***As I grew up***
宮坂はソファに座って天井を見上げた。
来客中に寝るなんて、呆れられたのだろうか?あの日起きたら、既に一ノ蔵の姿はなく、その後の連絡も無い。といってもここ三日位の話なのだが・・・。
寝てなかったら、あの話の先が聞けたのだろうか?一ノ蔵の・・・好きな人の話が(←あんただってば)。
やはりここは電話をするべきだろうか?でも、好きな人がいると話されていて、それが自分だなんて言われた訳でもないのに電話をするのもどうかと思う。その話以外に、特に用件がある訳でもないし。いや・・・でも、お見舞いのお礼・・・とか?
でもでも、迷惑だったらどうしよう。迷惑そうな声で返された時点で、一気にへこんでしまう。おまけに、仕事中だったりしたら?ますます迷惑・・・。でも気になるし、顔も見たいし。
一番迷惑にならずに、且つ自分の欲求を満たせるものはなんだろうと、宮坂は考える。そしてその結果、宮坂は大澤に電話をした。
***As I grew up***
当然ながら一ノ蔵はへこんでいた。
宮坂に同棲中の彼女がいるなんて、想像外だし大澤からも聞いていない。
「だって、聞かなかったじゃない」
と、明るく大澤に言われてしまえば、それまでなのだが・・・。
にしたって、これはどういうことだ?そういえば確か大澤は言っていた。
「いや、俺は男でも女でもオッケーよ。とりあえず、気持ちのいいことしたいだけだから」
・・・と。で、自分も宮坂に言った。
「俺・・・・・大澤さんと同じっていうか・・・・・そっちの男なんで・・・・」
・・・と。うん。そうだ。で、それに対して宮坂は言ったのだ。
「僕も・・・・その・・・・・そう・・・・なので・・・」
・・・と。ってことは、おい、ちょっと待て。こんな図式が出来てるってことか?
大澤=バイ=一ノ蔵も同じ(と思われている)=その一ノ蔵(誤解)と宮坂も同じ=宮坂もバイだと言ったつもり。
おい。そりゃまずい。だって、一ノ蔵は女に全く興味がない。いや、誘われて試したことはあるけれど、全然駄目で、改めて自分の嗜好を確認したくらいだ。
にしたって、もしも宮坂が女もオッケーならそれは反則だ。あのルックスだから女にももてると思うけど、それは・・・やだったらやだ(←ただの駄々っ子?)。
なんだよー。なんなんだよ〜!!彼女がいるなんて〜!!
心の中で、その事実を教えてくれなかった大澤に毒を吐き、一ノ蔵が眉間に皺を寄せる。
告白しなくて良かったのか悪かったのか。しかし・・・。
微笑む宮坂。はにかむ宮坂。驚く宮坂。
そんなものが胸の中でフラッシュバック。その度に胸はどきどき。あぁ、重症。
処理しきれない心の引き出しの中身に、一ノ蔵が大きくため息をついた。
「はぁ〜〜〜っ」
と、その時向かいの中山が受話器を置きながら一ノ蔵に言った。
「先輩。お電話ですよ。一八の大澤さん」
一八(いちはち)というのは大澤の勤めている一八出版のこと。なんでも、創始者の「世の中何が売れるかわからない。自分がいいと思ったら一か八かで出してみろ!」という理念の元に付けられたらしい。幸運なことに、大ヒットを出すこともあり、今では大御所の出版社だ。ちなみに、大澤がその創始者の理念が気に入って入社を決めたことは言うまでもない。
さて、一ノ蔵はたった今心の中で毒づいていた相手からの電話とあって、どこか後ろめたい。一呼吸を置いて受話器を取ると、静かに言った。
「はい、一ノ蔵です」
「た〜まちゃ〜ん!」
明るい大澤の声に、ちょっぴりげんなり。
「どうしたんすか?職場に電話なんて」
いままでいつも携帯に電話をしてきていたのに、なぜか今日は会社。どういう風の吹き回しだか。
「たまには気分を変えてどうかと思ってね〜。せっかく取引先な訳だし、こういう電話の仕方してもいいかなぁって」
「はぁ」
もはや突っ込む気にもならない。すると、大澤がそんな一ノ蔵の様子も気にせずに言った。
「でさ、この間、どうだった?」
「どうだったって・・・・何がですか?」
「何がって・・・二人っきりで、その後どうしたの?ってことに決まってるでしょう」
「どうもしません。ちょっと話して、すぐに帰りました。宮坂さん寝ちゃったし」
明らかに不機嫌な声。さすがに大澤も何か変なものを感じたのか、伺うような声で返す。
「忍・・・なんか言ったの?」
何も言ってくれなかったから問題なんでしょう?と一ノ蔵、心で思う。
「別に、宮坂さんもヨッさんもなにも言ってないでしょ」
「珠ちゃん、怖〜い」
ちゃかしながらも大澤、どういうことだ?と状況を考える。二人きりで家に居て、話してくれなくて、宮坂が寝てしまって、何を怒る原因が?
