***As I grew up***
宮坂は、目の前に座る利人を不思議な気持ちで見つめる。利人はその視線を受けて、にっこりと微笑み返した。
「すみません。間違ったキーを渡してしまって・・・」
「あ、いえ、僕の方こそ拾っていただいて。スイートって分かった時に、大澤にちゃんと確認しておけばよかったんですよね」
せっかくだからお茶の一杯でもという利人の誘いを、宮坂は素直に受けた。
何も知らない一ノ蔵はこっちの部屋にやって来る筈。だったらこの近くで待ってなくちゃいけないことになる。それに、なんとなく宮坂はこの利人ともう少し話してみたいような気がしていた。
「じゃあ、忘れないうちに渡しておきますね」
利人は部屋のティーセットで入れた紅茶を差し出すと同時に、一枚のカードキーを渡す。宮坂が受け取って見ると、それは12階の部屋だった。
12階?なんだ、さっきの二人と同じ階だったのか・・・・。
「ありがとうございます」
微笑んで、キーをポケットにしまう。宮坂の手が白いカップに伸びると、利人が宮坂の右側のソファに座った。
「そういえば、竜神さんは大澤を知ってるんですか?」
紅茶に口をつけて、思い出したように宮坂が問う。利人は当然くると思っていた質問に、素直に返した。
「いえ、今日お会いしたばかりですよ。うちの菱川のこともありますので、色々気を使っていただいて」
「あ、そうなんですか。なんだ、てっきり・・・・」
てっきり・・・何を言おうとしたのだろうか?宮坂は、酒のせいかそれとも気のゆるみのせいか、余計なことまで言ってしまいそうになる自分を心の中で戒めた。
「僕は大澤さんの好みとは違うでしょう?大澤さんも、僕の好みではないし」
「え・・・・?」
突然何を言い出すのかと、宮坂が目を丸くする。しかし、利人の方は『もう、分かってるんでしょ?』と言いたげな瞳で宮坂を見返した。
「すみません。実は、忍さんのこと・・・以前から知ってるんです。と言っても、お会いするのは今日が初めてですけどね。だから、あなたの嗜好も知ってます。それを知った上で、僕も隠さないことにしただけです」
「え・・・・?でも・・・・菱川黎子・・・・さんは?」
半ば呆気に取られたような顔で、宮坂が口を開く。利人はその宮坂の反応が楽しいらしく、喉の奥で笑いながら言った。
「黎子さんと僕とは、同志のようなものですよ。ちょっと事情があって表向きは忍さんもご存知の状態ですけど、お互いの恋人関係には嫉妬も干渉も必要ない仲なんです。むしろ、冷静な意見を聞くためによく相談するくらいですよ」
「え?そう・・・なんですか?でも、そんなこと僕に言って・・・」
「忍さんは、話さないですよ。あなたはそういう人じゃない」
そういう風に言われると、話せなくなることを承知の上での言葉。元から、宮坂にはマスコミに話す気などなかったけれど・・・。
「あのでも・・・どうして、僕のこと・・・・?」
「アメリカで近くにいたって言ったでしょ?異国の日本人社会を舐めちゃあいけませんよ。特にあの大学は日本人が多い方じゃない。情報はすぐに回って来るんですよ。分かりますよね?」
「あぁ・・・それは・・・・・」
納得である。日本人が少ない場所では、新しい日本人がきただけでその話は一気に広まる。宮坂も学校で初めて会った相手に「宮坂さんでしょ?」と言われて驚いたことは、一度ではすまされないほどにあった。そして自分も、会ったことはないけれど、どこの誰だかは知っているという日本人が何人かいた。「海外転勤では奥さんの方が大変」というのも、そこら辺のことが関係しているんだろう(お局さまに面通しだとか、お披露目ホームパーティだとか、本当に大変らしい。なんかヤクザみたいだなぁ・・・)。
「大澤さんは、恋人なんですか?」
昔を思い出しながらちょっと考え事にふけりかけた時に、利人が滑舌も良く聞いて来る。宮坂はハッと顔を上げて、ぎこちない笑みを見せた。
