***As I grew up***



 あったかいなぁ・・・・。
 温もりと人の肌の感触に、宮坂は薄ぼんやりと目が覚めてきたことを感じる。目を開けようとして、開かないことに気付き、少し動揺した。
 コンタクトをしたまま寝てしまったことを思い出し、痛む目を堪えてゆっくりと目を開ける。眼球に張り付いたコンタクトの感触に、眉を寄せた。
 痛みで滲む涙が、自然とコンタクトを剥がしていく。そう言えば、眼鏡を持ってきていた筈。後で外して眼鏡に変えようと思った(ようはお泊まり覚悟ってこと?)。
 はっきりとしない視界に、見えてくる姿。その時になってようやく自分が一ノ蔵の腕枕で寝ていたことに気付いた。目の前にあるのは、一ノ蔵の喉仏。
 途端に胸が高鳴り、鼓動がロックンロール。しかも、見れば一ノ蔵は上半身裸である。
 どうして?自分の格好を見て、一ノ蔵がパジャマを貸してくれたのかもと思った。
 そう言えば、夜中にくしゃみをしたような・・・ということは、その後に一ノ蔵が着せてくれたってこと?その様子を想像するだけで、熱が出そうになる。自分の寝顔を見られるだけでも恥ずかしいのに、他にどんな格好を見られてるのだろうと考えると、このまま起きて顔をあわせるのを避けたくなった。
 徐々にクリアになる視界。つい一ノ蔵の顔を間近で見てしまう。
 あぁ、こんな風に髭が生えるんだなぁ・・・と思わず感心。宮坂は本当に髭が生えない方なので、興味本位で触る。ジョリっとした感触が面白かった。でも一ノ蔵もそこまで髭が濃い方ではないな・・・と思う。きっと無精髭を生やしてもかっこいいんだろうなぁ・・・と、朝から胸をほんわかとさせた。
「ん・・・・」
 あまりにも顎を撫でまわした所為か、一ノ蔵が微かに目覚めたような気配。それでもまだ正気ではないのか、無意識に腕枕をしている宮坂の身体を抱きしめた。
 ・・・・・・・・抱き枕?
 と、自分の状態に首を傾げる宮坂。それでも抵抗一つせずに宮坂が抱きしめられていると、一ノ蔵が大きく息をついた。
「あ・・・・・」
 一ノ蔵が眠そうな目で、ゆっくりと宮坂を覗き込んでくる。宮坂は、寝たふりをした方がいいのかな?と思いながらも、大きな目で一ノ蔵の顔を見上げた。
「あ・・・あっ・・・あっ!・・・ご、ごめんなさいっ!」
 一ノ蔵はといえば、一晩中しっかりきっちり抱きしめていたことを自覚したのか、朝っぱらから顔を赤くして謝っている。宮坂は、どうして謝るのかな?と思いながら、一ノ蔵の裸の胸に、ぴたっと額をくっつけた。
「おはようございます」
 小さな声で宮坂が呟き、一ノ蔵がその身体を抱きかえしていいものかどうか戸惑う。
「お・・・おはよう・・・ございますっ」
 とりあえず朝の挨拶を返し、一ノ蔵が固まった微笑みを宮坂に向けた。
「あ・・・あの、シャワー・・・浴びますか?」
「あ・・・・・」
 時計を見ればまだ時間は充分にある。宮坂は別に急ぐ理由はないけど、一ノ蔵は会社があるのだ。そこが少し気になった。
「一ノ蔵さんは、何時に家を出るんですか?」
「そうですね、飯をどこで食うかにもよりますけど、大体8時半から9時くらいの間に・・・」
 まだ鳴る前だった時計に手を伸ばし、アラームを切る。そのまま、肩が冷えるのか、一ノ蔵が毛布を自分の肩まで引き上げた。
「あ・・・あの、すみません。パジャマ・・・・」
 自分が取ってしまった所為で寒いのかな?と宮坂が恐縮。すると一ノ蔵がこざっぱりと笑って見せた。
「いえっ・・・いいんです。俺も、いつもは着たり着なかったりなんで」
 にこにこっとお互いに微笑みあう。・・・・が、いつまでこうしている訳にもいかず、一ノ蔵がベッドから起き上がろうとした。
「あっ・・・」
「え?」
 そんな一ノ蔵に、宮坂が小さく声を上げる。一ノ蔵は宮坂を見下ろして、なんですか?と言いたげに首を傾げた。
 すると宮坂、ちょっと恥ずかしそうに一ノ蔵の腕に手を沿える。その仕種に、一ノ蔵も宮坂の言いたいことを悟った。でもでも、なんだかすごく・・・・恥ずかしい。
「え・・・と」
 視線をくるりとさまよわせて、一ノ蔵が宮坂の額にちゅっと軽くくちづける。そうしたのは自分の方なのに、瞬間、火が付いたように赤くなる一ノ蔵。するとそれに返すように、恥じらいながら宮坂も一ノ蔵の頬にそっと口を寄せた。




