですよね。その前にヨッさん浮上しちゃうんじゃないですか?」
「まぁ、それならそれでいいじゃない。その時まで浮上してなかったら、コトだけどね」
 基本的に長く悩まないタイプの大澤だ、時間が解決することが本当に多い。それがこんなにへこんでいるのはなぜなのか?
 カナメもそれを思ってか、少し真剣な顔に戻ると、ポツリと零すように言った。
「一度寝ただけの、どうでもいい相手だったら、そんなに悩まないよね?普通・・・」
 なるほど、と一ノ蔵は思った。




***As I grew up***



 最悪だ。
 大澤は昼食も食べずに、会社前の公園で煙草を吹かしていた。
 未成年の、14歳も年下の、しかもあのウィルの息子と・・・・あーんなことやこーんなことを。
「しちまったんだよなー・・・」
 ため息と同時に漏れる白い煙。食欲は減って、煙草の本数だけが増える。
「騙されるなんて、アンタも案外、間抜けだな」
 ジョーのセリフを思い出しては、怒りやら後悔やら、普段だったらすぐにやり過ごしてしまう感情が湧き起こってくる。ちくしょう、あのタヌキ。あの男の子供だけはあるなと、本気で思うから余計に腹も立つ。
 しかし、本当に腹の立つ理由はそこではない。
 でも、その理由を直視したくない。さっさと記憶をごみ箱に放り込みたい気さえする。
 けれど、やっぱり心が「考えてみろ」と警報を出す。本当は気付いてるくせにと、心の中で中指をたてている自分がいるのが、よーーーく分かる。
 ・・・・・・楽しかったのだ。ジョーと交わした会話の数々が。
 久しぶりに本気で、ちょっといいなと思ってしまったのだ。
 だから、それがすべて嘘で演技だと言われた瞬間に、そのプラス方向の感情が、一気にマイナスに向きを変えた。可愛さ余って憎さ百倍とは、こういうことを言うのかなと大澤は思った。
 それにしても17歳。言われてみればそんな感じもする。身長はあるけど肉の薄い身体とか。ウィルがハーフだからジョーにも向こうの血とやらが入ってるのだろうけど、それでもやはりどこかに漂う幼さというものは拭えない。それに気付かなかったのは、ひとえに気に入ってしまったからだろうか。
 あぁ・・・・最悪。
 ウィルとジョーのほくそ笑む顔が頭にちらつき、ベンチに座ったまま踵を踏み鳴らす。
こりゃあ飲まずにはいられない。
 大澤は携帯に手を伸ばすと、即座に電話をかけた。




