***As I grew up***
一ノ蔵は半ば放心したように、ロビーでソファに座って口をぽかーんと開けていた。
なんで?どうして宮坂がここにいるのだろう?まさか大澤が?いや、大澤も驚いていた。あれは演技ではあるまい。
「珠ちゃん!」
早足で大澤が一ノ蔵に近づく、呆けた一ノ蔵は口を開けたまま顔だけを横に向けた。
「だめだ。忍の奴、自分の名前で泊まってない。しかしなんであんな中途半端な場所に居るんだ?」
宮坂が居たのは客室の階。宴会場でもレストランでもなく、客室の階というのが大澤の中で引っかかっていた。
「まさか・・・変なバイトでも・・・?」
「縁起でもないこと言わないで下さいよ。宮坂さんに限って、そんなことある訳ないでしょ!」
妙にむっとして返す一ノ蔵。
「じゃあ、本命?」
大澤の言葉に、一ノ蔵の顔が固まる。が、次の瞬間、その大澤の方が表情を崩した。
「んなことはないな。俺が保証する」
一応、ほっと肩をなで下ろす一ノ蔵。けれど、宮坂が自分にメロメロキュー(?)であることを知らないが故に、完全に安心はしきれなかった。
目に焼き付いている宮坂の表情。感情を表す余裕も無いほど、激しく驚いていた。それはそうだろう、こっちも心臓が止まるかと思うくらい驚いたんだから。
「おそらく仕事だろうな。このホテルは海外からのVIPのために良く使われるから」
「仕事?」
大澤が一ノ蔵の隣りに腰を下ろす。一ノ蔵はすでに酔いも冷め切ったようで、冷静に返した。
「そ。通訳の。俺に連絡が来なかったってことは、急な仕事だったんだろうな」
おまけに一ノ蔵の携帯も鳴ってないようだし、と大澤は思う。その急な仕事とやらで、宮坂は一ノ蔵にも電話出来なかったのだろう。
「宮坂さんって、通訳もやるんですか?」
「あぁ、あんまりやらないけどな。あいつビデオ映画(劇場公開はないけどビデオレンタルはされる映画)の字幕とかもやることあるし、だからその手の仕事のピンチヒッターとか、急に入ったりするんだ」
灰皿の台を引き寄せて、大澤が煙草に火をつける。一ノ蔵は少し考え、言った。
「え!?じゃあハリウッドスターとか??」
「あぁ、そうそう。今日はどうだか知らないけどな」
煙と一緒に息を吐き、大澤が軽くロビーを見まわす。カメラバッグを持った『いかにも業界人』がホテルを出て行こうとしているのを見付け、心の中で「ビンゴ!」と思った。
「降りてきた気配はないし、携帯も通じなくなってるし・・・・どうしたもんだかな」
煙草を持ったまま、髪をポリポリと掻く。一ノ蔵はしばらく考え込んでいたが、すっくと立ち上がって言った。
「さっきの階に行ってみるっていうのはどうでしょう?」
「片っ端から呼び出してみるってか?冗談だろ?」
煙草を灰皿に押しつけて大澤も立ち上がる。一ノ蔵の必死な様子に、思わず口端が緩んだ。
「だって、変な誤解されてたら困るじゃないっすか!」
「俺は困らないも〜ん」
「ヨッさ〜ん!」
しゃあしゃあと言ってのける大澤に、半泣きの一ノ蔵。誤解されてたら誤解されてたで、それは面白いと思うのがこの男であった。
「じゃあ先ずお前の携帯から忍に電話してみろよ。それから考えよう」
大澤に言われて、一ノ蔵が携帯を取り出す。しっかりメモリーに入れてあるようで、すぐに一ノ蔵が携帯を耳に当てる。
「あ」
「どうした?」
「通じてますよ。今、呼んでます」
「ふ〜ん」
自分の顎に手を当てて、大澤がうなる。が、いくら待っても一ノ蔵が話す場面はやってこなかった。
「出ないです。留守電にも切り替わらないし」
ため息交じりの一ノ蔵。それに反して、意外とあっさり大澤は言った。
「珠ちゃん、非通知?」
「いえ、通知してますけど」
「じゃあ、帰ろう」
「へ!?」
そしてさっさと歩き出す。一ノ蔵は唖然としながらその大澤の後を追った。
「なんすか?どうして帰っちゃうんですか?」