***As I grew up***



 ラッシュの方向に逆らって乗る電車は、とても気持ちが良いと思う。
 電車の中から、混んでる電車とすれ違うのを見ながら、宮坂は幸せなため息をついた。
 使い捨てコンタクトは外して、今は眼鏡姿(←小さめレンズとみた)。一ノ蔵と一緒に朝マックの後、会社に向かう一ノ蔵を駅で見送ったのは、ほんの少し前。もっとさかのぼれば、同じベッドでお互いの体温を感じて眠っていたのだ。なんか・・・不思議。
 シャワーを浴びた後、歯磨きをしたいなと思っていた宮坂に、一ノ蔵は新しいハブラシを差し出した。
「昨日・・・コンビニで買物した時に・・・・」
 と言って照れたように頭を掻いた一ノ蔵は、歯磨きの後、そのハブラシをごく自然に自分のハブラシの隣りに入れた。それがなんだかとってもくすぐったくって、でもすごく嬉しくって・・・。こんな気持ちになるのは久しぶりだな・・・と宮坂は思った。
 でも、なんで最後までしなかったのかな?触らせてもくれなかったし。いやでも、もしかしたら宮坂から触ろうとしたから?引かれたってこと??
 自分から服も脱がなかったし、シャワーは先に浴びなかったからいいとして・・・。
 やはり、寝てる間にパジャマを着せられてるなんてことになったから?でも、着せてくれるなんて思わなかったし・・・。そんな相手に、やる気が起きなかったってことなのかな?
 考えれば考えるほど、仮定のラビリンスの虜である。宮坂は心地良い電車の揺れに少し眠くなりながら、重い瞼をかろうじてあげていた。
 まさか・・・・マグロだったから?
 そうだ。もしかしたらカナメや大澤が言うのとは逆なのかもしれない。もっと積極的な方が好きなんだったら?あまりにもやる気がなさそうだったから、それで向こうのやる気も萎えたとか?
 ・・・・・・・・・・・マジ?
 ど・・・どっどっ・・・どうしよう。
 眠気も吹っ飛ぶ寒気。でも、一ノ蔵さんニコニコしてたし、優しかったし。嫌そうな顔なんてしなかったし・・・・。いやでも、優しいから嫌な顔できなかったってこと?
 仮定なんて、しようと思えばいくらでも出来る。が、一ノ蔵の言った言葉をひとつひとつ検証してみて、とある所にぶつかった。
 リッキー・マーティン。
 その言葉を思い出した瞬間、宮坂がピンとくる。そういえば、前にもそんなことを言った奴がいた。
「アメリカにいたってことは、外人とヤッたことあるの?」
 オンリーのパーティで話した奴だったか?失礼にもいきなりそんなことを聞いてきた。
 欧米人に対するコンプレックスなのか、そういう質問をしてくる男は多い。まさか、一ノ蔵も・・・それを?失礼な人じゃないから、聞いてこないってだけで、心の中では思ってるのかな?
 もしも、したことがあるって言ったら、嫌われちゃうのかな?
 宮坂がラビリンスで右往左往。電車のカタカタという揺れの中で、宮坂の心の方がより激しく揺れていた。




