***As I grew up***
一ノ蔵の手が、そっと宮坂の頬に伸び、触れる。
柔らかさと温かさ、そして何ともいえない高揚。長い睫毛を下ろして目を閉じる宮坂に、一ノ蔵が感動のあまり拳を握り締めた。
やっと・・・やっとこの日が!!この口唇に、触れたいとどれだけ思ったことか!!それが・・・それがいま現実に!!
目を閉じたまま感動に浸る一ノ蔵。すると、そんな一ノ蔵に、宮坂が言った。
「一ノ蔵さん・・・どうしたんですか?は・や・く・・・・・・(キャラ違うんじゃあ・・・)」
ばくばくばくばく。はっ!そんな、お待たせして申し訳ありません!!た・・ただいま!
高鳴る鼓動を押さえつつ、一ノ蔵が目を開ける。
「宮坂さん・・・いえ、忍さん。いざ・・・くちづけ・・・・・を?」
心を決めて、一ノ蔵が顔を寄せる・・・と、そこに居たのは大澤。彼であった。
「う・・・うわああああああああっ!!!」
バッ・・・・・・と、一ノ蔵が起き上がる。
激しい呼吸を繰り返しながらも、実際に叫んではいなかったようだ。
窓を見る。朝というには、かなり高い日が昇っていた。
ここはどこだ?見たことの無いベッド。見たことの無い部屋。いや、見たことはある。
あ、宮坂の部屋だ・・・と気付くと、一ノ蔵は思わずにんまりと微笑んだ。どうりで、いい香りがするはずである。
しかし、ベッドに一緒に寝ている者の顔を確認して一ノ蔵は絶句した。
大澤である。昨夜とてもいいタイミングで(?)やってきた大澤を交えて、三人は明け方まで飲み明かした。もはや、飲まずにはいられない状況だったというのもある。
だからあんな夢を・・・と一ノ蔵は頭を抱えた。しかし、なら宮坂はどこへ?一ノ蔵はベッドを出ると、一度居間に出る。そういえばカナメの部屋もある筈だと、違うドアを開け宮坂を探し、二つ目のドアでようやくアタリをひいた。
アジアンテイストと言えば聞こえがいいが、なんというか訳の分からないたくさんの物にかこまれた部屋。その中にある、まるでアラブの大富豪のハーレム(←見たんかい!?)の様なベッドの中で宮坂は眠っていた。天井から吊るされたアイボリーの薄布の向こうで、クッションを抱えて眠る宮坂。部屋に焚かれた香の匂いが、更に雰囲気を醸し出していた。
あぁ、麗しい・・・と一ノ蔵は朝から胸をホンワカさせている。そして、まだ半日ほどしかさかのぼらない宮坂とのくちづけを思い出した。
口唇の柔らかさ、吐息の温かさ。そして、自分の舌に応えてきた宮坂の舌の感触。くちづけの合間に見つめあった宮坂の瞳の輝きまでもが、まるで夢のよう。
うずっ・・・・。
まずい。駄目だってば。そんな・・・・寝込みを襲うような真似。
思いながらも、ベッドの脇に座って薄布を指で分ける。
じゃ・・・じゃあ、キスだけでも。
自分的には折衷案(どこまでしようとしてたんだ?)。薄布を開いた所で、耳に入ってくる寝息が、一ノ蔵の何かをかきたてた。
そっと顔を寄せて、軽く口唇に触れる。
「ん・・・・・」
その感触に、宮坂が小さく声を上げて顔を背ける。一瞬、目を覚ましたのではないかと、一ノ蔵の心臓が止まりかけた。
「俺にはしてくれなかった〜」
びくぅっ!!