「だって、通知してて呼んでるのに出ないってことは、あいつ話す気無いってことだろ?」
やはり、そういうことになってしまうのだろうか?一ノ蔵は一応納得しながらも、どこか納得しきれないものを感じて、言葉を飲み込んだ。
「・・・ってことで、帰るしかないだろ。あいつだってガキじゃないんだから、くだらないヤケなんか起こさないだろうし、終電だって無くなるし。誤解を証明するためにも、ここはきっちり家に帰っておいた方がいいと思うしな。家に着いたら、俺も家から電話してみる」
それはその通りだ。どんな理由にしても、今晩大澤とこれ以上一緒に居たら、言い訳の力もにぶくなる。一ノ蔵は後ろ髪引かれながらも、大澤と一緒にホテルを出た。
最寄りの地下鉄の駅まで二人で並んで歩く。一ノ蔵は、それでもどこか無口になっているような気がする大澤に聞いた。
「ヨッさんどこなんですか?家」
「俺?代官山」
振り返らずに答える大澤。一ノ蔵は目を丸くして言った。
「いいとこ住んでますね〜」
「珠ちゃんだって表参道だろ?家賃高そうなとこに住んでるじゃない」
なんといっても山手線の内側。しかし、どっちにしても一人暮らし憧れの場所には違いない。
「建物古いっすからね〜。にしても、やっぱり近いんだ」
「なにが?」
「宮坂さんの家に近いなって。宮坂さん、自由が丘でしょ?」
一ノ蔵に言われて、あぁと納得した顔で大澤が肯く。そして、何かを思い出すような顔で言った。
「やっぱり、あいつを一人にしておくの・・・心配だからな」
***As I grew up***
ついついまた、部屋に戻ってしまった。
宮坂は鞄をベッドの上に投げ出して、シャツのボタンをプチプチと外す。バスタブにお湯をはり、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出すと、それを片手に風呂に飛び込んだ。その間、僅か数分。
どういうこと?
頭の中をぐるぐるとまわる疑問符。
あれは確かに大澤と一ノ蔵。なんであんな所に二人で・・・?おまけにやけに仲が良さそうで。
考えながら、宮坂はビールをクピッと傾ける。熱いお湯の中に居ながら、冷たいビールを飲むのは気持ちが良かった。
まさか・・・・・?
宮坂の胸をよぎる、怖い予想。
まさか・・・・一ノ蔵は、大澤のことが好き・・・・なのか?
そういや、この間あった時も大澤のこと聞いてきたし(←それは数少ない共通の知り合いだからじゃあ・・・)、大澤のこと好きか聞かれたりとか、名前で呼び合ってることを突っ込まれたりとか・・・・。考えれば考えるほど、その予想は当たっているような気がしてくる。
なら、自分に優しかったことも納得できる。そりゃあ、自分の好きな人の友達には親切にもするだろう。そうか、それだけなんだ・・・・。
じんわりと視界が曇ってきて、宮坂はそのままバスタブの中に頭まで潜る。
こんな時、すぐ酔えないのも嫌なもんだな・・・と思った。
***As I grew up***
おかげで昨晩は一睡も出来なかった。
どんよりとした気持ちで出社した一ノ蔵は、急ぎの仕事を早めに片づけ、自分のデスクに戻っていた。昼の時間だというのに食欲はないし、妙に胃が痛い。
「あれ?先輩、昼行かないんですか?」
「食欲無い」
いま正にランチに出かけようとしていた中山が、一ノ蔵を見つけて足を止める。そっけない一ノ蔵の返事に、中山が何かを悟ったような顔をして見せた。
「はは〜ん。先輩・・・フォロー失敗っすか?」
パーティションに肘を乗せて薄ら笑う中山を、一ノ蔵が恨めしそうに見上げる。しかし、中山はそれにめげた様子もなく、さらっと言った。
「そんなにめげないで下さいよ。先輩だったら、いくらでも他に探せるでしょ?」
「中山」
「はい?」
あまりにもお軽い台詞に、一ノ蔵が立ち上がる。中山は悪びれない表情で一ノ蔵を見返した。