「でもね、宮坂さんに決まった相手が居るんなら、そう言ってくれればいいじゃないですか。俺の気持ち知ってて、ヨッさんがこんなに意地悪だとは思いませんでした」
決まった相手??大澤の頭の中にポンっと浮かぶ疑問符。宮坂はフリーの筈。まさか、自分の知らぬ間に誰か作ったとか?いや、だったら一ノ蔵のことを考えて自棄酒するのはおかしい。
「しかも、同棲してるって・・・。結婚してるも同然じゃないっすか。じゃあ、俺仕事ありますんで、電話切りますよ」
同棲という言葉にピンときて、大澤が何かを言おうとする。が、その前に無情にも電話は切られていた。
はぁ〜、そういうことかと大澤は納得。別に、すぐに電話を掛け直して説明してもいいけれど、たまには観客に徹するのもいいかな・・・と思う。
とりあえず、明日辺りにまた電話しよう・・・と決めた。にんまり。
***As I grew up***
一ノ蔵の会社の前。右へ左へ行ったり来たりしている影。それは、大澤に場所を聞いてやってきた宮坂だった。
もはや電話じゃ満たせない気持ちを持て余して、とうとう会いに来てしまった。これなら、向こうが忙しそうなら、こっそり姿を見て帰ることも可能。向こうに迷惑をかけずに、しかも会いたい気持ちもそこそこ満足という訳だ。しかし、一歩間違えるとストーカー行為になるということに、この時の宮坂は気付いていなかった。
しかし、遠くから見るだけにするならいいのだが、もしも話しかけられそうな状況だったら何と言おうか。
「あ、偶然ですね(微笑)」
いや、どういう偶然なんだってば・・・と自分で突っ込む。
「散歩してたら、なんとなくこっちの方に・・・(はにかみ)」
どうやったら、自由が丘から散歩して銀座にたどり着くんだよ。
なにをどう考えても不自然極まりない。いっそのこと素直に会いに来たと言おうか。でも、好きでもない相手に突然、しかも脈絡もなく会いに来られたら、普通引くんじゃないか?(引くねぇ)
つい、うろうろうろうろ。
じっとしていると落ち着かない所為もあるのだが、歩いてないと不自然のような気がして(←でも往復してたら益々不自然だということに彼は気付いていない)、つい宮坂は一人で歩いてしまう。と、その時一人の男が宮坂に声をかけてきた。
「あの・・・・どこかでお会いしたこと・・・ありますよね?」
腕を組んで俯いていた宮坂は、その声に顔を上げる。おそらくこの会社の社員らしいスーツ姿の男。声に聞き覚えは無し。顔も、記憶に無いような気が・・・した。
「え・・・・あ・・・すみません。あんまり人の顔とか覚えるの得意じゃないんで・・・」
「大澤さんの、お友達でしょ?」
独特の含みを持った瞳で、男が宮坂のことを見返す。細い目ながら、その光は宮坂にも理解できた。
瞬間、データ照合が終わる。そうだ、あの時の大澤のディープキスの相手!多摩川キャンプ二打席三ヒットの相手だと気付いた。名前は・・・・えーと。
「あぁ!あの時の!・・・大澤と・・・・」
ごにょごにょとその先は口の中で濁す。すると、名前を思い出せないミスターXは、微笑で肯いた。
「西川です。あの時は、本当によく寝てらっしゃいましたね」
あ、そうだ『西川』だ!と思い出すと同時に、再び忘れたいところを突っ込まれ、宮坂が恥ずかしそうに首を傾げる。
「はぁ・・・ご迷惑をおかけしました」
「今日はどうしたんですか?一ノ蔵ですか?そういえば・・・財布は?」
「あ・・・財布は無事に返していただきまして・・・。今日はちょっと・・・たまたま近くまで来たものですから・・・」
「まだ外で待つには寒いでしょ。ロビーで待たれたらどうですか?」
思いもかけず中に呼ばれてしまう。確かに寒いのはあったのだが、ロビーで座ってたりしたら、まさに会いにきました!って雰囲気マンマンになってしまう。
「いや・・・でも、約束してるわけでもありませんから」
にっこり微笑みかえしながらも、胸の中では警鐘がなる。ここで断ったら、表でウロウロも出来なくなるぞ!
