***As I grew up***



  『お前ってさ、結構フツーだよな』
 最初に自分をふった男は、そう言って笑った。
 普通ってなんだよ?と思いながらも、それを相手に聞くことは出来ず、ショックを誤魔化して『そうかなぁ?』って笑い返してしまった。その事は、今でも癒えない傷。
 『綺麗な顔だ』と言われた。何度も言われた。
 『誘ってるような口をしてる』とも言われた。何度も・・・・。
 でも、別に宮坂にしては誰を誘ってる気もなかったし、綺麗だといわれても、それが生まれた時からの顔だから、別にどうということもない。これを言うと大澤に『お前、それを普通に言ったら相当のイヤミだから言わない方がいいぞ』と言われるけど、本当にそう思ってる。
 別に望んでこの顔に生まれた訳じゃない。自分の顔が嫌いではないけど、でも、この顔で自信満々に生きてると思われるのは嫌だった。
 だって、自分が本当に好きになった相手は、別の誰かのものになってる訳だから・・・。
 宮坂は、交差点の一角で暗い空を見上げ、ため息をひとつついた。こういうとき煙草を吸ってると良いなと思う。煙を吐くついでに、ため息をつけるから・・・・。
 ・・・・にしたって、今晩どうしよう。我に帰って慌てる。昨晩はあれから、大澤の変なレクチャーがあったけど・・・。



 「ホテルって・・・・ホテルってどういうこと!?」
「んな、ホテルっていったらホテルだろ。なにウブイ事言ってんだよ」
 ワインのボトルをうんしょっと開けながら、大澤が言ってのける。宮坂は返す言葉もなく、呆然と大澤を見返した。
「ホテルって言っても、普通のシティホテルとは訳が違うから。部屋をリザーブすると、ルームサーヴィスで美味しいご飯までついてくる。しかも男同士の宿泊にも寛容だから、安心して行け。あ、ワインの一本もサーヴィスさせようか?」
 トクトクトクッっとワインのボトルを傾ける。宮坂は思わず大澤ににじり寄り、正座のままに言った。
「でも・・・だって、どうしてホテル?なんでホテル?だってまだ向こうにその気があるかも分からないのに。俺にどうしろっていうんだよ!」
 混乱している宮坂を、大澤は座った瞳で見返す。そのまま首を傾げて大澤がグラスを差し出した。
「『向こうにその気があるかも分からない』ってことは、お前にはその気はある訳だ。ん?」
 げふっ。大澤のあげ足取りには容赦が無い。こと、自分には特に厳しいような気が、宮坂はしていた。
「まぁまぁ、飲んで飲んで。じゃあ、夕飯は別の場所で食べてもいいから。そんな、泣きそうな顔しなくてもいいから」
「ふえ〜ん」
 感情が高ぶって、宮坂がつい泣き出す。宮坂は酔いが回り過ぎると泣き出す傾向にあった。面白いなぁ・・・と感心しながら、大澤は宮坂のグラスになみなみとワインを注ぐ。
 本当は大澤、一ノ蔵がそっちの男だということを知っている。けれど、それを宮坂に教えてあげる気は無かった。何故って・・・教えない方が面白いから。
 宮坂は確かにそっちの男にも持てるし、どこかセクシービームを出している所がある。が、しかし、本人はいたって地味な性格で、恋愛ごとに関しては奥手も奥手。それゆえ、本当に気になる相手には素直な自分を出せずに失敗するということを繰り返していた。
 サービス精神が旺盛というか、自分を押し出せないというか。「君はきっとこういう人なんだよね、そういう君が好きだよ」と言われると、そうなろうと努力してしまう、妙な健気さを持っていた。しかし、それは本当の宮坂では無い訳で、当然そのしわ寄せはやってくる。その度、大澤は宮坂のヤケ酒に付き合うのだった。
 さらに可愛いことに、宮坂は妙に身持ちが固いというか、大澤のように試食や試乗をしたりすることがない。正に、身を捧げる時は心も捧げる時・・・という今時めずらしい(のか?)タイプであった。
 自分の膝に突っ伏して泣く宮坂の頭を撫でながら、大澤は「う〜ん。思いもかけずに、これはマジでマジかもしれないぞ」と思う。可愛い宮坂をやるのは心もとないものの(←一番お気に入りの玩具だから)、可愛い子だからこそ幸せになって欲しいとも思う。微妙に複雑な心境ながらも「さぁて、どうやって楽しもうか」と心の中で腕組み。大澤の真意や、いかに。
「ほら、あんまり泣くと、明日腫れた顔で一ノ蔵に会うことになるぞ」
「うん・・・・っく・・・」
 少し泣いてさっぱりしたのか、顔を拭いながら宮坂が顔を上げる。ついでにワインを飲みながら、ソファの上で膝を抱えた。
「で、何で泣いてた訳?」
 涙の跡を隠そうともしない宮坂に、大澤が素で問う。すると宮坂は少し考えて答えた。
「・・・よく、分かんないんだけど、お前の言ったことが図星みたいで、そうしたらなんか・・・すっごく悲しくなってきて」
「なんで悲しくなるんだよ?」
「だって・・・自覚しちゃったんだもん」
 ・・・・・・・・?大澤の顔に浮かぶ疑問符。が、次の瞬間、気を取りなおして大澤が宮坂に言った。
「一ノ蔵のこと・・・・好き?」
「・・・・・・・・・・・好き」
 コクンと肯いて、素直に宮坂が呟く。しかし、その呟きがまた何かの波を呼び起こしたように、宮坂の目にじわじわと涙が浮かんできた。
「はぁ〜っ。なるほどね」
 「気になる男」と「好きな人」は違う。大澤に言われるまで、宮坂は自分が一ノ蔵のことを好きになってることに気付いてなかったのだ。ただ、「いいなと思ってる人」だったのだ。それが「好きな人」になってしまったからもう大変。これは、宮坂のいつもの病気が出るに違いない・・・と大澤は思った。
「マジなのか〜、なるほど。それなら尚更、一発やっといたらどうだ?いや、別に二発でも三発でもいいんだけど・・・・」
「へっ!?」
 宮坂は唐突な大澤の言葉に、再び目を丸くする。それに構うことなく、大澤は続けた。
「ただし・・・・条件がある」




