オーディオ日記 第55章 この道はどこへ続くのか(その9)2023年5月25日


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煌めきの音、華麗なる音楽:

パトスをロゴスで表現することはできない。音楽、そして音を言葉で語ることもまたできない。

自分が求めてきたオーディオの音について心の中には理想のイメージが多少ながらあるにしても、それを具体的かつ適切な言葉で書き表わすことは非常に難しいこと。雰囲気的に云えば「モーツアルトの弦楽四重奏曲を居眠りしながら聴ける」ような音、と何となく自分では判ったつもりになっているのだが、それはいったいどんな音なのか、この表現を目にされた方からすれば皆目見当もつかないかもしれないし、あるいは自分の経験と価値観に沿って結果としてそれぞれが異なるものを思い浮かべてしまうかもしれない。

弦のささやきは軽くしなやかに透明に、金管はぶりぶりと華やかにつんざくほどに咆哮する。低域は充分な量感に支えられながらも、軽快かつシャープに、そして時に物質の重量そのものを感じさせたり、心の中に一抹の畏怖を感じさせるほどに。男性ボーカルであれば声の響きと圧力がボディブローのように腹に叩き込まれても良いけれど、女性ボーカルは歌姫の心の優しさまで感じさせてくれて、いつまでも聴いていたいほどでなければならない。

それでもバイオリンは厳しく、激しい音も出す。凄みを感じさせるほどの女性もいるし、魅力的な高い声を聴かせてくれる男性もいてそれもまた酔い痴れる。イメージや決まりきった文句で音楽、そして音を語り切ることは到底できない。音楽に浸りきり、音そのものの官能に身を任せてしまう、、、それが自分のオーディオでできるか否か、なんだろうか。

オーディオファイルにとって良い音源とは「曲、演奏、録音」の三拍子が揃ったものとも云われるが、録音に拘るものの中には自分にとっては素敵な音楽であるとは感じさせてくれないものが結構ある。結局のところ、自分の好みや趣向にまずはマッチする音楽であることがとても重要で、それがオーディオ的に見ても良い音源ならば幸せである。けれど、あまり録音そのものを意識しなくてもすむような普通の音源を心地よく聴けることが何よりなんじゃないだろうか、と思ってしまうこともしばしばある。録音と音そのものについて同義に考えてはいけないものなのかもしれない。

自分のオーディオの音を語ることは更に更に難しい。贔屓目に見ても、卑下してもいけないし、ましてひと様のシステムの音と較べてどうのこうの、という次元のものでもない。自分の感性による価値判断に素直に従うしかないのだけれど、それでも多くのオーディオシステムの音を聴くことは自分の判断基準そのものへのインパクトがある。つまり、良い音を聴いて少しづつでもその秘密を解き明かしていかなければ、自分の感性が育ってはいかない。高みにはいけない。

ひと様の良い音を聴いたとて、一朝一夕に自分のオーディオの音が成長する訳ではない。いくら参考にしようとしても、まずはその音の美点をはっきりと認識し、その仕掛けも理解しなければならないし、美味しい部分を自分のシステムでそれが真似であるにしても幾分かを表現できるようなるのはそう簡単ではない。競争でもないので勝ち負けということはないのだけれど、自分の音に足りない部分があれば、そしてそれを自覚できれば、次につながる何かを得たことになるのだと思う。抽象的な自覚を寄り集めて茫洋としながらも具現化に向けていくにはまた多くのエネルギーが必要になるのだけれどそれがオーディオの本道なのかもしれない。

オフ会について当方はその内容や印象などをあまり書くことないのだが、今回経験したことを一つだけ書く。「煌めきの音、華麗なる音楽」である。至極当たり前のような表現であるが、これを今回のオフ会にて強く感じて、自分のオーディオの音としてこの要素をさらに欲しいと思ったのだ。

今まで自分が目指してきたものはどんな音楽にも柔軟に対応できるバーサタイルなシステムと音。歪や濁りをなるべく排除した端正かつクリーンな音。普遍的な音と云っても良いのかもしれない。この観点で云えば、ここ何回かの日記にて記載してきたようにある程度の納得には至りつつあると思ってきた。やっと、やっとではあるがある程度の(自己)満足感も含めて到達すべき地には近づいたようにも思えていた。

だが、音楽はパトスの奔流そのものである。理性では語り切れないのだ。はじけるほどに煌めくひとつひとつの音が混じり合って流麗な音楽を織り成す。音は遠くにも、近くもに無数に散りばめられ、それが空間に重なって大きなステージとなる。音そのものが、そして音楽が体にも、心の中にも押し寄せて来なければならないのだ。チャイコフスキーの音楽の色彩感、そこからあふれ出る金管の音は艶やかで豊かで心がはずむ。その真に「煌めきの音、華麗なる音楽」が我がオーディオにもっと欲しい。つまるところ「音」そのものの魅力を磨き上げ、更に積み上げていかなければこの実現は難しい、とも感じた。音楽の迫真のリアリティは個々の音に宿るすべての魂が凝縮した結果なのだ。

今の自分の音が無味乾燥という程ではないにしても、行ってきた施策などは完成度を求める余り細部を咎めるような対応であって、音の伽藍そのものを構築する方向にストレートに向かってはいないんじゃないか、とも危惧してしまう。人それぞれにオーディオの音があり、現状も目指す先も同じではない。けれど音楽を聴く、という観点を単純化して見れば、浮き立つような、心が躍るような音楽の表現ができることが望ましいものなんじゃないかと。眠りに誘うような音楽再生とはもしかしたら対極になってしまうのかもしれないが、音そのものの魅力というものにも大いに惹かれるものがある。

音を創り上げるというステップに留まることや、その完成度のレベルに拘るのではなく、ひとつひとつの音を磨き上げるべき、と云えば良いのだろうか。じゃ具体策は、、、と考えてみるのだが、そのために辿るべき道筋がまだ見えてはいない。重要な要素、観点を改めて自覚できたことは極めて大切なことだし、この先の一歩にも繋がっていく大切なポイントだと思うのだが、その手立てについてしばし考え込んでしまっている。


                 4way MW16TX構成の設定値(2022年1月3日更新)
項目 帯域 備考
Low Mid-Low Mid-High High
使用スピーカー
ユニット
- Sony
SUP-L11
SB Acoustics
MW16TX
Sony
SUP-T11
Scan Speak
D2908
-
能率
能率(90dB基準相対差)
dB 97.0 (+7.0) 87.5 (-2.5) 110.0 (+20.0) 93.0 (+3.0)
定格値
DF-65の
出力設定
dB +1.0 +1.0 -9.0 +4.0
マスターボリューム
アッテネーション
dB -9.0 -2.0 -3.0 -0.0
各チャネル毎の設定
パワーアンプでの
GAIN調整
dB 0 0 -12.0 -12.0
 
スピーカーの
想定出力レベル
dB 89.0 86.5 86.0 85.0
合成での
出力概算値
クロスオーバー
周波数
Hz

140
140

710
710

4000
4000

High Pass

Low Pass
スロープ特性
設定
dB/oct flat-48 48-48 48-24 24-flat
DF-55 DELAY
設定
cm -8.0 +19.5 -37.0 +25.0 相対位置と
測定ベース
極性 - Norm Norm Norm Norm  
DF-55 DELAY COMP
(Delay自動補正)
- ON 自動補正する
DF-55デジタル出力
(Full Level保護)
- OFF 保護しない

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