***As I grew up***



 ホテルに到着した一ノ蔵は、ロビーをキョロキョロと見回してから会場へと向かった。岡本係長の姿が見えないということは、会場前で待ってるのかもしれない。
「あ、ヨッさん」
「珠ちゃん。いらっしゃい」
 大澤は小走りにやってきた一ノ蔵に、軽く手を上げて返す。
「こんばんは。すみません、うちの岡本来てますか?」
「あぁ、さっきうちの編集長と話してたわ。忍も来てるぞ」
 忍という言葉に、一ノ蔵の頬が緩む。今日は遊び半分だから、きっと宮坂と居ても仕事的には支障は無い。早く会いたいなぁ・・・と一ノ蔵は素直に思った。
「クロークはあっち。忍は、カナメを目印にすればすぐに見つかると思うぞ」
「わかりました」
 満面の笑みで一ノ蔵は返し、会場内へと急ぐ。と、そこへ一際目立つ二人連れが現れた。
「先ほどはどうも」
 黎子の半歩後ろから、利人が翳りの無い笑顔で登場する。
「あ、どうも。直接ご案内しますので、こちらへどうぞ」
 大澤は受付けから表に出ると、菱川黎子に軽く会釈をして中へと先導した。
 大きな扉を二つ潜り抜けて、高い天井のバンケットホールに入る。中には千人近い人の群れ。新しい雑誌の創刊パーティとあって、客の顔ぶれもさまざまで、プレスや関連会社役員から、芸能関係まで多種多様。その中でも大澤が連れてきた菱川黎子は、現れるだけで一際目を引いた。
「お話し中失礼致します。菱川黎子さまをお連れいたしました」
「おぉ!大澤くん、どうもありがとう」
 入社試験で「俺を取らずに誰を取る」と言って面接官のドギモを抜いた男だけあり、社長の覚えも明るい大澤。菱川黎子と社長がそのまま話し出したのを確認し、静かに身を引くと会場内を見回し、カナメのオレンジの髪だけを確認した。
 にしても、アイツは来ないのだろうか?と、大澤は一人で眉をひそめる。ただの心配し過ぎですめばいいんだが・・・と思いながら、足早に受付けに戻った。




***As I grew up***



 「岡本さん!」
 一ノ蔵は係長を見つけると人込みをぬって、その背中を叩いた。
「あ、一ノ蔵くん。待ってたよ」
 岡本は既にほろ酔い気分なのか、ほのかに顔が赤い。一ノ蔵は岡本を見つけたことで少なからず安心したのか、肩の力を抜いて言った。
「探しましたよー。どうしたんですか?今日は挨拶は・・・・?」
 こういうパーティでは先ずひたすら名刺交換というのが営業のサガ。そんでもって、顔を繋げて、仕事に繋がればなお良し・・・なのだが、パーティの性質上そういうのともちょっと違うようだ。
「今日は無礼講だから、一ノ蔵くんも飲んで飲んで。知り合い見つけたら、適当に紹介するから」
 適当って・・・そんなことでいいのかな?とちょっぴり一ノ蔵は不安になる。名刺交換があるのなら、そんなに飲む訳にもいかないだろうし、宮坂のところに行く事も出来ない。
 と、その時一ノ蔵の背中を、トンっと叩く指。一ノ蔵が振り返ると、そこにはシャンパン片手に微笑んでいる宮坂の姿があった。
「忍さんっ!」
 嬉しい不意打ちに、思わず真っ正直な感情が顔に出る一ノ蔵。宮坂は一ノ蔵を見上げながら、少し恥ずかしそうに言った。
「・・・すぐに、分かりました」
「あ・・・・」
 なんか胸にくすぐったい台詞。一ノ蔵がそれにつられて顔を赤らめる(←いつまで純情印なんだか・・・)と、隣りで岡本がわざとらしい咳払いをした。
「うんっ!うううんっ!」
「あ、岡本さん。こちら、翻訳家の宮坂忍さんです。一八さんの編集さんとも懇意にしてらっしゃって・・・。忍さん、僕の上司の岡本さんです」
 『忍さん』と言ってしまった後に、ちょっとまずかったかなと一ノ蔵は思う。が、言ってしまったものはしょうがない。無礼講とまで言っていたから、それを信じよう。
「はじめまして、宮坂です」
「どうも、岡本です」
 岡本は進んで手を差し出す。宮坂もその手を受けると、ぎゅっと固い握手を交わした。といっても、岡本が一方的に握力測定のような力を入れたのだが・・・。
「?(←なんでこんなに力強い握手をされるんだ?という疑問符)」
「・・・(←うわ。岡本さんってば敵意剥き出し・・・という焦り)」
「・・・・・・(←コイツが一ノ蔵をたぶらかしてるのか?という怒りと、パーティを薦めた自分への後悔)」
 メラメラと燃える岡本の視線が、鑑定するように宮坂の身体を這い回る。ノースリーブのシャツにスラックス姿という宮坂の爽やかさに、またジェラシーの炎が燃え上がった。
「あ・・・あの、なにか?」
 たまらずに口を開いた宮坂に、岡本は「僕だってもうちょっと若ければ負けてないのに!」と心で叫ぶ。しかし、表面上では張り付いたような笑顔を見せると、震える拳を隠しつつ言った。
「いいえぇ、宮坂さんがあまりに綺麗だから、モデルさんかなにかと思って・・・」
「やっぱりそう思いますか!」
 つい、一ノ蔵が正直に返してしまい、言った瞬間にハッとする。途端に、一ノ蔵には岡本の激怒の視線が向けられた。メラメラメラメラ。
「そんな・・・あの、僕は背もそんなに高くないですし、モデルだなんて・・・」
「いいんです!忍さんはそのままで充分・・・・」
 また思わず言ってしまい、ハッとする一ノ蔵(←アホ)。再び浴びせられる痛い視線に、一ノ蔵も背筋が寒くなった。
 なんとも気まずい空気が流れる。まるで新婚夫婦とその姑のような雰囲気。
 宮坂は、事情がよく飲み込めないまでも、なんとなく口を開くことをためらった。一ノ蔵は一ノ蔵で、またなにか言って墓穴を掘ることが怖い。
「あ、岡本〜!久しぶり!」
 と、その時、突然親しげに岡本に話かけてくる一人の男。
 これで話がそれてくれると良いなぁ・・・と、一ノ蔵は心の中でため息をついた。




