***As I grew up***



 「馬鹿じゃねぇの、お前」
 大澤の言葉に、宮坂はソファに埋めた首を横に振った。
「せっかく、寝てるお前を連れ出してまで2ショットにしてやった俺の友情を、どうして踏みにじるんだよ!」
 それにもただ、首を横に振る。あぁ、それ以上言われなくても分かってるんだって。自己嫌悪。
「あれってば、お前の好みだろ?取り引き先の係長口説いてまで誘い込んだのにさぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごーーーめーーーんっ!」
 クッションに顔を押し付けたまま、宮坂は言い捨てた。
「ああああああっ!俺って馬鹿〜〜〜!!!」
 叫ぶ宮坂に、「そうだ」と言わんばかりに力強く肯く大澤。
 ここは宮坂の部屋。実にあれから2日が経過していた。あの日帰ってきてから、宮坂は早速の自己嫌悪。くだらなくも、あー言えばよかっただの、こう言えばよかっただの、一人で悶々と考えていた。その間、家から一歩も出ていない。
 会社帰りに宮坂の部屋に寄った大澤は、勝手知ったる気楽さからか、好きに冷蔵庫を開けて飲み食いをしている。宮坂も別にそれを咎めるでもなく、大澤が出したマカダミアナッツを摘まんで言った。
「そういうお前はどうなんだよ、あれから。消えてやったんだからなー!」
「消えてやったって・・・・お前だって消えてヤリたかったんだろうに」
「う、それを言うな・・・・。イジワル」
 ポリポリとナッツを噛みながら、上目遣いで宮坂が呟く。大澤は宮坂が起き上がったソファの横に座り、誇らしげに呟いた。
「二打席三ヒット(まぁいわゆる、二回本番三回・・・ほんにゃら)」
「・・・・多摩川だけにねぇ・・・・」
 そこで大澤はビールをぐいっと流し込む。隣りでクッションを抱きしめる宮坂が、感心して首を左右に振った。
「いやぁ、見事にデジタル放送(双方向受信可能=リバ)だもんで。そっちの相性はナカナカのもんだったんだけどなぁ」
「だけど・・・って、あれこっきりにするの?試乗しただけ?」
「だって、あいつなんか匂うんだよな。決まった相手がいるような・・・・」
 それを聞きながら、宮坂も自分のビールを取りに立ち上がる。冷蔵庫を開けた時、何かを思い出して宮坂が言った。
「あ、そういや俺、この間の会費払ってないや。お前に渡しゃいいんだよな?ちょっと待って」
 そのまま、宮坂はビールを片手に、この間着ていたパンツを探る。・・・が、探っていた手が、ピタリと止まった。
「・・・・・・・・・・・やば」
「どうした?」
 大澤は浴びるように酒を飲みながら、のほほんと返す。
「財布・・・・忘れてきた」
「どこに?」
「彼の・・・・・・上着のポケット」
 やっちまったという表情の宮坂に対して、嫌な笑みを浮かべる大澤。
 宮坂がソファに戻ると、大澤がビールを飲み干して言った。
「可愛い顔して抜け目ねぇなぁ・・・・忍くんよ」
「そんなんじゃないって」
 肘で突つかれ、宮坂が口唇をとがらせる。でも内心ちょっぴりときめいた(確信犯?)。
「で、ケイタイの番号は聞いてあるんだろ?『もしもし。ストレートの振りした外タレ顔の宮坂です。どうやら財布を忘れたみたいなんですが、どこそこホテルの1234号室で待ってます。お礼は是非身体で。いや、そんなあなたが望むならどんなプレイでも』って??いやん、宮坂。えっち」
 どうしてそこまで話が飛ぶんだ?と思いながらもまんざらでないところが趣味の合う友達ということか。しかし、そこまで話が早く進まないまでも、これはちょっと正当な理由って奴では?
 いや、でもしかし、わざとやったと思われたら・・・・?
「・・・・・無理・・・」
 綺麗な顔して(結構自信あるらしい)物欲しそうな奴が、分かっててやったと思われたら?
「無理ってなにが?」
「だって、ケイタイの番号知らないもん」
 そう。教えてくれなかったのは、こっちに興味が無いからかもしれない。それ以前に、ストレートだったら?パーティ行って勝手に寝てる変な奴だと思われたかもしれないし。どっちかというと、変な奴っていうよりも勝手なやつって思われたかも・・・・。
「えええ!?なんでケイタイ教えないんだよ。お前・・・・馬鹿じゃねぇの?」
 今日ほど大澤のきつい言葉が身に染みた事はない。そう。俺の名は馬鹿。
「しょうがねぇなぁ、ちょっと待ってろよ」
 そう言うと、大澤は自分の携帯を取り出した。