***As I grew up***



 『お前って、よく分かんないよな』
 と、昔付き合っていた恋人に言われた。
『一ノ蔵は自分のことが一番好きなんでしょ?』
 と言われたこともあった一方で、『自己主張をもっとしてもいいんだよ』とも言われたこともあった。付き合うごとに向こうの言うことが変わる。こりゃどういうことだ?と思っていた矢先に、何番目かの恋人が、ため息交じりに吐き出した。
『一ノ蔵くん、本当に俺のコト・・・好きなのかなぁ?』
 これは本当にびっくりした。天地がひっくり返るとは正にこの事。
 何故そんなにも驚いたのか?それは、『本当に好きではないことに、その言葉で気付いてしまった』からだった。
 好きだと思っていた。その言葉を聞くまでは。しかし、冷静に検証してみると、自分がその恋人を失ったところで、そんなにショックを受けないであろう自分が居た。
 Crazy for youなんていうけれど、本当にそんな気持ちはあるのだろうか?
 自分の『好き』は『肉欲』であって、『感情』ではないんじゃないだろうか?
 そこが、分からなかった。



 一ノ蔵が会社を出たところで、携帯が震える。宮坂かと思って出ると、違う声が聞こえてきた。
「よ、色男」
「・・・もしもし?」
 首を傾げて聞き返す。声の主は、喉の奥で笑いながら答えた。
「先日はどうも。宮坂の友人の大澤です」
「あ・・・・・どうも」
 電話の意図がわからずに、ただ立ち止まる。大澤はそんなことにかまう素振りもなく、唐突に言い出した。
「今日は宮坂と会うんですよね?行けそうですか?」
「え?あ、はい。丁度、会社出たところです。これから向かいますけど・・・・」
「そ!それは良かった。ところで一ノ蔵くん。君、なかなかもてるんだってね・・・・・男に」
 ドキ。いや、まぁ西川から聞いている可能性は十分にあるので、そこまで驚きはしないけれど、それでもたいして面識も無い相手にそこを突っ込まれると驚いた。・・・が、そういえば自分は向こうのディープキスの現場を見てるんだと思い直すと、幾分リラックス。
「そ・・・そんなこと無いですよ。それよりも、宮坂さんって・・・・どうなんですか?」
「どうって?」
 白々しい大澤の返事に、もどかしげな一ノ蔵。
「それはその・・・・俺たちと同じ嗜好があるのか。それとも、この間来たのはただ単に大澤さんの付き添いなのか・・・・ってことで・・・」
「自分で確かめたらどう?俺も、君が男一筋ってのは忍に言ってないし」
 忍。宮坂の下の名前で呼び捨てにしている。一体どこまでの友人なのか?でも、大澤が宮坂のことを好きならば、目の前であんなことはしないだろうし・・・。
「一筋・・・・って」
「いいじゃない、一途で」
「そりゃ、どうも。でも、そっちもそうなんでしょ?」
 やや失礼な大澤の言葉に、一ノ蔵も腹を決める。とりあえず、会社のつきあいはとっぱらった会話をする気だということに気付いたからだ。
「いや、俺は男でも女でもオッケーよ。とりあえず、気持ちのいいことしたいだけだから」
「節操ないっすねぇ」
「逆。それが俺の節操なの。快楽に従えってね。気持ちのいいセックスを出来る相手が、俺のベターハーフってこと」
 呆れる要素に溢れていながら、どこか納得できる。一ノ蔵は、唸りながら小さく肯いた。
「あ、今、俺のこと『なかなか弁の立つかっこよくてセクシーな男』だなって思ったでしょ」
「『かっこよくてセクシー』は余計です」
 なんなんだこの人は。マジなのか、からかってるだけなのか・・・?と一ノ蔵が危ぶんだ時、大澤が言った。
「で、忍のこと好き?」
「へっ!?」
 大澤の突っ込みに、瞬時にして一ノ蔵の心臓が高鳴り出す。思わず狼狽していると、更に大澤が言った。
「忍のこと、抱きたいとか思う訳?あ、それとも抱かれたい・・・とか?」
「ちょっ・・・宮坂さんに抱かれたいとは・・・。明らかに俺の方がガタイいいですし」
 間髪入れずに訂正。
「あ、じゃあ抱きたいんだ」
 墓穴。っていうか、これって誘導尋問なんじゃないか?
「確かに忍は綺麗で可愛いしね。あのはにかんだ感じとか、たまらないでしょ」
 そう、たまらない。目が合った後の、口端をきゅっとあげて恥ずかしそうに笑う姿なんかもう・・・。だから、そうじゃなくって。
「大澤さん。一体何が言いたいんですか?」
 電話の向こうで大澤は「やっとその一言を言ってくれたか」と安堵。そして、少しもったいつけて返した。
「いや、一言言っておきたくて」
 既に一言どころでなく話してるじゃないかと、一ノ蔵は心の中で突っ込みを入れる。しかしまぁ、相手は年上だし、宮坂の仲の良い友達(のよう)なので、素直に聞くことにした。
「本当の忍が知りたければ、今日、酔った振りをしてみることをオススメします」
「酔った振り?」
「そ、ああ見えて忍はナカナカ酒に強い。つぶそうと思って自分がつぶれた奴を何人見たことか・・・」
 それは有力情報だ。別につぶそうなどとは思ってなかったが、てっきり酒は弱いんだと思っていた。だから、この間は寝ていたんだと・・・・。
「だから、本当につぶれる前に、つぶれた振りをして忍がどうするか見てみるってのはどうよ」
「どうよ・・・・って言われても・・・ねぇ」
 やっと二人きりで会えるのに、そんな不名誉な姿をさらすのは嫌だなと一ノ蔵は思った。騙すというのも気が乗らない。が、本当の宮坂というのにも、興味はある。
「それに加えて、もうひとつ」
「はい?」
 考えている一ノ蔵に、少しだけ真面目な声で大澤が言う。一ノ蔵が黙って返事を待っていると、大澤が落ち着いた声で続けた。
「泣かした時は、必ず俺に連絡すること」
 その時、大澤に感じていた胡散臭さが吹き飛んだ。きっとこの男は、本当に宮坂のことを大事な友達だと思っているのだろう・・・・おせっかいにも、こんな電話をしてくるほどに。その気持ちは、なんとなく一ノ蔵にも分かった。
「・・・ラジャー」
 微笑んで答えると、電話は静かに切れた。