***As I grew up***



 その頃、子規と尚也は近くのバンケットホールで子規の父を見つけていた。
「あ、いたいた!」
 その声に顔を上げる中年の男性に子規は駆け寄ると、鞄の中に入れておいた小さな箱を取り出した。
「父さん、お待たせ!これで良かったのかな?」
「あぁ、わざわざ悪かったな。尚也くんも、すまんね」
 尚也はその言葉に笑顔と会釈で返す。子規の父は、今日ここで開かれる同窓会に出席していた。今晩はここに泊まるのだが、忘れ物を子規に届けてもらったという訳だ。
「そう、これだよ。助かった。ありがとう」
 箱を確認して、子規の父は嬉しそうに笑う。子規も届けものをしてホッとしたのか、会場を見回して言った。
「なんかさ、あっちの会場ではすごいことになってたよ。見たことのある芸能人とか居たし」
「あぁ、そういえば出版記念パーティがどうとか書いてあったな」
 尚也は隣りで、子規親子の会話を微笑ましく聞いている。基本的にはとても仲の良い親子なのだ。たまに、どでかいケンカもするけど(←似た者親子?)。
「じゃあ父さん、飲むのもほどほどにね。俺たち行くから」
 ひとしきり話して、子規が鞄を背負い直す。子規の父は元気いっぱいの息子に言った。
「その前に、忘れるなよ」
「分かってるって、ちゃんと父さんの部屋から持っていけばいいんでしょ?」
 子規は振り返りながら父に手を振って答える。すると、横から尚也が付け足して言った。
「キーはフロントに返しておきますから」
 その言葉に、子規の父も安心したように尚也に肯き返す。どうやら尚也はある一定ライン以上の信頼を、子規の父から得ているようであった。
「尚也くん、よろしく頼んだよ」
 二人に軽く手を振って、子規の父が再び旧友との話の輪に戻っていく。
 すると子規は会場を後にしながら、どこか納得がいかないように、口唇を尖らせて言った。
「なんで尚也に『よろしく頼む』なのかなぁ?」
 自分だけでも充分信頼できるでしょ?と思う気持ち。すると、尚也がそんな子規の様子に、顔をほころばせて言った。
「子規くんはお父さんのお使いをして、俺は子規くんのボディガードをするの」
「俺の!?あははははっ!」
 この歳の男になんでボディガード?と子規は思わず笑ってしまう。すると、尚也は思いっきり真剣な顔で返した。
「そう。可愛い子規くんを狙う危ない奴が、どこにいるか分からないからね(←お前もな)」