***As I grew up***



 一ノ蔵は、自室の中で熊のように歩いていた。
 右へ行き、左へ行く。
 テーブルの上には自分のものではない財布。
 風呂上がりの肩に乗ったタオルが髪の水分を吸っていくのと同じようにジリジリと、一ノ蔵は悩んでいた。
 どうしよう。きっとこれはソフィー・マルソーのもの(←一ノ蔵メモリー)。きっとこれは上着を貸した時に間違えて入れられたもので、向こうが無いと困るもの。
 とりあえず、それが誰のものかは確認しなければと、一ノ蔵は二つ折りの財布を開いてみる。
 身元が分かりそうなものは・・・とカードを一枚取り出す。全国チェーンのビデオレンタルショップのもの。名前はやはり「宮坂忍」と書いてあった。
 忍さん・・・・・。名前まで綺麗。名前まで可憐。名は体を表す。濡れた瞳。誘うような口唇。やっぱりそれも、忍なんていう日本情緒たっぷりの名前だからだろうか(←ソフィーじゃないのか?)。
 やっぱり、財布は無いと困るであろう。見れば、クレジットカードも入っている。免許や定期は無いみたいだけど、電話番号が分かるようなものもなかった。
 携帯の番号、聞けなかったんだよなぁ・・・・。いっつもそう。マジな時ほど出遅れる。舌はもつれて手に汗握る。その病状の名は、恋というものだったが・・・。
 西川はあの・・・大澤とかなんとかいうのとうまく行ってたみたいだから、たどれば、もしかしたら連絡できるかもしれない。
 でも・・・だがしかし。
 趣味じゃなかったから連絡先を教えてくれなかったんだとしたら?気がきかない男と思われるだろうか?一日気付かなかった上に(←別のスーツ着ちゃったから)いまもこうしてダラダラと電話できないでいるし(←見えないって)。適当に友達に預けてくれればいいのにって・・・・思われるだろうか?
 でも、でもでもでもでもでも・・・・・すっげー会いたいし!!!!!
右へうろうろ。左へうろうろ。
 可憐で清純な(←あくまでも一ノ蔵ビジョン)宮坂のことを思うだけで、胸ともう一ヵ所が熱くなる。いや、もう一ヵ所はなんとかなだめるとしても、やっぱりもう一度会いたい。もうちょっと頑張ってみたい。ストレートだったら諦めもつくけど、もしもそうじゃないんだったら・・・。
 と、一ノ蔵が決意も新たにした時、一ノ蔵の携帯が鳴った。