***As I grew up***



 本当に来るのかな?
 待ち合せ時間5分前。15分も前に着いてしまったから、もう10分待ってることになる。
 誰かをこんな風に待つなんて久しぶり。胸の中がくすぐったいような、それでいてよぎるちょっぴりの不安。
 初めて一ノ蔵を見た時に、瞳の奥に姿が焼きついて消えなくなった。何がどうというよりも、直感めいたなにか。見た目もそうだけど、声やしぐさや雰囲気や・・・。
 大澤が言うままの格好をしてきてしまったし、とりあえず終電がどうなってもいいようにホテルの方もチェックインしてきてしまった。もちろん、一人で泊まるつもりで。
 都内のシティホテルに一人で泊まることは嫌いではない。行ってみるとナカナカ良い部屋で、値段の割には広い部屋だし、おまけに六本木の好立地。飲んだ後に戻るには楽でいいかなと思った。
 そう、下心はないんだから!と自分に言い聞かせるように宮坂は肯いた。その時。
「こんばんわ」
 背後から声がかかり、弾けるように振り返る。と、そこにはピシっとスーツ姿も凛々しい一ノ蔵が立っていた。この間も思ったけど、やはり背が高い。
「こ・・・こんばんわ。今日は・・あの、すみません。僕が財布忘れたせいで・・・」
「いえ、そんなに謝らないで下さい。俺も気付かなかったし、それに、このことが無くても・・・会う機会はあったかもしれないですし・・・ね」
 笑うと、やっぱり年下だなぁ・・・と思う。可愛い。
「でも、ここまでどうやって来れたんですか?電車代は?」
「あ、電車はプリペイドカードを持ってるんで・・・。だから、この間も気付かなくて・・・。電車に乗れちゃったから」
「あぁ」
 なるほど、と一ノ蔵が声をあげる。そこで一ノ蔵は持っていた鞄の中から肝心のものを取り出して、宮坂に差し出した。
「じゃあこれ、忘れないうちに」
「あ、どうもありがとうございます」
 二つ折りの財布を受け取って宮坂が深々と礼をする。一ノ蔵もそれに返して深々を礼をした。
「なんか、傍からみたら・・・・俺たち、変ですよね?」
「変・・・かな?」
「変ですよ」
 一ノ蔵の目尻が下がって、口唇の間から白い歯が覗く。歯並びもいいなぁ・・・・と宮坂は感心した。
「じゃあ、どっか行きますか?」
「あ、うん。なんだか、大澤が予約入れたとかって・・・。僕も行ったことのない店なんで、美味しいかどうか知らないんですけど・・・」
「そうなんですか?それは面白そうですね」
 面白そうとの言葉に、宮坂がちょっと安心する。電話でいい店を知ってると言ったのは宮坂の方。だからそんな、自分が行ったことのない店に連れて行くのはどうかな?・・・と思っていたのだ。
「えーと、こっち」
 宮坂が、大澤に受けた説明を思い出しながら、道の先を指差した。