***As I grew up***



 「Bまでイッたと〜♪はんははははんはぁ〜ん♪(何人がこの歌分かるんだろうか?)」
 自分のデスクに座り、虚ろな瞳でくちづさむ一ノ蔵。目が虚ろな割には、時折含み笑いをして見せる。そのあまりの気色悪さに、通りすがった中山が椅子を引いて傍に座った。
「先輩・・・陽気なのか陰気なのか、どっちかにしてくださいよ。はっきり言って、気色悪いです」
「ついて〜こいよ〜♪ついて〜こいよ〜♪」
 誰が聴いてもついて行かないであろう歌いっぷり。一ノ蔵は小さく歌いながら、椅子を回して中山に向かい合った。
「はぁ〜♪E気持ち♪」
「どうかしたんすか?」
 どうやら、中山はこの歌を知らないらしい。たいして歳は違わないのに、こんな所で世代のギャップを感じようとは。
「お前、この歌知らないのか?」
「知らないですよ。俺、昔の歌番組とかあまり見なかったんで・・・」
 なるほど、と一ノ蔵も納得する。と、中山が突然思い出したように言い出した。
「そうそう!誰ですか、あの官能美人!あれが先輩のねぎトンですよね?」
 『人の想い人を捕まえて、ねぎトンとは何事だ』と思いながらも、官能美人という単語につい昨夜のことを思い出してしまう。
 色っぽかったんだよな〜。切なげに喉を逸らせる仕種とか、動きのひとつひとつに雰囲気があるっていうか・・・。思い出しただけで、ぞくっとくる。時折目が合ったりして、またその目が妙に艶っぽい。恥ずかしそうな態度がやけに扇情的というか・・・・ちょっとサディスティックなものをくすぐられてしまう。
 宮坂が自分自身を手放すまで、追いつめたくてたまらなくなって・・・。気が付くと、何度も折れるくらいに抱きしめていた。
「・・・ぱい?先輩?」
「え?」
 中山の声に、我に帰る。一ノ蔵は目の前の中山が、益々不信な顔で自分を見ていることに気付いた。
「大丈夫っすか?マジで先輩、上の空ですよ」
「そ・・・そうか?すまん」
「まぁ、あれだけ綺麗だと分かる気もしますけどね」
 おい、分かるって・・・でも男だぞ。まさか、女だと思ってるのか?まぁ、勘違いしてるならそれで別に構わないけど。訂正するのも厄介だし。
「でも、あの人の本当の魅力は顔じゃないんだぞ。まぁ・・・確かに見た目もいいけど」
 真剣に語る一ノ蔵に、中山の目が丸くなる。
「先輩・・・本当にマジなんすねぇ。ちょっと俺、感動しました」
「感動って・・・お前」
 自分の発言が少々恥ずかしい。しかし、次に続けた中山の言葉に、一気に現実に引き戻された。
「相手の昔の男に刺されないように気をつけて下さいね」
「昔の・・・男?」
「あれだけの美人だもの、いない訳が無いでしょ?ストーカーとかにも追い回されそうだし」
「ストー・・・カー・・・・?」
 深く肯きながら話す中山。一ノ蔵はそういう心配もあるのかと、改めて中山の話に耳を傾けた。
「そういえば、痴漢対策グッズを持ってたような・・・」
 宮坂は違うことを言っていたけど、あれはおそらくショックガン。そうか、あんなもの持ってるってことは、そういう目にもあったことがあるのかも。そういやカナメがそんなこと言ってたような気もするし。むむぅ、許せん!痴漢の奴。
「ほらねー、美人と付き合うのも大変なんですよ。あ、そうだ。俺の友達が面白い情報くれたんですけど・・・」
 と、中山がそこから声を潜めて一ノ蔵に耳打ちする。一ノ蔵は最初静かに聞いていたものの、徐々に話が核心に触れ出すと、弾けたように叫んだ。
「だっ!・・・そっ・・・」
 その途端、中山が一ノ蔵の口を手で塞ぐ。部署内の視線が集中するのを避けるように、中山が一ノ蔵の身体をしゃがませた。
「マジで、来週あるらしいんですよ。ちょっと面白そうじゃありませんか?」
「でも、それって・・・・」
 渋い顔をして首を捻る一ノ蔵。すると、中山が身体を起こし、椅子を遠ざけながら言った。
「あ、じゃあ行かないんですね。分かりました〜」
 が、その中山の脚を一ノ蔵が素早い動きで掴む。中山が一ノ蔵の目を見てニカっと笑うと、一ノ蔵が観念した顔で言った。
「・・・・・・・行く」