***As I grew up***



 一方、宮坂宅では、宮坂の携帯を見下ろす二人の酔っ払いがいた。
 大澤が西川に電話をし、財布のことを説明したのだ。で、宮坂の携帯の番号を教えて、今の状況が出来あがっている。
「すぐ・・・かかってくるかなぁ?」
「向こうもその気ありなら、すぐにかかってくるかもな」
 嫌が上にも高まる期待。宮坂はテーブルの上のビールの空缶を潰して息を飲んだ。
 いや、でも実はすごーーーーく律義な人だったら?
 『財布を無くして、とても困ってるかもしれない!すぐに渡さなくちゃ!』っていう親切心だけですぐに電話をしてくれるような人だったら?
「だーめーじゃーーーーーーん」
 一人で考えて、一人で結論づける。この癖が、彼の人生をつまらなくしているということに、宮坂は気付いていない。
「何が駄目なんだよ」
「親切な人だって、すぐに電話くれるよ〜。別に、こっちのことどう思ってたって・・・」
 そのままフラフラとトイレに立つ。と、トイレのドアの向こうに消えた相手に向かって、大澤が叫んだ。
「いいじゃねぇか、親切な野郎ってことが分かるんでもさ。不親切で、財布なくして困ってる人間に対して電話一本もくれないような野郎って落ちになるよりは!」
 ザッツ・ポジティブシンキング。一見得しそうな生き方。ただし、薄利多売の傾向有り・・・になること多し。
「そりゃそうだけどさ〜」
 つれない魚の素晴らしさをいくら分かったところで、所詮は絵に描いた餅。味わえないんだったらいっそのこと不味い方がいいとさえ思うことって、結構ある。
 宮坂はソファに戻ると、半開きの目で愚痴っぽく呟いた。
「俺はソフィー・マルソーじゃないもん」
 すでに酒量はそこそこ行っている。しかも、宮坂は外で飲む時は激強だが、自宅にいると容赦なく酔っぱらう傾向があった。
「なぁに訳の分からないこと言ってんだよ!ぶちぶち言ってっと、俺が携帯出ちまうぞ」
「いいよぉ〜」
 と、宮坂がソファに身体を横たえようとした瞬間だった。
 チャララリララララララララ〜♪
 流れるゴッドファーザーの着メロ。大澤が「そんじゃ出てやるか」と手を伸ばした時に、目にも止まらぬ速さで宮坂が携帯を取った。
「はい。宮坂です」
 声のトーンがいつもよりひとつ高い。大澤が横で天井を見上げた。
「あ、あの・・・先日はどうも。一ノ蔵です」
「あ・・・・どうも」
 相手が見える訳でもないのに、首をかしげて見せる。自分が良く見える角度で微笑んだところで、相手には見えない。
「今、西川から電話を貰ったんですけど・・・俺も、財布見つけた時どうしようかと思って・・・・や、あの、さっき見つけたばかりだったんですけど」
「あ、はい・・・すみません。なんか、ご迷惑をおかけしまして」
 恐縮しながら再び肯く。宮坂の目の前で大澤が『さっさと誘え』というオーラを出していた。
「じゃあ、あの・・・」
 言いながら、誘えとささやく大澤に、宮坂が崖っプチの表情で顔を横に振る。大澤は傍らの分別ゴミから裏が白い紙をとりだすと、傍らのマジックで何かをすらすらと書き出した。
「どうやってお返ししましょうか?やっぱり、出来るだけ早くがいいですよね」
「え・・・あ、はい。すみません」
 応えながらも、自分の目が泳いで行くのが分かる。でも、ここで何とかしないことには、先はない。あぁ、どうしよう!!と思った時、口にマジックのキャップをくわえた大澤が、目の前に紙をちらつかせた。
「『もしも良かったら、明日の夜にお食事でもいかがですか?お礼に僕がおごりますんで。いいお店、知ってるんですよ』・・・・・えっ!?」
 端から読んだ後に、宮坂が声をあげる。その口を大澤が大きな手でふさぎ『まぁ、まかせとけ』といわんばかりの視線で肯いた。
「え?そんな、おごってもらうなんて、俺なにもしてないですから。でも、せっかく会うんですから、食事くらいはしたいですよね」
 出来たらその先も・・・という言葉を、一ノ蔵はぐっと飲み込む。宮坂は一ノ蔵の好感触な返事に、微笑みで大澤に肯いた。
 その微笑みに、大澤は宮坂の口を塞いでいた手をどかし、更になにかをさらさらと書き始める。
「『じゃあ、明日の夕方に電話します。番号はこちらでいいんですか?』」
「はい、この番号で。じゃあ明日。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 プチッ。切れた携帯を握り締め、宮坂が大澤を見る。大澤は口にくわえていたキャップで蓋をして、マジックを元の場所に戻した。
「大澤・・・・・・」
「ん?」
「愛してる。お前、最高」
「んなこた言われなくても分かってるッツーの」
 はっはっはと高らかに笑い、ソファの背に両腕を広げる。ついでに、宮坂の携帯を手に取ると、いま着信した一ノ蔵の番号をきっちりメモリーに入れた。着メロ指定付きで。
「でもさ、いい店って・・・・どこ?俺、いま頭ん中が真っ白なんだけど・・・」
「あぁ、それはな、ちょっと待ってろ」
 すぐさま自分の携帯で、大澤がどこかに電話をかける。短い会話で予約をさっさと入れ、情けない表情の宮坂を振り返った。
「オッケー」
「どこ?」
 自信満々な大澤の様子に、宮坂がすがり付く。すると、大澤はそんな宮坂のおでこを小突いて、企み満面の微笑みを見せた。
「ホテル、リザーブしたから」




***As I grew up***



最初、ここまで大澤がでしゃばる予定じゃなかったので
彼の下の名前を考えてないです(^^;)
やばい。すぐに何とかしなければ(−−;)