***As I grew up***



 驚いたことに、そこは会員制のレストランだった。いわゆる、『イチゲンさんお断り』である。
 店内は暗く、他の客の顔が分からないほどに、それぞれの席が離れていて、おまけに高いパーティションがある。深い色をした木製のテーブルに、皿の白が綺麗に映えた。
「宮坂さん・・・」
 ちょっとちょっとと一ノ蔵が手招きし、テーブルの上で宮坂が顔を寄せる。
「あの、あっちの席にいる人、どこかで見たことありませんか?」
 言われて宮坂が振り返る。と、そこにはよくテレビで見かける顔があった。
「あ、本当だ。昨日見たドラマに出てた・・・・」
「ですよね」
 二人で目を見合わせて確信。
 どうして大澤はこんな店を知ってるのか。不思議に思ったし、値段の書いてないメニューも気になったが、そんなに危険な場所を大澤が選ぶはずはない。とりあえずは美味しい料理に舌鼓を打ち、二人の会話を楽しむことに集中した。集中しないと、どうにかなってしまいそうなほど舞い上がっていた・・・というのもある(二人とも)。
「え?じゃあ大澤さんとは・・・」
「うん、中学の時からの友達。それで、高校も一緒だったんだけど、僕は途中で親についてアメリカに行ったから、大学も向こうで出たし」
「なら、随分長い間会わずにいたってことですか?」
 食事も終わりに近づいて、デザートタイムになる。食事が終わった後は、隣りのバーで飲めるようになっていた。
「それがそうでもなくて、高校の時と大学の時にそれぞれ一度づつ、交換留学生としてあいつ、アメリカに来たんだ」
 おい。本当に大澤は宮坂のことが好きなんじゃないのか?という言葉が胸をよぎる。
「で、一年づつ一緒にいたし、それ以外の時もしょっちゅうアメリカまで遊びに(アサりに?)来てたから、そんなに離れてたって感じはないんだ」
 目的は宮坂なのか他なのか。今度しっかり聞いてみようかな・・・という気に一ノ蔵はなった。
 宮坂のことが好きなのに、宮坂がノーマルなので手が出せず、こういう風に宮坂に言い寄る男をチェックしてるとか・・・?どうなんだろう?でもって、実は宮坂も大澤のことが好きだったりしたら??
 一ノ蔵はあらぬことを考えて、食べてるアイスの味も分からない。
「美味しいね」
 と、まばゆいばかりの宮坂の笑顔(←一ノ蔵ビジョン)で素に帰り、やっとこさ甘いということは分かった。
 訳の分からない戸惑いがありながら、二人はデザートを終えて、バーカウンターへ移る。宮坂は時折黙りこくる一ノ蔵に、胸の中の不安の種を育てていた。
 今までのところ、核心に触れそうになったことも皆無。宮坂の嗜好と大澤との関係だけは、なんとしても今日中にはっきりさせたい。
『本当の忍が知りたければ、今日、酔った振りをしてみることをオススメします』
 酔った振り・・・・。むむぅ。プライドが許さない。と、その時、宮坂が言った。
「一ノ蔵さんは、お酒は強い方ですか?」
「あ・・そうですねぇ・・・・強いといえば強いし、弱いといえば弱い・・・かな」
 なんとも曖昧な返事でお茶を濁す。濁しておかないと酔った振りが出来なくなる・・・ということは、やっぱりプライドがどうのということよりも『本当の宮坂』に興味があるということか?二人が中途半端な笑顔で見つめ合った。
 一方、宮坂は宮坂で、考えていた。強い相手ならそれなりに飛ばして飲んでも構わないだろうけど、弱い相手を前に一人でガブガブ飲むのもどうかな・・・と。
