***As I grew up***



 「ヨシ、遅いねぇ。なにかトラブってるのかな?」
 カウンターでキョロキョロしながら、カナメは宮坂に言う。宮坂もそう思っていたのか、一緒に大澤が出て行った方を見つめた。
「そうだね。俺、見てこようか?」
「あぁ、いいって。アタシが行く。忍は外に出ると危険だからここに居て。よろしくね!」
 顔見知りのバーテンに一言かけて、カナメが店を出て行く。宮坂はその後ろ姿を見ながら、カナメが飲んでいたファジーネーブルに口をつけた。
 汗ばんだ肌に、外気が冷たく触れる。それでも寒さを感じないのか、カナメは長い髪を揺らし、軽快な足取りで道路に出た。
 居る筈の大澤の姿は見えない。全くどこで何をしているんだと周囲を見回した時、ちょうどこちらに向かって歩いてくる大澤を見つけた。
 少し、様子がおかしいような気がする。
「おい!」
 その声に、大澤が顔を上げる。眉間の皺が大澤の気持ちを代弁していた。
「なに不景気な顔してんのよ」
「居た」
「え?」
 カナメの横を摺り抜けながら言い捨てる大澤に、カナメが目を丸くする。カナメが振り向くと、大澤も立ち止まり、カナメを見返した。
「お前の写真・・・当たりだわ」




***As I grew up***



 どどど・・・どういうこと?
 宮坂はソファの上でクッションを抱きしめ、思った。
 あれからカナメと大澤の二人が一緒に帰ってきたと思ったら、突然帰るとか言い出すし、おまけに大澤まで家に来て、こんな深夜に深刻そうな顔をしている。正面に座る大澤と、隣りに座るカナメを交互に見ながら、宮坂は一人息を飲んだ。
 ケンカでも・・・したのかな?
 でも大澤とカナメは似た者同志な分、ケンカはいつものこと。大体ケンカしたんだったら、なんで大澤までここに来てるんだ?火曜の夜だし、明日は大澤だって会社な筈。
「芳之・・・明日、ニコタマ直行とかなの?」
「いや、新橋(大澤の会社の場所)だけど」
 ??じゃあ自由が丘よりも、自分の部屋のある代官山の方が行き易いじゃん!一体、何がしたいんだ?おまけに、この重い空気はなんなの?
「あ、そうだ」
「なに?」
 大澤の言葉に、宮坂が必要以上に微笑んで返す。大澤はスーツのポケットから、カードを出して宮坂に渡した。
「今週の金曜日。社のパーティがあるから、お前とカナメも来いよ。一応、どっちも仕事関係者だからな」
「『一応』は余計」
 横からカナメが突っ込むものの、どこか心ここにあらずといった雰囲気。
「な・・・なんのパーティ?あ、新しい雑誌が創刊になるんだ!」
 二人を交互に見ながら、宮坂が明るく話す。カナメの方はようやく切り替わってきたのか、カードを見ながら言った。
「これって・・・珠ちゃん来るの?」
「珠ちゃんの所で刷ってもらうから招待状は行ってるかもしれないけど、普通部課長クラス以上が来るのが普通だから、来ないだろうな」
「でも呼ばなくちゃ」
「そうだなぁ」
 お互いを見ずに会話をするカナメと大澤。宮坂は奇妙なものでも見るように、眉をひそめた。
「ねぇ。二人ともどうしちゃったの?絶対に変だってば」
「それもこれも、しぃちゃんがさっさと珠ちゃんとやらないから・・・」
「だよなー」
 虚ろながらも、妙に息の合ったカナメと大澤。宮坂は、少し口を尖らせて言った。
「どうして話がそこに行くのさ!全然分かんないよ!」
「アタシにだって分かんないわよ」
「俺にもな」
 もう一体なにがなんだか分からない。宮坂は立ち上がり、クッションをソファに投げつけるとずかずかと部屋に向かって歩いた。
「お休み!」
 と言い捨てて。




