***As I grew up***



 カチ
 パチン
 カチ
 パチン・・・
 大澤は、ノック式のボールペンを鳴らしながら、窓の外を見つめた。
 昼食を食べる気にもならない。昨夜カナメと一緒に会った人物の顔が、いまだに頭の中をめぐる。殴るくらいでは済まない怒りが、逆に大澤を冷静にしていた。
 おとなしい宮坂と違って、中学の頃の大澤は目立つ生徒だった。なんでもそつなくこなし、人当たりもいい。優等生とも、いわゆるアウトローに属する生徒ともうまくやっていけるタイプだった。教師の受けも良く、人をまとめるのは上手だったが、そんな大澤を一番毛嫌いしていたのは、他ならぬ本人だった。もちろん、そんな想いは外に出す筈もなく、誰にも気付かれてないと思っていたが・・・。





 大澤が夜の遊びを覚え始めたのは、中学一年のある時。とはいえ、いくら大人びてはいてもやはり子供は子供なので、一月に一度、友達の兄に連れられてクラブに行く程度だった。
 友人の家に泊まりに行くと言っては、夜遊びをしていた。大澤の家はどちらかというと厳格な方だったので、もしもあの時点で夜遊びがばれていたら、勘当が早まっていたかもしれない。
 とにかく、物心ついた時には「自分は決していい子ではない」ということと「どうやらオトコの方が好きらしい」ことには気付いていたし、そんな自分をすっかり受け入れていた。
 まぁ、おそらく今の自分がみたら真っ先に嫌う、クソ生意気なガキだったのだ。
「おい。またいるぜ、あいつ」
 まだクラブに馴染みきらない友人の浜野照寿(はまの・てるひさ)は、大澤の耳元に囁くと子供の瞳でクラブの中で回る光の中を見つめた。大澤も言われた方向を大人びた瞳で見つめる。と、そこには以前にも見かけた同じクラスの女子が、一人で踊っていた。
「ここのオーナーの女なんだってよ。だからしょっちゅういるらしい」
 どこからでてきたのかも分からない噂話。名前は・・・滝口とかいったっけ。中学生にしてはどこか人を小馬鹿にしたような表情を見せることがある。クラスでは大人しい方だけに、その一瞬の表情が大澤は気になっていた。話をしたこともないけど、どうしてだか目に留まる。
「ってことはさ、もうやっちまってるってことだよな?」
 まさに、やりたいサカリの中学一年生。大澤も童貞といえば童貞だったが、そこまであからさまにやりたいオーラを出している浜野を「ガキだなぁ」という目で見つめ返す。そして、そんな時の表情が、目の前にいる同じクラスの女子が時折見せるものと酷似していることなど、全く気付いていなかった。
「滝口って、クラスじゃ目立たないけど、実は巨乳だよな〜」
 周りを憚らないぶしつけな視線を投げる浜野を一瞥し、大澤は席を立って浜野の兄の方へと歩み寄る。正直言って、ガキに興味はない。大澤が浜野に「ついていけない」と思いながらも一緒にいるのは、その兄のため。大澤たちをクラブに連れてきてくれる浜野の兄と一緒にいる時間が、大澤は好きだった。
 音楽も考え方も、同じ歳の友達とは比べ物にならないように思える。聞いているだけで楽しい。その時間だけは、自分までもが大人になれたような錯覚に陥った。
「ヒデさん。何飲んでるんですか?」
 その大学生・浜野秀寿(はまの・ひでひさ)は、隣りに座ってくる大澤を微笑で受け入れると、目の前にあるグラスを大澤の前にずらしながら返した。
「ジャック・ダニエル。飲んでみるか?」
 言われるがままに口をつける。その間にも、秀寿は煙草に火を点け、煙の筋を立ち昇らせた。
 喉から鼻を直撃するようなアルコールの香りと味。決して美味いと感じるものではなかったが、大澤はその感情をぐっと堪える。明らかに背伸びなのに、ガキっぽい仕種を見せたくないと思っていたから・・・。
「マズイんだろ?」
 喉の奥で笑いながら、秀寿は無言の大澤を見つめる。大澤は小さく咳払いをして、その茶色い液体を飲み下し、なんでもないような顔で言った。
「別に・・・こういうモンなんでしょ?」
 そんな反応も面白いのか、秀寿はさらに押し殺しながらも笑って見せる。大澤は、どう頑張っても子供扱いされることが口惜しくて、小さく息をついた。
「お、テルの奴、がんばってるじゃねぇか」
 その声に、大澤が顔をフロアに向ける。と、そこには滝口に話しかけている秀寿の弟・照寿の姿があった。
「あ・・・バカ」
 思わず呟いて立ち上がる。
「なんだ、女の方・・・知り合いか?」
「俺たちと同じクラスで・・・」
 なんだってこんなところで同じクラスの女に声をかけるのかと、大澤は浜野の正気を疑う。大方、この女ならやらせてくれそうくらい思ったんだろうけど、それにしたってあまりにも短絡的すぎる。
「そりゃマズイな。止めるか?」
「俺、行きますよ」
 今にして思えば、ちょっといいところを見せたかったのかもしれない。とにかく、大澤は人込みをぬって二人の元に近付いた。