***As I grew up***



 その頃、宮坂は自宅で号泣していた。
 家に帰ってから軽く眠り、遅い昼食を終えた後に一ノ蔵から借りた絵本を開いた。で、号泣。
 絵本を濡らしてはいけないと、本を閉じたはいいものの、ソファに突っ伏して泣き崩れる宮坂に、現像室から出てきたカナメは目を丸くした。
「ど・・・どうしたの?しぃちゃん?」
 タオルを握り締めて泣く宮坂に、カナメが駆け寄る。宮坂の方は、何かをしゃべろうとするものの、しゃくりをあげて声にならなかった。
「滝っ・・・・本・・・・・・一・・ノっ・・・・っく」
「はいはい、どうどう。いいから落ち着いて落ち着いて」
 カナメ的には宮坂が帰ってきてたことには気付いていた。が、話もせずにそのまま部屋に入ったので、昨夜の余韻にでも浸っているのかと思ったのだ。が、こんなに時間が経ってから泣き出すとは?
 カナメに背中を撫でられて、宮坂の呼吸が落ち着いてくる。真っ赤に泣きはらした目でカナメを見上げ、宮坂が傍らに置いておいた本を差し出す。すると、カナメはその本を知っているのか、本を開くまでもなく返した。
「これ、読んだの?」
 まだ胸をひくつかせながら、宮坂が小さく肯く。カナメはそんな宮坂の背中をポンと叩いて言った。
「なぁんだ、驚かせないでよ。てっきり珠ちゃんとなにかあったのかと思ったじゃない」
 ふるふると首を横に振る宮坂。まぁ、なにかあったのかと言われると、返事に困るけど。あったような、なかったような・・・。
「あ・・・・・芳之・・・・」
 台所に置いてあった使用済みの『大澤カップ』を見たことを思い出し、宮坂が呟く。
「あ、昨夜泊まってったのよ。ニコタマ直行だからって」
 ふぅんという顔で肯く宮坂。別に、ここに大澤が泊まっていくのは珍しくない。けれど、なんか引っかかるものを感じたのだ。それが、なんだかは分からなかったけど。
「忍が朝帰りだってのは分かってたしね〜」
 ぐさ。その通りだけど。でも、最後までしてないし。この前はキスで終わり、今回は律義にその次のステップで止まってるんです。なんか、どっちが焦らしてるのか分からないような・・・。
「で、今度こそしたんでしょうね」
 来た。絶対にされると思った質問。思わず泳ぎ出す宮坂の目に、カナメが眉をひそめる。
 ぽりぽりと頭を掻いて、立ち上がろうとする宮坂の腕を、カナメが掴んだ。
「ちょっとアンタ!」




***As I grew up***



 大澤は、電車の窓から外を眺めていた。
 手にはもらった原稿。スケジュールよりも弱冠早めにもらえたそれに、少し気分が良い。窓から見えるビルやマンションに視線を投げながら、大澤は長いため息をついた。
 おそらく、宮坂も一ノ蔵もお互いに対して真剣なのだろう。二人とも真面目だし、浮気なんてことが出来るほど器用でもない。まぁ、うまく行けば相当長くいけると思う。
 だけど、カナメが見せてくれたあの写真。あれが本当だとしたら、その時宮坂はどうするだろう?そして、その時一ノ蔵はどうするだろう?
 自分が一ノ蔵の立場だったら・・・全然問題は無いと言える・・・・と思う。昨晩のカナメの突っ込みが効いているのか、ちょっとだけ気弱。
「ヨシはきっと、『浮気してやる!』って強気で言いながらも実はしない子・・・みたいのがタイプだと思うもの。アンタが言うほど、アンタの貞操観念って軽くないわよ」
 少し考えてみる。当たってるかもしれない。だから、変なことをいつまでも引きずってるのかもしれないし・・・・。ただ、問題なのは軽くはないかもしれないけど、重くもない貞操観念だろうか?
 大事なものが何か分かりながらも、それをふっと手放したくなる瞬間がある。一生分の後悔になることも分かりながら、でも手放したくなったら最後、それをせずにはいられなくなる。一種の病気だな、と思った。
 宮坂は、一ノ蔵に話すつもりなのだろうか?
 宮坂の潔癖さには頭が下がるけど、言わない方がいいこともあると、大澤は思う。
 あとで、電話でもして見ようかなと、大澤が空を見上げた。