「え!?・・・・いえ、違いますけど・・・」
「でも、フリー・・・じゃないですよね?」
宮坂の反応を楽しむような利人の笑顔に、宮坂も困ってしまう。
「はい・・・・まぁ・・・・」
別に一ノ蔵のことをないがしろにする訳ではないけれど、正面きって「恋人がいます!」と言うのはなんだか恥ずかしい。宮坂は少しだけ緩む頬を感じながら、俯きぎみで紅茶を飲んだ。
「決まった相手がいると、他には目を向けないタイプですか?忍さんは」
「へっ!?」
予想もしなかった質問に、間の抜けた返事をしながら宮坂が顔をあげる。ついでに紅茶が気管に入り、何度も激しくむせ返った。
「っな?・・・ごほっ・・・」
「あぁ、すみませんっ。そんなに驚かれるとは思いませんでした」
利人が立ち上がり、洗面所のタオルを取って宮坂に渡す。宮坂はむせながらそれを口に当てると、涙目で利人を見返した。
「大丈夫ですか?」
心配そうな利人に、宮坂が肯きで返す。それでも息がしにくいのか、時折小さくむせていた。
「あの・・・・っ・・」
「はい?なんですか?」
タオルを口に当てながら、枯れた声で言いかける宮坂。利人はその宮坂の濡れた瞳に、少しドキッとした。
宮坂は、利人の言った言葉の意味を考えて、ゆっくりと口を開いた。
「あの・・・・やっぱり、一人じゃ満足できない人って・・・・いるんでしょうか?」
***As I grew up***
チン
12階についた大澤とカナメはエレベーターを降りた瞬間に走り出した。
部屋の番号は1234。冗談のようだが本当である。二人して部屋番号を確認しながら、それでも最速のスピードで絨毯敷きの廊下を駆け抜けていく。そして1234号室の前に来ると、さきにその部屋を見つけたカナメが大澤を呼んだ。
「あった!こっち!」
言うが早いか、部屋の呼び鈴を押す。
「部屋の場所までは分かってないわよね」
「だと思うぞ。だから今のうちに部屋の中に入れば・・・」
こそこそと話す二人。それもその筈、ウィルの姿は二人の見る限り・・・なかった。
けれど、部屋の中からの返事もなく、呼び鈴のあとにはただ静寂が広がる。
「ちょっと・・・寝てるの?まさか珠ちゃんとなんかしてるんじゃないでしょうね?」
カナメがけたたましく呼び鈴を押す。大澤も、すぐに返事の来ない状態に、少々苛立った。
「何やってんだ忍は!早くしねーとあいつが来るじゃないか」
「ちょっとアタシ、あいつの方探して来る!足止めできればするし!」
カナメの言葉に大澤が肯く。と、次の瞬間聞きたくなかった声が聞こえた。
「へぇ〜。探してくれる手間が省けてよかったな」
振り返るまでもない。それは間違いなくウィルのものだった。
***As I grew up***
「ちょっ!・・・岡本さんっ!?・・・冷静になってください!冷静に!!」
スッポンのように張り付いて来る生温かい身体を引き剥がしながら、一ノ蔵は必死に叫んでいた。
「冷静だなんて、恋には必要のない言葉だよ!きっ・・・君も、一緒に溺れようっ!」
溺れるって・・・一体何に!?と一ノ蔵は思う。宮坂との愛欲の海にならばいくらでも溺れたいと思うけれど、目の前のスッポンとは想像もつかない。電気を点けてしまったために、視界の端にチラチラと見えるモノ。どうして肉眼にはモザイクがかけられないのだろうと、一ノ蔵はかなり本気で思った。
「待って下さいっ!こ・・・これを部長の娘さんが知ったら、悲しむんじゃないですか!?」
瞬間、ピタっと止まる岡本の動き。その間に一ノ蔵は張り付かれていた身体を少し離して、緩められたネクタイをキュっと締め直した。おっと、チャックが半分降りてるし(←怖い)。
「岡本さんの嗜好は分かりますけど、結婚を決めた以上、相手の方には誠意をもって・・・・ね?」
諭すように言いながら、一ノ蔵は岡本の身体に何かかけようとする。傍らの乱れたシーツに手を伸ばすと、岡本がポツリと呟いた。