 まぁ、自分がつぶれることはないだろうけど、あまりにも強い所を見せると、なんというか・・・・ロマンティックではないのかな?・・・とか。
「あの、宮坂さん」
「はい?」
 二人の前に出されたのは色の綺麗なショートカクテル。真剣な顔をする一ノ蔵ととりあえず乾杯をして、宮坂が話を聞く体勢に入った。
「変なこと、聞いてもいいですか?」
 変なこと?なんだろう?と宮坂は思う。まさか、いきなり核心?いや・・・でも今日ならちゃんと答えると決めたのだ。自分のそっちの趣味を卑下してる訳ではないけれど、やはりストレートに恋をして偏見の目で見られるのは痛い。だからこの間は逃げたけど・・・。今日再び会っているということが、少し宮坂に勇気を与えた。
「変なこと?・・・・・・どうぞ」
「あの、宮坂さんは・・・・大澤さんのこと好きですか?」
 言った後で一ノ蔵は後悔。先に嗜好を聞いてからの方が話が通じやすいじゃないか。友達だもの、好きって答えられるに決まってる。
「え!?・・・・大澤ってあの大澤?・・・芳之(よしゆき)のこと?」
 あぁ、やっぱり名前で呼び合ってるんだ・・・と何故か落胆の一ノ蔵。
「大澤さんって、芳之っていうんですか?」
「あ・・・うん。そうだけど。・・・そりゃ、嫌いだったら20年近くも友達やってないよね」
 友達。宮坂の表情に焦りは感じられない。これは・・・・大丈夫か?と一ノ蔵。
 一方宮坂、質問の意図になんとなく気付きながらも、それ以上は言えずにいた。自分の思い込みだったら、あとでフォローのしようも無いし、恥ずかしいし。
「そ・・そうですよね。すみません、変なこと聞いて。やっぱり、名前で呼んでるんですね。大澤さんも、宮坂さんのこと『忍』って・・・・」
「え?あいつと話したの?」
「え!?あ・・あぁ、この間、宮坂さんが寝てらした時に『ちょっとそこの君、中で忍が寝てるみたいだから見てきてくれないか?』って」
 宮坂はそれを聞いて、いかに大澤が頑張ってくれたかを実感。やはり、持つべきものは友・・・であった。が、しかし。
「重ね重ね、どうもすみませんでした・・・」
 顔から火が出そうになりながら、宮坂が頭を下げる。大澤はそれを止めながら返した。
「いやいや、本当に・・・・宮坂さん軽いから、簡単におぶえましたよ」
 そう、背負ったらなんだかいい匂いがした。あれはなんのコロンだろうか・・・・。
「それはそうと、一ノ蔵さんはなんていうんですか?」
「はい?」
「下の名前」
 と、その質問をした瞬間に、一ノ蔵の動きが止まった。無言で、飲み干したばかりのグラスをバーテンに戻す。と、次を頼む前に、見たことの無いショートカクテルが出てきた。
「え?・・・これ?」
「大澤様からオーダー頂きました、当店自慢のオリジナルカクテルでございます」
 不思議そうな顔をする一ノ蔵に、静かに答えるバーテン。
「あ、そうなんですか?」
 一ノ蔵は納得したのか、そのカクテルを一気に飲み干した。
「美味しい?」
 横から訪ねる宮坂に、笑顔で答えながらも不思議そうに首を傾げる一ノ蔵。
「美味しい・・・けど、結構強いの・・・かな?」
 これはアルコールなのかなんなのか。鼻に抜けた時の不思議な香りが気になる。
「僕も飲みたいな」
 そう言って宮坂は横でバーテンに話しかける。と、それにバーテンが穏やかに返した。
「申し訳ありません。こちらは完全予約制になっておりまして、大澤様からはこちら様だけにお出しするようにと・・・」
「あ、そうなんですか。じゃあ、また今度・・・・」
 ・・・と、宮坂が言い終わらないうちに、一ノ蔵の世界が回りだした。