***As I grew up***



 ほかほかと湯気をたてる・・・・・お赤飯。
 一体どうしたものかと宮坂と一ノ蔵は黙りこくる。並んだ二人の前に出された出来立ての豪華な食事。それはすべてカナメが作ったものであった。
「おめでとー♪」
「あ・・・・ありがとう」
「ござい・・・ます・・・・」
 カナメが合掌して叫んだ後に、続く宮坂と一ノ蔵。この赤飯の意味は、やはり・・・やはりだよなぁと二人は思う。が、それを声にして確認する勇気も無いまま、二人はただ箸を動かした。
「んもう!帰ってきたらなんか珠ちゃんいるみたいだし、こりゃあメデタイと思ってさ、つい買い出しに行っちゃったわよぉ」
 ・・・で、赤飯か。やはりな・・・と、二人は心の中で呟いた。
 会社への連絡をすませている一ノ蔵は、突然舞い込む結果になった不思議な休日に、心の中で首を傾げる。そういえば、今日から宮坂はいそがしいとかなんとか言ってなかったか?
「美味しいですよ」
「あらホント?珠ちゃんったらアリガト♪」
 なんでだか本当に嬉しそうなカナメにこれまた一ノ蔵は首を傾げる。大澤といいカナメといい、どうしてここまで積極的に応援してくれるのだろうか?
「カナメさんも・・・恋人がいらっしゃるんですよね?」
「うん、いるよー。なんで?」
 突然の質問に、カナメの顔があがる。宮坂は下手なことを言うと突っ込まれるのが分かっているので、一人黙々と食事を続けていた。
「いえ・・・ただ、どうしてこんなに・・・温かく見守って下さるのか・・・と」
「面白いからに決まってるじゃない」
 あまりにも早く帰ってきた台詞に、思わず脱力の一ノ蔵。
「だって、自分の恋愛だとそれこそ必死で、笑う余裕なんかなかったりするけど、人の恋愛なんて波風立ってるほど面白かったりする訳よ。あんまりうだうだしてると腹も立つけどね」
 左様でございますか・・・・と一ノ蔵は苦笑。でも、不思議と腹は立たなかった。それはやはり、宮坂とカナメの関係がただの友達を超えてるからだろうか?
「それに、そろそろやっといてくれないとアタシもヨシも困るところだったから」
 カナメが言って味噌汁を飲む。その言葉には流石の宮坂も黙ってなかった。
「ねぇ、それってさぁ・・・・・。どうかしたの?最近二人とも変だよ」
 ケンカをしてるのかとも疑ったけどそういう訳でもないらしい。むしろ二人で何かを隠しているような気がする。宮坂はその隠されてることが、どうも自分に関係してる気がしてならなかった(←いい読み)。
「そお?アタシたちはいつもと変わんないわよ」
「そうかなぁ・・・・?」
 納得できない宮坂は小さくこぼしながらも黙って食事を続ける。間にいる一ノ蔵だけが、状況をよく理解できないでいた。