背後からかけられた声に、今度は本当に心臓が止まったかと思う。一ノ蔵が振り返ると、そこには宮坂の部屋着を借りた大澤があくびをしながら立っていた。
「ヨ・・・ヨ・・・ヨッさん!」
声を潜めた叫びで、一ノ蔵が立ち上がり、大澤の背中を押す。外に出て部屋のドアを閉めると、一ノ蔵が自分の腕を指差した。
「勘弁してよ!ビックリして鳥肌立ったってば」
確かに、一ノ蔵の腕には綺麗な鳥肌が立っている。大澤はそれでも別に罪悪感を感じるでもなく、のほほんともう一度あくびで返す。
「だって誰かさんが寝込みを襲おうとしてるんだも〜ん」
「してないってば」
赤い顔で答える一ノ蔵に、大澤は含みのある顔で肯き返す。そのままキッチンの方に移動すると、大澤がコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
「珠ちゃんは、もう大人になってしまいました」
まるで物語のナレーターのように言う大澤に、一ノ蔵が少しふて腐れて椅子を引く。そのままキッチンテーブルにつくと、一ノ蔵が向かいに座る大澤を見た。
「どういうことっすか、それ」
「言ったままっしょ。変な誤解してるみたいだったから、忍もショック受けてるかなと思って来てみれば・・・。もはや食われてるとは・・・・・」
両手で頬を押さえ、あぁ怖いと言わんばかりの大澤のジェスチャーに、一ノ蔵が冷ややかな視線で答える。が、やはり訂正しなくちゃと、口を開いた。
「食ってないってば」
「嘘」
そんなことあるわけないでしょ、という顔の大澤。
「嘘じゃないって」
残念ながら、という表情の一ノ蔵。
「マジ?」
まさか、という目の大澤。
「マジも大マジ」
やっと分かってくれたか、と安堵の一ノ蔵。と、大澤が腕を組んで低く唸った。
「うーん。ってことは本当に俺、邪魔しちゃったのね〜。一回くらいは『した』後かと思ってたんだけど・・・・」
そうだったらどんなに有り難かったかと、一ノ蔵も深く肯く。昨晩、出番を迎えることのなかった一ノ蔵のミスターエックスも少々淋しげであった。
「でもさ、たった一回しかないでしょ。だから・・・大切にしたいし」
「一回って・・・何が?」
コーヒーメーカーがコポコポと音をたて、同時に香ばしい香りを部屋に広げ始める。一ノ蔵は頬杖をついて、大澤の質問にぽつりと答えた。
「・・・・・『はじめて』。するのは簡単かもしれないけど、簡単にはしたくないってのもホンネだから。宮坂さんのことをちゃんと見て、それで宮坂さんもちゃんと俺のこと分かってくれて、それでしたいんすよ。大切だと思うから、する時はちゃんとしたいし、一回もおざなりにしたくないの」
一ノ蔵を見返す大澤が、ポカンと口を開ける。あまりにも長い間大澤がコメントをよこさないので、一ノ蔵がバツが悪そうに言った。
「笑うなり茶化すなりしてよ」
「いくら俺でも、こればっかりは」
首を振りながら、大澤が大きく息をつく。
「なんで?」
すると大澤は立ち上がり、出来上がったコーヒーをマグカップにいれながら言った。
「人の本気は笑えないだろ」
そのまま、そのカップを一ノ蔵の前に置く。ついでに、ニカッと大きな笑顔を投げてよこした。
一ノ蔵は、少し恥ずかしそうにそのコーヒーに口をつける。二人でモーニングコーヒーを飲みながら、時計の音に耳を傾ける。
なんとも、不思議な朝だなと、一ノ蔵は思った。
「実はさ・・・・」
「ん?」
一ノ蔵がため息交じりで口を開く。大澤が顔をあげた。
「俺、自分から誰かのこと好きになったのって初めてなんすよね。今までは、言われる一方で・・・」
「お前それ、自慢?」
「いや、そういうんじゃなくて。本当に」
ふぅ〜んと、大澤の眉があがる。一ノ蔵は溜まっていたものを吐き出すように続けた。
「だから、すごくドキドキする。胸が痛かったり、宮坂さんがどう思ってるのか分からなくて怖くなったりもするし。・・・誰かのことを考えて夜眠れなくなったりしたのも、初めて」
コーヒーカップを両手で包み、一ノ蔵は話し続ける。大澤は珍しく黙って聞いていた。
