***As I grew up***
一体どうしたというのか。突然消えた一ノ蔵とカナメの走っていった方向を眺めながら、宮坂はしばらくボーツと人込みの中で佇んでいた。
やっぱり何かがオカシイ。自分の知らないところで、何かが起こっているような気がする。でも、どうしてみんなは教えてくれないんだろう?
ドンッ
背中に誰かがぶつかり、宮坂が慌てて振り返る。
「すみませんっ!」
軽く下げた頭が上がった瞬間に、宮坂の顔が固まった。
***As I grew up***
一ノ蔵はゆうに一分間、瞬きもせずにカナメを見つめていた。・・・正確には、自分の方に向けられたカナメの指先を見つめていた。カナメの口から語られた、衝撃の事実。
宮坂の初めてのオトコ?どうしてそんな人物が、こんな場所に現れるというのだろうか?しかも、宮坂とヨリを戻したいとかって・・・・?
「だ・・・・・・で・・・・・・え・・・・・?」
やっと口を開いた一ノ蔵は、口をパクパクと開閉し、意味を成さない言葉を吐き出す。しかし、カナメの方がそれだけでも一ノ蔵の言いたいことを理解できたのか、一ノ蔵に向けていた人差し指を引っ込め、冷静に語った。
「ビックリしたわよ。いつ日本に戻ってたのか知らないけど、モデルなんてやってるんだもの。今度創刊のこの雑誌に出てるのよね〜」
モデル?ってことはカッコイイのか!?一ノ蔵の頭の中をグルグルと想像がめぐる。当然、背も高いだろうし。
「大丈夫、大丈夫!あれはハーフだけど、珠ちゃんだって、ルックスじゃ負けてないから!向こうはなんせ三十代も半ば過ぎてるし」
ハーフ!?きっと身長が一緒でも、腰の位置が違うに違いない(←確実だな)。三十代半ば過ぎだなんて、おいおい・・・・大人じゃないか。ただでさえ、自分は年下なのに。
「アタシも随分久しぶりに会ったから、歳くっててビックリしたんだもの。なんせ、アタシが知ってるアイツって、十代の頃だからねぇ」
「はぁっ!?」
さすがにこれには一ノ蔵も即座に反応する。
「今三十代半ばを過ぎてる人が十代の時って・・・・一体、忍さんがいくつの・・・・」
「あ、だから中学の時。アレがアタシらよりも五つ上で・・・。アタシらが中学一年の時には知ってたなぁ。でも安心して、中学三年になる前には別れてたから」
ってことは・・・十四才か(←なにがだ?)、それよりも前??そうだ、忍さんは一月生まれだから十三才くらいで・・・・?じゃあ、この間見せてもらった写真の頃にはもう・・・・?(←おい、なんの話だ?)
「珠ちゃん?」
カナメに呼ばれて、一ノ蔵が慌てて顔を上げる。動揺が、明らかに顔に表われていた。
「アイツはね、忍の弱さにつけこむ天才なの。あいつのせいで忍が泣いたのなんて、一度や二度じゃすまないんだから!」
怒りの拳を震わせて語るカナメを見ながら、一ノ蔵は宮坂が泣かされたという事実に胸を痛める。どんなことをしてソイツは宮坂を泣かせたのだろう?
泣かせたかったのかな?
自分では想像もつかない。やっぱり宮坂には、笑っていて欲しい。笑顔の方が、ずっと魅力的なのだから。
「ッツーわけで!よろしく頼むね、珠ちゃん!」
肩をガッシと掴まれて、一ノ蔵がとまどいながらも肯く。
痛い傷なら、確かに宮坂には言わない方がいいかもしれない。でも、もしも宮坂が会いたいと思っていたら?まだ好きだとか、そういうことではなく(←ッツーか、そういうことだったら困るじゃん)、なにか心にシコリのようなモノが残ってるとして、それを取り除くことができる唯一の人物が彼なんだとしたら?
会わせないことが、正解なんだろうか?