***As I grew up***



 「ちょっと、どういうことよ!」
 滝口は掴まれていた腕を振り払うと、階段脇で威勢良く振り返った。
「だって、あそこでモメたら迷惑だろう?」
 大澤はいたって冷静に返しながら、傍らで口唇をとがらせている浜野を見た。
「ハマ、お前もなにしてんだよ。こんなところでクラスメイトに声かけるなんて・・・・シカトすんのが暗黙の了解ってモンじゃないのか?」
「別に、ンなのいいじゃねぇか。ちょっと一緒に飲もうって言っただけなんだしさ」
 少しは恥ずかしいと思ってるのか、浜野は口端を片方だけあげて肩をすくめる。すると、横から滝口が鼻で笑うように言った。
「どうせ、知らない女に声かける甲斐性が無いからってだけでしょ?」
「ンだとっ!」
 瞬間に火が点いて、滝口に飛び掛かりそうな浜野を大澤が押さえる。
「バカ、落ち着けっての。滝口も、変に煽んなよな」
「へぇ、アタシの名前知ってるんだ」
 意外という感じで滝口がふふんと薄ら笑う。その顔が嫌で、大澤も即座に返した。
「誤解すんなよ。こいつがさっきアンタの話してたってだけで、俺にはどうでもいいコトなんだからな」
 カチン・・・と音がしたような表情で、滝口は大澤を見返す。大澤は、間に入るつもりが結局火付け役になっているような気がして、小さく舌打ちした。
「とにかく、こいつ・・・あんたの巨乳に目が眩んだだけだから。すまなかったな」
 大澤が言い捨ててその場を去ろうとする。が、それをただで返す滝口ではなかった。




***As I grew up***



 パシーンッ
 カナメが自分の左手を右手で打つ。一ノ蔵は目の前で語られるドラマを興味深気に聞いていた。
「・・・ってね、やっちゃったの」
「ヨッさんのこと、ひっぱたいたんですか?」
 目を丸くする一ノ蔵に、カナメがうんうんと肯く。ここはカナメの部屋。宮坂は自室に戻り、仕事にとりかかっている。宮坂の昔の写真を見たくないかいという魔女(←言い得て妙)の誘いに、つい乗ってしまった一ノ蔵であった。
「だって、いくらなんでも失礼でしょ?アタシの美貌を差し置いて、巨乳の話するなんてさ」
 にしたって、中学一年生でしょ?と一ノ蔵は思う。そんな頃から「アタシの美貌」なんてこと考えていたのだろうか?自分を振り返るに、中学一年生というと・・・確かに、AだのBだのと、そんな話ばかりだったような気も・・・・(←さして変わらないじゃん)。
「にしても、本当に・・・そうだったんですか?」
 アルバムを広げながら昔話をしてくれるカナメに、一ノ蔵はおそるおそる聞く。とりあえず、気を損ねないようにしなければと思った。
「そうって?」
「オーナーの女って噂」
「あぁ、それね。それはまだ先の話なの」
 一体いつまで話すんだ?と一ノ蔵は思う。しかも、長い話の中には宮坂の「み」の字も出てこない。
「で、いつ宮坂さんの話になるんですか?」
「あぁ。忍はね、二年生になってから同じクラスになるの。それまでは、本当に話もしなかったわ」
 じゃあ、そこまでの一年間の話をしようとしてたんかい!と思わず心の中で突っ込む。決して、声にすることはできなかったが・・・・。
「んもう。そんなに悲しげな顔しないの!じゃあ、先に忍の写真見せるね」
 カナメの言葉に、つい微笑みが零れる一ノ蔵。正直者だなぁと思いながら、カナメもつられて微笑む。
 手渡された宮坂の写真は、一ノ蔵の気が遠くなるほど可憐だった。