***As I grew up***



 そして、今日も一ノ蔵は悩んでいた。
 パソコンの画面に映った見積もりの数字が、虚ろに流れて行く。こんなんじゃ仕事にも支障をきたすんじゃないかと、自分でも心配に思う程。
「ばっかじゃねぇか?」
 大澤の言葉が胸に突き刺さる。そのストレートな言い方が、あらゆる理由をも語っていた。
 そうだよな。くだらないこと、気にしてるよな。ホント、ヨッさんの言う通り。
 自分をさらけ出すのは恥ずかしい。それで、さらけ出した自分を、否定されたり笑われたりするのは怖い。けれど、見せるべき時に自分を出せないのは、評価にすら値しない。
 宮坂のことを知りたいと思うばかりで、自分は宮坂から逃げてるようなものだ。これって、やっぱりズルイよな。
「先輩」
 中山が背後から声をかけてくる。一ノ蔵が振り返るよりも早く、中山が一ノ蔵の耳元で囁いた。
「例の、凄腕AV男優の撮影見学。来週の水曜日だそうです。予定あけといてくださいね」
 一ノ蔵の耳がピクリと動く。
 中山の話はこうだった。やはり美人ともなると、付き合った人数は多いに違いない。だからこそ、美人と付き合うのは大変だ・・・と。過去の彼たちに負けないテクを持ってないと、自分も過去の男になってしまうぞということで、この耳打ちになっているのだ。
 確かに昨日の一ノ蔵は飛びついたけど、でも・・・でもそれでいいのか?と自分が問い掛ける。
 キスもしないうちから、一ノ蔵は宮坂に恋をした。
 そりゃ、宮坂のキスは最高で、上手いな・・・と思ったけど、好きになったのは「キスの上手な宮坂」ではない。手慣れているようでそうでなく、ぎこちないけど一生懸命話そうとする宮坂で・・・。きっと、宮坂も一ノ蔵のテクだとか持ち物で一ノ蔵を選んだ訳でなく・・・。そういうところで選ぶような人じゃないから、一ノ蔵も宮坂のことを益々・・・。
 あ、なーんだ。
 まるで憑き物が落ちたように、すっきりする一ノ蔵。そうか、そういうことだよな。
「ばっかじゃねぇか?俺」
 中山を振り返って、あははと笑い飛ばす一ノ蔵。
 そんな一ノ蔵を、中山が不思議そうに見つめた。




***As I grew up***



 「あ、はい。分かりました。失礼します」
 宮坂は電話を切ると、再びパソコンに向かう。突然入った大量の仕事に、ありがたくもため息をついた。
 アメリカの連続ドラマの字幕書きである。今まで日本に入ってこなかったシリーズものの入荷とあって、かなりの量だ。字幕書きは大好きな仕事。でも嬉しい反面、スラングなんかは追いついておかないと訳を間違えてしまうから大変だ。早速、アメリカに居る友人にメールを送った。
 ビデオ(字幕無し)は明日家に届く。これはしばらく缶詰になるかもなと思った。
 部屋を出て、ヤカンを火にかける。今日はカナメも外泊だって言ってたし、夕飯どうしようかな。そんなことを考えながら、宮坂は自分の携帯を取り出すと、メモリーに入れた一ノ蔵の番号をじっと見つめた。
 電話、来ないなぁ。でもきっと仕事中だから、邪魔になるといけないし。
 本当は、電話よりも会って話がしたい。ぎゅって抱きしめたり、抱きしめられたり。
 両思いって分かったのに、こんなに物寂しいのはなんでだろう?両思いって分かったから、余計に肌が恋しいのかな?この街のどこかに、自分の求めるたった一人の腕があるって分かるから、こんなにも切なくなるのかな・・・。たった、一日会ってないだけなのに。
「だから、ここはいっちょ、珠ちゃんが壁を越えてくるのを待つしかないんじゃない?」
 会いたい気持ちをぐっと押さえ、そうだよねぇ・・・とカナメに同意。大切だから、無理をしたくない。無理をして、壊すような馬鹿をしたくない。
 きゅんと痛む胸を抱えるように、宮坂はソファに倒れ込む。
「会いたいなぁ・・・・」
 宮坂は、目を閉じて呟いた。
 と、その時震える宮坂の携帯。そう言えば、昨日出かけた時にマナーモードにしたまんまだった。
 着信した電話番号を見て、宮坂の顔が明るく輝く。即座に電話に出た。
「もしもし?」
「あ、忍さん?一ノ蔵です」
 思わずほころぶ宮坂の顔。
「は・・・はいっ」
「あ、今・・・大丈夫でしたか?」
「大丈夫です!もう、全然・・・問題無いです!」
 カナメが聞いていたら『もうちょっともったいつけなくちゃ駄目よ!』と怒られてしまいそうな程、腰の低い宮坂。が、一ノ蔵もそれで図に乗るようなタイプではなく、単純に喜んで返した。
「良かった。あの・・・・先日は、会えて嬉しかったです」
「あ・・・僕も」
 そうそう。会えて嬉しかったの。だから、もっと会いたいの。会いたいのったら会いたいの。
 心の中で、宮坂が主張する。
「お仕事忙しいですか?」
「丁度いま、大口の仕事が入ったんですよ。字幕書きなんですけど、しばらくビデオ漬けの生活になりそう」
 もらった仕事が嬉しくて、少し弾む声。すると電話の向こうで、一ノ蔵が言った。
「そうですか、良かったですね。でも、そういうことならしばらく会えないかな」
「え?・・・あ・・・・」
 宮坂の頭の中で、締切り(怖い言葉だ)とパーティと・・・と、スケジュールが計算される。本当だ。本当の本当に忙しくなるかも・・・。
「もし時間が合うようなら、夕飯でもと思ったんですけど・・・。また今度にした方がいいみたいですね」
 え?え?え?そ・・・そういうことになっちゃうの?
「あっ・・・あの、一ノ蔵さんは・・・仕事とか」
「小康状態かな。でも、時間のある時に、一気に他の仕事まで片づけちゃいます。で・・・あの」
 ふと、一ノ蔵が声をひそめる。思わず宮坂も身体を小さくした。
「今度、どっか行きませんか?有給取るんで・・・」
 トクン・・・と、高鳴る宮坂の心臓。つい、ソファの上で正座をしてしまう。
「二人で?」
「え!?あ・・・ヨッさんとかも?」
「ううん!二人で!・・・・二人だけが・・・いいです」
 宮坂は慌てて返しながら、ソファの縫い目を指先でいじくりだす。一ノ蔵とずっと二人っきりの状況を想像するだけで、口端が緩んだ。
「どこか、行きたいところありますか?・・・忍さん」
 『忍さん』という囁きも、耳に甘く響く。夕飯誘ってくれたってことは、もしかして、早くも壁とやらを越えてくれたのかな?と宮坂は思った。
「そうですねぇ。できたら、ゆっくりできて静かな所がいいかな?一ノ蔵さん、車の免許持ってましたよね」
「はい。持ってますけど」
「滝口が使わない時だったら、うちの車で行くってことも出来るよ」
「あ、いいっすね。俺、運転好きなんですよ」
 明るい一ノ蔵の声。即座に、宮坂の気持ちは『二人でドライブモード』に飛んで行く。
 それから火にかけたヤカンが怒り出すまで、二人の楽しい計画話は続いた。