「そうなんですか?」
「はい・・・・」
あああ!どうしようってば!もう終業時間も過ぎてるのに。毎日残業ってタイプなのかな?だったら今日は帰った方がいいんだろうけど・・・・。
冷や汗が出るんじゃないかという程の激しいカケヒキ(←一人相撲な・・・)。すると西川が、あまり宮坂が好きでないねっとりとした視線で言った。
「じゃあ、僕とホテルにでも行きませんか?」
「へ?」
「約束もしてない一ノ蔵に会いに来るくらいだから、よっぽど我慢できなかったんでしょう?」
西川の台詞に、思わずぽかんと口を開けてしまう宮坂。しかし、西川はその半開きの宮坂の口唇を見下ろして、更に続けた。
「まぁ、あなたの顔を見れば分かりますよ。好きそうな顔してますもんね。一ノ蔵がどのくらい上手いのかは知りませんが、僕で良ければ、代りに満足させて・・・」
と、西川がすべてを言い終わらないうちに、宮坂の右手が空を切る。
パシーンッ
澄んだ小気味良い音がして、西川の顔が横に振られる。平手をかました腕を下ろしながら、宮坂が大きく息をついた。
「一ノ蔵さんは、そんな失礼なこと言いません!代りなんか・・・なれるわけないでしょう!?」
肩で息をし、言いながら、宮坂は急に切なくなる。
そう。今すごく会いたいのは一ノ蔵。他の、誰でもない。
・・・と、その時、その西川のずっと後ろに、宮坂は見たことのある人影を見つけた。
「あ・・・・・・・・」
一ノ蔵は、どうしてかこんな所にいる宮坂をきょとんと見ている。その一ノ蔵の横で、中山が宮坂を見て感嘆の声を上げていた。
「うわ。官能美人」
「宮坂さん・・・・・」
え?・・・・・・聞かれた?
突然我に帰り、慌てる宮坂。今の話を聞かれただろうか?聞かれたとしたら、すっごく恥ずかしい。これって、殆ど告白じゃないか!
かああああっと頭に血が上り、思わず走り出す。逃げ出した宮坂に、一ノ蔵もつられるように走り出した。
「先輩!?」
「悪い!中山また今度な!」
一ノ蔵の様子に『あぁ、あれがねぎトンかぁ』と納得の中山。夕飯でも一緒に・・・と社を出た二人だったが、これはしょうがないよなと中山は歩き出した。
「西川さん。何してんすか?」
殴られた頬を押さえたまま、呆然と立ち尽くす西川。中山が西川の鞄を拾って渡すと、宮坂が走り去った方をじっと見つめたまま、西川が呟いた。
「・・・・・・・・・・惚れた」
***As I grew up***
走る走る走る!