「お前、今日の昼は何を食べる?」
「裏の、ねぎトンカツ定食。1000円ですけど」
なんでそんな質問を?といいたげな中山の顔。
「昼に1000円か?総務の遠藤(←妻子持ち)なんて、昼は700円以内しか選べないんだぞ」
「俺も、そんなしょっちゅう1000円は出しませんけどね。パソコン買うために貯金してますから。でも、今日はあそこのねぎトンの気分なんですよね。正確には昨夜からずっと、ねぎトンが・・・」
肩をすくめて説明する中山。すると、一ノ蔵が指を立てて叫んだ。
「そこだ!」
「どこです?」
思わず首を傾げる中山。一ノ蔵は立てた指を中山の胸に突き立ててにじり寄った。
「だろ?ねぎトンな訳だよ」
「どういう訳ですか?」
「ねぎトンが食べたい時は、ねぎトンじゃないといけない訳だろ?店に入ってねぎトンを頼んで出てきたのがポークソテーだったらどうする?」
熱く『ねぎトン』を連呼する一ノ蔵を、ぽかんと見返す中山。が、とりあえず状況を想像すると、静かに返した。
「そりゃ・・・・『違いますけど』って・・・」
「そう!『違う』んだよ。いくらそこでとんでもなく美味しいものがでてきたとしても、ねぎトンの為に用意された食欲はねぎトンしか受け付けないの!『他のなにか』じゃ駄目なんだよ!」
その瞬間、一ノ蔵の中で弾ける何か。分かっているのかいないのか、ただ前に立っている中山を尻目に、一ノ蔵は椅子の背にかけていたジャケットを取ると、中山に言った。
「ちょっと・・・急病。どうやら熱があるってことで・・・。半休取るから、係長にそう言っておいてくれ。一応急ぎの仕事は全部終わってるけど、何かあったら携帯に連絡くれればいいから!」
「お大事に。・・・・・汗をかいた方が、熱は下がるともいいますしね」
意味深な笑みで答える中山に、親指を立てて一ノ蔵が走り出す。とても病人には見えないその様子につい笑いながら、中山が呟いた。
「さ、寺島さんとねぎトン食べに行こう」
***As I grew up***
「で、風呂場で飲み明かしたって訳か。アホかお前は」
ここは宮坂の部屋。移動の合間に顔を出した大澤に、宮坂はベッドに寝たままで答えた。
「あんまり大きな声で話さないでよ。頭に・・・響く」
結局「酔えない酔えない」といいながら、ミニバーのアルコールを全部やっつけてしまった宮坂。朝になってチェックアウトをしてホテルを出たものの、見事に二日酔い。 ホテルからタクシーで帰り、自室で寝込んでいた。
「じゃあ、囁いてやる。『男同士の友情』と『男同士の愛情』が違うことくらい分かるだろ」
「分かんないよ」
少し不機嫌に宮坂が返す。大澤は宮坂のベッドの傍らに椅子を引いて座った。
「『ナニが剥けるまで』を知り合うのが友情。『ナニが剥けた後』を知り合うのが愛情」
真剣な大澤の顔に、眉をひそめる宮坂。時に、大澤の出す例は具体的すぎて分かりづらかった。
「いや、そうでもないかな?・・・うーん。『隣りで寝るのが友情』『上下で寝るのが愛情』。これならどうだ?」
「どうしてそういう方向から離れられないかなぁ・・・」
ため息交じりで宮坂が呟く。額に乗せた濡れタオルが、まったりと温まってきていた。
「なぜなら、俺はプラトニックラブなんてモンを信じないから」
あっさり言って、大澤がその濡れタオルを片手に部屋を出る。宮坂はぐったりしたまま目を閉じていた。
「しかし、お前が二日酔いするまで飲むなんて珍しいな。二日酔い自体、滅多にしないだろ」
夕食を食べずに酒だけを飲んだ結果である。大澤が来てから、水を嫌というほど飲まされ、お粥を出されたおかげか、少し胃が動き始めたような気がする。しかし、どうしようもなく痛む頭ばかりは治しようがなかった。
「だって、気付いちゃったんだもん」
「今度はなんだよ」