***As I grew up***



 ここは・・・どこだ?見たことの無い天井、見たことの無い壁。
 うっすらと目を開けると、心配そうな顔が視界にフレームインしてきた。
「一ノ蔵さん・・・・。大丈夫ですか?」
「え・・・・?・・・ここは・・・?」
 まだ頭のどこかが朦朧とする。ベッドの上に寝かせられていることはなんとなく分かったが、自分の置かれている状況がいまひとつ分からなかった。
「あの・・・ごめんなさい。ホテル・・・です」
 すごく言いにくそうに宮坂が答えて、視線を逸らせる。
 ホテルって・・・あのホテル?(他にどんなホテルが?)と、一ノ蔵の頭が一気に晴れてきた(ちょっと期待したらしい)。
「いや、あの。そんな・・・変なホテルじゃなくって・・・今晩、終電を逃したらまずいだろうって、大澤が気を利かせて取ってくれたっていうか・・・・その、僕が泊まるためのホテルなんです」
 宮坂は、背中に嫌な汗を掻きそうな程、焦って訂正した。一ノ蔵を連れ込んだみたいに思われたら・・・と思うと気が気ではない。そんなつもりはないというか・・・犯罪に足をつっこんでまで・・・ってことはいくらなんでも考えてないのだ。
「え?・・・俺、どうしたんすか?」
 一ノ蔵は呟いて、身体を起こそうする。と、まだ頭に変な靄がかかっている感じ。
「あれを飲んだ後、一ノ蔵さん具合が悪そうだったから、タクシーでここまで・・・・」
 と、一ノ蔵は心の中で『やられた』と思った。つぶれる振りをするまでもなく、こうなることは大澤にはお見通しだったのか?
「うわー・・・カッコ悪ぃ・・・・」
 脱力して、一ノ蔵が呟く。すると、顔に手を乗せて息を吐く一ノ蔵に、宮坂がめずらしく声も荒く言った。
「一ノ蔵さん、カッコ悪くなんかないです!こんなになったのだって、芳之が変なもの飲ませたんだと思いますし・・・。一ノ蔵さん・・・・充分カッコイイです」
 言った直後に、宮坂がカーっと顔を赤くする。柄にもなく大胆なことを言ってしまったと思った。
 一ノ蔵は一ノ蔵で、宮坂のその反応に感動していた。宮坂はなんというか、生真面目というか・・・素直なんだなぁと思った。
 見た目が綺麗なもんだから、そこそこ遊びなれてたり、あしらいなれてたりしてもいいようなものなのに、そんな所が微塵も無い。むしろ、ぎこちない反応が初々しくもある。そこが、一ノ蔵の心をくすぐった。
「あの・・・・宮坂さん」
「はっ・・・はい」
 この人なら、笑われないかも知れない・・・と一ノ蔵は思う。小さい頃からのコンプレックス。
 この人なら・・・。
「さっき・・・俺の名前・・・聞きましたよね?」
「・・・・・はい、聞きましたけど」
 宮坂は広いベッドの端に、思わず正座をしてあらたまる。一ノ蔵は、力無く横たわったまま続けた。
「珠三郎(たまさぶろう)・・・・っていうんです。俺の下の名前」
「タマサブロウ・・・・・?」
 宮坂は目を丸くして繰り返し、そして反応を待って強張っている一ノ蔵を見下ろした。