***As I grew up***



 岡本に別会社の友人を紹介された後、宮坂と一ノ蔵は挨拶もそこそこに二人で岡本の元を離れた。あれ以上あそこにいたら、宮坂になにをされるか分かったもんじゃないと思ったのもある。
「カナメさんは?」
「あぁ、滝口は向こうで誰かと話してる。なんか、気の合う人が居たみたい」
 シャンパンを飲み終わり、さっさとワインに手を伸ばしながら宮坂が言う。
 すでに何杯目なのだろうかと、一ノ蔵は少々不安に思う。すると宮坂、その一ノ蔵の視線に別のことを感じ、恐る恐る口を開いた。
「あの・・・僕、岡本さんになにか失礼なことでも・・・・?」
「いえ!忍さんは何も悪くないんです!」
 というか、あれじゃあむしろ岡本の方が失礼なんじゃあ・・・と一ノ蔵は言いかけて止める。意外と本気で好きでいてくれてたのかも・・・と、今更ながらに感じた。
「だって、忍さんが綺麗なのは本当のことですから」
 あまりにもあっさりと一ノ蔵が言い、宮坂が返す言葉もなく一ノ蔵を見上げる。一ノ蔵は食事を取ろうと皿を片手に持つと、真っ赤な顔をして自分を見て来る宮坂に視線を落とした。
「え?」
 そこで初めて、自分の言った言葉の恥ずかしさに気付く。赤面して俯く宮坂の横で、一ノ蔵もつい同じように俯いた。
「あ・・・あの、仕事!進んでますか?」
 話題を変えようと一ノ蔵が切り出す。宮坂もぎこちない動きで皿に手を伸ばすと、震える手でサーバーを掴んだ。どきどきどきどき・・・・。
「あ、はい。おかげさまで・・・・」
 なにがおかげさまなのだろうか?日本語は本当に難しい。
「そうですか。よかったですねぇ」
 宮坂の隣りで、別の皿から料理を取りながら一ノ蔵が言う。すると、宮坂がふと手を止めて、じっと一ノ蔵を見た。
「?」
 なんですか?という顔で見返す一ノ蔵。宮坂は一瞬とまどって、それでも続けた。
「あの・・・仕事は忙しいですけど、電話くらいならできるので・・・その・・・しても、いいですか?」
 本当は、会いたいところをぐっと堪える。そして、一ノ蔵はそんな宮坂のことを抱きしめたい衝動をぐっと堪えた。
 電話なんて、してもいいに決まってる!!ッツーか、むしろドンドンして欲しい。一ノ蔵からもしたいところだが、確かに宮坂の仕事を考えると、邪魔になることを恐れて受話器から手が離れてしまうのも事実。そこも考えての宮坂の台詞なんだろうけど、とにかく一ノ蔵は一人で感動をしていた。
「電話なんて・・・いつでもオッケーですよ。真夜中だろうと何だろうと構いませんから、忍さんのしたい時にしてきて下さいよ」
 これぞ、恋愛のおハジマリならではの盛り上がり。睡眠欲さえも気力で乗り越えられる恋の力。
「よかった・・・。あの、タイミングの悪い時はちゃんとそう言ってくださいね」
 宮坂的には、仕事だとか付合いだとかという意味でそう言ったつもり。だが一ノ蔵はなにをどう思ったのか、慌てて手を振りながら必死の形相で返した。
「そんなっ!タイミングだなんて、俺・・・忍さんだけですから!」
 ・・・・・きょとん。という感じで宮坂が一ノ蔵を見上げる。
 次の瞬間、宮坂がやっと一ノ蔵の言葉の意味を理解して目を丸くした。
「え・・・・?それって、他の人と・・・・ってことで?」
「え・・・・?あ、違うんですか?」
 宮坂の台詞に、一ノ蔵も目を丸くする。宮坂は、またその一ノ蔵の反応に驚く。これは・・・どうとったらいいのだろうか?一ノ蔵は、浮気のことを話してるんだろうけど、そんなこと想像もつかなかった。いや、一人とだけ付合うことを常識といえないのならば、浮気というのも変なような気がする。複数に対しての・・・・本気?
「あの・・・一ノ蔵さんは、一人じゃ満足できない方なんですか・・・?」
「え・・・・?」
 宮坂の言葉に、今度は一ノ蔵がきょとんとする。と、次の瞬間、背後から一ノ蔵の腕が鷲づかみにされた。
「珠ちゃん!!!」
 強引に振り向かされ、掴んだ本人と対面する。
「あ、カナメさん。こんばんは、どうかし・・・」
「ちょっとこっちに来て!忍はそこにいてね!」
 そのまま、有無を言わせずにカナメがグイグイと一ノ蔵の腕を引っ張っていく。
「ちょ・・・忍さんっ!」
 引っ張られながらも一ノ蔵は宮坂を振り返り、手を伸ばす。宮坂は突然の出来事に何も言えぬまま、連れ去られていく一ノ蔵を見ていた。