***As I grew up***



 で、どういうことさ。これ。仕事になんない!
 見ている英文が意味をなさないただの記号に思えるほど、仕事に集中できずに宮坂はパソコンを離れた。
 今は夕方。昼に電話をして落ち着いたかに思えた気持ちが、時を追うごとにふつふつと湧き返ってくる。
 画面を見れば空想に浸る。英文を見れば妄想に陥る。これじゃあ会わない意味が無い。
「うううう〜んっ!」
 立ち上がって、思い切り背伸びをする。少しだけ、頭がはっきりしたかな?
 こんなままじゃあ仕事にならない。次にいつ会えるかだって分からないのに。
 机の上には、今週中に終わらせればいい小さな仕事。でも、明日には大量のビデオが届くから、とりあえず今晩中に終わらせるつもりだった。
「こんな時にはまずシャワー」
 呟いて、バスルームに飛び込む。頭の上から熱目のシャワーを浴びて気分転換。
 恋をするのはいいことだけど、恋に溺れて仕事ができないなんて言い分けにならない。プライベートと仕事のけじめはしっかりつけないと、それこそキリがないじゃないかと宮坂は自分を叱ってみる。
 会いたい気持ちは充分承知してる。それで、一ノ蔵も同じように思っててくれればいいな・・・とも思う。でも、一ノ蔵だってちゃんと会社に行ってるんだし(充分妄想にふけってるけどな)、これで自分がしっかりできなくちゃ、一ノ蔵にも愛想付つかされちゃうぞ・・・とさらに脅しをかけてみる。

 が、あろうことかシャワーから出てきた宮坂は、そのまま外出の準備を始めた。





 定時きっちりに会社を出た一ノ蔵(←本当に仕事出来てるのか?)は、銀座のケーキ屋の前で腕を組んでいた。
 甘いもの・・・好きだって言ってたよなぁ。けど、忙しいって言ってたのに顔だしたら顰蹙かなぁ。一目会うだけでもいいんだけど・・・。
 変な迷いが吹っ切れてしまえば、あとはただ、会いたい触れたいという気持ちだけ。
 いや、もちろんそんな気は今日はないけれど、ただ、この間変な引っ掛かりでまともに宮坂を見られなかった自分が嫌で、それを払拭するためにも一目会いたかったのだ。
「好かれてる自信・・・・ねぇ」
 大澤に言われた言葉を、一ノ蔵は一人繰り返してみた。