***As I grew up***



 濡れた髪を無造作にタオルで拭く。大澤は冷蔵庫を開けると、ビールの小瓶を取り出して、踵で扉を閉めた。
 着ているのは腰に引っかかるように履いているトレーナーだけで、上半身は裸のまんま。シャワーの後にすぐ服を着るのは嫌い。
 ベッドに座り、キャップを捻る。つけっぱなしのテレビに目をやりながらベッドの上に腰掛け、肩に乗っていたタオルをベッドの背にかけた。
 冷えたビールの喉越し。腹が出るとか言われても、どうにも止められるものではない。元々が、明日の健康よりも今日の快楽を求める主義なのだ。つまらない人生を長くやったところで意味はないと思っていた。
 部屋の電話が鳴る。取ると、聞こえてきたのはかつて激しく嫌っていた相手だった。
「昨夜はお疲れ」
「そっちこそ。・・・忍は仕事中か?」
 今となっては、下手な男よりも気が合う友だ。縁とは不思議なものだなと思う。
 カナメは、大澤がそんなことを思っていると知ってか知らずか、あっさりと返した。
「昼過ぎまで寝てたから、一生懸命それを取り返してる。明日、パーティでしょ?」
「あぁ、そうだな。本当に来れるのか?」
 また夜更かしでもしたもんかと、大澤はビールを一口。カナメは何故か一呼吸置くと、それでも何でもないことのように言った。
「今日帰ってきたら珠ちゃんが居たの。明日は、忍も行く気だと思うよ。今後の仕事のためにも、行っておいた方がいいでしょ」
 深呼吸をひとつ。大澤は受話器を握り直すと、視線をさまよわせながら返した。
「また、肩透かしじゃねぇだろうな?」
「・・・・・大丈夫・・・・だと思うけど。赤飯見せても否定しなかったし」
「赤飯!?」
 どういう確認の仕方だと、大澤は首を傾げる。大体カナメの考えることは分かってるつもりだが、時に妙な女性心理(?)を発揮するというか、理解に苦しむこともあった。
「だって、おめでたいじゃない。これでアタシたちがヤキモキする必要も無いし。あっちの方も・・・・大丈夫なんじゃない?」
 実は昨晩カナメと大澤が一緒に居たのも、その『あっちの方』問題の為である。その問題のために、大澤とカナメは明日のパーティに乗じて二人をどうにかしてしまおうかと考えたくらいだ。
「ふぅ・・・ん」
 大澤の胸を交錯する色々な感情。チラリとよぎる『本当にこれで良かったのだろうか?』という想い。けれど、瞬時にそれを『これで良かったんだ』という意識でかき消すと、『安心』という名の蓋で封じ込めた。
「まぁ、忍がそれで落ち着いてるなら、それに越したこたぁないな」
「ん。・・・・そうだね」
 大澤の言葉の端々に浮かぶ気持ちが、カナメには分かる。けれど、そこには触れないまま、カナメは気分を変えて言った。
「で、明日なんだけど、何着て行ったらいいと思う?」




***As I grew up***



 金曜日。一ノ蔵は手元の小さな写真をじっと見つめていた。
 カナメがくれた、中学生の頃の宮坂の写真。今とは違う幼さの中に見え隠れするけだるさ。はにかんだような笑顔が、たまらなく可愛かった。
 ほぅ・・・っと、ため息をひとつ。感動を噛み締めるように息をつくと、目の前の中山がそんな一ノ蔵をじっと見て言った。
「先輩、本当に・・・・病気っすよね」
「どういう意味だよ、それ」
「いえ、別に」
 意味ありげな微笑みが、ちょっとクヤシイ。でもいいもんね、幸せだもんねと一ノ蔵は写真をしまった。
「まぁ、西川さんも狙ってるみたいなんで、負けないように頑張って下さい」
「西川って・・・総務の?」
 おい、いつのまにそんなことに?だって西川はヨッさんと・・・・と一ノ蔵は思う。
「えぇ。この間、『惚れた』って言ってましたよ」
「冗談だろ?」
「さぁ。これでなんのアプローチもなければ冗談でしょうけどね」
 そういえば、西川は宮坂の携帯の番号を知っている。最初の財布事件の時に間に入ってもらったからだ。く!自分があの時ちゃんと携帯の番号を聞いていたなら・・・!!
 でもでも、きっと冗談だろう。いやでもしかし、西川は結構強引な所もあるから、気を付けたほうがいいかも・・・。
 一人でグルグルと考えを巡らせる。目の前で苦悶の表情を浮かべる一ノ蔵を、中山は楽しそうに眺めた。
「あ、そういえば、係長が今日の一八出版のパーティに一緒に行こうって言ってましたよ」
 ん?一八?ってことは、大澤のところだ。宮坂も呼ばれてるって言ってた筈。昨日も会ってるのに、今日も会えるなんて嬉しいなぁと一ノ蔵は御満悦の笑顔を浮かべる。まぁ、係長が一緒というのが気になりはしたが・・・。
「そうか、じゃあ俺の方から係長に話しておくわ」
 一ノ蔵が言うと、中山がオッケーという顔で肯く。しかし一ノ蔵は、涼しい表情とは裏腹に、大澤と西川のことが妙に気になっていた。