***As I grew up***



 「で、今度はなんなんですか?」
 今は夜。今度は自宅近くのダイニングバーで正面に座る相手に向かって、一ノ蔵が苦笑して見せた。
「だって、珠ちゃんの顔しか浮かばなかったんだもーん」
 煙草の煙を思いっきり吹かしながら返すのは、当然ながら大澤。カナメにしても大澤にしても、なぜイチイチ自分を呼び出すのかと、一ノ蔵は思った。
「でも、今度はってなんだよ。パーティーの日以来会ってないじゃん」
「いえ、こっちの話ですよ。で、どうしたんですか?」
 一度家に帰って着替えた一ノ蔵は、普段着姿でビールを飲む。大澤はそんな一ノ蔵をじーっと見つめると、短くなった煙草を灰皿に押し付けながら言った。
「別にぃー。飲みたくなったからさ」
「にしたって、すでにシャワー浴びてた俺を引っ張り出すんだから、よっぽど飲みたかった訳ですよね?どうかしたんですか?」
 もちろんカナメに話を聞いたなんてことは言えない。だからこそ、本人の口から言ってもらえると後が楽なのになぁと一ノ蔵は思う。すると大澤、一度大きく息をついた後、目の前で箸を割る一ノ蔵に言った。
「珠ちゃん・・・」
「はい?」
 真剣なまなざしの大澤に、一ノ蔵はトマトを口に運びながら返す。そして、一ノ蔵がサラダのトマトを口に入れた瞬間、大澤が呟いた。
「俺に抱かれてみる?」
 ブーーーーッ!
 瞬時にトマトを吹き出す一ノ蔵。一ノ蔵に向けられていた大澤の笑顔にトマトが直撃し、二人の間のテーブルの上に、それはコロンと転がった。
「は・・・・はぁぁぁぁぁぁっ????」
 大澤の顔に自分の吹いたトマトが直撃したことなどどうでもいいことのように、目を丸くした一ノ蔵は大澤を凝視する。大澤も、敢えてトマトには触れないまま一ノ蔵に笑顔を向けていた。
「ど・・・どっ・・・どっ・・・どうしたんすか?ヨッさん!?」
「俺、結構マジなんだけど」
 たたみかけるように向けられる大澤の笑顔に、さすがの一ノ蔵も言葉が無くなる。ショックのあまり見境が無くなったのかと一ノ蔵は思った。
「マ・・・マジって・・・だって俺・・・・・ヨッさんよりガタイもいいと思うし、なによりそっちは経験が・・・・」
「大丈夫、優しくするから」
 ぎゃふん。と、一ノ蔵の背中に嫌な汗が流れる。抱いてくれと迫られるのも怖いけれど、抱かれてみるかと笑顔で勧誘されるのも怖いものだと一ノ蔵は悟った。
「でもっ!何より、俺には忍さんが・・・・」
 もしも間違いが起こってしまった場合、宮坂はどんな反応をするのだろうか?もしも宮坂が女だったら、彼氏を自分の男友達に寝取られるという図式になるわけで・・・。どう考えてもギャグにしか思えない。
「だよなー。ってことは、俺を抱いてみるかと誘うことも出来ない訳か・・・・・・(←さすがリバ)」
「ヨッさん、なに血迷ってるんすか?オカシイですよ、マジで」
 やっと、転がったトマトを拾って一ノ蔵が空いた皿に置く。ついでに口を拭いて大澤にも紙ナプキンを渡した。
「珠ちゃん・・・・」
 顔を拭きながら、大澤がため息交じりに呟く。一ノ蔵も、今度は真剣に話が始まるかと息を飲んだ。
「試乗キャンペーンは、しばらくやめようかと思う」
 大澤は、げんなりした顔で言った。




***As I grew up***



 宮坂はベッドの中で寝返りをうつと、まだまだ重たい瞼をなんとかこじ開けた。
 時計を見ると、夜。眠りに就いてから、およそ8時間程だった。
 まだ、疲れを癒すには眠り足りない。けれど、感じる喉の渇きをどうにかしようと宮坂はベッドの上で起き上がった。
 傍らに置いておいた携帯を持ち、部屋を出る。カナメの姿はなかった。
 トイレに行き、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。残りが少ないそれを飲みながら、宮坂はリビングのソファに座った。
「はぁ・・・・」
 寝間着代りのスウェットの上下。そのポケットから携帯を取り出すと、宮坂は一ノ蔵の番号を呼び出す。
 どうしようかな?まだ寝てる時間だとは思わないけど。大丈夫かな?
 とりあえず少しは相手のことも考えてみる。しかし、やっぱり声が聞きたいという気持ちには勝てない。忙しかったら、はっきりそうだと言ってくれると思うし・・・と、宮坂は一ノ蔵の番号へ電話をかけた。