宮坂は全速力で銀座の街を突っ走った。振り返ることも恐ろしい。完全に、追いかけられてないことを確認するまでは、止まれないと思った。
なんでこう・・・タイミングが悪いというか、よりにもよって、誰かをひっぱたいている所を見られるなんて。
でも、西川の言ったことは、とても許せることではなかった。人の顔を「好きそうな顔してる」って・・・どういうことだ?「我慢できなかった」だと?まるで人のことを「情緒のかけらもない性欲魔人」みたいに言いやがって。
ぐをーーーーっと、怒りで走るスピードが増す。
好きな相手だから欲情するんであって、性欲の捌け口に誰かを探すんじゃないんだぞ〜っ!!と心で叫びながら宮坂が走る。そして、銀座から新橋の駅に近付いたところで、宮坂は足を止めた。久しぶりに全力疾走したから、肺は軋むし、膝は笑う。軽くむせながら、いくらなんでもここまで来れば一ノ蔵もいないだろうと安心して振り向いた時、宮坂は飛び跳ねて驚いた。
「うわっ!」
「いやぁ・・・宮坂さん、結構足・・・速いっすね」
息を切らせて微笑む一ノ蔵。宮坂はあまりの驚きに、ビルの壁に背を預け、その場に座り込んだ。
「一・・・ノ蔵・・・・・・さん・・・っ・・。どうし・・・て?」
「だって、宮坂さんが・・・逃げるから」
宮坂の隣りに腰を下ろして、一ノ蔵が答える。額に浮かんだ汗が街灯の光を受けて光った。
「どうして、逃げたんですか?」
若い所為か、息が落ち着くのも一ノ蔵の方が早い。宮坂はまだ乱れる呼吸を整えながら、短く言った。
「だって・・・・見たでしょ?」
「見たって、何を?」
え?見られてないのか?ひっぱたいたところを。
「西川さんを・・・ひっぱたいた所」
「えええ!?ひっぱたいたんすか?西川さんを?」
やはり見ていなかったのか。ううう。言わなきゃよかった。なら、例の台詞はどうだろうか?
「じゃあ、一ノ蔵さん・・・どこからいたんですか?」
「え?・・・・いや、後輩と出てきたら宮坂さんがマジな顔で立ってて、あ・・・と思ったら逃げるから・・・・」
聞かれてない・・・と、ほっと胸をなで下ろす。あぁ、良かった。なら、こんなに全速力で走る必要なかったんじゃないか。なんだか、笑いがこみ上げてくる。
「あはははははっ!」
どうにもこうにもおかしくてたまらない。心地良い疲労感と開放感。声をあげて笑う宮坂を、一ノ蔵は複雑な気持ちで見つめた。
「何が・・・おかしいんですか?」
「だって、俺・・・馬鹿だなぁと思って」
「どうして?」
「だって、なんだか一人でぐじゃぐじゃ考え込んだりして、夜の銀座で全力疾走でしょ」
顔をほころばせながら話す宮坂に、一ノ蔵の胸がきゅんとする。あぁ、俺ってば本当にこの人のこと好きなんだなぁ・・と思った。それなのに、あぁそれなのに。
「ぐじゃぐじゃって・・・・彼女のことですか?」
意を決した一ノ蔵の台詞。宮坂が笑顔の名残を残したまま一ノ蔵の顔を覗き込んだ。
「彼女?」
「えぇ。この間、お宅にお邪魔した時にお会いしました」
何の話だ?と言わんばかりの宮坂の顔。一ノ蔵はカナシイかな、告白できないまでも、まだ嫌われたくないとどこかで思ってしまっている。それが、心にも無い言葉を吐かせた。
「俺、てっきり宮坂さんは、女性とは・・・その、違うと思ってたんで、正直ショックでしたけど。あの人なら、なんていうか・・・美男美女っていうか・・・」
そこで宮坂、訂正を入れようとゆっくり手を上げる。一ノ蔵の勘違いが、見えてきたような気がした。が、その訂正よりも先に、一ノ蔵が言ってはいけない一言を放った。
「お似合いですよね」
ピキン。と、音がしたような気がした。断腸の想いで放った一ノ蔵の言葉。それは宮坂の心の中の何かにヒビを入れた。
すっくと宮坂が、無言で立ち上がる。一ノ蔵はつられるように立ち上がり、そして微かに口唇を震わせる宮坂を見た。
「宮坂さん・・・?」
目を合わさないようにする宮坂が、幾度もまばたきを繰り返す。その、どこか痛々しい姿に、一ノ蔵もなにかおかしいと感じた。
「宮坂さん、どうかし・・・」
「それは・・・っ・・・どうも、ありがとうございます」
上ずる声で告げる宮坂。一ノ蔵は何も返せずに、ただ宮坂を見つめている。すると、その瞬間、宮坂の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「じゃ・・・僕・・・っ・・・帰りますので・・・」
白い指で零れる涙を何度も拭いながら、宮坂が小さく会釈をする。一ノ蔵は訳が分からないまま、それでも言い知れない罪悪感を感じていた。
「失礼します・・・」
力のない声で言って、宮坂が背を向ける。肩が少し上がったのは、しゃくりをあげたのだろう。
自分の何が、宮坂をそこまで傷つけてしまったのだろう?