カナメには言えない部分で、一ノ蔵はそんなことを思っていた。
***As I grew up***
「どこかで、お会いしたことでも?」
背の高い彼は、驚いたような瞳で見上げて来る宮坂を微笑みながら見返した。
「いえ・・・・あの・・・・すみません。お噂は・・・・少々」
宮坂は、雑誌(←ッツーか女性週刊誌?)で見たことのある顔を見つめたまま、恥ずかしそうに呟いた。
あまりにもあからさまな反応をしてしまったことを後悔しながら、申し訳なさそうに頭を下げる。しかし、相手はそれを不快に思うでもなく、微笑みを絶やさぬままに返した。
「そうですか・・・なら改めて、竜神(たつがみ)リヒトです」
「あ、宮坂忍です。はじめまして」
利人が差し出した手を握り返し、宮坂が微笑み返す。利人が怒らなかったことで、少し気持ちが落ち着いた。
「忍さん・・・ですか。俳優さんですよね。本名ですか?」
「いっ・・いいえっ!そんなとんでもないです!名前も、本名ですし」
利人の言葉に、宮坂は慌てて首を振る。確か、自分よりも年下の筈なのに、随分と落ち着いてるんだな・・・と宮坂は思った。
「俳優さんじゃないんですか?そんなに綺麗な顔をしてらっしゃるのに?」
正面きって言われ、さすがに宮坂が驚く。どう返していいのか、一瞬分からなくなった。
「じゃあ、なにをしてらっしゃるんですか?モデル・・・とか?」
「いえ、僕は小説などの翻訳の方を少し・・・。友人が一八出版にいるというのもありまして・・・・」
自然な流れで、利人の差し出すワイングラスを宮坂が受け取る。
「翻訳?それは素敵ですね」
「素敵・・・?」
「えぇ。だってどんなに素晴らしい作品も、訳者しだいで駄作になり得るじゃないですか。また、その逆もしかり。小説の翻訳なら尚更ですよ」
まずいことに、自尊心が心地良くくすぐられる。あまり誉めちぎられるのは好きではない筈なのに、どうしてだか利人の言葉は宮坂の心に響いた。これが、はるか年上の女優の愛人をするだけのテクニックというものなのだろうか?
「で・・・でも、竜神さんは原書でお読みになるんですよね?」
「え?どうしてご存知なんですか?」
「あ・・・その・・・・週刊誌で・・・。語学が堪能だと・・・、すみません」
できるだけ自分の話をしたくないだけのつもりが、なんとなく芸能レポーターじみた言い方になり、宮坂が小さくなる。きっと利人が芸能人なら、ここまで申し訳ない気持ちにはならなかったに違いないけど・・・。
「別に、忍さんが謝る必要はなにもありませんよ。僕だって、つけたテレビにたまたま映っていたことが記憶のどこかに引っかかってることがよくありますからね。ドラマの合間のCMをそのまま見てしまうようなものですよ。ゴシップ記事を読む気持ちなんて・・・」
「・・・あの・・・実は、竜神さんがアメリカでいらした場所の近くに僕も住んでいたことがあって、それでなんとなく・・・」
そうでなければ宮坂のこと、ゴシップ記事に出てきた人の顔と名前なんて覚える筈がない。すると利人は嬉しそうに返した。
「え?どちらの方ですか?」
***As I grew up***
一ノ蔵はカナメと別れて会場の中を歩いていた。
人込みを掻き分け、宮坂を探す。それと同時に、カナメの言葉を頭の中で繰り返していた。
『忍のこと大切なら、会わせちゃ駄目よ!』
そりゃあ宮坂のことは大切に決まってる。でも、カナメがそこまでいう理由が、一ノ蔵にはまだよく分からない。大澤やカナメにそこまで嫌われる何を、その元彼・・・いや、初めてのオトコがしたというのだろうか?
『アイツはね、他人のカサブタを、その他人自身にひん剥かせて、痛がってるところを見ようとする男なの。真性のSなんだから!』
どうして、その人はそんなことをするんだろうか?でもって、一体どんな顔をしてるのだろうか?
ハーフで、モデルで、三十代半ば過ぎの、真性のS。
・・・・・うーん、全く想像できない。胸毛とか生えてるのかなぁ?マッチョだったり・・・?金髪?そういえば、どこのハーフか聞いてないし。それこそラテン系のリッキー?(←実は一ノ蔵自身が好きなんじゃあ・・・?)
若い頃のミッキー・ロークみたいなのかな?マイク・タイソンみたいのだったらどうしよう・・・。耳かじられたりして。それは困る。ッツーか、そんなのと忍さんが付合ってたと想像するのも怖いじゃないか!