***As I grew up***



 「なんなの!?珠ちゃんってインポ!?」
 仁王立ちで怒るカナメを宮坂がなだめる。ソファに押し付けられながら、カナメが尚も言った。
「だってそうでしょ!自分で部屋に誘っておいて最後までしないなんて、なによ!生理だとでもいうの!?」
「え!?男にもあるの!?」
「あるわけないでしょ!?なに言ってんの、忍。あんた何年オトコやってるのよ。冗談だってば」
 そうだよねぇ・・・と宮坂が苦笑い。人の冗談が分からずに恥ずかしい想いをするのも、いつものことであった。
「実は、珠ちゃんってば見せられないような・・・」
「あぁぁぁっ!滝口だめ!!!」
 その先は言っちゃ駄目だよう!とばかりに宮坂が大きな声で遮る。確かに、それはあまりにも酷いなと、カナメも自粛した。
「でもさ、なんか理由があるとしか思えないわよ。きっとやる気が無かった訳ではないんだと見るね(←さすがするどいっす)」
「うん・・・俺もそう思う」
「心当たりでも?」
 横目で聞いてくるカナメに、宮坂が肯く。小さくため息をついた後、宮坂が口を開いた。
「多分・・・・俺の、過去のこと気にしてるんだと・・・」
「過去!?」
 クッションを抱いてカナメが目を丸くする。どうしてまたそんな?という気持ちが充分に込められていた。
「そっちの方での海外経験を・・・・・まぁ、その・・・」
「なにそれ!なにケツの穴の小さいこと言ってんのよ!あ、この場合小さいだと誉め言葉?」
「滝口、それちょっと話ずれてる・・・」
 恥ずかしそうに、抱きしめたクッションに顔を埋める宮坂。それぞれが顎の下にクッションを抱きしめながら見つめ合った。
「で、そんなこと言われた訳?」
「ううん、直接言われてはいないけど・・・リッキー・マーティンがどうのとか、俺の好きなタイプはどんなんだとか聞かれたから・・・」
「そりゃまた分かりやすい」
 呆れたようなカナメの一言。宮坂も、反論は出来なかった。
「で、なによ。日本人は日本人としかしちゃいけないとでも言うの?んなアホな。忍がデカチン野郎とやってたら自分はできないとでも言うの?」
 カナメのあまりな発言に、宮坂がアングリと口を開ける。どうあっても宮坂には口にすることの出来ない単語。どうしてだかエキサイトしているカナメは続けて言った。
「大体あそこのサイズなんて、努力で決まるもんでもないでしょ?人には相性ってもんがあるんだから、やたらでかけりゃいいってもんでもないだろうし」
 その言葉には、宮坂も深く肯く。そうそう、あんまり大きすぎても痛いだけだし(ちょっぴり赤面)。女じゃないんだから、そんなにフレキシブルじゃないし、相性はあると思う。ただ、それよりも先にあるものがあると思うんだけど・・・。一ノ蔵なら、分かってくれてると思ったのは、甘えなのかな?
「ただ!」
「え?」
 すっくと立ち上がり、カナメが仁王立ち。人差し指を立てながら笑うカナメを、宮坂が見上げた。
「そういうことを全然気にしないオトコよりも、忍にはその位繊細な方が合ってる!・・・と思う」
 ・・・・・なるほど。宮坂はコクリと肯く。まぁ、あんまり大味な人よりも細かい方が合ってるような気はするし。
「だから、ここはいっちょ、珠ちゃんが壁を越えてくるのを待つしかないんじゃない?」
「壁・・・ねぇ」
 カナメは言いたいことを言い切ったようで、静かにソファに座り直す。宮坂が、まだ微かに赤い目を擦って息をついた。
「で、忍もただ待ってるオトコなんてつまんないよ。今晩遊びにいこ!」
「え?どこに?」
 クッションに顔を乗せてけだるく答える。次の瞬間、カナメがニカッと笑いかけた。