***As I grew up***



 その頃、気になられている大澤は社内で招待客の名簿を見ていた。
 今日は、普段担当している作家がてんこ盛りでやってくる。次の担当に引き継ぐものは紹介しなくちゃいけないし、同時に紹介されることになる相手もいるのだ。誰にも気を使わなくちゃいけない状況は窮屈ではないが、実はすごーく嫌いな状況でもある。何が嫌いって・・・それをこなせてしまう自分が一番嫌い。自分の育ちというものを、嫌ってほど自覚してしまうから・・・。
 大澤は決して最悪の下品にはなれないことを知っている。別になりたい訳ではないが、破れない人間の枠のようなモノを感じるのだ。上にも、下にも。これ以上高尚な人間になれることもなく、かといってこれ以上下卑た人間にもなれはしないのだろう。三つ子の魂百までも・・・とはよく言ったものだなと、大澤は思った。
 パラリと紙をめくってリストをチェックいく。招待客は千人ほど。プレス、広告主に作家、カメラマンなどなど・・・。宣伝も兼ねてるから分からなくもないけれど、こんなことにかける金があるんだったら、もっとボーナスに回してくれよな(←普通そう思うって!)・・・と珍しくサラリーマンらしいことも思ってみた。有給でも可。
「大澤さん!」
「はい」
 誰かに呼ばれてとりあえず返事。ゆっくり顔を上げると、急いで駆け寄ってきた営業部の後輩が息を切らせて言った。
「すみません!ちょっとホテルの会場の方でトラブってまして、課長が編集部に応援要請しろって。大澤さん・・・お願いします!」
「ちょ・・・なんで編集なんだよ。営業と総務が行ってるんだろ?人手が足りないんだったら、発送とかから連れてけばいいじゃん。それか・・・経理とか、企画とかどうよ」
 出版社において、一番切羽詰まるのは〆切直前の編集の仕事だ。今だって編集作業で手を離せない人間が目を血走らせて校正をしてるのだ。大澤はありがたいことに原稿を早めに貰えたので、優雅に招待客チェックなどをしているが、本当だったら髪を振り乱しているうちの一人だっただろう。
「違うんですよ!本当だったら、編集の水野さんが受け付け担当をする筈だったんですけど、お母さんが倒れたとかで急にこれなくなってしまったんです。でも受け付けに一人編集の人がいてくれないと、作家さんの顔と名前が一致しなくて困るんです!間違えたら洒落になりませんし・・・・」
 うわ。そりゃ洒落にならん・・・と、大澤は思う。想像しただけで、頭が痛くなった。
「だから一人だけでいいんです!お願いします!」
 既にテンパっている後輩を見ながら、大澤が自分のジャケットに手を伸ばす。
「あ、これ、赤入れ終わってる分なんで、バイク便来たらよろしく」
 隣りの編集部員に言うと、後輩に向き直って大澤は言った。
「じゃあ、行くとするか」




