***As I grew up***



  宮坂と一ノ蔵はエレベーターの扉の前に、無言で並んでいた。
  一ノ蔵は当然、宮坂の初めてのオトコのことを考えている。そして宮坂は、一ノ蔵にさっき聞きかけたことを思い出していた。
 エレベーターがやってきて、小さなベル音とともに扉が開く。
「あの、一ノ蔵さん」
「・・・はいっ?なんですか?」
 考え事をしていたせいで反応が遅れる一ノ蔵。先にエレベーターに乗り、慌てて返すと、宮坂が中に入りながら言った。
「さっきの話なんですけど・・・・」
「話?」
 どのことだろう?と、一ノ蔵は記憶を辿る。カナメとの話があまりにも強烈だったために、イマイチその前の会話を思い出せなかった。
「その、複数の・・・・」
「すいませんっ!」
 エレベーターの扉を閉めようとしたところに、バタバタという駆け足の音。一ノ蔵が咄嗟にオープンのボタンを押す。
「ごめんなさいっ!ありがとうございます」
 高校生くらいの少年がニコッと微笑みながら乗り込んで来る。その後に続いた大学生くらいの青年も、二人に軽く会釈をした。
「何階ですか?」
 目の大きな子だなぁ・・・と思いながら一ノ蔵が聞く。すると、微笑をたたえたような顔をした年長の方が、涼しげな声で答えてきた。
「12階お願いします」
「えっ!?そうだったっけ?」
 と、年下の方が大きな目をさらに見開いて言い出す。年長の方は穏やかな表情で年下の方を見下ろしながら、胸のポケットを差した。
「鍵、見てごらん。12階だったと思うよ」
「俺てっきり13階だと思ってた。尚也、いつ見たの?」
「さっきチラッとね。ほら、12階でしょ?」
 子規が胸から取り出した鍵を差して尚也が言う。子規は自分の記憶違いが口惜しいらしく、口唇を尖らせて返した。
「本当だ〜。俺はチラッと見て13階だと思ったのになぁ」
「13階はありえないでしょ。ここでは・・・」
 そんな二人の会話を、宮坂と一ノ蔵の二人は微笑ましく聞いている。兄弟には見えないけれど、仲がいいなぁと思っていた。
 チン
 小さなベル音と共に1階で扉が開く。しかし、そこには誰もいなかった。
「あ、そうだ。宮坂さんは何階なんですか?」
 クローズのボタンを押しながら、思い出したように一ノ蔵が言う。すると、鍵を覗き込みながら宮坂が言った。
「あ、うん。えっと・・・・あれ?」
鍵に落とされた視線がそのまま固まる。
「これって・・・何階?」
「ねぇ尚也、なんでここでは13階がありえないの?」
 背後では子規がこそこそ声で尚也に語り掛ける。が、尚也は鍵を覗き込んでいる宮坂のことが気になったのか、子規の質問には答えなかった。
「本当だ。これって・・・」
 通常ホテルのルームナンバーは階数足す部屋番号というものなのに、この番号には数字の前にアルファベットが付いている。一緒に覗き込んだ一ノ蔵も首を傾げた時、二人の隣りから尚也が言った。
「あの・・・ちょっと見せていただいてもいいですか?」
「え?・・・あ、はい」
 別に泊まるための部屋でもないしと思い、宮坂が鍵を見せる。すると即座に尚也が言った。
「あ、これ。スイートですよ。最上階のエグゼクティブスイートです」
「へえ・・・・えっ!?スイート!?」
 思わず、宮坂と一ノ蔵の二人が同時に声を上げる。鍵を持っている当人たちが驚いたことに、後ろの子規もが驚いた。
「ヨッさん・・・なんでスイートなんか・・・・」
「一ノ蔵さん、なにか知ってるんですか?なんで僕・・・・」
「いや・・・それは・・・・」