***As I grew up***



 無言でビールを流し込む。無言の一ノ蔵の前で、大澤もやはり無言だった。
 大澤は素直にジョーのことを一ノ蔵に話した。しかも、カナメから聞いていた先日の再会の話だけでなく、二丁目の出会いのことも含めて・・・だ。ただ、ジョーのことを気に入っていたという部分だけは削除されていたが。
 付合いで行った二丁目のバーで声をかけられたこと。試乗しないつもりが、気が付きゃギアを握っていたことまで・・・そりゃあもう、聞いてる一ノ蔵が無言になるまで大澤は告白した。で、その記憶にバイバイするために、どうしても飲みたいのだと・・・。
「そりゃ、そういう飲みならいつでも付き合いますけど、ヨッさんにホられるのは勘弁です」
 一ノ蔵はジョッキを置きながら苦笑する。すると、大澤が好奇心に輝いた瞳で返した。
「でも知らなかったなー。珠ちゃんが掘られたことなかったなんて。とりあえずどっちもあると思ってた」
 ニカッと笑う大澤に、一ノ蔵はなんとも複雑な顔で返す。そして、テーブルの上に視線を落とすと、渋い顔で呟いた。
「あんな痛いことはゴメンです」
 ・・・・・・・・・・?
 大澤の目に浮かぶ疑問符。その大澤の表情に、自分がなにを言ったのか気付いた一ノ蔵は慌てて言い直す。
「いや、痛そうなってことですよ!」
「珠ちゃ〜〜ん。まぁまぁ、飲んで飲んで」
 大澤の顔には悪魔の微笑み。それを分かってるだけに、一ノ蔵は益々、追いつめられた草食動物の顔を見せる。
「忍に言って欲しくないなら黙ってるから。さ、オニイチャンには本当のことを言ってみようね」
 言いながらも、大澤はさっさと次の酒をオーダーする。一ノ蔵は目の前で残ってるビールを言われるままに飲み干すと、ひきつった笑顔で言った。
「そんな・・・本当のことなんて・・・・ねぇ?」
「そっかー。痛かったんだー。ちゃんとイロイロ使えなかったの?それとも慣らさなかったのー?」
 落ち込みからの浮上方法。それは、自分以上の不幸を見ること。そんな神の声が聞こえたような気がした。
「いくつの時だったのかなぁ〜?」
 大澤は、新しく来た飲み物を一ノ蔵の前に出しながら嬉しそうに言う。すると、その言葉になにを思い出したのか、一ノ蔵がごく普通の顔に戻って言った。
「あ、そうだ。俺も、ヨッさんに聞きたいことがあったんだ」
「へぇ?なに?」
 大澤も普通に返す。そして一ノ蔵が口を開こうとした時、一ノ蔵の携帯が鳴った。
「あ、忍さんだ」
「ジョーのことは内緒だからなー!」
「分かってますよ」
 事情が事情とはいえ、宮坂に隠し事をするのは嫌だなと思いながら、一ノ蔵が携帯に出る。
 小さな携帯の向こうから届く声に、一ノ蔵の眉が下がった。
「こんばんは。お仕事はどうですか?・・・・あ、そうですか。それは良かった」
 大澤は、箸を動かしながら、溶けそうに幸せそうな一ノ蔵の表情を見ている。その表情に、何かを思い出しそうになったが、次に一ノ蔵が話した言葉に、それはすぐにかき消された。
「今、ヨッさんと一緒にいるんですよ。あ、俺んちの近くです。・・・・えぇ。え?明日ですか?もちろんオッケーですよ。・・・はい。・・・はい」
 どうやら明日会うことになったらしい。あまりにも分かりやすい一ノ蔵の表情の変化を、大澤は面白いなぁと思いながら見つめる。当然、一ノ蔵を抱いてみたいと言ったのは冗談だけど、こうしてみると、一ノ蔵も結構可愛いななどと、不謹慎(?)なことを思う大澤であった。
「はい。じゃあ、明日。おやすみなさい」
 切りの言葉を言ったのに、一ノ蔵はしばらく耳を離さない。宮坂が電話を切ったことを確認してるのだな・・・と少ししてから大澤は気付いた。
「今日会いたいって?」
 携帯を閉じる一ノ蔵の満面の笑みを、まるで異星人を見るような目で見つめる大澤。一ノ蔵は自分がすっかりハッピーモードに切り替わってることなど、気付かぬままに返した。
「いえ、今日仕事が一段落付いたのでとにかく寝るんだそうです。明日、会うことになりました」
「そりゃよかった」
 全身から幸せのオーラが出ている。そんな一ノ蔵に毒気を抜かれたのか、大澤は一息つくと呆けた顔で言った。
「で、なんの話だったっけ?」




***As I grew up***



さて、「100moments」の大澤番外編「わがままな男」が
ここでくっついてきますです。もしもまだ読まれてない方は
そちらの方もよろしくお願いいたします♪
さて、どうなる大澤??そしてジョー?