ったく、ロクなことに気付きゃしないな・・・と大澤は思う。それがことごとく的外れなことも奇跡的。いっそのこと『気付いたこと以外が正解』と自分で悟ってくれればいいのに。
「多分、一ノ蔵さんは芳之が好きなんだ」
「はあぁっ!?」
あまりにもあまりな予想。さすがの大澤も、これには声のトーンがあがった。
「忍。お前、なに馬鹿なこと言ってるんだ?」
しかし、どうして宮坂といい一ノ蔵といい、さっさと告白をしないんだろうか?それをしないからいつまでもこんなややこしいことになってるってことに、気付かないのだろうか?・・・と思い、いや・・・気付かないんだな・・・と大澤は思い直した。
「んなこと言い出したら、うちの会社と珠ちゃんの会社は取引相手なんだぞ。会社のパーティでもあれば当然顔を合わせることもあるし、一緒に飲むことだってあるさ。お前だって、接待で誰かと飲むことなんてしょっちゅうだろ?」
「でも、昨日はそうじゃなかったんでしょ?」
う。それは宮坂の言う通り。でも、『お前と俺の仲を確かめるために呼ばれた』とは口が裂けても言えない。これぞ、男の友情。と大澤、そこで『口を固くするのが友情』『ナニを固くするのが愛情』と思いついたが、とてもそれを言えるような雰囲気ではなかった。
「とにかく・・・」
大澤が気を取り直して何かを言いかけた時、大澤の携帯が震える。
「ちょっと待てよ」
半分寝ている宮坂に言って、大澤が不機嫌そうな声で電話に出た。
「もしもし」
「ヨッさん?」
「珠ちゃん!」
なんてグッドタイミング。飛び上がりそうになりながら大澤が言うと、宮坂の目がうっすらと開いた。
「駄目だ。やっぱり俺、宮坂さんにちゃんと説明しないと落着かないっていうか・・・誤解されてるならちゃんとその誤解を解きたいっていうか・・・」
どこかで歩きながら話しているのか、一ノ蔵の声が荒い。大澤は一ノ蔵の気持ちに、つい微笑んだ。
「珠ちゃん、今どこ?」
「ちょうど自由が丘の駅に着いたところです。宮坂さんの家がどこか聞こうかと思って」
ブラボー!と大澤、心の中で踊り出す。ここまでしてくれれば、大澤としても安心して宮坂を任せられるものである。大澤は宮坂の部屋を出ながら、手早く宮坂の部屋への道順を説明した。
「ちょ・・・芳之?」
ベッドで半身を起こす宮坂も顧みず、大澤は部屋を出ていく。宮坂が不審に思って、ベッドから這い出した。
「やだ・・・芳之、何の話してるんだよ?」
居間に出ても、そこに大澤の姿はない。パジャマ姿の宮坂はサンダルをつっかけて玄関から外に出た。
「芳之〜?」
マンションの下を覗いても人影は無し。しかも俯くと頭をシェイカーで振られたような目眩。
くらくらしながら宮坂が階段を降りようとした時、目の前に影がさした。
「芳・・・・」
大澤だと思って顔を上げる。が、目の前に居た人物に、宮坂の表情が固まった。
「一・・・ノ蔵・・・さん」
走ってきたのか、随分と息が上がってる。宮坂はほけっと一ノ蔵を見上げていたが、ふとパジャマ姿の自分に気付き、かーっと顔を赤くした。
「どっ・・・ど・・どうしたんですか?どうしてここが?」
「ヨッさ・・・いや、大澤さんに・・・教えてもらって・・・・。どうしても、会ってお話が・・・」
マンションの外をもう一度見ると、したり顔で歩いていく大澤の姿。宮坂は瞬間にして心臓が高まるのを感じていた。
「あ・・・じゃ・・・その・・・・・ど・・どど・・どうぞ。散らかってますけど・・・」
サンダルでぱたぱたと先に進む。一ノ蔵はシルクのパジャマ姿の宮坂に、早くもまずいトコロに血が集まりそうだった。
「おじゃまします」
散らかってるなんてとんでもない。綺麗に片付いてる上に、とても広い。ソファや収納家具などは落ち着いた色でまとめてあり、壁やカーテンは明るい色で統一されている。空間使いが上手で、なんというか、日本ばなれした感じなのだ。宮坂の容姿にはまりすぎる部屋の雰囲気に、一ノ蔵はしばし言葉を失った。