 口篭もりながら、とりあえず一ノ蔵は最上階のボタンを押す。と同時に、思い出したように顔を上げ、尚也に言った。
「あ、どうもありがとうございます」
「いえ」
 明らかに当惑している宮坂と一ノ蔵を、尚也は不思議な気持ちで見ている。二人の繋がりもさておきだが、自分たちの行く場所が何処かも分かってない上に、どこか秘密めいた匂いがする。
「ねぇ、どうして13階は・・・」
「あの、なんでスイートなんか・・・」
 子規と宮坂が同時に切り出し、そして横目でお互いを見、言葉を切る。一ノ蔵と尚也も思わず、自分の相手に視線を落とした後、お互いを見た。
「あの、どうぞ・・・」
 最初に切り出したのは一ノ蔵。譲るように手を差し出す。すると尚也が手を横に振って答えた。
「いえ、そんな。そちらこそ・・・」
 なんとも言えない沈黙が訪れる。しかし、その沈黙を破ったのは宮坂だった。
「あのね、13っていう数字はキリストの死んだ日と同じだから、こういう海外チェーンのホテルではまず使わないんだよ」
 宮坂も宮坂で、子規の質問が気になっていたのか、話し出したのは向こうの話題。子規は唐突に話かけられたことに驚くでもなく、素直に感心して言った。
「へぇ〜。日本の旅館に4とか9とか使わないのと一緒ですか?」
「そうそう、そんな感じ」
 大きな目を丸くして聞いて来る子規を、宮坂は可愛いなぁ・・・と見つめる。一ノ蔵は、子規と話している宮坂に感動して一人胸を熱くしていた。なんかこう・・・優しいお姉さん(←なぜお姉さん?)・・・みたいな。
「なるほど〜。どうもありがとうございました!」
「いえいえ」
 と、その時丁度12階で扉が開く。子規と尚也は顔をあげて階数を確認すると、ゴミひとつ落ちていない廊下へと出ていった。
「あ、じゃあ失礼します」
 頭を下げる二人に、中の二人も笑顔で返す。焦ってクローズボタンを押すこともせずに子規と尚也の姿を見送ると、次の瞬間、一ノ蔵の携帯が鳴り出した。
「あ、ちょっと待って下さい!」
 閉まりそうな扉を開けて、一ノ蔵が携帯を取る。エレベーターの中に入ってしまったら、切れてしまうかも知れない。
「はい、一ノ蔵です。・・・あっ!はいっ!」
 仕事口調の一ノ蔵の声をBGMに、宮坂はエレベーターの中でカードキーを見つめている。確かに、エレベーター内の表示を見ると最上階にそれらしい表示があった。
 しかし、なんだっていきなりスイート?しかも、こんな都内の高級ホテルのスイートなんて一晩一体いくらするのか、考えるだけでも恐ろしい。
「はい。分かりました!すぐに行きます!」
 ピッ
 扉を足で押さえたまま廊下に身を出していた一ノ蔵が、すまなさそうな顔で宮坂を見る。宮坂はそれだけで充分察したように、微笑んで言った。
「お仕事ですか?」
「はぁ。係長が至急来るようにって。しかも、この下の階なんですよ」
 首を捻りながら、一ノ蔵が答える。視線を流すと、隣りのエレベーターが、先に上へとあがって行った。
「え?じゃあ部屋なんですか?」
「はい。仕事でなんかあったらしくって、ちょっと顔出すようにって・・・。すみませんけど、すぐに後追いますから、先に行っててもらえますか?」
「あの・・・なんでスイートなのか、一ノ蔵さんは知ってるんですか?」
 ストレートな宮坂の質問。でも聞かれた一ノ蔵も、宮坂をかくまうだけなのになんでスイート?と思っている。事情が事情だけに自腹だろうし・・・ラブホテルみたいに、二時間利用とかってわけにもいかないだろうし・・・(←おい)。
 無言で首を捻る一ノ蔵に、宮坂の首も思わず傾ぐ。
「う〜〜ん」
 漏れる声も、思わず重なった。