小さくなって人込みに消えていく宮坂の背中を見送りながら、一ノ蔵は、胸が引き裂かれるってこういうことかと思った。
***As I grew up***
「おかえり〜」
家に着いた宮坂に、彼女は声をかけた。返事が無いので、玄関を覗き込む。宮坂は靴を履いたまま、玄関に座り込んでいた。
「どうしたの?しいちゃん?」
「失恋した」
地の底から響いてくるような宮坂の声に、短パン&タンクトップ姿の彼女が駆け寄る。揃えた両膝に顔を乗せたままの宮坂の背中に、腕を回して並んだ。
「失恋って・・・・この間のナニ?」
顔を伏せたまま小さく肯く。すると彼女はあちゃーという顔をして言った。
「アタシが余計なこと言ったからかな?ごめん。マジでごめん」
「ううん。滝口の所為じゃない。だって、客が来たら最初はそう言うことになってるし。それはお互い様だから」
実はこの、彼女こと滝口要(たきぐち・かなめ)(←本物の女性です)は、宮坂と大澤の中学の時の同級生。そして、それと同時に、れっきとしたゲイであった。そう、要するに男には全く興味がないのである。
「『お似合い』って言われちゃった〜」
ふえ〜んと泣き出す宮坂の靴を、横からとりあえず脱がす。カナメは宮坂をなだめつつ居間のソファへと促した。
「んなねぇ、アタシと忍のカップルなんて、美男美女過ぎてイヤミなのにねぇ。普通片方が綺麗だと、もう一人はオヨヨって感じの方がバランスいいと思わない?」
軽く言ってみたものの、宮坂は反応する気配もなく、さめざめと泣いている。カナメはそれにため息で返すと、宮坂のジャケットから宮坂の携帯を抜き取った。
「ちょっとアタシに話させてよ、ナニとさ」
***As I grew up***
困惑の一ノ蔵。
あれから夕飯もとらずに家に帰り、床の上で大の字に寝転がっていた。
なんで泣いたんだ?さっぱり分からない。というか、宮坂は今まで会った誰よりも分かりづらい。それが実は、知りたいと思う気持ちが強すぎて空回っているのだということに、一ノ蔵はまだ気付いていなかった。
泣かせてしまった・・・・。声も上げずに、ただポロポロと。誰かに泣かれて、あんなに罪悪感にかられたのも初めてだ。
でもなぁでもなぁ、好きになった人に彼女がいたりして(それも反則の)、泣きたいのはこっちなんだぞ!と、ちょっと開き直る。が、それも長くは持たずに、頭の中には大粒の涙を零す宮坂の姿が蘇った。
謝った方が・・・・いいよなぁ。でも、今度ばかりは本当に嫌われたかも。今まで、すごく好かれていないまでも、嫌われてはいない自信がそこそこあった。今は、そんな自信はさらさらない。
そういえば、大澤が言っていた。宮坂さんを泣かせたら連絡することって・・・。なら、先に大澤に連絡しなければ。
とりあえず起き上がって携帯を取りに立ち上がる。と、その時、宮坂の携帯から電話が入った。
え!?と、これは素でびっくり。どう考えても、宮坂から電話がくるとは思えなかったからだ。
「・・・・・・・・・はい」
怖々電話に出る。すると、向こうから聞こえてきたのは、高い女の声だった。
「もしもし?タマサブロウさんですか?」
この声、聞いたことがある。おまけにこの不遜な態度。大澤がだぶるこの雰囲気。
「はい・・そうですが。宮坂さんの・・・彼女さんですか?」
「誤解なんです」
竹を割ったような即答。一ノ蔵がしばし言葉を無くした。