「一ノ蔵君・・・・話すつもり・・・?」
そのシューンとした様子に、一ノ蔵は「いいすぎたかな?」と反省。嫌いな訳ではないし、陥れようとしているわけでもない。だから、岡本の肩にシーツをかけながら、一ノ蔵は笑顔で返した。
「まさか。そんなことしませんよ。俺も岡本さんには幸せになってもらいた・・・・わあっ!」
チクル気が無いと分かった途端に、岡本の身体がまた張り付いてくる。今度はしっかりと押し倒され、考える間もなく口唇が重ねられた。
「ん〜〜〜〜っ!!!」
強引に絡められて来る舌に、一ノ蔵が泣きそうになる。足をジタバタと動かしながら、必死で岡本の身体を突っぱねた。
「っはぁっ!・・・・なっ・・・何するんですか!?」
「一ノ蔵君の口唇って・・・・あったかいんだね」
頬を赤らめながらも、さっさとシャツの前をはだける岡本。一ノ蔵はシャツのボタンを外される端から留め直す。
「待って下さいってば!岡本さんっ!こんなの、俺が尊敬した岡本さんじゃないですっ!」
相手を侮辱することはしたくないと思う。実際、仕事は出来る人なのだし、職場ではこれからも仲良くやっていきたい。あくまでも、仕事の上では尊敬できる上司なのだから・・・・。
「違う僕のことも知って欲しいんだよ」
ぎゃふん!ホメゴロシ作戦失敗。岡本はせっせと一ノ蔵の服を脱がしにかかっている。おまけに着る速度と脱ぐ速度といったらもちろん後者の方が速い訳で、一ノ蔵はかなり不利。
「じゃっじゃっじゃっ・・・シャワー浴びますからっ!待ってくださいっ!!」
「いいんだよ。僕は君の香りが好きなんだ・・・」
せっせ、せっせ。
「汗臭いですってば!」
「どうせこれからまた汗かくじゃないか」
せっせ、せっせ、せっせ。
「実はここ一週間風呂に入ってなくって!(←苦しい・・・)」
「フェロモンだと思えば気にならないよ(←マジか?)」
ベルトが外され、スラックスに手がかかる。
絶体絶命。
突き飛ばすことは簡単。でもそれをしてしまったら、ここまで想ってくれた相手に対して失礼だと思ってしまう一ノ蔵。けれど、このままでは宮坂に対して説明のしようもないことになってしまう(←可能?)。切羽詰まった一ノ蔵は、もうどうしようもないのだろうかと、頭で考えるよりも先に口走っていた。
「すみません岡本さんっ!俺っ・・・好きな人がいるんですっ!!」
***As I grew up***
「それは・・・どういうこと?」
宮坂が紡いだ言葉に、利人は一呼吸置いた後で静かに聞き返した。宮坂の黒めがちな目が、じっと利人を見返している。
「それは・・・そのっ・・・・、僕は、恋人は一人で充分だと思うんです」
「僕もそう思いますよ」
あっさりと利人は返す。宮坂はそれでも何か割り切れないのか、紅茶のカップを置いて続けた。
「でもっ!『決まった相手がいると、他には目を向けないタイプですか?』ってことは、そういう人の存在を認識しているっていう言い方ですよね?そういう・・・複数と同時に関係を持つ種類の人っていうのは、常識の範疇に入るものなんでしょうか?」
一瞬、呆気に取られたように利人が宮坂を見る。なぜだか、年上である筈の宮坂が、妙に幼く、可愛らしく見えた。
「・・・・・・忍さんは、どう思われてるんですか?」
「僕は・・・・恋人がいたら、浮気とか・・・そういうことはしないのが普通だと思ってるんですけど・・・」
「なるほど」
一生懸命語る宮坂に、利人は微笑みで返す。必死な宮坂の姿は、利人の征服欲を少しくすぐった。
「竜神さんも、恋人は一人で充分っておっしゃいましたよね?なら、やっぱり一人の方とおつきあいしてる訳ですか?」
「いいえ」
これも余裕の微笑みであっさりと返す。宮坂は訳が分からなくなって、目をパチクリと見開いた。