***As I grew up***



 「で、こんな所にいるのかよ」
 頭の中で乱反射する大音響。胃の底を掴むようなベース音を感じながら、大澤と宮坂はグラスを傾けていた。
 カナメは、フロアでもう随分と長い間踊り続けている。
 カナメがクラブに来る時は、大澤や宮坂と一緒に来る。ナンパ防止兼用心棒らしいが、宮坂に比べるとカナメの方がよっぽど強い。エクササイズ代りに、キックボクシングのジムに通い始めたのが、いつの間にか本気になったらしいが。
「うん。でも俺もなんか家には居たくなかったし。滝口に連れてきてもらってよかったよ」
 手の中でトムコリンズのグラスをくるりと回して宮坂が微笑む。大澤は煙草を取り出して火をつけた。
「なんだよ、なんか嫌なことでもあるみたいな・・・・」
「嫌なことって訳でもないけど」
「けど?」
 白い息を吐きながら、大澤が灰皿を宮坂から遠いところに置く。ついでにバーボンを一口飲んだ。
「ちょっと・・・自分が嫌になったかな」
「なんで?」
 呟く宮坂に、大澤はいたって普通に聞き返す。大音響で声が聞こえづらいのが、かえって話の深刻さを軽くしていた。おまけに、ここは子供の来ない、比較的年齢層の高いクラブ。好みの曲がセレクトされれば、重い気持ちが少し削がれていく。
「身体先行で付き合うやり方が好きじゃないとか言いながら、結局自分もあんまり変わりが無いなと思って」
「ふぅ〜ん」
 ということは、まだ宮坂は一ノ蔵としてないんだ・・・と大澤は察する。全く何を足踏みしてるんだか・・・と、これはため息交じりの煙草の煙。
「お前に言われただろ?『本気でするな』って。そのことが、ちょっと引っかかってるのもあるかも」
 何かを思い出しているような宮坂の顔。それが伝染したのか、大澤も変なことを思い出してしまった。
「別に、責めてるんじゃないから誤解しないで欲しいんだ。ただ、そんなこと考えたこともなかったっていうのが、ちょっとショックで・・・・」
 透明のグラスを傾けて、宮坂が喉を潤していく。大澤は煙草の中間を握り潰し、そのまま灰皿の上に落とした。
「考えなくても・・・・いいことかもしれないけどな」
 大澤がそれだけ言って、残っていたバーボンを飲み干す。宮坂は、フロアのカナメを見ていた目を、大澤に流した。
 大澤はいつになく真剣な目で、空になったグラスを見ている。バーテンと目が合って、同じものを頼んだ後に、新しい煙草に火をつけた。
「お前よりも・・・俺の方が引きずってるのかも知れない」
「どうしたの?突然・・・・・?」
 宮坂はどこか笑顔の少ない大澤の横顔を、覗くように見つめる。大澤はその視線に耐え兼ねたのか、まだ火を点けたばかりの煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった。
「ちょっと・・・電話してくる」
 口端をあげて、宮坂に小さく手を振る。宮坂は人込みの中に消えていく大澤の背中を、じっと見つめた。
「うっす!あれ?ヨシは?」
 汗を光らせて戻ってきたカナメは、たった今まで大澤が座っていた椅子に座りバーテンにドリンクを頼む。それでも間に合わないのか、宮坂の前に残っているトムコリンズに手を伸ばした。
「今、電話しに」
「あ、そ。しぃちゃんは踊らないの?」
 宮坂のトムコリンズを一気で飲み干し、気持ち良さそうに息をつく。宮坂は大澤の様子が気になりながらも、微笑んで返した。
「好きな曲が来たらね」