一人でブツブツと呟きながら会場を進む。と、少し離れたところで誰かと話している宮坂の姿を見つけ、一ノ蔵の顔が明るくなった。
『・・・すぐに、分かりました』
宮坂の言葉が胸によみがえる。本当だ。離れたところでもすぐに分かる。
ほわ〜ん。
こんな時でも、つい幸せモードに浸ってしまう。そんな自分をいかんいかんと叱りつつ、誰と話してるのかな?と、もう一度宮坂へ向けた一ノ蔵の視線が、そのまま凍りついた。
***As I grew up***
「おいっ!」
声と同時に掴まれる肩。なんだか今日は唐突なのが多いなと思いながら振り返った宮坂の視線が、大澤を捉えた。
「どうしたの?あ、こちら、竜神さん。ね、すごい偶然なんだ!大学ん時のドイツ語の教授覚えてる?あの教授の・・・」
「あ・・・どうも」
息を切らせながら何かを言いかけた大澤が、利人の姿を見て一瞬止まる。利人は、少し驚いたような顔で大澤に微笑みかけた。
「これは・・・どうも。忍さん、先ほど言ってらした一八出版のお友達って・・・」
「はい。この大澤です。あれ?二人とも・・・・?」
大澤と利人の間を行き来する宮坂の視線。二人は目で語り合うと、なんとはなしに微笑みあった。
「すみません、ちょっと急ぎの用なもんで・・・」
「構いませんよ。どうぞ」
利人に断りを入れ、大澤が宮坂に一枚のカードキーを渡す。
「いいから、今すぐこの部屋に行っててくれ。泊まるも泊まらないもお前の自由でいいから」
「え!?部屋って、でも・・・・・・」
大澤の声の中に、切羽詰まったものだけは感じられる。さっきのカナメといい、目の前の大澤といい、やっぱり・・・オカシイ。
「とにかく詳しい話は後でするから!いいな!」
「ちょっ・・・芳之!」
宮坂の白い手の中にカードキーを押し付け、大澤が再びパーティの人込みの中へとまぎれていく。宮坂は既に自分の声が大澤に届かないと知るや、息をついて利人を振り返った。
「すみません。なんか、慌ただしくて・・・」
「いえ、なにかあったんですか?」
「さぁ・・・僕にもさっぱり・・・・」
利人に返しながら、宮坂がカードキーを見ようと、手にしていたグラスを手近なテーブルに置く。その時、宮坂の手の中から薄いカードがひらりと絨毯敷きの床に落ちた。
「あっ!」
「拾いますよ」
人の足の間に落ちていったカードキーを、利人が優雅な動作で拾いに行く。
「失礼」
周りの女性に一言断り、身をかがめる利人。振り返ったその指先には、薄いキーが挟まっていた。
「どうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
「すぐに行けって、大澤さん言ってらっしゃいましたよね。もしかしたら、なにかサプライズなんじゃないですか?」
サプライズ。それは相手に嬉しいビックリをあげること。パーティだったり、プレゼントだったり。そういえばさっきはカナメが一ノ蔵を連れていった。それと、関係あるのかな?
「そうですね。とりあえず、行ってみます。じゃあ・・・ありがとうございました」
「いえ、お話できて楽しかったですよ、忍さん」
最初の強張った表情とは違って、くだけた微笑を見せる宮坂を、利人が嬉しそうに見つめ返す。
「僕も、懐かしい話ができて嬉しかったです。失礼します」
そのまま歩き去る宮坂の背中を見ながら、利人は含みのある笑顔。
「さて、先ずは女王様の元へ戻るとしますか」
呟くと、利人は会場のメインステージ脇で取り囲まれている美人の元へと歩き出した。
***As I grew up***
なんだろうな・・・と、宮坂はカードキーを手に会場を出ようとする。そう言えば、カナメと一ノ蔵はどうしたのかな?と思ったその時、背後から声がした。
「忍さんっ!」
声の主はすぐに分かる。即座に振り返ると、そこには険しい顔の一ノ蔵が走ってきた。
「一ノ蔵さん・・・どうしたんですか?」
「どうしたって・・・忍さんこそ、誰ですか?今の・・・」
ハーフっぽい長身のオトコといえば、すべて疑っている一ノ蔵。宮坂は、一ノ蔵の必死な理由を知らないせいか、どこかほけっと答えた。