 一ノ蔵は、何も言わない宮坂の顔を見たいような、見るのが怖いような気持ちで目を閉じていた。小さい頃からからかわれたこの名前。特に、自分の嗜好に目覚めてからは、洒落にならないことこの上なく・・・。
 苦い想い出が胸をよぎる一ノ蔵。と、宮坂は正座をしたまま穏やかに言った。
「それは・・・・いい名前ですね。坂東玉三郎と一緒ですか?」
 いい名前。そう言ってくれる人がいなかった訳ではないけれど、これ程、そう言ってくれて嬉しい人はいなかった。
「いえ、玉が王偏の珠で・・・」
「一ノ蔵珠三郎さんですか。素敵な名前じゃないですか。どうしてか、あまり一ノ蔵さんは好きじゃないように見えますけど」
 好きじゃなかったんです、今までは・・・と一ノ蔵は思う。
「小さい頃は『タマしゃぶろう!』ってからかわれました」
「あ・・・・・」
 フォローするにも、固まってしまった宮坂。残念ながら、宮坂はそこまで機転がきく方ではない。そんな宮坂に、意を決した一ノ蔵は顔を隠したままに言い切った。
「俺・・・・・大澤さんと同じっていうか・・・・・そっちの男なんで、自分の嗜好に気付いた時は、その呼ばれ方は洒落にならないなって・・・・」
 うおー、言っちまった!!・・・と、一ノ蔵は自分の手の下にある顔が見る間に熱くなっていくのを感じている。一方宮坂は、突然の一ノ蔵の告白に、心臓を打ち抜かれたような気分になっていた。
「ごめんなさい。宮坂さんは大澤さんって友達もいるし、この間のパーティにも来てたから大丈夫かなって思ったんですけど・・・・引いちゃってたら・・・・・」
 黙りこくる宮坂に、いたたまれなくなった一ノ蔵が、ベッドの上で起き上がる。が、そこにちょこんと座っている宮坂の表情を見て、今度は一ノ蔵の方が固まった。
 宮坂は、真っ赤な顔でカチンコチンになったまま正座をしていた。
「宮坂・・・さん?」
 声をかけると、宮坂の長い睫毛が動いて一ノ蔵を見る。が、数秒も正視できないまま再び視線を逸らし、宮坂が言った。
「あ・・・の、大丈夫です」
 あ、これは駄目かな・・・とちょっぴり一ノ蔵は諦めた。宮坂はいい人だから、驚いていることを隠そうとしてるのだと。が、視線をさまよわせながら口をパクパクさせている宮坂が放ったのは、慰めでもなんでもなく、おそらく一ノ蔵が貰って一番嬉しい言葉であった。
「僕も・・・・その・・・・・そう・・・・なので・・・」
 後半は消え入りそうな擦れ声。でも、それだけの言葉を紡ぐのに、どれだけの勇気が要るかということを、一ノ蔵は本当に、本当によく知っていた。
「はぁぁぁぁ。よかった〜〜〜〜」
 解凍されたように、一ノ蔵が再びベッドに突っ伏す。が。
 ゴンッ!
 鈍い音がして、一ノ蔵の意識が遠くなる。
 ベッドの背もたれに頭を強打した一ノ蔵は、そのまま再び眠りに就いた。




***As I grew up***



というわけで、とりあえず一歩前進?