「適当に・・・好きなところに座って下さい。いま、お茶でもいれますから」
「あ、お構いなく。だって、具合悪くて寝てたって大澤さんが・・・。もしよかったら、寝ませんか?」
言葉の強烈さに、宮坂が目を丸くする。一ノ蔵は口をついた誤解を招きそうな言葉に、慌てて訂正を入れた。
「いや、あの・・・宮坂さんが寝て、俺が起きてるっていうか・・・あ、横になってくださいってことで」
「あ・・・はぁ、そうですよね」
ひきつった笑顔で宮坂が答える。
「でも、お茶くらいお出ししないと・・・ねぇ」
と、キッチンに立とうとした時、宮坂が貧血を起こしたのか、そこにしゃがみこんだ。
「宮坂さん!?大丈夫ですか?」
即座に駆け寄る一ノ蔵。宮坂はゆっくりと立ち上がりながら言った。
「すみません・・・・やっぱり、ちょっと横になってもいいかな?」
「どうぞどうぞ。・・・歩けますか?」
一ノ蔵が宮坂に手を貸し、宮坂の部屋にたどり着く。適度に片付き、適度に散らかった感じが、かえって心地良かった。
「あの・・・好きにしてくれて構わないから・・・」
「へっ!?」
ぎゅいーんっと、血が駆け巡る(というか局部集中?)。一ノ蔵の頭に、やばい妄想が膨らみ始めた。
「飲んだり食べたり・・・冷蔵庫とか・・・」
「あ・・・・はい。そうですよね」
はははは・・・っと、今度は一ノ蔵がひきつった笑いを見せる。あまりにも自分に都合のいい想像に、一ノ蔵は自分を戒めた。
「二日酔い・・・なんですか?」
「え?芳之が・・・?」
「いえ・・・あの・・・・」
言いにくそうに一ノ蔵が口の中でモゴモゴと呟く。宮坂も自分をとりまく酒臭さに、再び顔を赤くした。言わずもがなの酒の香り。それでも大澤が窓を全開にして空気を入れ替えてくれたおかげで、そこまで異臭は漂わなかったが。
ベッドに横になる宮坂の横で、椅子に座る一ノ蔵。ここまで勢い込んできたのはいいが、宮坂の顔を見たらやはり戸惑いが先に立つ。
「あの・・・・昨夜のことなんですけど・・・」
「・・・・・はい・・・」
宮坂も、いきなりの話に心臓をバクバクと鳴らす。何を言われるのか分からないだけに、そのバクバクもときめきなのか不安なのか分からなかった。
「ちょっと・・・相談があって、大澤さんに時間を作ってもらったっていうか・・・・。確かに俺は大澤さんと同じ趣味がありますけど、別に・・・大澤さんとどうこうしたい訳じゃないっていうか・・・」
どきん。一ノ蔵の言葉に宮坂の胸が高まる。自分の弱気な予想が外れたことは、宮坂の気持ちに追い風を吹かせた。
「なんか・・・・妙に意気投合しちゃったというか・・・・・」
「相談って・・・・何だったんですか?」
ベッドに横たわったまま、宮坂が呟く。直球ストレートな質問に、一ノ蔵は受け取った手が痺れるような気がした。思わず手を振る。
「それ・・・が、その・・・」
とても『あなたが大澤さんとデキテルかどうかを確かめたんです』とは言えない。そんなことを本人に聞かずに、その友達に聞くなんて・・・自分でいうのもなんだが、男らしくないと思うし。
「あの・・・俺っ・・・・係長にそっちの意味で過剰に好かれていて・・・それで・・・」
ぎゃふん。俺は一体何を言ってるんだ?と一ノ蔵は自分で自分に激しい突っ込みを入れる。今の台詞全部カット!と思ったものの、その想いはカナシイかな届かなかった。
「ええ!?・・・そうなん・・・ですか?」
「あ・・・は・・・はぁ・・・」
しかたなく認める。ええい!乗りかかった船だ!とばかりに、一ノ蔵はすべてぶちまける覚悟をした。
「でも、俺は別にそういう気は無かったし、かといって毛嫌いする気もありませんでしたけど・・・」
「なにか問題が?」
宮坂は案外冷静に聞いている。これは、起死回生のチャンス?と、一ノ蔵はふんばった。