***As I grew up***



 ウィルは会場脇のエレベーターブースで、じっと光る数字を目で追っていた。
 さっき、ちらりと見えた姿。昔と髪型も服装も違っているけど、誰だかはすぐに分かった。
「なにしてんのよ」
 背後からかかる声に、ウィルは思わず笑ってしまう。振り向かなくても分かる。これは忍の護衛の一人。
「別に。・・・そっちこそ、俺の顔なんか見たくないんじゃないか?」
 ゆっくりと振り返り、そこに立っているカナメを見る。相変わらずパンチのきいた格好をしているなと、また笑ってしまった。
「なにがオカシイのよ」
 大澤よりは幾分落ち着いた感じでカナメが言う。カナメは、ウィルの無精髭を呆れたように見ながら、更に付け加えた。
「相変わらずよね。あんたの人生って予想通りなんだもの。奥さんに逃げられるところまで想像通り」
 ウィルはウィルで、カナメの毒舌は嫌いでないらしく、毒を吐かれてもつい笑ってしまう。
「期待に添えて光栄だな」
「期待・・・ねぇ。まぁ、くたばれって思ったのは事実だから、期待って言うのもあながち間違いじゃないかもね」
 さらにしゃあしゃあと言ってのけるカナメ。すると、ウィルが一呼吸の後に言った。
「忍の相手って、芳之じゃないんだろ?」
 カナメは冷静な顔でウィルを見つめる。それを肯定と受け取ったのか、ウィルはカナメのその視線を受けながら、人差し指でカナメを傍らのソファに誘った。
「俺の知ってる奴か?」
 ソファに座り、自分の煙草に火を点ける。カナメはその横に並びながら、長い脚を組んだ。
「忍のこと・・・・ホントの本気なわけ?」
「・・・・・・・・・」
 今度は、ウィルが黙って白い息を吐く。カナメはそれ以上の追求はせずに、視線を宙にさまよわせた。
「アタシはあの時、あんたは忍の方を選ぶんだと思ってた。それをしなかったのは・・・子供のため?」
 当然のように答えないウィル。二人して口を開かぬまま、視線すら交わさない。その時、二人の前にスーツ姿の男が立ちはだかった。
「どうであれ、忍以外と子供作るようなことしてたのは事実なんだから、なんの言い訳にもならないだろ?」
 大澤はウィルを尚も冷たい瞳で見下ろす。ウィルはそんな大澤を見上げると、煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった。
「そういうお前はどうなんだ?」
「は?」
 大澤の脇をすり抜け、ウィルがエレベーターの前に立つ。大澤はウィルを振り返りながら、眉をひそめた。
「どういうことだよ」
 冷静さを保とうとしながらも、突っかかるように聞き返す大澤。ウィルはボタンを押して、チラリと大澤とカナメの二人を振り返った。
「お前の『本当』は何処にある?」
 『本当』?と頭の中で繰り返す大澤。ウィルの言いたいことが分からずに、眉間の皺だけが深くなる。
「俺の19の時の『本当』があの結果だったのは、もはや変えようもない。でもあの『本当』があったから、今の俺がいる。お前のあの時の『本当』は、所詮その程度のものだったのか?」
 そこまで聞いて、頭の中によみがえる過去。大澤だけでなく、カナメの瞳にまでも影のような昔がよぎった。
「お前に・・・『本当』なんてあるのかよ。あるのは『欲望』だけだろ?お前の『本当』なんて、見たこたねぇな」
 チンッ
 大澤の言葉の直後に、ベル音がしてエレベーターが開く。ウィルは誰もいないエレベーターに乗り込みながら、大澤に微笑んだ。薄いブラウンの瞳が、綺麗に歪む。
「いい『トモダチ』してるじゃねぇかよ」
「なにが言いたい?」
 癇に障ったのか、ウィルに近付こうとする大澤を、背後からカナメが立ち上がって引き止める。大澤が振り返ると、カナメが静かに首を横に振った。
「忍の部屋は12階か・・・・」
 閉まりかけのエレベーターの中で、ウィルが嫌な笑顔を見せる。瞬間、大澤とカナメの二人の目が大きく開かれた。
「なっ!」
「ちょっ!」
 二人がエレベーターに駆け寄るのも虚しく、ウィルを乗せたエレベーターの扉は静かに閉まる。エレベーターの階数表示がゆっくりと上がっていくのを見ながら、大澤がカナメに言った。
「お前、言ったのか?」
「んなわけないでしょ!?・・・・・あ」
 視線をさまよわせながら、カナメはウィルがエレベーターの階数表示をじっと見つめていたことを思い出す。もしあれに、宮坂が乗っていたのだとしたら?エレベーターがとまった場所で降りたことが分かったのだとしたら?
「とりあえず、追いかけよう!」
 隣りのエレベーターを捕まえるべく、カナメが上のボタンを押す。大澤が、深いため息をついた。