「正直、どうしていいのか分からなくなる時もあるし、すごーく後悔する時もあるし・・・・。でも・・・毎日が、なんだか楽しい」
宮坂に見せないのがもったいないほどの優しい笑顔で一ノ蔵が微笑み、大澤が息をつく。なんというか、娘の婿を認めた瞬間のような、そんな感じがした。
***As I grew up***
「え?しなかったの?」
夕方になって帰ってきたカナメが、部屋着に着替えながら宮坂を振り返る。一ノ蔵も大澤も、すでに自分の寝床へと帰っていた。
宮坂は半裸状態のカナメの横でコーヒーを飲んでいる。男と女でありながらそうでない関係というか、本当の同性以上に同性感覚の二人。カナメの裸など、見慣れたものだった。
「するかも・・・しれなかったけど・・・」
カップに口をつけ、もごもごと呟く宮坂。その前に座り、カナメがじっと宮坂を見る。視線に耐え兼ねて宮坂が目を背けた時、カナメが一言ピシッと言った。
「もったいつけたの?」
タンクトップ姿のカナメが、冷蔵庫から取り出したばかりの2リットルペットボトルを片手で持ち上げる。それをダンベルのように振ると、宮坂を見ながら体操をはじめた。
「芳之が来た・・・」
「あのバカ・・・・」
呆れたように言い捨てて、カナメが息をつく。
「まぁいいんじゃない?焦らした方が面白い時もあるし。かといって、直接拒むとしこりが残ったりするしね。上手い具合に第三者が邪魔してくれて、珠ちゃん的には盛り上がってるかもよ」
冷静な分析を聞かせながらペットボトルで筋トレを続けるカナメを、宮坂は感心したように見つめる。本人いわく「恋の狩人」のカナメだ。そういうものなのかな?と宮坂は思った。
「別に・・・焦らした訳じゃないんだけど・・・」
「そうだね。でもまぁ、結果からするとそうとも言えるってことよ。忍の場合、最終兵器もあるから、それは小出しにしていった方がいいと思うし」
最終兵器。嫌な言われ方だなぁと思いながらも反論出来ない。「自分じゃよく分からない自分のこと」というのもあるものだ。
「でも・・・あんまりそういう・・・・かけひきみたいなのしたくないな。上手にできるとも思わないし」
「じゃあ、かけひき前に逃げられてもいいの?カケヒキだってね、手の届く距離にいなけりゃ出来ないのよ」
うーん、一理ある。大澤は、これと思ったらとりあえず寝てみるタイプ。寝てからのプロセスを楽しむのが好きだ。一方カナメは、これと思ったら搦め手で責めるタイプ。初めて寝るまでのプロセスで相手を監察し、寝てみて最終決定をする方だ。宮坂は、これと思うことが極端に少ないので、統計を取れるほどのものではないが、とりあえず相手次第・・・ということか?
「で、今度はいつ会うの?」
「明後日、夕飯を一緒に・・・」
嬉しそうに微笑む宮坂。それを自分のことのように微笑み返して、カナメが言った。
「いいなぁ。アタシも珠ちゃんのこともっとしっかり見てみたい〜。今度ちゃんと紹介してね」
「カナメも来る?」
「そういう危険なこと言うもんじゃないわよ」
無邪気に微笑む宮坂に、今度はカナメがちょっと驚いて返す。しかし宮坂は何に驚かれているのか分からないといった表情で首を傾げた。
「・・・危険?」
「そりゃそうでしょ。昨夜がだめだったんなら、明後日っていうのにそれなりに珠ちゃん(←なぜかみんなが珠ちゃん呼ばわり)気合い入れてるだろうし。いくらなんでも、そこまで鈍感な真似はアタシには出来ないわよ」
鈍感・・・・。そんな熟語を胸の中で反芻。宮坂としては、単純に一ノ蔵のことをカナメに見てもらいたかっただけなのだが・・・。
「忍は男のくせに男心に対してニブイから、そこがちょっと心配といえば心配」
「失礼だなぁ。鈍くなんかないもん」
そこまで言われて、忍がさすがに口唇をとがらせる。するとカナメ、人差し指をたててさらにビシッと言い放った。
「とにかく、服は相手に脱がさせること。分かった?」
?なんで?宮坂の胸に浮かぶ疑問符。そこに何があるというのだろうか?