***As I grew up***



 時計を見れば、退社時刻をはるかにすぎている。
 宮坂は、一ノ蔵の部屋の前でうろうろと歩いていた(←またかい)。
 結局来てしまった。あんなに気持ちがそぞろになるのだったら、いっそのこと時間を割いても会った方がいいと思ったのだ。宮坂を誘ったのだから予定が無かったのだろうし、一ノ蔵はすぐに帰ってくるものと宮坂は踏んでいた。が、ここに来てから既に一時間以上。帰ってきてもおかしくない時間からは一時間半ほど経っている。
 さっさと携帯に連絡を取れればいいのだが、なんと宮坂は、はやる気持ちのあまり携帯を自宅に忘れていた。当然、一ノ蔵の携帯の番号はまだ覚えていない。
 あまりの馬鹿さ加減に、自分で自分に腹が立つ。とりあえず待ってみようと、宮坂は一ノ蔵の部屋のドアに背中を預けた。





 その頃、一ノ蔵は宮坂の部屋の前に居た。
 チャイムを鳴らしても、反応はない。忙しくて缶詰になるんじゃなかったのかな?と一ノ蔵がドアノブに手をかけると、鍵は開いていた。
 不用心なのか、それともなにかあったのかと一ノ蔵がドアを開ける。
「こんばんわ〜。忍さん?いないんですか?」
 いない人が「いません」と返事をする訳もなく、一ノ蔵は玄関から暗く静かな室内を覗き込む。まさか、倒れてたりして・・・と靴を脱ぎ、中に入る。居間に入っても、宮坂の部屋を覗いても、誰の姿もなかった。
 とりあえず、携帯を取り出し宮坂にかけてみる。・・・と、すぐ傍で着信音が鳴り出した。
「え!?」
 自分がかけている携帯と、着信している携帯を交互に見て一ノ蔵が首を傾げる。
 でもまぁ、携帯を持ってなかったり、鍵をかけてなかったりってことはすぐに帰ってくるんだろうなと、一ノ蔵は解釈。そう思うとあとは楽なもので、帰りを待とうと、ソファに座って電気を点けた。
「あ、ケーキ」
 買ってきたケーキを冷蔵庫に入れる。
 部屋の時計が、8時を指していた。




***As I grew up***



 更に二時間後、宮坂はまだ一ノ蔵の部屋の前に居た。
 残業しているのか、一向に帰ってくる気配が無い。これだと、せっかく帰ってきても明日の為にすぐ寝ないといけないだろうし、居ても邪魔になるだけかなと思う。ドアに背中を預けたまま、コンクリートの上に座ってるため、身体も冷えてきた。
 時計を見る。まだ、終電には随分余裕がある。けれど、いつまでもここに座ってたら、御近所さんも変に思うに違いない。
 ため息をひとつ。宮坂は立ち上がると、軽く埃を払って歩きだした。