「え?竜神さんのこと?今日初めて話したんだけど、感じのいい人でしたよ。不思議な偶然もあったし・・・」
宮坂の『今日初めて話した』という言葉に、とりあえずアレではなかったのか・・・と、一ノ蔵は胸をなで下ろす。しかし、油断は禁物。なんせ、あのオトコの目つきもちょっと怪しかった気がする(←こんなにそっちの人ばかりなワールドなんてあるのかなぁ・・・?)。
「不思議な偶然・・・ですか?」
「うん。アメリカ繋がり、大澤もなんだけど・・・あ、大澤といえば」
手の中のカードキーを目の前にかざし、宮坂が立ち止まる。一緒に止まりながら、一ノ蔵が言った。
「そうだ、ヨッさんに会いましたか?」
「うん。で・・・これ、この部屋に行けって言われたんだけど」
まだどこか当惑顔の宮坂。一ノ蔵は宮坂の手にキーがあることを確認して、さらに安心した。
「良かった。じゃあキーは忍さんが持ってたんですね。ヨッさんとすれ違ったのに、なんか血相変えて走っていくから・・・・」
「大澤が?・・・・なにかあったのかなぁ?」
やはりどこか附に落ちないのか、宮坂が会場の方へ二・三歩進む。しかし、ここで会場に戻られてはいけない。一ノ蔵は宮坂の肩を掴むと、半ば強引にエレベーターブースへと歩かせた。
「あっ・・・あの!とにかく行ってみましょう!ヨッさんも、あとで来ると思いますしね!」
「えっ!?・・・ちょっと・・・一ノ蔵さんっ!?」
肩を抱くように、グイグイと歩き出す一ノ蔵。宮坂は当惑顔で、そんな一ノ蔵を見上げながら、会場から引き剥がされていった。
***As I grew up***
バンッ
大澤は控え室のドアを勢い良く開け、大きな歩幅で中へと進む。そして、こちらに背を向けて座っている人物の背後に立つと、乱れた呼吸を整えて言った。
「おい」
伸びた髪をひとつに束ね、椅子の背に広い肩を乗せるように座っていた相手は、そのまま喉を反らせて大澤を見る。そして一度、人を小馬鹿にしたような笑顔を見せると、椅子から立ち上がって大澤へと向き直った。
「よぉ」
「よぉ、じゃねぇよ」
握手のために差し出された相手の右手を一瞥し、大澤が吐き捨てるように言う。相手はそれに怒り出すでもなく、テーブルに寄りかかると、その上に置いてあった煙草を勝手に取って火を点けた。
細身の長身に、薄い茶色の髪。その髪の色とほぼ変わらない色の目が、じっと大澤を見つめる。
「来んなッつっただろ。なにしてんだよ、こんな所で」
相手の手に残った煙草の箱を奪って、大澤が眉間に皺を寄せる。すると、煙とともに長い息をついた後、無精髭の生えた顎をさすって彼は答えた。
「なにって、俺を呼んだのはお前の会社だろ?お前こそなんだよ、こんなコトに人押し込んで。・・・逢い引きッツー仲じゃあなかったよな・・・俺たち」
妙に鋭い眼光が、整った顔のイメージを不思議なものにしている。削がれたような肉の薄い頬が、細い顎をより細く見せていた。
「ウィル、忍には会わせない。それはこの間言った通りだ。パーティに出るのは、もう止めない。だけど、忍のことだけは・・・・もはや話し合う余地なんかねぇからな」
ウィルと呼ばれた彼は、真面目な顔で語る大澤をじっと見つめ返している。
「忍をふったのはそっちだろ。しかも・・・あんなやり方で・・・・」
「・・・・・・だから?」
ウィルは薄笑いを浮かべたまま大澤を見続ける。短くなった煙草を灰皿に押し付けると、再び椅子に腰を下ろして今度は大澤を見上げた。
大澤はそんなウィルの態度も気に入らないのか、眉間に皺を寄せたまま視線を逸らす。大澤が真剣になればなるほど、ウィルは楽しそうに見えた。
「どんな付合い方をして、どんな別れ方をしようと、それは俺と忍の問題だろ?俺はあいつのことを鎖で繋いでいたわけじゃない。あいつが好きで傍にいたんだ。それを忘れてもらっちゃ困る」
口先から零れ落ちる、虚飾にまみれた正論。大澤が嫌悪感も露にウィルを見返すと、ウィルは微笑すら浮かべて言った。
「忍は・・・絶対俺に会いに来る」
***As I grew up***
とうとう登場、噂の男!
次回、宮坂の過去が!?