それに、シャワーを浴びたら、また服を着なくちゃいけないってことなのだろうか?
「ど・・・どういうこと?」
そこら辺の気持ちを全部込めて、宮坂が眉をひそめる。カナメはまるで「知らないの?うふふん」とでも言いたげに、勝ち誇った笑みで言った。
「果物は、皮と実の間に一番栄養があるっていうでしょ?」
「・・・・う、うん」
何故か体育座りで、肯く宮坂。カナメは何時の間にか仁王立ちになっていた。
「恋愛も一緒なのよ」
うふふん(←なぜそんなに嬉しそう?)。
***As I grew up***
やはり、今夜こそが勝負なのだろうか?
一ノ蔵は駅のホームでそんなことを考えながら佇んでいた。
取り引き先に行った帰りで、これで社に戻れば今日の仕事は終了。あとは宮坂との嬉し恥ずかしい会食である。念のために、身だしなみにはいつも以上に気を使ったものの、あまりにも気合を入れ過ぎても、から回る可能性が大。出来るだけ自然に・・・を心がける。
が、ポイントはそこではない。
やはり・・・・・今夜が勝負?するの?しないの?
そりゃあ、したいに決まってる。この間は変におあずけをくらったので、ミスターエックスはスタンバリたくてうずうずしている。しかし、だがしかし・・・それでいいのか?
やることが先ではないだろ?と一ノ蔵。自分は告白・・・のようなものをしたけど、宮坂がそれに対して言葉で返してくれた訳ではない。一時の気の迷い・・・というのは、今回に限っては受け付け不可能。やったが最後、ハマルのは目に見えている。だからはっきり相手の気持ちが知りたい。今でも、充分にハマッてるのだし・・・。
嫌われるのが怖いから言えないけど、一ノ蔵ってば、実はとても独占欲が深くて嫉妬深い男なのだ。本当は宮坂を家から一歩も出さずに閉じ込めて、来る日も来る日も自分だけのものにしたいとさえ思ってしまう。やはり、これを言ったら嫌われるだろうか・・・・?どきどき。びくびく。
出来るだけ長く、出来るだけ深く、宮坂を繋ぎ止めたいと思う。そのためには、今日は誠意を示して、あまりがっつかない方がいいのかな?うーん。もしもこんなことを大澤に言ったらきっと
『うだうだ考える前にやってみれば?(満面の笑みと共に)』
と返されるに違いない。そうだよなぁ・・・。本当だったら、やるのやらないのとここまで考え込む年じゃないよな。お互い、初めてなんかじゃないんだし・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?
そうだよな。初めてじゃないんだよな。ちょっと待て、宮坂は確かアメリカに住んでいたこともあって、当然向こうでももてただろうし、もしかしたらアメリカ人の彼氏なんかもいたかもしれないし・・・・。
一ノ蔵は駅のホームで自分の顎に指を当てる。つらつらとした考え(というか妄想?)が、徐々に深まっていき、恐ろしいことに行き当たった。
・・・・・・・・・・駄目じゃん。
前にインターネットのサイトで、白人さんやら黒人さんやらのナニを見たことがある。ありゃすげーぞ。なんせ、平常時で輪っかをつくり「ドーナッツ!」とかって一発ギャグができるくらいだぞ。そんなモノを相手にしていた人(←決めてかかってるらしい)を、どうやって満足させるッツーのさ。無理無理。無理だッツーの。やつらが松茸なら、俺のミスターエックスなんかエノキダケ(←そこまで卑下しなくとも)に決まってる。
いや、でもあちらさんのは「膨張率は低いから、そこまで平常時と変わらない」とも聞いたぞ。硬さもイマイチらしいし。
いやいやいやいや!もしも付き合ってたのがラテンの貴公子リッキー・マー○ィンみたいなのだったら?まるで腰に高橋名人(←懐かしい)仕様のずるっこコントローラーのようなバネが内蔵されていて、限りない早撃ち連打が可能な男と付き合ってたりしたら?