***As I grew up***



 カチャ
 鍵を開けて中に入ると、宮坂は豪華な部屋に思わず息を飲んだ。
 決して華美すぎず、かといって地味でもない。充分な空間と機能性を備えたスイートルームは、やはりとても魅力的だった。最上階だけに、ビーズをちりばめたような夜景が窓の外に広がっている。
「あれ?」
 部屋の中に進みながら周囲を見ていた宮坂の視線がふと止まる。ソファの上には、脱ぎ捨てられた女性モノのカーディガンがあった。
 カナメのものではないし、ましてや大澤のものでもない。誰か部屋の中にいるのかと、宮坂は奥の部屋の扉を軽くノックした。
「すみません。どなたかいらっしゃるんですか?」
 とてもサプライズパーティには見えない。人の気配も、全くと言っていいほどしなかった。
 ピンポーンッ
 突然のベルに、宮坂が驚いて振り返る。それでも、一ノ蔵がもう来たのかと思うと、どこか心が浮きたって、ドアの方へ駆け寄った。
「一ノ蔵さん?」
 魚眼レンズから外を見ながら声をかける。が、外に見えたのも、帰ってきた声も、一ノ蔵のものではなかった。
「あ・・・・・・・」
 驚いて、宮坂が魚眼レンズから顔を離す。
 一瞬の躊躇の後、宮坂の手が、部屋の鍵を外していた。




***As I grew up***



 カチャ
 少し開いたドアのノブを握って、奥へ押す。簡単に開いたドアの向こうは何故か暗かった。
 カーテンも閉じられたまま、フットライトも入り口のライトも消してあった。
「係長?一ノ蔵ですけど・・・・」
 覗き込むように中を見る。けれど、返事もなく、人の気配も感じられない。
「岡本さん?」
 もう一度ドアの部屋番号を見て、自分の記憶と照合する。確かに、この部屋でよかった筈。
 まさか、倒れてるなんてことないよな?
 さっきの電話の切羽詰まった感じといい、ただならぬものは感じられた。でも、そんな馬鹿な・・・。
「岡本さん?」
 思い切って部屋の中に足を踏み入れる。手探りで電源を探し、かろうじて入り口のライトだけは点けられた。
「大丈夫ですか?」
 入り口近くのバスルームの中を覗くも、誰もいない。一ノ蔵は心を決めて、わずかに見えるベッドの方へと足を運んだ。
「あの・・・・」
 ベッドの脇まで進み、微かに見えるランプの元に手を伸ばす。そこの電気を点ければ、部屋の中も良く見える筈・・・と。
「うわっ!?」
 白く伸びてきた腕に引き寄せられ、一ノ蔵の身体がベッドの上に転がる。なにか生温かいものに抱きつかれ、一ノ蔵が焦って身をよじった。
「なっ!?えっ!?」
 何者かから身体を離そうともがきながらも、室内灯のスイッチに手を伸ばす。
「ちょっ・・!」
 その間にも、絡み付いて来る腕は、容赦なく一ノ蔵の身体をベッドの上に押し付けて来る。
 ガチッ
 引っかくように触れた指が、室内灯を点ける。その瞬間、自分の前に現われた姿に、一ノ蔵の視線が固まった。
「え・・・・・えぇっ!?」
 目も覚めるような白い・・・・裸体。ベッドの頭に背中を付け、腰を引きながら一ノ蔵が見たもの、それは・・・・。
「お・・っ・・・岡本さんっ!?」
 身体にシーツを巻き付け、切ない瞳(←ポイント)で自分を見て来る相手。それは紛れも無く、一ノ蔵の上司の岡本であった。
「一ノ蔵君、やっぱりあきらめられないんだ!せめて・・・一度でいいから・・・・抱いてくれっ!」
 ・・・・・・・・・・・・瞬間石化。
 一ノ蔵の脳細胞が音を立てて灰色に変わっていく。一ノ蔵は、起きながらにして夢でも見ているのかと、かなり本気で思った。
「一ノ蔵く〜んっ!」
 がばあっ!っと抱きついてくる白い身体。
 一ノ蔵の目に、見てはいけないもの(見たくなかったもの?)が、モザイク無しで飛び込んできた。




***As I grew up***



どうなるせまられた一ノ蔵!?
そして宮坂に忍び寄る影とは!?