「僕は、誰とも付合ってませんよ。いわば、フリーです。だから、一人に決める必要がない・・・というか、そうだなぁ・・・誰かに決めたら、どっかに嘘ができる・・・って言えば、分かりますか?」
なんだか、頭が納得してしまった。でも、同意する訳ではない。
宮坂はかつて、それに近いことを言った人物を思い出した。
『俺は、誰のものでもない、俺自身のものだ。何かに属した時点で、そんな俺はニセモノになるんだよ。お前だけを見てる俺なんて、想像するだけで寒気がする』
じわっと、宮坂の視界がにじむ。でもそれは悲しい過去を思い出したからではなく、そんな過去に振り回されそうな自分の心が悲しかったからだった。
「じゃあ竜神さんは、誰か一人だけを・・・・・・好きになることはないんですか?」
零れないながらも、目に浮かんだ涙を乾かそうと、宮坂がパチパチとまばたきを繰り返す。明らかに泣いてることは声でも分かる。それでもなお隠そうとする宮坂に、利人は「嘘はつけないな・・・」と思った。
「いつでも、本当に好きなのはたった一人なんですよ」
***As I grew up***
「忍はその部屋か?」
ウィルは大澤の肩を掴んでドアの前からどかそうとする。大澤はその手を払うと、あからさまなため息をひとつついて吐き捨てるように言った。
「いねぇよ。大方、お前が来るのが分かって出ていったのかもな」
「でも、結局この部屋に戻って来るんだろ?じゃあ、ここで待つだけだな」
どかない大澤の目を見て、ウィルが向かい側の壁に背中をつけて座りこむ。それを見下ろして、今度はカナメが言った。
「こんなとこで待ってたら、ホテルマン呼ばれるわよ。警察沙汰になったら、困るのはアンタの方なんじゃないの?」
「別に俺が困ったって、お前らには迷惑かけないだろ?」
絨毯敷きの廊下に伸ばされた長い脚。小さな頭が、手足をより長く見せている。髪を伸ばしても重く見えないのは、その頭の小ささの所為だろう。
「忍につきまとわれる自体が、すでに迷惑なんだよ」
「じゃあ、俺もお前につきまとわれて迷惑だな」
挑戦的な大澤の瞳を、楽しそうにウィルは見返す。それが益々癇に障り、大澤が拳を震わせた。
「お前が忍に会おうなんてバカな考えを捨てれば、俺だっててめぇの顔なんざ見えないところにすぐ行くよ!」
「ちょっ・・・ヨシ・・・」
思わず荒ぶる大澤の声に、カナメが横からなだめるように手を出す。爆発しそうな怒りを押さえるためか、大澤が再び深いため息をついた。
***As I grew up***
ピタ・・・・っと、岡本の動きが止まった。一ノ蔵は、岡本を直視することが出来ずに、天井を見つめている。
「岡本さんも察してるとおり、俺が好きなのはさっき紹介した忍さんなんですけど、なんていうか・・・・こんなに誰かのことを好きになったり大事に思ったりするのが初めてなくらい、本当に・・・本当に本気なんです」
岡本は一ノ蔵の上にまたがったまま、黙って一ノ蔵の話を聞いていた。
「だから、どんなに物理的にその・・・することが可能だったとしても、きっと俺、頭ん中では忍さんのことを考えてると思うし、忍さんのことしか・・・考えられないと思うし、それにっ・・・・忍さん以外の人とは・・・・したくないんです・・・」
一ノ蔵はゆっくりと身体を起こし、岡本と向かい合う。今度はちゃんとその肩にシーツをかけ、押さえ込まれた下半身を引き抜いた。
「岡本さんのことは・・・尊敬してます。俺に仕事教えてくれたのも岡本さんだし、何から何まで、ホンッッッッットウに面倒みてくれたのは岡本さんですから・・・。だから・・・・・・ちゃんと、お断りします。ごめんなさい。俺、浮気とか・・・そういうのダメなんで。それに、浮気で岡本さんのこと軽く扱うっぽくなるのも・・・なんかヤですよね?」
黙ったままの岡本に、一ノ蔵は微笑んでみせる。岡本はもはや、飛びついてこようとはしなかった。
「どうして・・・あいつならいいんだよ」