***As I grew up***



 「どうかしたんですか!?」
 ロビーに出たところでようやく腕を離され、一ノ蔵がカナメを見る。
「どうかしたわよ!」
 カナメは相変わらず堂々とした態度でそう答えると、何に怒っているのか明らかに不機嫌そうな顔で腕を組んだ。
「なにがどうかしたんですか?」
 一ノ蔵はまるっきり話が見えない状態で、ただカナメを見下ろす。会場に残してきた宮坂のことも気になった。
「珠ちゃん」
「はい」
 真剣な顔のカナメ。つい一ノ蔵も真剣な顔になる。
「話の全容を知っていて協力するのと、怖い話は知らないままで協力するのとどっちが良い?」
 怖い話?一体どんなタイプの怖いなんだろう・・・?と一ノ蔵は思う。とりあえず「協力しない」という選択肢がはじめから無いことに関しては、質問しても無駄なんだろう。
「怖い・・・って、どういうことですか?怪談話みたいな怖いですか?」
「ううん、どっちかというとねぇ・・・・珠ちゃん以外の人間が聞いても怖くないような話」
 益々気になる。しかし、自分だけが怖い話って・・・・。
「珠ちゃん、忍の過去って気になる?」
 う。そりゃあ、気にならない訳が無い。昔の男だって、絶対に居た筈。自分にだって居なかった訳ではないのだから、追求する気はないけれど・・・。
「・・・・・・」
「ふぅん、気になるんだ」
 無言の一ノ蔵に、カナメが小さく肯く。すると一ノ蔵、カナメの目を見ずに呟いた。
「でも、話を聞くのなら・・・・忍さんの口から聞くべきなんじゃないかって思うんですよね」
「あ、それ反対〜!!」
「どうしてですか?」
 カナメが挙手と同時に放った言葉に、一ノ蔵が顔をあげる。カナメは一ノ蔵を正面から見据えて、きっぱりと言った。
「だって、あの子が悪くない話も、あの子自身に説明させるとあの子が悪かったって話になっちゃうんだもの」
 あ、なんか分かる・・・と一ノ蔵は思う。宮坂はきっと、誰かのことを責めるような言い方はしないだろうから・・・。
「まぁ、恋愛なんてどっちか一方が完全に悪いなんてことは、そう無いと思うんだけどね。でも忍は自分を責めるの。だからね、忍に話させること自体が酷よ。思い出させたくも無いし」
「はぁ・・・・」
 思い出してまた苦しむようなことって、それってまだ傷が癒えてないんじゃあ?一ノ蔵は思ったが、口には出さなかった。
「まぁいいや。じゃあ、とりあえず忍を連れて部屋の方に行ってて欲しいの」
 カナメは上を指差して時計を見る。
「あ、部屋のキーは今持って来る。ヨシが取りに行ってるから」
「部屋って・・・どういう?」
「泊まらなくてもいいんだけど、絶対にある一定時間そこから出ないでね。出たら・・・怖いことになるわよ」
 そこまで脅されるとやはり話の全容とやらが気になって来る。なんとなく・・・分かるような気はしたが。
「ちょっと待って下さい。話の感じからして、忍さんの過去が関係してるんでしょうけど、忍さんはそのこと・・・・」
 一ノ蔵の言葉に、カナメは一呼吸置いて考える。が、結局話した方がいいと思ったのか、大人の笑みを浮かべると、人差し指を一ノ蔵に向けて言った。
「馬鹿ね、忍の初めてのオトコが来るっていうのに、あの子に言えるわけないじゃない。おまけに向こうは、ヨリを戻す気満々なんだから」




***As I grew up***



次回登場!忍の最初のオトコ♪
そのとき一ノ蔵は!?そして自体はさらに複雑化!?