***As I grew up***



 宮坂の父は某有名外資系の会社で働いていた。あまり家に居ることが無く、出張で海外に行くこともしばしば。実は、宮坂も産まれて間もなくから数年をアメリカで過ごしている。だから、高校生の時にまたアメリカに行くと言われても、驚きはしなかった。
 宮坂が中学生の時から、宮坂の両親は徐々に不仲になり、アメリカに行く時には既に別れていた。むしろ、アメリカ行きがきっかけで、正式に離婚したといっても過言ではない。
 中学の頃から、家に誰も居ない状態が普通になって行った。自分で仕事を始め、そっちにのめり込みだした母。滅多に姿を見ない父。宮坂自身も、夜にはクラブや盛り場をうろつくようになった。
 確かに、酒の味を覚え始めたのはその頃だけど、宮坂は別に酒や薬をやりたくてそんな所に居た訳ではない。理由は簡単。明るかったからだ。
 一人で暗いところにいるのは苦手。しかも静かだったりすると、この世にたった一人で取り残されたような気になる。だから人の集まる場所に出かけた。人の集まる場所で、人の流れや動きを眺める。それだけで充分だった。
 夜は嫌いじゃない。けれど、淋しい夜は苦手。
 その頃、出会ったばかりのカナメは言った。
「あんた結局、愛されたいだけなのよ。溺れるくらいに愛されたいって、そう思ってるだけなのよ。夜で周りが暗くなって見えなくても、別に周りからモノが消えてる訳じゃないのは分かってるんでしょ?じゃあ、ただ・・・そこにモノがあるって確証が欲しいだけなんじゃないの?気持ちも・・・一緒でしょ?」
 夜になると人の気配が無くなる家。本当はそこに見えないだけで、家族の繋がりがあると信じていたかった。誰かに、そうだと言って欲しかった。
 でも、なにも「言う」のは誰かでなくても良かったんだと気付いたのはつい最近。自分が言っても良かったのだ。もしもあの時、宮坂が父を・・・そして母を欲していると声に出して言ったら、あの家族は壊れなかったのだろうか?今となっては、もはや分からないけど・・・。
 こんなにも会いたいのは、確証が欲しいからなのかな?一ノ蔵に会って、目の前で自分の気持ちとか、相手の気持ちとか確認できたら安心するのかな?分からないけど、今度は自分からだって言える。自分が、なにを欲しがっているのか。
 会いたいな。いますぐ、会いたいのに・・・な。
 宮坂は電車の中から外を眺め、そんなことを思い出していた。