「ちょ・・ちょっと滝口!なにしてんの!?」
「・・・いいから、忍は黙ってて。あ、もしもし?」
奥から聞こえる宮坂の声。とりあえず、今は泣いてないんだなと思うと、少しほっとした。
「はい」
「アタシと忍は中学の頃からの友人ですけど、忍は女に興味ありませんし、アタシは男に興味ないんです」
「じゃあなんで、一緒に・・・・」
なぜだか、宮坂が相手じゃない方がすらすらと質問が出てくる。
「タマサブロウちゃんもそっちの男なら分かるでしょ?男同士で部屋を借りるのが大変だってこと」
「あぁ・・・」
ナルホド、と納得。例え兄弟だとしても、男二人で部屋を借りるのは結構難しい。男というだけで、部屋を汚く使ったり、ばか騒ぎをすると思われがちなのだ。にしても、タマサブロウちゃんって・・・。
「で、忍はよく変なのにつけられたりして大変だから、一人じゃ住まわせられないし、かといってヨシが一緒に住むのは難しいし、アタシは仕事上生活スペース以外に部屋が必要。だから、アタシと忍が一緒に住んでるって訳。おまけに最近じゃ堂々としてるけど、一応アタシらみたいな人種を嫌いな人もいるって訳で、お互い客を連れてきたら恋人同志ってことにしましょうって協定があるのよ。まぁ忍やヨシがあなたにそれを言い忘れたのもいけないんだけど、それにしたってアンタ。泣かすことないじゃないのよ」
一気にまくしたてられ、一ノ蔵の頭の中がパニックを起こす。ちょっと待て、宮坂は女を好きって訳ではなく、この彼女は彼女って訳ではなく、世間を欺く友情みたいなもんで・・・で、いま自分は責められているらしい・・・と。
「あ、ちなみにアタシの名前は滝口要。新進気鋭の美人カメラマンよ」
不遜な上に自信家。一ノ蔵の身体が思わず傾いだ。
「あ、暗室か・・・・・」
カメラマンと聞いて、暗室が必要なことに気付く。ぽろりとそれを零すと、カナメが電話の向こうで元気良く返した。
「その通り!まだ自分の事務所を持つほどじゃないからね〜。暗室欲しいとなると、それなりに広いマンションじゃないと駄目なの。だから、アタシ達の同居は利害が一致してるのよ。分かった?」
段々と遠慮のない口調になる辺り、大澤に良く似ている。きっと宮坂の学生時代はカナメと大澤の二人に引きずり回されていたに違いないと、一ノ蔵は確信した。
「じゃあ、誤解が解けたところで、そっちも忍に言いたいことのひとつやふたつあるんでしょ?」
「え?まさか・・・ヨッさんになにか聞いてるとか?」
「さ〜あ、なんの話かしらねぇ?・・・珠ちゃん?」
空々しいカナメの声に、ため息が漏れる。それに気付いているのか、カナメが宮坂にも良く聞こえる声で言った。
「アタシこれから、マイスイートハートの所にお泊まりに行くから、なにか忍に言いたいことがあるならこれから来たら?なんなら泊まってっても構わないし」
「なっ!?」
「車はアタシが持ってっちゃうから、車で送るってこともできないし。この時間から来たらもう、泊まるしかないけどね〜。おーーーほっほっほっほ」
一体どんなキャラなのだろうか。高らかに笑うカナメの向こうで、「何言ってるんだよ」と慌てる宮坂の声がする。
さらに驚くことに、一ノ蔵が呆然としている間に、携帯は切られた。
さぁて、どうする一ノ蔵?
***As I grew up***
という訳で、次回待望の・・・・?