「その係長が結婚することになりまして、それで、俺のことを忘れるためにも、俺に恋人を作るように・・・と」
「はぁ・・・」
「で、この間のパーティに行かされたんです。いい人・・・見付けろって」
ふぅん・・と、宮坂は肯いている。
「で、見つかったんですか?その・・・いい人って」
いいながら、宮坂の心臓もバクバクしていた。気絶しそうなほど期待してしまうけれど、それで違ったら月まで飛んでいきそうなほど恥ずかしい。平静を装うのも限界があるなと、宮坂はクラクラした。
一ノ蔵は一ノ蔵で、再び投げられた直球猛スピードのストレートに全身ノックアウト状態だった。
こ・・これは、求められているのだろうか?それとも、こんなことをあっさり聞いてくるってことは、もしや自分は完全に論外なんじゃなかろうか・・・?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
意図せず裏返った声で、一ノ蔵は呟く。と同時に、宮坂がベッドの上で改めて卒倒しかけた。
「宮坂さん!?」
「あ・・・だ・・・大丈夫です・・・・」
一ノ蔵に意中の人がいると分かり、宮坂の脳は完全にショート寸前。聞きたいような、聞きたくないような話の先に、ついつい及び腰の宮坂は、さっき濡らしたばかりのタオルを一ノ蔵に渡して言った。
「あ・・・・あの、すみません。これ・・・濡らしてきてもらえませんか?」
「はっ・・・はい。分かりました」
告白に意気込んできる一ノ蔵は、しゃちほこばって立ち上がる。宮坂はベッドに寝直すと、とりあえず覚悟を決めようと深呼吸した。
一ノ蔵は、このタオルを渡したら告白。宮坂がタオルを頭にのせたら告白・・・いや、自分が乗せてあげた方がいいだろうか?そのタイミングで告白?と、次にくるであろうシチュエーションを想定しては、ベストのタイミングを考える。
が、キッチンで一ノ蔵が濡らしたタオルを絞っていると、外で物音がした。
「?」
不思議に思い、急いでタオルを絞り終える。と、次の瞬間勢い良くドアが開いた。
「いや〜。まいったまいった」
言いながら部屋に入ってきたのは、身長が170センチは越えるであろう背の高い女。しかも、すごく細身なくせに、これでもかというほどパンチのきいた・・・胸をしている。真オレンジ色の長いストレートの髪を揺らして彼女は居間に上がると、挨拶も何もないままにソファに座った。
「疲れた〜っ!」
一ノ蔵はぽかーんと、そのミニスカ臍出し口唇ピアスの女を見下ろしている。が、突然我に帰り、言った。
「ちょ・・・ちょっと、あの・・・部屋・・・間違えてるんじゃないかな?」
「あん?・・え?あんた誰?」
「誰って・・・俺は宮坂さんの・・・」
宮坂の・・・なんなんだろう?と考える。とりあえず友達というのもおこがましいし、ましてや恋人では(まだ)無い。
「忍のなに?あ・・・ナニ?」
くすくすくすっと笑って、彼女は余裕の笑み。なんだか大澤を見ているような気になって、一ノ蔵が言った。
「そういうそっちは宮坂さんのなんなんだよ」
「なにって・・・アタシは忍と一緒に住んでるのよ」
げいん。頭を横殴りされたような感覚。一ノ蔵はそれでも負けじと言い返した。
「え・・・?妹か・・・なんか?」
「妹なんかじゃないわよ。妹と同棲してたらマズイっしょ」
少しキレ気味に言ってのける女。一ノ蔵は、一瞬考えた後、石化した。
「え・・・え?・・・・・ええええええっ!?」
瞬きすら忘れて、叫ぶ一ノ蔵。
その頃宮坂は、いつまでも戻ってこない一ノ蔵に、緊張しつかれたのか、見事に夢の中だった。
***As I grew up***
ねぎトン定食・・・実在します。美味いっす。
ちなみに、お気づきの方もいるかと思いますが
中山とは「美味しいワインの楽しみ方」の中山です。