 静まり返った家路を一人でたどる。今は、昔ほど静かな夜が嫌いではない。
 階段を上り、自分の部屋の前まで来て、宮坂は立ち止まった。
 部屋の電気が点いている。消した筈・・・だよね。カナメが帰ってきてるのかな?いや、でも帰りは早くても明日の昼になるって言ってたし。大澤だろうか?大澤なら、合鍵を持ってるし。
 どっちにしても、一人でなくてよかった。一人だったら、かなりへこむことになると思うから。
「ただいま。芳之〜?」
 玄関で靴を脱ぎながら、革の靴を見下ろす。大澤、こんな靴持ってたっけ?
「芳・・・・」
 居間に入り、宮坂が立ち尽くす。ソファに寝ている人物を見て、宮坂の目に涙が滲んだ。嬉しさに、思わず笑みが零れる。
 ソファの上では、一ノ蔵がクッションを枕に眠っていた。
「ん・・・・」
 小さく身じろぐ一ノ蔵に、宮坂が部屋の電気を消す。そのまま静かに自分の部屋に行くと、宮坂は毛布を持って戻ってきた。
 寝ている一ノ蔵にそっと毛布をかけ、寝顔を覗き込む。たまらず、毛布の上から一ノ蔵の身体をぎゅっと抱きしめた。
「・・・・?・・っ・・あ・・・?・・・忍さん?」
「ただいま・・・」
 そっと呟いて、顔をあげる。暗い中で、眠そうな目をした一ノ蔵が宮坂を見下ろした。
「ごめんなさい。開いてたから・・・」
「ううん。居てくれてよかった。鍵・・・かけたか自信なかったんだ」
 一ノ蔵が身体をずらして、宮坂が腰掛けるスペースを作る。宮坂の肩に手を乗せると、一ノ蔵が驚いて言った。
「冷たい・・・。どこ、行ってたんですか?」
 その質問につい笑ってしまう。これじゃあ、まるで青い鳥。
「ん。ちょっと・・・散歩」
 正直に言うのはちょっと恥ずかしい。お互いがお互いの家で待っていたなんて。
 すると一ノ蔵、かけられた毛布の端を持ちあげて、優しく言った。
「はい。おいで」
 広げられた腕の中に、微笑んで滑り込む宮坂。細い身体をぎゅっと抱きしめると、更に驚いたように一ノ蔵が呟いた。
「うわ。本当に冷えきってる」
「うわ。あったかい」
 同時に呟き、瞳を見交わし微笑む。一ノ蔵の顎に額を当て、宮坂が目を閉じた。
「あのね・・・」
「ん?」
 目を閉じたまま呟く宮坂に、一ノ蔵が短く返す。宮坂は一度、ほお擦りするように一ノ蔵の顎に頬を擦り付けた。
「電話が来る前に、すっごく会いたいと思ってたんだ・・・」
「うん」
「でもね、電話が来た後は、すっごくすっごく会いたいと思うようになったの」
「うん」
 嬉しそうに、一ノ蔵も微笑む。一ノ蔵が毛布から手を出して、宮坂の髪をそっと撫でた。
「馬鹿みたい・・・だよね。だって、まだ一日半しか経ってないし・・・・・」
 鼻の奥がツンとして、胸がせつなく震える。会えない時間は、なんでこんなに長いんだろう。あんなに焦がれた時間が、たった一日半だなんて・・・。
「でも、俺も会いたかったですよ。だから・・・邪魔かなとか思いながらも、顔見に来ちゃったし・・・」
 邪魔な訳ないじゃん!と思いながら、宮坂が一ノ蔵を見上げる。一ノ蔵がその視線に気付いて、にこっと微笑み返した。
「・・・・っ・・・」
 途端に、ポタポタと零れ落ちる涙。一ノ蔵の目が、丸く見開かれた。
「・・っ・・・っく」
 子供のようにしゃくりをあげて泣き出す宮坂を、一ノ蔵は驚きながらもよしよしとあやすように抱きしめる。宮坂は一ノ蔵の首に腕を回し、途切れる声で言った。
「っ・・・会いた・・・かったよう・・・っ・・・」
「うん・・・・うん」
 しがみついてくる宮坂を、一ノ蔵は優しく抱き返す。なぜだか、そんな風に泣かれることが、嬉しくてたまらなかった。
 もしかしたら、宮坂の方が年上だから、言えないこともあったのかもしれない。自分が、年下だからと余計なことまで考えてしまうように、宮坂も年上だからと我慢してた部分があったのかもしれない。それとも、この間の自分の中途半端な態度が宮坂を不安にさせたのかも。なんにしても、子供のようにすがる宮坂は一ノ蔵にとって、愛しい人以外の何者でもなかった。
「ごめんね忍さん。淋しい思いさせて・・・」
 宮坂の涙が、シャツに染み込んで行く。一ノ蔵は、宮坂を抱きしめたまま、深呼吸をした。
 困ったことに、どうしようもなく可愛い。このまま家に閉じ込めて、誰にも見せたくないほどに。
「ううん。でも・・・・これは、僕のわがままだから・・・っ。それは・・・っ・・分かってるから・・・」
 ほら、また我慢してる。何を不安に思うの?あなた以外、誰も目に入らないっていうのに・・・。
「でも、泣かせたくないもの」
「これも・・・僕が・・・悪いんだもん」
「二人のことで忍さんが泣いてるなら、それは忍さん一人の責任じゃないと思うよ。忍さんがまだ会い足りないって言うなら、もっともっと会おう。忍さんが忙しい時は、俺がこっちに来てもいい?」
 宮坂は、一ノ蔵から少し身体を離して一ノ蔵のことを見下ろす。一ノ蔵が「ね?」というように首を傾げると、消えかかった涙が再び溢れて零れた。
「っ・・・・」
 ふえーんっと宮坂が一ノ蔵の胸の突っ伏す。さすがにこれは一ノ蔵もなんで泣かれてるのか分からなかった。
「ど・・どうしたの?」
 細い腕をつかんで軽く揺する。宮坂は一ノ蔵の胸に涙の雨を降らせながら、言った。
「こ・・・これは、嬉し・・・涙・・っ・・・・」
 思わず一ノ蔵はプッと吹き出してしまう。すると、宮坂も涙に濡れた顔をほころばせて笑った。
「なら・・・止めない方がいいのかな?」
 言いながら、一ノ蔵が宮坂の身体を抱き寄せる。そのまま、視線を一度絡ませて、触れ合う口唇。微かに開いた口唇の間から舌を絡ませながら、一ノ蔵が体勢を入れ替える。
 宮坂を下に見下ろす体勢で、一ノ蔵が言った。
「教訓で言うと、夕飯は先に食べた方が・・・いいですよね?」
「シャ・・・・・シャワーも・・・・浴びたり・・・とか?」
 明後日の方向に視線を投げながら、宮坂が恥ずかしそうに言う。何をしているのかと見ると、指先でソファの縫い目を引っかいていた。
 きっとこれが宮坂の精一杯。あぁ、なんて可愛い人。今日は何もしないで帰ろうと思ったのに、これじゃあ帰れない。
 一ノ蔵は明後日に向けている宮坂の視線の先に顔を動かすと、満面の微笑みで返した。
「はい」




***As I grew up***



次回、本当に本当にお待たせしましたの回になるか!?
請うご期待!


余談ですが、自由が丘にある「モンブラン」というケーキ屋さん
のシュークリームは困るくらいに美味しいです♪
なにが困るって、食べ過ぎちゃう・・・(^^;)