無理!!!!!無理っす!!!!!!
顔面蒼白。自信喪失。
そんな四字熟語が似合いそうな表情で、一ノ蔵はホームに佇んだ。背中には哀愁の文字。
けれど、頭の中には宮坂の微笑む姿が浮かんでは消える。
『好きな気持ち』は、負けない自信があるんだけどな・・・・と、胸の中で呟いた。
***As I grew up***
「あぁ、そりゃカナメの言うことも一理あるな」
大澤は左肩で受話器を挟んだまま、そっけなく呟いた。終業時間直前のことである。
「じゃあ、シャワー浴びた後だったらどうするのさ」
宮坂は一ノ蔵との待ち合せ場所の原宿で、ガードレールにもたれている。目の前を色んな人が通り過ぎていく様を目で追っていた。
「バスローブとかガウンとか着るだろ?それでいいじゃん。あ、でもそこで下に着てたらアウトだな」
「基準がよくわからないよ。脱いじゃいけないとか、着てちゃいけないとか」
「カナメはあいつ、ミカン食う時も綺麗に皮剥いて筋とって食べるだろ?俺は違うから」
言われてみれば確かにカナメは神経質なほどに綺麗に皮を剥くな・・・と宮坂思う。
「違うって・・・芳之は?」
大澤がミカンを食べているところなんて思い出せない。すると、思い出すよりも先に、大澤がスパンと返した。
「俺?俺は食えるもんなら皮付きでも食う!」
あ・・・・そうだ。リンゴもブドウも皮ごと食べる男・大澤。まぁ、剥かなくちゃいけないものは、当然剥いてから食べるけど。
「それよりも、お前の場合、別のところに気を付けた方がいいぞ」
電話の向こうから突然の切り返し。おそらく仕事をしながら話しているのだろう。紙をめくる音がこっちにまで聞こえた。
「別のところ?」
「そ。別のところ」
「何それ」
全く見当もつかない。時計を見るとそろそろ待ち合わせ時間。宮坂が携帯を耳に当てたまま歩き始めた。
「本気出さない方がいいぞ」
「本気?」
本気にならない方がいい・・・ではなく、本気を出さない方がいい?本気って・・・・やっぱり・・・あれ?
宮坂の声にならない疑問を感じ取ったのか、大澤が急に声を潜める。人のざわめきで聞きにくい中、宮坂が顔をしかめる。が、次の瞬間、大澤の言葉を聞いて宮坂が立ち止まった。
「・・・・・・・・嘘・・・」
「嘘じゃないよ。今まで、言わなかったけどな」
宮坂の頭の中が真っ白になる。そんなこと・・・言われたことなかった。
「だから、本気を出さない方がいいってこと」
大澤の声は、冗談には聞こえなかった。
***As I grew up***
今日、待ち合せに先に来たのは宮坂。まぁ、会社通いがないからそうだろうと言われても仕様が無いが。
一ノ蔵は宮坂の姿を見つけると、自然と笑顔が浮かぶ自分に気付く。まだ自分を見つける前の、人待ち顔の宮坂もなんとも言えない雰囲気が漂っていて好きだ。
そして、歩いてくる一ノ蔵に気付く宮坂。人込みをぬって自分に向けられる優しい顔に、一ノ蔵の胸が熱くなった。
「お待たせしました」
「僕も、来たばかりですから」
声を交わすと、さっきまで気になっていた『見たことも無い宮坂の元彼』のことなどどうでもよくなってくる。一緒にいる時間が幸せ。宮坂が笑っているのが幸せ。
「仕事、忙しいんですか?」
「まぁ・・・そこそこに。でも、ちゃんと終えてきましたから」
当然である(←社会人として)。それでもどこか誇らしげに一ノ蔵は言うと、宮坂を促して歩き始めた。