ポツリ・・・・と岡本が呟く。一ノ蔵はベッドの上に正座をすると、考え込むように首をひねった。
「さぁ・・・・どうしてなんでしょうねぇ?俺にも、実はよく分からないんですけど・・・・なんかこう・・・・気になるって言うか・・・・・引き寄せられるというか・・・・」
「それは、顔が綺麗だからとか、そういうトコロに騙されてるんじゃないのか?」
ちょっと意地悪ゴコロで岡本が続ける。が、一ノ蔵は怒るどころか、更に満面の笑顔で返した。
「あ、それもあると思いますよ。特に最初は、なんかそういうのありました。でも、会う回を重ねるうちに、見た目の綺麗さよりも違う魅力が見えてきて、それで益々好きになったんだと思います。だってあの人、全然美人の自覚がないんですもん。自覚が無いって言うか・・・それで得しようと思ってないんですよね。むしろ、損してるし」
宮坂の話を始めた途端、緩み出す一ノ蔵の表情。岡本は頬を膨らませながらそれを見ていたが、あまりにも幸せそうな一ノ蔵の姿に、諦めたように肩を落とした。
「俺ね、変な話なんですけど、あの人見てると泣きたくなるんですよ。なんかこう・・・ぎゅっと抱きしめて、大丈夫だからって言ってあげたくなるんです。一人でそんなに頑張らなくてもいいからって・・・」
どうして・・・・・そんなこと俺に言うのかなぁ・・・・・と、岡本は思った。
「じゃあ・・・・・・・・・・・・言ってやれば?」
***As I grew up***
「でも、そのたった一人は、恋人にすることができない相手で、だから僕は誰とも一対一でつきあわないんです」
宮坂は、笑顔でそう言ってのける利人を悲しげに見つめた。どうしてそんなに辛くなさそうに言えるのかを考えると、余計に胸が痛む。
「その方は・・・いえ、ごめんなさい」
聞きかけて、言葉を切る。利人は、宮坂の心遣いを有り難く思いながら、話を変えようと口を開いた。
「どうしてそんなに『一人』にこだわるんですか?極端な話、今つきあってる相手が本当に自分にとってベストなのか、相手にとってベストなのかって決め付けちゃうと分からなくなるんじゃないですか?そのためにも、他に目を向けて見てもいいじゃないかというのが、その『複数派』の意見なんじゃないかと思うんですけど・・・・?」
宮坂の視線が、ゆっくりと落ちる。おそらくは何かを考えているのだろう。冷えた紅茶を入れ直すために、利人が立ち上がると、宮坂が静かに言った。
「背中に話しかけるのって・・・・淋しくないですか?」
「え?」
ティーポットを手に、利人が振り返る。宮坂の目が、まっすぐに利人を見た。
「誰かに真剣になるのって・・・複数に対してじゃ無理なんです。でも真剣にならないと、相手のベストはおろか、自分のベストだって見えなくなるし。それが分からないんだったら、つきあう意味とか・・・・分からなくなってきちゃって・・・・」
「なるほど・・・・」
「こういう考え方って・・・・重いんでしょうか?」
利人が、沸したお湯をポットに入れる。それを持って再びソファに戻ると、利人が宮坂に言った。
「誰かに、そう言われたことがあるんですか?」
瞬間、宮坂の目が、切なく翳る。利人はそれで察すると、温かい紅茶をカップにいれながら、微笑み混じりで言った。
「今日、その恋人さんは来てるんですか?」
「あ、はい。今ちょっと仕事で外してますけど」
白いカップをゆっくりと満たしていく茶色い液体。
「この部屋も知ってる?」
宮坂は肯きで返す。すると、利人が宮坂を見て言った。
「じゃあ簡単だ。その彼がこの部屋に来た時に、僕の姿を見て一人で去ったら忍さんとは違う意見の持ち主。怒って忍さんを部屋から引きずり出したら・・・・正直な気持ちを話してみる価値はあると思いますよ」
***As I grew up***
おっと今度は宮坂に試されるのであろうか?
そして12階にいる三人の行方は?