***As I grew up***



 やはり、宮坂は覚えてないのかもしれない。
 大澤はそんなことを思いながら外に出て、会社に電話を入れた。とりあえず問題の出そうだった部分はクリアされていたようで、ほっと息をつく。大澤は電話を切った後も、すぐに中に戻る気がせず、店の前で人の流れを見つめていた。
 さかのぼって行き着く先は中学生時代。自分が恋愛に対して刹那的なのは、その頃の記憶の所為なのだろうかと、大澤はまた煙草に火を点けた。
 中学生の頃、大澤と宮坂、そしてカナメはつるみだした。今にして思えば変わった関係だったよなと大澤は思う。まぁ、いまでも充分変った関係かもしれないけど。
 そろそろ戻ろうかなと考えた時、胸に入れた携帯が震える。会社かと思って即座に出ると、一ノ蔵の声が耳に入った。
「もしもし、ヨッさん?」
「あれ?珠ちゃん」
 少し落ち込み気味だった気持ちが、ちょっとだけ浮上。おいおい、俺まで惚れてる訳じゃないだろうな・・・とちょっぴり苦笑しながらも、『素直な弟』といった感じの一ノ蔵の声に耳を傾けた。
「すみません。別に用件っていう用件はないんですけど、なんとなく一人でこのまま考え込んでたら沈みそうだったんで」
 ほらね、やっぱり素直な奴だ・・・と感心。そこで自分をチョイスして電話をかけてくるあたりも、またなんというか『悩みの種がなんなのか』が分かりやすい。
「おう。どうした?忍なら、いま一緒にいるけど」
「あ、やっぱり?家は留守電だし、携帯も通じないんで出かけてるのかなと思いました」
 安心した様子が声から分かる。心配したんだなぁ。
「あぁ、店の中、電波届かないからな。届いても声が聞こえないと思うし。カナメのお供でクラブに来てる」
「クラブ!?」
 予想以上の驚きっぷり。なにをそんな・・・?
「ってことは・・・忍さん・・・踊ったりするんですか?」
「あぁ、そうだけど」
 電話の向こうに訪れる沈黙。一体何を想像しているのか、優に数十秒は一ノ蔵が黙り込んだ。
「珠ちゃん?」
「・・・・・・・・・・あ・・あの、まさか・・・・」
「パラパラじゃねぇぞ、念のため」
「そうですよね!いや、まさかとは思ったんだ。あはははは」
 一ノ蔵の焦った笑い声を聞きながら、大澤もつい宮坂のパラパラ姿を想像してしまう。あまりの似合わなさに、思わず口端が上がった。腹が震える。
「珠ちゃん・・・本当に沈みそうだったのか?」
 充分元気そうに聞こえる声。でもまぁ、沈まないように頑張ってるのかもな。
「沈みそうというより、沈んでました」
「なんでまた?」
 こいつらはどうして二人で居る時のテンションが、別れた後も持続しないんだ?と大澤は思う。まだお互いを探り合ってる状態の所為か、妙に距離に弱い。
「したくて、しそうで、できなくて・・・・」
 標語のように呟く一ノ蔵に、大澤が呆れてわざと大きなため息。
「なんじゃそりゃ?合意の上ならさっさとやりゃいいだろうに」
「でも、『何もしないから』って言って部屋に来てもらったし、くだらないことは気になるし・・・」
「なんだよその、くだらないことって」
 本当にくだらないんだろうな〜と予測。大体『何もしないから』ってなんだ?生徒に手を出す教師の最初の台詞じゃあるまいし。
「その・・・なんというか、忍さんがもし外国の方との経験があったら・・・・比べられるのかな?・・とか」
「ばっかじゃねぇか?」
 間髪入れずに言い放つ大澤。電話の向こうで一ノ蔵が小さくなってるのが空気で伝わってきた。
「そんなことでくじけてたら、この先どうすんだよ!」
 あ、やばい。余計なことを言ってしまったと思う大澤。が、一ノ蔵はそれを大きな意味で捉えたのか、特に変な切り返しはなかった。
「まぁ・・・忍のこと大事にしたい気持ちとか、嫌われたくない気持ちとか分かるから!・・・でも、ちょっとは好かれてる自信っていうのも・・・あってもいいんじゃん?」
「好かれてる自信・・・・」
 そう。宮坂は確実に一ノ蔵のことを好きなんだから。それでいいじゃないかと大澤は思う。その気持ちを確認しておいて、一体何を迷うのかがさっぱり分からないのだ。
「忍が言ったんだろ?珠ちゃんのこと好きだって。なら、それでいいじゃん」
 大澤は電話を耳に力説する。通りを過ぎる人が、大澤の声に振り返った。
「俺の目から見ても、あいつが誰かのことをこんなに好きになったのって・・・・」
 大澤も通りに視線を投げる。が、視線を投げた瞬間にして、その視線は凍りついた。
 居る筈の無い人間の姿。居てはならない存在に、大澤の顔が険しく歪む。
「・・・・ヨッさん?・・・ヨッさん?・・・・もしもし?」
 少しづつ遠くなる一ノ蔵の声。
 気付くよりも先に、大澤は携帯を切っていた。




***As I grew up***



さぁて、ここからさらに新しい展開へ?
二人の初夜はいったいいつ!?

ちなみにリッキー・マーティンのファンの方!
決してけなしているのではありません!
むしろ、ワシも聴いてるクチです(笑)