他愛も無い話をする。目を見る。笑いあう。たまに手が触れたりして、どきっとする。
キスだってしたのに、指先を捕まえるのに躊躇する。
お互いにそんなことを考えながら、二人でレストランを探す。入ったのは、エスニック料理のお店だった。
「激辛って・・・どのくらい辛いのかな?」
メニューを見ながら呟く宮坂に、一ノ蔵がウェイターを捕まえる。その質問をぶつけると、ウエイターはにこやかに笑って言った。
「翌日、お尻の穴がカラくなるくらいです」
尻の穴が・・・カラく?思わず目を見合わせる宮坂と一ノ蔵。張り付いた笑顔のまま注文を待っているウェイターに、二人が声を揃えて言った。
「じゃあ、普通の辛さで」
***As I grew up***
月曜日の深夜。人通りも減ったような気がする。それでもまだ人の絶えないところが、原宿だなと宮坂は思った。
「宮坂さん。まだ時間・・・大丈夫ですか?」
交差点で立ち止まり、一ノ蔵が宮坂を振り返る。そういえば、一ノ蔵が住んでいるのは表参道。ここから歩いてすぐのところだった。
「僕は大丈夫ですけど、一ノ蔵さんは明日も仕事なんじゃ・・・?」
う。気遣ってくれてるのか、それともやんわりと断られているのか。難しいところである。
そこをなんとか踏ん張り、ポジティブシンキング!と心の中で呟いて、一ノ蔵は続けた。
「大丈夫ですよ。宮坂さんといる方が、元気出るんです」
ぽ。と、赤くなる宮坂の頬。まずいことに、今の言葉はとても嬉しかった。かなり、ときめいてしまうほどに。
「じゃ・・じゃ・・じゃあ、もう一件行きますか?バーとか・・・」
どこを指差すでもないくせに、腕を明後日の方向に振ってみる宮坂(←照れ隠しらしい)。すると、一ノ蔵が一歩宮坂の近くに寄って、囁くように言った。
「あの・・・俺の部屋、来ませんか?」
しゅぼん。ライターのように宮坂の頭に火がつく。カナメが言っていたように、これが一ノ蔵の気合なのだろうか?ということは、これをオッケーしたら・・・当然あっちもオッケーって思われちゃうの?や・・・でも、まぁそうだろう。この時間にそういう気のある相手の家に行って、拒むのは変なような気もする。
え、えと、なんだっけ?服は自分から脱いじゃいけなくて、でも先にシャワー浴びた時は、バスローブの下に何か着てちゃいけなくて、それでそれで・・・。
宮坂が返事よりも先に、そんなことを考え始める。と、そんな宮坂の沈黙を戸惑いと取ったのか、一ノ蔵が付け足すように言った。
「もっ・・・もちろん、何もしませんから」
違うの違うの!身体が目当てじゃないの!というオーラを出しながら、一ノ蔵の顔までもが赤くなる。握った手のひらには嫌な汗が滲んできた。
でもって宮坂、何もしないという言葉にまた顔が熱くなる。まるでこの世の中で発情してるのは自分だけのような錯覚に陥り、羞恥心総動員で俯いた。
お互いの中にあるのは「もうちょっと一緒にいたい」というごくごくシンプルなことなのに、どうしてもそれが上手く運ばない。まだまだにぎやかさのある原宿の交差点で、黙りこくる二人。先に沈黙を破ったのは、宮坂だった。
「じゃあ・・・コンビニで、なにか買っていきましょうか?」
***As I grew up***
下品ですみません(懺悔)。
でもきっともっと下品になること間違いなし(−−;)
ほら!なんといってもお姉様向け小説だから!
お姉様が軽快に笑えればそれでよし・・・と(言い訳がましい)。