***As I grew up***



 バタバタバタバタッ
 ドタドタドタドタッ
 右へ左へと走るカナメを、宮坂は目だけで追う。カナメはせわしなく走りながら、身支度と部屋の片付けを同時にしていた。
「ねぇ。もういいんじゃない?片付けは帰ってからすればいいじゃん」
 出かける前から既に疲れている様子の宮坂は、ため息交じりで呟く。カナメは忙しくなればなるほど元気が出てくるタイプなのか、変なオーラを発しながらアイラインをばっちり引いた目で振り返った。
「いやぁよ。疲れて帰ってきたら部屋が散らかってるなんて。綺麗な部屋に大の字になりたいんだもん」
 背中が丸見えの黒エナメル革のトップに(←当然前はVネック)身体のラインが丸見えのパンタロン(←当然同じエナメル革のもの)。出したヘソにはピアス。カナメは自分の姿を大きな鏡で見ると、満足げに肯いた。ポニーテールにしたオレンジ色の長いストレートが、優雅に揺れる。
 一方それと並んで会場入りする宮坂はというと、ノースリーブのデザインシャツに麻素材のカジュアルスーツの上下。くしゃっとした感じがラフで爽やか。とてもカナメの連れとは思えなかった。
「やっぱりさ、もう春も終わりだもんねぇ。エナメルはマズイかなぁ・・・・でも着たかったんだよねぇ、これ。今を逃がしたら今度の冬まで待つことになるし・・・」
 宮坂はカナメの呟きに対してコメントができずにいる。変なことを言ってしまうと、後が怖いのだ。
「ね、しいちゃん。どう思う?」
「え?どうって・・・・」
 話をふられて、宮坂はもごもごと口の中で言い淀む。どうしようかなぁ・・・でも、言っても言わなくても一緒かなぁ?と宮坂。が、時計を見ると意を決したように口を開いた。
「色的にも素材的にも、違う方が良いんじゃない?」
「やっぱりそう思う?じゃあ着替るかー」
 あちゃーという表情で服を脱ぎ出すカナメ。宮坂は小さなため息をつくと、ソファの上で膝を抱えた。
 その瞬間。プルプルプルっとなるカナメの携帯。半裸の状態でカナメが出ると、携帯の向こうで大澤が言った。
「おい。そこに忍いるか?いたらイエスで答えろ」
「・・・イエス」
 カナメの足元では忍が脱いだパンタロンを拾ってハンガーにかけている。自分が手伝わないと、いい加減に遅刻をすることに気が付いたらしい。
「来るんだよな?二人とも」
「・・・イエス」
 宮坂に内緒のトークであることに気付くカナメ。その間にも宮坂は、カナメのワードロープから適当に見繕った服を出して来た。
「お前はとりあえず動き易い服で来てくれ。頼む」
 大澤の声は酷く真剣だ。こりゃあ来るべき時が来たか?と、カナメがゴクリと喉を鳴らした。
「・・・オーケー」
 カナメが返して切れる電話。カナメは、なんだか分からないけど一波乱在りそうな予感に肩をすくめた。
「ねぇ、滝口。これに合うストール持ってたよね?どこにしまった?」
 宮坂は、電話を終えたカナメに服を合わせる。今度は真っ白い(←宮坂ってば意外と乙女趣味?)ロングドレス(←でも露出は多い。どこぞの姉妹並みにな・・・)。が、カナメは作り笑顔で宮坂を見ると、いかにも残念そうに言った。
「あ、そのストール、今友達に貸してるんだ!だから〜、あ〜そうだ!ミュグレーのトップとパンツを適当に合わせていこう!それに決めた!」
 空々しい笑顔。が、しかし宮坂は何も疑うことなく、ただ普通に返した。
「ミュグレーのって、あの胸の谷間も下も見える奴?限りなく脱いでるに近い・・・(←本当にあるんです。殆ど乳首しか隠してないような服が。でもセクスィ〜で可愛いのだ)確かに白だし綺麗だけどさ」
「もちろん上に一枚着るからさ。その方がしいちゃんともバランス取れるでしょ?」
 あれなら身体にぴったりしてるから動き易いよね・・・とカナメは心で思う。いつの間にやら、パーティそのものよりも一波乱の方に気持ちが動いているのは何故だろう?まぁ、これが性分というものなのだろうけど。
「じゃあ、すぐ着替えるからそうしたら出よう!」
「うん。靴だしとくね」
 宮坂は微笑んで、いそいそと玄関へ歩いて行く。


 そして、長い夜が今、始まろうとしていた。




***As I grew up***



今回からちょっぴり中学生編をまじえていきます。
微妙に大澤編ってことでしょうかね?
宮坂みたいな中学生がいたら
お姉さん襲うかも・・・(←危険思想)。